「ねえ須賀君、私が卒業を控えて寂しいなーって思ってるとしたら、慰めてくれる?」

部長の声が夕暮れに染まる部室に消えていく。辛うじて拾えた声は寂しさの欠片も感じない、あっさりしたものだった。

「まあ、そうっすね。適当に」

「なにそれ。ちょーっと愛情が足りてないんじゃないかしら。私は部員への愛に溢れてるっていうのに、悲しいったらないわ」

言葉のわりに視線は手の中の牌に注がれて、紅茶を淹れる俺には一瞬だって向けられない。

俺も慣れたもので、熱いカップを運んでソファに腰を下ろす。隣から伝わる微熱が、冬が明ける前の時期には丁度いい。

「ありがと」

「どういたしまして。これまでありがとうございました、部長」

「ん。ちょっとは成長してくれて嬉しいわ。ようやく盲牌もできるようになったみたいだし」

「おかげさまで……四索と三萬ですね」

指先に触れる牌と、暖かくて俺より小さな手。絡んだ指がすぐにほどけて離れていく。

名残惜しいとは思う。けどそれを口にすると、口元を緩めた部長に負けたような気がして紅茶に手を伸ばした。

「ねえ須賀君。お礼と激励と、もう一つ。欲しい?」

……挑発だ。

小さな唇に指を当てて、欲しければ気まぐれに付き合えと、俺を誘っているんだ。

「別にいりませんけど」

「えー」

「えー、じゃなくて。それより寒くなる前に帰りましょうよ。明日が卒業式でしょ」

「んー……もうちょっとだけ、ね?」

微熱が、俺に肩に乗る。甘える態度も気まぐれで、今日はそういう気分なんだろう。

甘い匂いはいつまで経っても嗅ぎ慣れない。細い指が俺の手のひらをなぞるのだって、集中なんてできやしない。

せっかくの良い紅茶だってのに。これだから困るんだ。

「……明日は、その場所で待ってるから」

囁いて、いつのまにか飲み干したカップを置いて去って行く。気まぐれにもほどがある。

……。

さて、と。手のひらを見ても残念ながら何の後も残っちゃいない。当たり前だけどさ。

「どれの事だか分んないっつーの」

手のひらをなぞったハートのマーク。

初キスの場所、こっそり弁当を食べる場所、思い出の部室、告白の場所。

二人だけの思い出の意外な多さに溜息をつきながら、俺は味の分からない紅茶を流し込むのだった。


カソ

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最終更新:2018年04月29日 23:17