「まず最初に聞きたいんだけど…須賀君って、咲ちゃんの彼氏だよね」

「かっ…彼氏違います!ただの幼なじみですから!」

宮永咲は、イヤらしい顔を浮かべた美女をきっと睨み付けた。

しかし、件の女性は桃色の髪を揺らして笑うばかりだ。

「またまた~…だって彼を見つめる貴女の顔、完全に恋する乙女だもん」

原村嘉帆の言い分に、顔が赤くなる。咲にはその理由が、怒りなのか羞恥なのか判らなかった。

事の発端は単純だ。咲がいつものように、幼なじみの少年と帰路についていたある放課後。

全国大会後に面識のあった嘉帆と偶然出くわし、少し会話を交わしたことである。

─いやー、ホントいつ見てもお母さん凄い美人ですね!お姉さんって言われても納得します!

─あらあら、お世辞が上手なんだから…えっと、京ちゃん?でいいのかな?

─勿論!あー、何だかお母さんにそう呼んで貰えると凄く…グッときますね!!

そんな魔性の母親と、幼なじみの少年が交わした会話が、何故だか咲をイラつかせた。

─ふん!なにさ京ちゃんったら、和ちゃんだけじゃなくてお母さんにまで鼻の下伸ばして…。

─はぁ?伸ばしてねーっての!まあでも確かに、お前を眺めても伸ばす鼻は無いけどさ。

あとは、売り言葉に買い言葉。口論を見かねて止めに入った嘉帆は、ふたりを自宅に招待した。

そして、まず咲だけを居間に呼びだし、一対一で話し合っているという訳だ。

「私が見たところ、須賀君のこと愛称で呼んでるの、貴女だけでしょ?」

「は、はい…多分…」

散々煽ったかと思えば、すぐさま冷静な分析をはじめる嘉帆に、咲はつい毒気を抜かれる。

「そっかー…ま、碌に知らない人間が、彼氏に馴れ馴れしくしたらイラッとするよね」

「べっ、別にそんな話じゃ…!」

口ではそう言いかけても─嘉帆の言葉を否定できない自分に、咲は少し驚いた。

「うん。やっぱり咲ちゃん、須賀君のこと好いてるだ。青春だわー」

しきりに頷きながら、嘉帆は咲が口を開く前に捲し立てる。

「で、貴女はどうしたい?私は、私のせいで拗れた仲を取り持ってあげたいけれど…」

勿体付けるように一拍おいてから、彼女は続けた。

「何せこの先、貴女の居場所に踏み入ってくる女の子はたくさん居る。そこまでは面倒見られないわ」

「…京ちゃんなんて、そんなにモテたりしませんよ。そもそも私だってあんな奴どうでも…」

「どうでも良かったら、そこまで怒ったり喧嘩したりしないでしょ」

意地を張る咲を微笑ましく見守りつつも、嘉帆は静かに言葉を紡ぐ。

「彼、絶対モテるわよ。しっかり捕まえておかないと、いつかどこかで勝手に結婚してるタイプ」

咲が理解していながら目を背けていた事実と未来予想を、友人の母は容赦なく言い当てる。

「余計なお世話を承知で言うけど、こんな些細なことで喧嘩別れしたら、そのまま疎遠になっちゃうかも」

「それでも…私は…別に…」

構わない─そう言えば済むはずのことを、咲はどうしても出来なかった。

「私は所詮、身勝手な他人だけど、だからこそ解ることも、言えることもある」

「…ずるいです。さっきからそうやって一線を引いて、そのくせ言いたいこと言って…」

「…それで良いのよ咲ちゃん。肩肘張った心にも無いことじゃなくて、自分の気持ちを言えばいいの」

涙目で睨み返す咲を、むしろ誉めるように笑いながら嘉帆は言った。

「須賀君に、自分の不満を率直にぶつけるのよ。それだけで、貴女たちに邪魔者なんて居なくなるわ」

そんな遣り取りから、大分経った夕刻のこと。

「あの…母さん。一体これは何ですか?」

「あら和。ふたりとも疲れてるから、ちょっと眠らせてあげて」

「良いから答えて下さい。また余所様に要らないちょっかいを出したんですね?」

原村和が自宅に帰って来て見たものは、居間のソファーに並んで眠る麻雀部男女の姿。

「何をしたんですか?咲さんなんて目元に涙の痕さえ見えるんですけど」

「いやー、咲ちゃんが思い余って洗いざらい京ちゃんにぶちまけて、愁嘆場からのろけ合戦に…」

「いやいやいや訳がわかりません。キチンと最初から最後まで説明して下さい」

「咲ちゃんがあんまりにも可愛いから、つい恋を成就させたくなっちゃって…」

「何ですかそのお節介は?!人の恋路に口出しして馬に蹴られても知りませんよ!?」

「大丈夫、かなり修羅場だったけど何とかなったから!それより晩ご飯4人分作るの手伝ってよ」

「咲さんの恋は、私たちが静かに見守っていたのに余計なことを…!!まだ話は終わってませんっ!」

やかましい外野を余所に、喧嘩に疲れた咲たちは、肩を寄せ合い眠りこける。

ふたりのその手は優しく重なり、しかし互いを離さないようしっかり結びついていた。

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最終更新:2018年04月29日 23:17