部室に一人、俺は居る。

卓と牌を綺麗にしながら、物思いに耽る。


京太郎「咲たちは今頃合同合宿か……」

京太郎「思えば色々あったな、麻雀部に咲が入って、合宿行ったり、県大会優勝して、全国出場が決まって……」

京太郎「咲にも気の置けない仲間も出来た。」

京太郎「もう俺の手も必要ないくらいに……」


今の咲には和や優希、それに染谷先輩に部長が付いている。

もう俺の後ろを付いて来る咲はいない……


京太郎「っとそういえばハギヨシさんにタコスの作り方と麻雀を教えてもらうんだった。」




―龍門渕家屋敷―


ハギヨシ「ようこそ龍門渕家へいらっしゃいました。」

京太郎「やめてください、仰々しいですよ、客でもないんですから、というかむしろこっちが教わる側なのに……」

ハギヨシ「いえいえ、須賀様はお客様です、お客様に粗相などあったら龍門渕家の執事として面目が立ちません。」

ハギヨシ「ただ、お嬢様達は生憎、合同合宿で不在で大したおもてなしや挨拶など出来ませんが……」

京太郎「こちらこそすみません、急に料理を教えて欲しいなんて無理言って。」

ハギヨシ「では不肖、この萩原、精一杯須賀様の指南役を受けさせていただきます。」

京太郎「よろしくお願いします。」





ハギヨシさんからおいしいタコスの作り方と麻雀を教わる。

厨房でタコスを作る傍ら、ハギヨシさんは何かを煮込んでいた。


京太郎「ハギヨシさん、それは?」

ハギヨシ「ああ、これはシチューを煮込んでいるんです。」

京太郎「シチュー?夕飯のしこみですか?」

ハギヨシ「いえ、料理の練習です。」

京太郎「ハギヨシさんほどの腕前なら練習なんてしなくてもいいんじゃ……?」

ハギヨシ「ふふ、練習はし続けることに意味がある……と言いたい所ですが……」

ハギヨシ「目指す味には到底近づけられないのです……」

京太郎「目指す味、ですか。」

ハギヨシ「ええ、衣様がシチューを召し上がった際、こんな事を仰いまして……」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「「「「いただきます」」」」

衣「今宵の夕餉は……シチューか……」

透華「そうですわね……」

純「しかし今日のはまた一段とうまいな!」ガツガツ

智紀「萩原さんの作る料理はいつもおいしい。」

一「おいしいね、透華。」

透華「え、ええ……」


「違う」


智紀「?」

純「何が違うんだ?衣?こんなに旨いのに。」

衣「いや、あの、ハギヨシの作ったシチューは大変美味だぞ。」

衣「ただ、その……」

ハギヨシ「龍門渕家のシチューとは味が違う……ですか。」

衣「う、うむ。」

衣「昔、母君が作ってくれたシチューを思い出して……」

透華「でも仕方ないことですわ……何せもう作れる者がおりませんもの。」

衣「ああ、そうであったな……」

衣「すまないハギヨシ……忘れてくれ……」

ハギヨシ「いえ、こちらこそ配慮が足らず申し訳ありません。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




京太郎「そんなことがあったんですか……」

ハギヨシ「はい、それからは今は亡き奥様のが作っていたシチューを思い出しながら試行錯誤していましたが中々上手く行かず……」

ハギヨシ「おっと、少々湿っぽくなりましたね。」

ハギヨシ「そうだ、今夜はお泊りになってはいかがでしょうか?」

京太郎「流石にそこまでして頂く訳には……」

ハギヨシ「いえいえ、麻雀のこともありますし、何より夕食も召上って貰わずにお客様を帰したとなると透華お嬢様に叱られてしまいます。」

京太郎「そこまで言うなら泊まって行こうかな?」

ハギヨシ「ではお部屋にご案内させていただきます。」





夜になってハギヨシさんに案内された部屋で床に就こうと思ったが……

慣れない枕が原因か、はたまた慣れない部屋が原因なのかはわからないが中々寝付けなかった。

余りに寝付けないので、ふと窓に目をやると龍門渕家の庭が見えた。

「どうせ寝付けないのだから」と、少し外の空気を吸うためにも庭を散歩しようと部屋から出る。


庭に出て、少し歩いてみる。

辺りは静まり返っていて風の音すら聞こえない。

月夜に照らされた綺麗な庭で空を眺めると雲が一つも無く満天の星空に満月が浮かんでいた。


綺麗な月だ。


月を見ながらそんな事を思っていると何所からか風が吹いた。

それと同時に人も……





「あら、どちらさまかしら?」

「ええと龍門渕の知り合いに泊めさせて頂いてる須賀京太郎です。」

「そう、ならお客様ですわね。」


その人は長い金髪の女性で、気品と優しさを体現しているような美しい人だった。





「私、今、"寝付けなくて"庭で休んでいましたの。」

「よかったら京太郎君も月夜のティータイムはいかがかしら?」

「いいんですか?見ず知らず俺なんかが……」

「ええ、家で泊まっているという事は誰かに誘われたという事でしょう?」

「ええ、ハギヨシさんに……」

「なら、問題ありませんわ。」

「では、失礼して……」

「さあ、一緒に月夜のお茶会を楽しみましょう。」





それから暫く話しをしながらお茶を飲んでいく。

不思議な人だった。

優しい雰囲気と柔らかな笑みで俺の話を聞いてくれていた。


「――で、そいつは麻雀やる時はすごいのに、いつもはどん臭くいやつなんですよ。」

「うふふ、京太郎君はその子の事とても気に掛けてらっしゃるのですわね。」

「なんか、妹みたいで放って置けないんです。」

「妹、ですか……」

「あの、俺なにか気に障ることいいましたか?」

「いえ、少し昔の事を思い出しただけですわ……」

「そうですわ、私にも妹がおりましてね。」

「それを少し、思い出しまして。」

「ただそれだけですわ。」

「そうなんですか……」




そう言って、その人は少し悲しそうな顔をしながら虚空を仰ぎ見ていた。

先ほどまで見せていた柔和な笑顔が曇ったのが少し辛かった。

それから少しだけその人は自分の話をしてくれた。

体が弱く、肺の病を患っていたこと。

そして今はもう大丈夫になって、夜の間なら歩き回れるようになったこと。





「ごめんなさいね、私のつまらない話なんて聞かせてしまいまして。」

「いえ、むしろ俺のことばかり話してしまい、すみません。」

「貴方の話はとても面白かったですわ。」

「こんな話でいいならいくらでもしますよ。」

「うふふ、あら、お茶が切れてしまいましたわ。」

「時間が経つのが早いですね。」

「……それにもうこんな時間ですわ、よい子はもうとっくに眠っている時間ですわよ?」

「うわ、本当だ、そろそろ寝ないと。」

「ちょっとよろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょう?」

「京太郎君に"ついていって"いいかしら?」

「え?」

「"ここは迷いやすい所"ですわ。」

「なのでお部屋まで案内いたしますわ。」

「ありがとうございます。」





その人はそう言って、俺を部屋まで案内してくれた。

彼女は部屋の前に飾られている花をみて、呟いていた。


「あら、この花は……」

「どうしたんですか?」

「私の好きな花でして。」

「ええっとエゾムラサキでしたっけ?」

「いいえ、似ていますが違いますわ。」


薄青色の花を慈しむように見た後、俺に向き直り、挨拶をする。


「それではお休みなさい、京太郎君。」

「おやすみなさい、あ、そうだ貴女のお名前を聞き忘れていました。」

「私の名前は、龍門渕……――華ですわ。」


最後の方は閉まる扉の音で聞き取れなかった。

ただ明日にでもなればハギヨシさんに聞けばわかるだろう。

そう思い、用意されていたベッドで目蓋を閉じる。





ここは厨房か……そう思い辺りを見回す。

その内に厨房に仲が睦まじい姉妹らしき二人がやってくる。

鍋を掴み何かしている。

妹らしき方が何かを言っている。


「お姉さま、お母様に教えられた作り方ってこれで合ってましたか?」

「確かこんな感じだったはずですわ。」

「デミグラスはこんな味でしたでしょうか?」

「もうちょっと甘めだったはずですわ……」

「ここからは隠し味ですわね。」

「お母様も祖母様から教わった時に隠し味を入れたって言ってましたわね。」

「そうして少しずつ隠し味が増えていくんですわね……」

「お姉さま、私たちも娘か息子のお嫁さんが出来たら新しい隠し味を増やすのですね。」

「そうですわね、でもその前に私たちのお婿さんを探さないといけませんわね。」

「うふふ、そうですわね、子供なんてまだまだ先ですわね。」





姉の方はある程度煮込んだ後、味見している。


「うん、良い出来栄えですわね。」

「それでは私、みんなにシチューが出来た事を教えてきますわ。」


そう言った妹はどこかに行ってしまった。

姉は何故かこちらを向いた。

俺が見えているのだろうか……

夢の中なので何があっても不思議ではないが……

俺を見据えて姉は呟いていた。





 Forget-me-not
「私を忘れないで」





朝日が昇り鳥の囀りで目を覚ます。

不思議な夢を見たものだ。

ハギヨシさんにシチューの話を聞いていたからか、はたまた龍門渕さんと話していたせいかはわからない。

たかが夢の事で一々考えてても仕方ないので、とりあえず顔を洗って身支度をする。





ハギヨシ「須賀様、おはようございます、昨晩はよく眠れましたか?」

京太郎「あ、おはようございますハギヨシさん、おかげでちゃんと眠れましたよ。」

ハギヨシ「朝食の用意が出来ております。」

京太郎「ありがとうございます。」


ハギヨシさんに通され、軽めの朝食を取らせてもらった。

その後は流石に家に帰らないと拙いのでハギヨシさんに挨拶をして別れることにした。


京太郎「麻雀とタコスを教えてもらっただけでなく泊めさせてもらいまして、本当にありがとうございました。」

ハギヨシ「いえ、お気になさらないで下さい。」

京太郎「あ、そうだ、ハギヨシさん、名前をちゃんと聞き取れなかったんですが『龍門渕なんとか華』さんていますよね?」

ハギヨシ「透華お嬢様のことですね。」

京太郎「その人にもお礼を言っておいて下さい、『昨日の貴女との夜中のお茶会は楽しかったです』って。」

ハギヨシ「?わかりました、伝えておきます。」

京太郎「それでは。」





――ハギヨシ視点――


確かに言伝を受け、須賀様を見送りさせていただきました。

ただ、須賀様のお言葉に少し引っかかりがあったのです。

何故なら透華お嬢様は合同合宿で皆様と一緒に出ていますので、

昨日の夜に透華お嬢様と須賀様が会われるということはないのです。

一介の使用人風情が詮索することではありませんので透華お嬢様が戻られた時に伝えれば良いこと……


私は厨房に向かい朝食の片付けと昼食の下拵えをすることにしました。

その時気付いたのですが、昨日作ったシチューとは別に新たな鍋が置いておりました。

私はその鍋から一掬い取り、味見をし、そして驚愕致しました。

驚愕した理由は今は亡き奥様の作ったシチューと同じ味だったからです。

勿論私が作った覚えがありませんので周りの人物が作った考えるのが妥当です。

そこで私は、近くに居た杉乃さんに聞いてみましたが、残念ながら彼女ではないようです。

となると益々謎が深まりました。

今龍門渕家にいるのは私と杉乃さん。

そして昨晩からお泊りになられた須賀様だけなのです。

当然、須賀様は元の味や作り方を知る由はありませんですし、何より彼の性格からして厨房を勝手に使うという事はないはず……

一体誰がこのシチューを作ったのでしょう……




京太郎「ただいま~」

京太郎母「あんた何所に行ってたのよ?」

京太郎「執事のハギヨシさんにタコスと麻雀を教えてもらってた。」

京太郎母「執事?今時そんなのいるんだ。」

京太郎「居るとこにはいるんだな。」

京太郎母「私ちょっと出かけてくるからお昼はテキトーに食べておいて。」

京太郎「あいよー。」


簡単な昼食をとってベッドの上で昨晩の事を思い出す。

月夜に照らされた彼女は美しく、そして儚かった。


「優しそうな人だったな……」


その内に段々と目蓋が重くなり、夢の世界の扉を叩いてしまう事になる。





ここは何所だ……

今は誰も住んでいない洋館に執事服を着た男が暗い顔をしていた。

そこへ声を掛ける女の人が一人。


「あの、どうしました?」


「……私はここの執事でございます。」

「と言いましても、『元』ですが。」


「そう、ですか。」


「はい、ここは直に人の手に渡るのですが行く宛もありませんので。」

「ここで果てるのも一興かと思いまして……」


男は悲しそうな顔をしながら洋館を見回し、そう言ってのけた。


「……どうして命を捨てようとなさるのか聞いてもよろしいかしら?」


「……ここには私の主が住まわれていたのですが、ある日、主は恨みを買った賊に襲われ、息を引き取りました。」

「私は守れなかったのです、守るべき主人を……」

「主はご両親と死別なされてから、一人この家を守り続けていました。」

「死後は天涯孤独の身であったため、家を受継ぐ者もおらず、こうして人手に渡ることに……」


「…………」


「……私は仕えるべき主を失い、守るべき家も失いました。」

「私は自分の存在価値を見出せないまま、途方に暮れていました……」

「ですから、せめて主のお傍にと……」


「……それなら貴方、私の執事になりませんこと?」


「は?」





出された提案に男は驚いた顔をしていた。

多分これから先は見ることはないくらいこの男にとって珍しい顔だ。


「ですから、今は何所の執事でもないのでしょう?」

「だったら、我が龍門渕家の執事になりなさい。」


「しかし、こんな私でよろしいのでしょうか……」

「主人一人守れなかった私が、また執事をするなんて……」


「私が許可します、貴方は私に仕えなさい。」

「文句を言う者が居るのなら私が蹴散らして差し上げますわ。」


「……左様でございますか。」


「ええ、私に通せぬ物はありませんわ。」

「ところで貴方の名前は?」


「私に名前などありません。」

「名前を与えてくれた主が亡くなった時、名前に意味など無くなってしまいましたから……」


「……では私が付けて差し上げましょう。」

「……萩原、そう萩原がいいですわね。」


「萩原、でございますか。」


「そう、それで愛称は……ハギヨシがいいですわね。」


「わかりました、ではこのハギヨシ、精一杯貴女様に仕えさせていただきます。」






京太郎「う、う~ん……」

そこで目が覚めた。

俺は軽く体を伸ばし、変な夢を見たと思いながら、喉の渇きを潤す為に台所へと向かう。

そこで帰ってきた母親と出くわした。


京太郎「お帰り、結構遅かったな。」

京太郎「そういえば母さんは何所行ってたんだ?」

京太郎母「ただいま、ちょっと人と会っててね。」

京太郎「へぇー。」

京太郎母「そういえば、京太郎、あんた昨日は執事に会いに行ったって言ってたわよね?」

京太郎「ああ、それがどうしたの?」

京太郎母「どこの執事?」

京太郎「龍門渕家の執事さんだけど。」

京太郎母「そう……」

京太郎「どうしたんだよ、いきなり?」

京太郎母「……京太郎、あんた……父親に会ってみたくはない?」

京太郎「はぁ?」

京太郎「俺の父さんって俺が生まれる前に死んだんじゃないのかよ?」

京太郎母「ちゃんと生きてるわよ、ただ、余り表沙汰に出来る人じゃなかったから死んだ事にしてただけ。」

京太郎母「あんたが会った事あるかはわからないけど、行った事はある所よ。」



京太郎母「で、会ってみたくない?」

京太郎「いきなりそんな事を言われてもな……」

京太郎「そもそも何で今更になって……」

京太郎母「あんたも高校生になったんだから父親の事を知っておいてもいいかなって。」

京太郎「もしかして母さんが今日あってた人って……」

京太郎母「そう、あんたの父親。」

京太郎母「あんた返事次第で養子にしてもいいとも言われてるのよ。」

京太郎「養子?」

京太郎母「あっちにも家庭があったからよ。」

京太郎母「元々あんたが生まれていたことも知らなかったのよ。」

京太郎「ようは母さんは不倫してたのか?」

京太郎母「結果的に言えばね。」

京太郎母「まぁ養子の件は直ぐに答えを出せとも言われてないし、とりあえず一緒に住まないか?って聞かれたのよ。」

京太郎「母さんはどうなんだよ?」

京太郎母「あたしはどっちでもいいけどあんたとは一緒には住まないわよ。」

京太郎「はぁ!?」

京太郎母「あたし暫く海外に転勤するから。」

京太郎「そんな話聞いてねぇよ!?」

京太郎母「そりゃ言ってないもの。」

京太郎母「だからあんたの父親に話を付けに言った訳。」

京太郎母「この家は一応残してあげるけど出来れば京太郎には父親の所に行って欲しいかな?」

京太郎「なんでだよ?」

京太郎母「流石に息子一人にするのは忍びないし、結構長く居る予定だから海外に連れて行くわけにはいかないし。」

京太郎「……わかったよ、とりあえず会うだけ会うよ。」

京太郎「一緒に住むかどうかはそれから考える。」

京太郎母「よーし、それでこそ我が息子だ。」




明日父親と会うことになった。

この母親いつもこんな感じだ。

いきなり重要な事を言い出してはケロッとしてやがる。

それはともかく一体父親どんな人物なのだろうか……





朝になり父親が住んでいる家とやらに向かう。

なんじゃこりゃ。

誰かがドッキリの看板もって何所かに潜んでいるんじゃないかと思った。

何せここへ来たのは昨日ぶりなのだから……





ハギヨシ「ようこそいらっしゃいました『京太郎様』。」

京太郎「ハギヨシさん、昨日ぶりですね。」


やはりと言うかなんと言うか、お出迎えこの人だった。

てっきりハギヨシさんといっしょにドッキリの看板が出てくるのかとも思ったが、

ハギヨシさんはそんな事をするような人ではない。

そして出迎えにはもう一人居た。


「よく来たね、京太郎君。」


そこにはどこか頼りなさげな中年の男が立っていた。


「ええと貴方が俺の……?」

「詳しい事は中で話そうか。」


そう言われて通された部屋には白髪交じりの男が待っていた。


「ハギヨシ、もう下がっていい。」

「はい、それでは私はここで失礼させていただきます。」


ハギヨシさんはそう言って音も無く去っていった。

これから重要な事を話すのだろう。

そのための人払い。

先ほどから一緒に来た中年の男性が切り出す。


「お義父さん、彼が京太郎君です。」


「初めまして、須賀京太郎です。」


「……君がそうか、急な事で済まないな。」

「君の母親から京太郎君を預かって欲しいと言われてな。」

「それに私も是非、君を養子にと思っている。」


「いきなりすぎて直ぐには答えられません。」


「そうだな……虫のいい話をいきなり出されても困惑するだろう……」


どうやら話を聞くと中年の男の方が龍門渕家の現当主で透華さんの父親。

老人の方が前当主で透華さんの祖父、龍門渕高校の理事長でもあるらしい。

それから俺の人生を変える様な話が続いた。



――――――
――――
――


結局の所、龍門渕家のお世話になることにした。

後で龍門渕高校の面々に挨拶をしないといけないな。

あと、清澄高校の面々にも事情を話さないと……




透華父「そろそろ透華達が帰ってくる頃だ、挨拶は私も一緒に立ち会おう。」

京太郎「わかりました、えっと、"お義兄さん"?」

透華父「出来ればお父さんと呼んでほしいのだがね……」

京太郎「"お義兄さん"の養子になる話は"まだ正式に決まった"わけではないんですよね?」

透華父「まぁそうではあるが一日でも早く家族として馴染む為にもそっちの方がいいのではないのかな?」

京太郎「それよりも何故お義兄さんが俺の親になるのかが……」

透華父「……すまないね、大人の事情半分、私のエゴ半分という奴だよ。」

京太郎「……大人って大変ですね。」





透華さんのお父さんと話していたら女性の大きな声が響き渡った。


「ただいまもどりましたわ!」

「おかえりなさいませ、皆様。」


どうやら龍門渕のメンバーが帰ってきたみたいでハギヨシさんが出迎えたようだ。


透華父「透華達が戻ってきたようだな。」

透華父「さぁ、君の事を紹介しようか。」

京太郎「ええ、お願いしますよ、"お義父さん"?」

透華父「……婿養子ではないからね?」

京太郎「わかってますよ……」





俺達は今居る部屋を出て、今から家族になる人たちの所へ向かう。

部屋の前ではハギヨシさんが待っており、俺達に向かって御辞儀をする。

そしてゆっくりと部屋の扉を開けてくれた。

部屋の中に居た一人がこちらに気付く。


「あら、お父様、ただいま戻りましたわ。」

「ああ、お帰り、透華。」


この人が透華?確かに似ているがあの人とは違う……

あの人はもっとこう……落ち着いていて、柔和な笑みの持ち主だったはずだ。

そんな疑問を考えていたが透華さんが父親に尋ねる。


「ところでお父様、そちらの方は?」

「彼は京太郎君、我が龍門渕家の家族になる子だ。」

「清澄高校麻雀部の1年、須賀京太郎です、よろしくお願いします、お義姉さん。」

「はい!?」





驚きの表情と共に素っ頓狂な声が部屋に響く。

養父が苦い顔をしていたが、それは娘に対してではなかった。

先ほどから養父の顔を睨んでいる金髪の一際背の低い少女が気になるのか、とも思ったがそれだけではなかったようだ。


透華父「京太郎君。」


養父は咎めるような声で俺を呼んだ。

そして意味がわかった。





京太郎「あ、須賀というのは不味いですかね……」

透華父「出来ればね、それに高校も直に変わる。」

京太郎「そうでしたね。」

透華「では改めて自己紹介を、龍門渕透華ですわ。」

衣「衣は天江衣だトーカとは従姉妹にあたる。」

一「ボクは国広一、透華専属のメイドでもあるんだ、よろしくね。」

純「おれ、じゃなくて私の名前は井上純です、メイドでもあります。」

智紀「メイド、沢村智紀、です。」

歩「りゅ、龍門渕家のメイドで一年の杉乃歩です!」

ハギヨシ「執事の萩原でございます、皆様からはハギヨシと呼ばれております。」

透華父「挨拶は終わったようだね、では私はこれで戻るよ。」




そう言って養父は部屋から出て行った。

部屋の扉が閉まった瞬間、息を吐く音が聞こえる。


純「あ~なんか苦手なんだよな、透華の親父さん。」

智紀「なんとなくわかる。」

一「一応龍門渕家の当主だからね~。」

衣「衣もあの男は好かないな。」

透華「あの、あれでも私のお父様なのですわよ……」


「あれでも」ってなんだ、「あれでも」って……

俺は会って一日も経ってないから何とも言えないが男には男の苦労があるんだよ……多分。





74 名前: ◆/cZ9NqabwE[saga] 投稿日:2012/10/23(火) 19:26:21.21 ID:9mpxyvgoo
んじゃ本編すこし投下

75 名前: ◆/cZ9NqabwE[saga] 投稿日:2012/10/23(火) 19:26:49.84 ID:9mpxyvgoo

夕食の時間になり、皆が一堂に会する。

透華さんの祖父さんと親父さんは居なかったが、家族はなるべく一緒に食事を取るのが決まりらしい。

その家族の中に、執事やメイドさんも含まれているらしい。

皆が席に着くとハギヨシさんが料理を運んでくる。

次々と色取り取りの料理が並べられるが、一品だけ異彩を放った料理がある。

それを見た天江さんがぽつりと呟く。





「シチューか……」




この前作っていたシチューだろうか。

完璧なハギヨシさんのことだ、未完成品を出すわけがない。

つまり龍門渕家のシチューを完成させたということだろう。

明らかに戸惑っている透華さんと天江さんを見て、他の人たちが躊躇っていた。

折角ハギヨシさんが苦労して作ってくれたんだ、食べないのは勿体ないと思う。

俺は手を合わせて声を張って「頂きます」と言い、スプーンで一掬いするとシチューを口に運ぶ。


京太郎「うん、美味しいですよ、ハギヨシさん。」

ハギヨシ「ありがとうございます。」


その言動の意味に気付いたのか、透華さんがシチューに手をつける。

一口味わったかと思ったら、顔を綻ばせた。


「美味しい……そして懐かしい味ですわ。」


その言葉を聞いた天江さんがスプーンを手に取り、恐る恐るシチューを口に運ぶ。


「ああ、確かに、母君が作ってくれた味だ……」


天江さんが感慨深そうに言うと、周りから安堵の息が漏れ出る。

走った緊張の糸が切れたからか、井上さんが大声で頂きますと言った後、がっつき始める。

他の人もそれに倣ってか、食事を始めた。


「では、ごゆっくりどうぞ。」


ただ一人、ハギヨシさんはそれだけ言って食堂から出て行った。




食後、とぼとぼと家の中を歩き回る。

思い出すのは透華さんの笑った顔。

あの人に似たあの笑顔だった。

結局あの人は透華さんではなかった。

なら一体誰なのか……

考えても出ない答えを考え、

思考はぐるぐると迷う。





真夜中になって俺に与えられた部屋で窓から外を見る。

月明かりに照らされた庭が見える。

今夜もあの人はいるのだろうか……

俺の疑問は解けるのだろうか……

気付いたら庭に足が向かっていた。


庭に敷き詰められた綺麗な花絨毯を横目に、小さな屋根が付いたお茶会の場所へ向かう。

そこに白い椅子に座った綺麗な金髪が風にたなびいていた。




「こんばんは。」

「ん?きょうたろーか。」


目的の人に思わず声を掛けて、そして人違いだと気付く。


「どうしたきょうたろー?」


「いえ、天江さんがいるとは思わなかったので。」


「ここからの望む景色は風情があるからな、時折ここで寛ぐ。」





「そうですか。」

「ところで天江さん――「衣だ」」


「衣を呼ぶときは衣と呼んでくれ、衣もきょうたろーのことをきょうたろーと呼ぶ。」

「衣たちは家族になるのだ、名前で呼ぶのが道理であろう?」


「わかりました。」

「では衣さん、こちらに座ってもいいですか?」


「そのくらいの瑣末なことは一々許可を取らなくてもいいぞ。」


「んじゃ失礼します。」





俺は空いている向かい側の椅子に腰を下ろし、暫くの間、衣さんと話していた。

話している内に衣さんは眠くなってきたのだろう、ゆっくりと舟をこぎ始めた。


「衣さん、もう寝ましょうか。」


「衣はまだきょうたろーと話をしてても大丈夫だぞ……」


「俺もそろそろ寝ないといけないんですよ。」


「なんだきょうたろーも寝るのか、それなら仕方ないな、衣は部屋に戻るぞ。」


「お休みなさい、衣さん。」

「お休み、きょうたろー。」


そう言って衣さんは眠そうな目をこすりながら別邸に戻っていった。

衣さんに寝るとは言ったものの、直ぐに部屋へと戻る気はなかった。

ただ、俺が寝ると言わないと衣さんは素直に戻らない気がしたのでそう言っただけだ。





花と月を見ながら少し目を瞑る。

風の音と花の香りが心地良い。

色んなことが俺の身に起き、住んでいた家から離れ、今はここにいる。

起こった出来事とこれからの事を頭の中で整理していたら何時の間にか眠っていたようだ。

大した時間ではないが、その間に人が来て俺に声をかけてきた。


「こんなところで寝ると風邪をひきますわよ。」


「え?あ、こんばんは。」


「ふふ、またお会いしましたわね、京太郎君。」


そこには真夜中のお茶会を開いた人がいた。


「京太郎君、お茶はいかがかしら?」


「頂きます、『龍門渕さん』。」


「はい、どうぞ。」


コポコポとティーカップに注がれたお茶を飲みながら、

下の名前を聞きそびれた女性と会った。




「そういえば、おれ、ここの養子になることになったんです。」


「そう、なら私とも家族になりますのね。」

「私の事は母親だと思ってかまいませんわ。」

「なんなら私の事を『お母様』と呼んで頂いても構いませんのよ?」


「流石にそれはちょっと……」


「そうですか、残念ですわね……まぁ無理にとは言いませんわよ。」





それから俺が高校に転校する事、明日清澄に行って挨拶する事や不安な事、

身の回りの急激な変化を話した。

話が進むに連れ、お茶が切れて御開きの時間になった。





「龍門渕さんと話していて大分気が紛れました。」


「私で良ければ幾らでも相談に乗りますわ。」


「ありがとうございます……そういえば貴女は普段、何所にいるんですか?」


「夜はいつもここにいますわ。」

「私に会いたくなったらここにいらっしゃい。」

「出来れば私をお母様と呼ぶ練習もして欲しいですけど。」


冗談めかしてくすくすとお上品に笑いながら言っていた。


「出来るだけ努力します、それではお休みなさい。」


「おやすみなさい、京太郎君。」





挨拶を済ませて部屋に戻ると、暗がりの中で目立っている物が在った。

枕元に置いてある、チカチカと光る携帯電話を開く。

「ん、母さんからのメールか……」


『ハロー京太郎、元気にやってる?
 今母さん海外に居るせいか電波が届かない事もあるの、
 だからメールとか電話出来ないことも多いけど寂しくなるなよ?
 あたしも寂しいけど京太郎との思い出を元に仕事頑張るわ。』


「適当なメール寄越しやがって、まぁ母さんらしいと言えば母さんらしいか。」


それにしても母親、か。

俺には既に母親がいるので暫くはあの人を母と呼べないだろう。

でもあの人を母親と呼べるようになった頃には、ここの一員になれたってことだろうな……





やがて朝になり、清澄との別れの日がやってきた。

朝一に担任に事情を伝え、教室で別れの挨拶をする。

そこには咲も含まれていて、その顔は驚愕の色しか見せていなかった。





咲「京ちゃん、嘘……だよね?」

京太郎「咲、別に今生の別れって訳じゃないんだ、同じ長野に居るから何時でも会える。」

咲「……でも清澄から出てくって事でしょ……?」

京太郎「確かにそうだけど、咲はもう大丈夫だろ?」

咲「私の何が……大丈夫なの……?」


今にも泣きそうな咲を宥めつつ、落ち着いた声色で諭す。


京太郎「咲には和も優希も染谷先輩も部長も居るだろう?」

京太郎「困った時は頼れる仲間や友達がいる……」

京太郎「だからもう俺が居なくても大丈夫だろ?」

咲「何も……何もわかってないよ……京ちゃんは……」

咲「全然大丈夫じゃないよ……」

咲「京ちゃんのバカ……」





それだけ言って咲は足早に去っていった。

「これでいい、これでいいんだ。」

自分にそう言い聞かせて、咲の背中を目で追いかけていた。





やがて放課後になり、一人部室の掃除をする。

「もう今日で最後か」と思うと、どこか物寂しく感じる。

懐に忍ばせた退部届けが重い……

ただの紙切れ一枚なのに、こんなにも重いものなのか……

そして一番最初にやってきた部長に事情を話し、退部届けを渡す。

それを受け取った部長はただ、目を細めてぼそりと呟いた。




「そう、家の事情なら仕方ないものね……。」

「うちも少し寂しくなるわ。」


「直ぐに気にならなくなりますよ。」


「そうかしら?送別会もせずに送り出すのは心苦しいわね。」


「出て行く奴のことより、今居る部員のために時間を割いてください。」

「そっちの方が建設的です。」


「案外須賀君ってドライなのね。」


「別れは惜しいですが決まった事をうだうだ考えても仕方ないです。」


「咲には言ったの?」


「納得はしてないようでしたが、大丈夫でしょう。」


「そう……」





部長は短く言うと椅子に座って部員全員を待っていた。

その内に部員が一人、また一人と入ってくる。

やがて集まった部員に別れの挨拶を告げる。


まこ「しかし急な話じゃな。」

京太郎「急すぎて俺もびっくりしましたよ。」

和「これでお別れなんですね。」

京太郎「同じ長野だから会おうと思えば会えるんだけど……」

優希「まったく、犬が勝手に飼い主放ってどっかに行くんじゃないじぇ!」

京太郎「タコスの食いすぎんなよ?」

久「とうとう咲は来なかったわね……」

和「……そうですね。」

京太郎「直ぐに元に戻りますよ、今のあいつには目標がありますから。」

まこ「だといいんじゃがのう……」

京太郎「最後に一つだけ……」

優希「なんだじぇ?」

京太郎「あいつを……咲を頼みます……」

和「言われなくても大丈夫です。」

京太郎「それじゃあ、さようなら、皆元気でやってください、俺、全国応援してますんで。」


そう言って部室から出る。

咲は今何所に居るのだろうか。

あいつの事だ、きっと一人でめそめそと泣いているのだろう。





公園近くの河川敷で彼女を見つけた。

須賀君の言った通りの場所でした。


「咲さん。」


「あ、和ちゃん……」


「部活終わっちゃいましたよ。」


「うん、ごめんね。」





彼女は赤い目を擦りながら申し訳なさそうに謝ります。

やはり彼のことで泣いていたのでしょうか……

ふざけた男ですね、須賀君は……

彼女にこれだけ想われていて、

彼女の場所が解るくらい想っていて、

何故自分で彼女を慰めないのでしょう……


私は正直彼に嫉妬しています。

大切な友人をここまで泣かせた彼に。

大切な友人をここまで理解している彼に。


家の事情で仕方ないのは分かっています、私も人の事を言える様な環境ではありませんから。


それでも私は嫉妬してしまう。

私以上に彼女を理解している彼を……





校門を出るとハギヨシさんが車で迎えに来てくれていた。


ハギヨシ「京太郎様、御向かいに上がりました。」

京太郎「様付けは勘弁してください。」

ハギヨシ「では、京太郎お坊ちゃまとお呼びします。」

京太郎「もっと嫌です。」

ハギヨシ「そうですか、それと私の事は呼び捨てで構いません。」

京太郎「年上の人を呼び捨てにするのは……」

ハギヨシ「透華お嬢様たちも私の事は呼び捨てでございます。」

京太郎「じゃあ呼び方は個人の気持ちの問題ということで。」

ハギヨシ「畏まりました、京太郎様。」

京太郎「結局様付けのままですか。」

ハギヨシ「やはり坊ちゃまの方がよろしかったでしょうか?」

京太郎「いえ、呼び捨てにするという選択肢をですね……」

ハギヨシ「仕える方に対してそんな失礼なことはできません。」

京太郎「俺はそっちの方が楽なんですけど……」

ハギヨシ「それに、京太郎様は先程――」

ハギヨシ「呼び方は個人の気持ちの問題と仰いましたので。」

京太郎「うっ……わかりました。」


大人ってずりーのな。




龍門渕家に戻った後、皆で食事をしている時、衣さんがこんな事を言い始めた。


衣「確かきょうたろーは明日から龍門渕に転校するのだったな?」

京太郎「ええ、そうですけど。」

衣「部活はどうするのだ?」

京太郎「特には決めてないです。」

透華「あら?麻雀部に入るのではありませんの?」

透華「京太郎も元は麻雀部なのでしょう?」

京太郎「俺は高校に入ってから麻雀始めたんで凄く弱いんですよ。」

京太郎「麻雀部に入ってからはずっと雑用ばかりしてましたし。」

純「個人戦は出なかったのかよ?」

京太郎「個人戦では午前で敗退しました。」

透華「……そうですか」

智紀「…………?」

衣「つまりきょうたろーは初心者なのだな。」

京太郎「ええ、そうですよ、役を覚えた程度です。」

透華「私、良い事を思いつきましたわ!」

京太郎「すっごい嫌な予感がする……」

透華「この後、京太郎の歓迎会を始めますわよ。」

衣「おー!とーか!衣もその意見には賛成だ!」

純「歓迎会って言ってもどんな事をやるんだよ?」

透華「もちろん!麻雀ですわ!」

京太郎「それって歓迎会と言う名のカワイガリじゃないですか!?やだー!?」

純「まぁ諦めな、野良犬に噛まれたと思ってさ。」

純「いざとなったらオレが助け舟だしてやっから。」

京太郎「うう、井上さん、イケメンだ……」

純「……言っとくけどオレは女だぞ。」

京太郎「知ってますよ。」

純「へぇ、オレを男扱いしない奴なんて初めてだ。」

京太郎「県予選の時に井上さんにタコスを食われたせいで、俺買いに行きましたから。」

純「……すまねぇ。」

京太郎「気にしてませんよ。」

純「あと、オレの事は純でいいぜ。」

京太郎「はい、分かりました、純さん。」

衣「純!きょうたろー!早く衣の部屋で打つぞー!」

純「はいはい……」

京太郎「俺の力を見せてやるぜ。」

京太郎「主に弱さ的な意味で……」

純「情けねぇ男だな……」


そんなこんなで衣さんが住んでる別邸に向かい、卓を囲む。

最初のメンバーは俺、国広さん、沢村さん、透華さんだ。


結果は俺の箱割れで終わった。


一「よっわ!?」

智紀「弱い……」

透華「弱いですわね。」

京太郎「だから言ったじゃないですかー……」チーン

純「見事な振込みマシンだったな。」

衣「きょうたろーは銀行みたいだな。」

京太郎「せめて少しは慰めてくださいよ……」

透華「慰められるレベルですらありませんもの。」

衣「よし今度は衣も打つぞ!」

純「今度はトバないようにしろよ?」

京太郎「善処します……」





またもや俺がラス引いたわけだけど、この人たち相手なら仕方ないよね?

俺そこそこ健闘したと思うよ?

箱は割れたけど。


京太郎「」チーン

純「まぁある意味予想していた。」

衣「寧ろ先程よりかはましだろう。」

一「それでも弱いね。」

衣「よし、では次だ!」

京太郎「マジですか……」

純「やばくなったらストップかけてやるから安心しろ。」

京太郎「出来れば早めにお願いします……」

透華「私が京太郎をみっちり鍛え上げてみせますわ!」

京太郎「もう既に歓迎会じゃないな。」





その後10時を過ぎまでやっていてそのあとお開きになった。

お開きの理由は衣さんがお眠の時間になったからだ。

どんだけ見た目通りなんだ衣さんは……


衣さんを寝かしつけて戻ってきた透華さんに呼び止められた。


透華「京太郎、ちょっとお話をしてもよろしいかしら。」

京太郎「ええ、大丈夫ですよ。」


透華さんは対面の椅子に腰掛け俺と話し始める。





透華「龍門渕家には慣れまして?」

京太郎「慣れたかどうかはまだ何ともいえませんが、良くはしてもらってますよ。」

透華「そうですの。」

透華「家には早く慣れて欲しいですわ。」

透華「京太郎は既に家族の一人なんですから。」

京太郎「家族、ですか。」

透華「ええ、そうですわ。」

透華「貴方と私がどんな関係でも、我が龍門渕家に来た時から、京太郎、貴方は家族ですわ。」

京太郎「なんかむず痒いですね。」

透華「直ぐに慣れますわよ。」

透華「だからこそ、家族だからこそ聞いておきたいのですの。」

京太郎「なんですか?」

透華「一つは個人戦のこと。」

透華「もう一つは貴方が夜に会った方の事。」

京太郎「個人戦は午前で予選敗退しただけですよ?」

透華「……個人戦は得点制ですわよね?女子も男子も変わりませんわ。」

透華「なのに、何故、得点制の個人戦出場者が午前で終わる事が出来ますの?」

京太郎「……あまりに点数が酷かったもので。」

透華「しかし、それだと公平性が失われてしまいますわ。」

透華「凄く弱い方と打てたから一人二人だけ良い点が取れたなんてことになったら、それこそ不公平。」

透華「本当は棄権か出場拒否をしたのでしょう?」

京太郎「凄いですね、エスパーかなんかですか?」

透華「ただの推理ですわ。」

京太郎「俺はただ身の丈に合った事をしてただけです。」

京太郎「俺は麻雀初心者ですから、大会に出られるレベルじゃありませんし。」

京太郎「それに皆の役に立ちたかったので、大会に出なかったんです。」

透華「……そう、ですの。」

京太郎「もう一つの方は夜のお茶会のことですよね?」

透華「ええ、その通りですわ。」

京太郎「実は、俺、透華さんに会うまでその人の事を透華さんだと思っていたんです。」

京太郎「特徴を聞いてみたら透華さんの様でしたし。」

京太郎「でも実際に透華さんに会って見て違うと分かっただけで、その人の事は特に分かってないんですよ。」

京太郎「分かっているのはその人が「龍門渕」と名乗っている事、よく夜の庭に居る事ぐらいですかね。」

透華「わかりましたわ、京太郎、お話に付き合って頂いてありがとうございます。」

京太郎「いえ、こちらこそ話して少し楽になりましたから。」

透華「ではお休みなさい。」

京太郎「おやすみなさい。」





俺は透華さんと別れた後、夜の庭へと出向く。

勿論あの人に会うために。


いつもの場所に行くとお茶を用意して待っていてくれた。





「こんばんは、龍門渕さん。」


「あらこんばんは、流石に一朝一夕で「お母様」とは呼んで頂けませんわね。」


「そんなに簡単なことじゃないんですよ。」


「気長に待ちますわ。」

「それで今日はどんな悩み事かしら?」


「麻雀をやっているんですがさっきコテンパンにされちゃって。」


「ふふふ、大丈夫ですわ、京太郎君は強くなりますもの。」


「そんなことがわかるんですか?」


「ええ、コツは大きく三回深呼吸して頭を氷のように冷ますことですわ。」


「そんなんで出来ますかね……」


「とにかくやってみればわかりますわ。」


「わかりました、それでは今度やってみます。」


「そういえば龍門渕さんって御幾つなんですか?」


「女の人に年齢と体重を聞くのはタブーですわよ。」


「あ、すみません。」


「ふふ、ただ一つヒントを言うなら……私には子供がいます。」


「お子さんが居るんですか。」


「ええ、近くにいるのですがその事に気付いていないようですわ。」


「そんなに会いたいなら会えばいいんじゃ……」


「中々難しいものなのですわ。」


「そうなんですか……すいません、無神経な事を言って……」


「お気になさらないで。」


それだけ言ってその人はお茶を一啜りしていた。




「すいません、本当はもうちょっと居たいんですけどそろそろ部屋に戻ります。」


「そうですか。」


「もう部屋に戻らないと明日が辛いですから。」


「転校初日お寝坊は恥ずかしいですものね。」

「それではお休みなさい。」


「お休みなさい。」


俺は部屋に戻り、明日のために早めにベッドの中に入った。

今夜はどんな夢を見るのだろうか……





俺は部屋に戻り、明日のために早めにベッドの中に入った。

今夜はどんな夢を見るのだろうか……




ここは……龍門渕家か?

今からしたら大分若く見える透華さんのお祖父さんがいる。





台紙入りの写真を渡される。

所謂お見合い写真というものだ。

お父様からの話によると、とある企業の御曹司らしい。

人柄は中々の好青年で、経営者としては辣腕らしく、

龍門渕の婿養子候補としてお父様の御眼鏡に適ったとのこと。

龍門渕家の長女として、一応、会って話を聞くことにしました。

私の旦那様になるかどうかは別として。





また変な夢をみたな、と思いつつ体を起こした後、身支度をする。

今日は転校初日だ、何かあったら困るので念入りに身嗜みを整える。

朝食を軽めに取った後、ハギヨシさんが用意してくれた制服に袖を通し、鏡の前で不備が無いか確かめる。

龍門渕高校は服装自由なのだが、初日は印象も大切なので一応制服で登校しようと思う。




それからなんだかんだあったが無事放課後になった。

なんだかんだと言うのは透華さん達と登校する際、入部届けに既に麻雀部と書かれていて、

それを見せながら爛々とした目で俺を見てくる金髪二人。

女の子ってずるいな、俺、断れないじゃん。

高校に着いたあとは職員室に行って担任と校長、教頭にやたら丁寧に挨拶されたりした。





放課後に入った直後、純さんがやってきて道案内と言う名の麻雀部に連行された。

恐らく待っていたずっと待っていたであろう透華さんが、仁王立ちしていた。


透華「龍門渕高校麻雀部へ、ようこそいらっしゃいましたわ!」

衣「よく来たな、きょうたろー!とーかはずっと立ったまま待っていたぞ!」

透華「衣!余計な事は言わなくてよろしいですわ!」

京太郎「あ、そうなんですか。」

透華「ムキー!?なんですの、その反応!?」

純「透華、京太郎はあっけに取られてるだけだ。」

京太郎「なんというか、ビックリしましたよ。」

透華「ふふ、私、目立っておりますわ!」


どっちかって言うと悪目立ちの部類だと思うけど、伏せておこう。




辺りを見回して疑問が浮かぶ。

今ここに居るのはレギュラーメンバーに補欠の杉乃さん、家で見た面子ばかりだ。



京太郎「あの透華さん、麻雀部に男子って居ないんですか?」

透華「おりませんわ!」

京太郎「あれ?って事はもしかして男子って……」

一「純くんと京太郎君だけだね。」

純「オレは女だ!」

京太郎「それって一種のテンプレ芸ですか?」

純「定着させたかねぇのにな……」

京太郎「龍門渕って強豪校なのに人数少ないですね。」

透華「ええ、あまりに軟弱でしたので、私達が1年生の時に追い出しましたわ。」

京太郎「すっごく不安になってきたんですけど。」

純「ここで打っていたら軟弱になろうと思ってもなれないから安心しろ。」

京太郎「無事生きて卒業できるかな……」





京太郎「あ、そうだ、皆さんお茶飲みますか?」

透華「ええ、お願いしますわ。」

衣「衣も飲むぞ。」

一「それじゃボクも頼もうかな。」

智紀「頂きます……」

純「オレもオレも。」

歩「私もお言葉に甘えていいですか?」

京太郎「分かりました。」

純「ってちょっと待て、なにナチュラルにお茶淹れようとしてんだよ。」

純「てかお前らも何自然にパシってるんだよ……」

一「違和感が無かった……」

歩「当然のように受け入れていました……」

京太郎「普段の習慣で体が動いてました……」

ハギヨシ「お茶でしたら私が淹れますので、どうぞ京太郎様は席でお掛けになってください。」

京太郎「あ、すみません。」


あれ、ハギヨシさんってこの部屋にいたか?

気にしてはいけないんだろうな、執事だもの。





声が掛かる、透華さんからだ。


透華「さぁ今から新入部員の歓迎会ですわ!」


あれ、昨日と似たような事言い始めたぞ?

俺に拒否権なんざあるわけないけど。

最初に卓に着いたのは俺、一さん、純さん、沢村さん。


京太郎「お手柔らかに……」

智紀「頑張って……」

一「今度はトバ無いようにね。」

純「練習だからそんなに気負わなくていいんだよ。」


みんなの心遣いが沁みるぜ……





ラスだけどトンでない、奇跡的にトンでない。


純「おー、今日はトバなかったな。」

智紀「意外……」

一「少しは進歩したのかな?」

京太郎「すみません、ベタおりしまくっただけです……」

純「あー、なんだ、上がらなきゃ勝てねぇけど点棒キープするのも重要だもんな……」

透華「点を取れなければ意味がありませんわ!」

透華「もっと攻めるべきですわ!」

透華「これは教育ですわね。」

衣「それでは次は衣達だな!」

透華「次は誰が入りますの?」

純「オレ今卓に入りたくないんだが……」

一「ボクも……」

智紀「私は後ろで見てる。」

歩「私は無理ですよ!?」

京太郎「ハ、ハギヨシさん!助けて!」

ハギヨシ「私ですか?ご要望とあれば……」

透華「ハギヨシと打つのは久しぶりですわね。」

衣「よし!それでは皆の者!打つぞ!」


そんなわけで今度は俺、透華さん、衣さん、ハギヨシさんで卓を囲んだ。




透華「ロン、5200ですわ。」

衣「ロン、8000。」

ハギヨシ「ロン、3900です。」

京太郎「はい……」

純「おい、京太郎が涙目だぞ……」

一「あの卓に入ったらそうなるよ……」

衣「きょうたろー、流石に振り込みすぎだぞ。」

透華「負けが込んでいても自棄になってはいけませんわ。」

京太郎「そんな事言われても……」

ハギヨシ「京太郎様、落ち着いて、今までやってきた事を思い出してください。」

京太郎「今までのこと……」





清澄のメンバーで打った時、ハギヨシさんに教わった事、昨日皆と打って感じた事。

色々思い出してみる。

少し頭を冷やした方がいいかもな……

……そういえば龍門渕さんにコツを教えてもらったっけ。

『頭を氷のように冷やせ』って。

やってみよう、まずは三回深呼吸だ。


スー、ハー、スー、ハー、スー、ハー……

よし、次だ。


一・純・智紀「?」





頭を冷やし、冷静になろう。

冷たく。

冷たく。

氷のように。




衣「……!」

透華「…………?」

ハギヨシ「…………」

京太郎「お待たせしました、再開しましょう。」

ハギヨシ「ええ、準備は宜しいようですね。」

衣「どうやら暗がりに鬼を繋いでいたようだな。」

透華「どういうことですの?」

衣「打ってみるまで判らぬ、だがきょうたろーには言い知れぬ天資がある。」

京太郎「冷静に……冷たく……」





賽が回る。

投げられた賽は澱みなく滑っていく。

山が切り分けられ、それぞれに手牌が配られた。



衣(この手に伝わる感触は……)

透華(京太郎の雰囲気が少しずつ変わっていきますわね……)

ハギヨシ(まさか……)

ハギヨシ「もしかしたら暖房を入れる準備をした方がいいかも知れませんね……」

一・智紀「?」

純「おいおいヨッシー、冷房の間違いじゃないのか?」

ハギヨシ「備えあれば、というやつですよ。」

京太郎「…………」





13順目


透華(妙ですわね、先程に比べて衣の鳴きが少ないですわ。)

透華(衣が麻雀で手心を加えるとは思えませんが……)


ハギヨシ(やはり京太郎様は『何か』を待っていますね。)

ハギヨシ(この前麻雀の指導をさせて頂いた時に奇妙な感じがしたのはこれでしたか。)


衣(山からツモる度、手に牌の冷たさが伝わる……)

衣(きょうたろー、これが貴様の力なのか……?)


京太郎「リーチ……」

一「あ、京太郎君が初めてリーチしたよ。」

純「「やっと」って感じだな。」

智紀「上がったら今日の初和了。」

京太郎「……ツモ。」パタタタ

純「お、今日の記念すべき初和了。」

京太郎「えっと……」

透華「1000・2000ですわ。」

京太郎「すみません、まだ点数計算出来なくて。」

透華「覚えることがまだ沢山ありそうですわね。」

一「点数言えないせいか、いまいち締まらないね。」


衣(今は元に戻っているが、きょうたろーの力の発露は確かに在った。)

衣(まだまだ未熟な力であるし、麻雀に関しても伊呂波を知らぬ初心者。)

衣(だからこそきょうたろーの今後の成長が楽しみだな。)

衣「さぁ、次局に移るぞ!」





京太郎「うわー、もう疲れたー……」

衣「だらしがないな、きょうたろー。」

透華「家に帰りましたら特別メニューを用意して差し上げますわ。」

京太郎「夕飯の話ですか?」

智紀「多分、麻雀の話。」

京太郎「ということは……」

衣「うむ、特訓だな。」

純「特訓だろうな。」

一「特訓だね。」

京太郎「マジですか……」

純「夕飯食う時間くらいは確保してくれると思うぜ。」





純「ロン、3900だ。」

一「ツモ、1000・2000だよ。」

智紀「ロン、5200。」

京太郎「焼き鳥……」

透華「京太郎、牌効率を考えるのですわ。」

京太郎「牌効率、ですか。」

透華「ええ、待ちに関してですが、場に一枚も出てないと仮定して、
嵌張・辺張・単騎待ちなど一種四枚の牌待ちなどより、
両面待ち、二種八枚の方が単純に考えて二倍の確率で引けますわ。」

透華「多面張であればあるほど単純に和了する確率は上がりますの。」

京太郎「ああ、なるほど。」

透華「いっそのこと字牌は全部切るつもりで行ってみてはいかがかしら?」

透華「順番としては手配に一枚しか無い客風を最初に切り、それから場に出ている字牌を切ってみましょう。」

透華「三元牌や連風牌が二枚手牌にあるならキープしてもよろしいですが今は忘れるのですわ。」

京太郎「えーとつまり……?」

透華「……最初は字牌全部切って面前でタンヤオか平和を目指しましょう。」

京太郎「おお、そういうことですか。」

純「いいのかそれで……」

透華「最初はこれでいいんですわ、ではやってみましょう。」





京太郎「ツモ、ええっと1300・2600?」

透華「メンタンピン・ツモで裏も一枚ありますから五飜で満貫ですわね。」

京太郎「おお、満貫なんて滅多に和了出来なかったのに!」

透華「ふふ、京太郎ったら和了っただけでそんなに喜んで。」

京太郎「嬉しかったものでつい。」

ハギヨシ「皆様、デザートをお持ちしました。」

純「お、良いタイミングで持ってきてくれたぜ!」

一「ちょうど甘いものが食べたかったんだ。」

衣「ハギヨシ、今日の甘味はなんだ!」

ハギヨシ「ゆずとみかんのジェラートでございます。」

衣「氷菓か!衣は幾らでも食べられるくらい好きだぞ!」

純「食いすぎて腹壊すなよー?」

衣「衣だって節度は守るぞ、子供じゃないからな!」

京太郎「衣さん、すっごい目を輝かせている……」

京太郎「あれで俺より年上だってんだから驚きだ……」

純「あんまり本人の前では言うなよ?」

京太郎「あはは……」





そのあと透華さんの座学が始まった。

スジ、壁、捨て牌読み、降り方。

簡単なところで言えばまずはこれを覚えろと言われた。

スジにも色々あるらしいが多すぎて俺は覚えきれていない。





透華「それでは実践ですわ、京太郎は全体を見きれていない節がありますので注意してくださいまし。」

京太郎「まだ全部覚え切れていないですよ!?」

透華「やりながら覚えていけばいいですわ。」

透華「純、入りなさい。」

純「あいよ。」

衣「衣も入るぞ。」

透華「あとは……ハギヨシ、入れますかしら?」

ハギヨシ「わかりました。」

京太郎「あれ、透華さんは入らないんですか?」

透華「私は京太郎の後ろでちゃんと出来ているか見ていますわ。」


先生に後から見られているとか緊張するんだが……

とにかくさっき教わった事を思い出しながら打ってみよう。

相手は遥か格上なのだから胸を借りるつもりで行こう。





純「ロン、2600だ。」

ハギヨシ「ツモ、1000・2000です。」

衣「ツモ、4000オールだ。」

京太郎「……はい。」

透華「このくらいで暗い顔をしてはいけませんわ。」

京太郎「焼き鳥はきついです……」

純「おいおい、さっきに比べて振り込みが少なくなってるだろ。」

ハギヨシ「危険牌を切る頻度が明らかに減っておりますね。」

衣「トーカのおかげだな。」

透華「進歩はしておりますけど、京太郎は少し焦りすぎなのですわ。」

透華「節目節目に一度落ち着いてください、常に冷静でいれば全体を見ることができますわ。」

京太郎「わかりました。」

京太郎「よし、COOLだ、COOLになるんだ。」

純「落ち着くのはいいがCOOLとか京太郎に似合わねー。」

京太郎「あ、ひどい。」

衣「出来れば、きょうたろーのもう一つの方も鍛えなければな。」

京太郎「"もう一つの方"ってなんですか?」

ハギヨシ「恐らくですが、オカルトと呼ばれる分類のものでしょう。」

京太郎「自覚ないんですが、俺にそんなのあるんですか?」

衣「衣の印象だとトーカに似た感じがしたな。」

透華「え?そうですの?」

純「そういえば京太郎のオカルトってどんなのなんだ?」

衣「衣も確たる物を得た訳ではいないが、多分温度に関わるものだろう。」

純「温度ねー、だからハギヨシが暖房がどうのって言ってたのか。」

衣「それでは始めるとするか。」





あれから3半荘ほどやってみたがギリギリラスだった。

揮わぬ成績を見てか衣さんが唸る。


衣「う~む、きょうたろーが力を発露する条件がいまいち掴めん……」

純「普通にさっきより点数よかったけど違ったのか?」

衣「きょうたろーのはもっと冷える感じなのだ。」

一「透華と似た感じっていうのはそういうこと?」

透華「私って冷えてますの?」

衣「咲やノノカと打ってたとき事を覚えてないのか?」

透華「覚えていますけど、あんなの私じゃありませんわ、第一地味ですし。」

京太郎「地味って……」

透華「龍門渕透華は目立ってなんぼですもの!」

衣「話は逸れたがそんな感じだ。」




結局、俺のオカルトの発動条件が判らないままその日はお開きになった。

わからないことをわからないままにするのはなんとも気持ち悪いものだ。

せめて糸口でも見つけられれば思いながら自然と庭へ向かう。

そして今夜もあの人と会う。





「こんばんは。」


「こんばんは、今日はなんのお話をしましょうか。」


「いつも話を聞いて貰ってばかりですね。」


「京太郎君のお話を聞けるのなら構いませんわ。」


「今日、衣さんにオカルト打ちに関して話したんですが。」


「衣と、ですか。」


「ええ、龍門渕さんは衣さんの事をご存知で?」


「知っていますわ、衣のご両親のことも含めて。」


「へー、親しい間柄なんですね。」


「ええ、そうですわ。」

「それでオカルトがどうしたのかしら?」


「部活で打ってるときにオカルトの力が出たらしいんですが、いまいち出る条件がわからなくて。」


「そうですわね……」

「前に私の言った事を覚えていらっしゃるかしら?」


「えーと『頭を氷のように冷やす』でしたっけ?」


「そうですわ。」

「氷のように冷えた頭ならオカルトに関して何かわかりますわ。」

「ただし、これだけは守って欲しいですわ……」


「なんでしょう?」


「心だけは氷のように冷やさないで。」

「自分もそして周りも辛いことになりますわ……」


「何かよく分からないけど、分かりました。」


「うふふ、変なお返事ですこと。」





ふと昨日、話したことが気になった。

この事を聞くのは無神経な事だということは自分でも分かっている。


「ところで龍門渕さん、子供が居るって言ってましたけど……」


「今でも昨日の事の様に思い出せますわ。」

「その子が生まれた日の事を……」


「何で会わないんですか……」


「正直、会わせる顔なんてありませんの、我が子を残して去った母親なんて……」

「……その子ももう、私の顔など覚えてないと思いますわ。」


「…………」


憂いを帯びたその顔を見て俺は……


何も言えなかった。


この人がどんな気持ちで過ごしてきたのか想像も付かなかった。

ただ、月明かりのように冷たい悲しみの感触だけが伝わってきた……


「さぁ、京太郎君、良い子はもう寝る時間ですわよ。」


「あの!」

「あの……上手く言えないけど、きっとそのお子さんも貴女に会いたいと思っていますよ。」


「……ありがとう、京太郎君。」


「それではお休みなさい。」


「お休みなさい。」




自室に戻った俺はベッドの横たわる。

今日起きた出来事を整理する。


転校初日のこと。

部活のこと。

麻雀のこと。

オカルトのこと。

そして龍門渕さんのこと。


今日は色々有って疲れた、早く寝よう。

そう思ってたが、何か体の調子が優れなかった。

そのまま一人、部屋で休んでいたが眩暈がする。

それに続き、突如腹部からの激痛に襲われ、その場で蹲ってしまった。





下腹部が熱い。

脚を伝う液体の感触。

一体何が流れているんだ……

体に力が入らない。

誰か助けを呼ぼうにも、痛みの余り声も出ない。


そして俺は痛みに耐えかねて意識を手放した。





さっきの部屋だ……

ただ自分の体に違和感がある。

異様にお腹が出っ張っている。

自分の足元すら見えないくらいに。





そういえば妹はつい先日無事赤ちゃんを出産しました。

生まれた子供の名前は確か『衣』という名前になりましたわ。

妊娠が発覚した時期が一緒なので二人して大喜びしていましたわね。

ということはそろそろ私も陣痛が来てもおかしくありませんわね……





そんな事をハギヨシと夫に話しながら笑っていたら。

突如腹痛に見舞われる。

とても痛く、額に脂汗をかくのがわかる。

そんな様子をみてハギヨシが車の手配をして。

夫は私の身を案じる。

その内に産婦人科に着き、分娩室に入った。






「龍門渕さん!吸って吸って吐いてー!」

「ひっひっふー!」

「吸ってー!はい息んで!」

「うううぅぅんんんあああぁぁあ!!」

「もう少しですよ龍門渕さん!赤ちゃんの頭が見えましたよ!」

「龍門渕さんもう一度!吸って吸って吐いてー!」

「ひっひっふー!」
「ひっひっふー!」

「はい息んで!」

「あああぁぁぁあぁぁあぁ!!」



















……ギャーオギャーオギャー




「無事生まれましたよ!龍門渕さん!」

「可愛い女の子です!」

「ああ、ああ、私の赤ちゃん……」





助産婦さんに我が子を渡してもらった時。

産む時の痛みなど気にならないほどの幸福感があった。

愛しい我が子を抱きながら、『こんにちは』と言う。


産まれて来てくれて、ありがとう。

可愛い可愛い、私の赤ちゃん。





京太郎「うわ!?」


全身にかいた寝汗が気持ち悪い。

最近変な夢ばかり見るな……

ここへ来たのが何か関係しているのだろうか?


それからそれなりに時間が経った日。


京太郎「…………」タンッ


パキパキ


純「京太郎から鳴けねー……」

衣「衣の特訓のおかげだな。」フフン

一「打牌が凍りついて卓から離れないん感じだよね。」

衣「まさにすが(河に張った氷)だな。」

京太郎「一応ですが今はもう須賀じゃないですけどね。」

智紀「長野なのに東北弁……」


扉が開き、出てきた透華さんが声を張る。


透華「みんな!明日清澄の応援に行きますわよ!」

一「また急だね。」

純「おいおい、学校はいいのかよ?」

透華「問題ありませんわ、部活動の一環として行きますもの。」

一「いいのかなー?」

透華「いいんですわ。」

京太郎「応援ですか。」

透華「京太郎も原村和や宮永咲のことが気になるんじゃなくて?」

京太郎「そうですね、俺もあいつらのこと応援したいです。」


咲は元気にやってるだろうか。

危なっかしいあいつが少し気になる。





いつものような夜に、

いつものような庭で、

いつもの人が待っている。




「こんばんは。」


「こんばんは。」


「俺たち明日から東京に行く事になりました。」


「そうですか、もうそんな時期なんですのね、少し寂しくなりますわ。」


「インターハイが終わったら直ぐに帰ってきます。」

「そしたらまたこうして話せますよ。」


「そうですわね……」


龍門渕さんは少し寂しそうな顔をしたあと、真剣な眼差しを俺に向けた。


「京太郎君、私が前に言いました「心だけは冷やさない」という言葉覚えていますか?」


「ええ、冷やすのは頭だけですよね。」


「この先、何が起こっても心だけは氷のように冷やさないで、そして心を氷で閉ざさないで。」

「辛い時は家族に頼ると良いですわ。」


「わ、わかりました。」


龍門渕さんの真剣な表情に気圧され、意味も分からず返事をした。

龍門渕さんが再び穏やかな表情に戻った後、いつもの優しい声で話す。


「明日は東京なのでしょう、でしたら早目に寝ませんとね。」


「あ、はい、おやすみなさい。」


「おやすみなさい、良い夜を。」


挨拶をして別れたあと、自室に戻ってベッドに寝転がる。




京太郎「辛い時は家族に頼れ、か……」

京太郎「そういえば母さん今何やってるんだろう?」


携帯電話を開き、母親にメールを打つ。


《明日から友達の応援の為、東京に行って来る。母さんの方は仕事とかどんな感じ?》


京太郎「簡単だけどこんな感じで良いか。」


明日から東京に行くのか、咲は頑張れるだろうか。

東京のお姉さんと無事仲直り出来ればいいのだが……

明日は早目に起きよう。