諦めの悪い女 宥編


 初恋は成就しない。

 なんて話はどこでも良く聞くのだけれど、やはり一度でも心の底から

好きになった相手の事を忘れるなんて事は到底難しいと私は思う。

京太郎「そんなところで寝てると風邪引きますよ」

 日向で眠る自分の傍らにいてくれる大切な人。

京太郎「どうしたんですか?俺で良ければ相談に乗りますよ」

 身体が弱く、人並み以下の私の隣にいつもいてくれる貴方が好きです。

京太郎「俺が好きな人?そんな事聞いてどうするんですか、先輩」 

 結局私は、貴方に自分の想いを告げられなかったけど。

 それでも、貴方と皆と過ごせた日々はとても輝いていました。

 だから....

宥「京太郎君。あのね」

 私は、妹の為に一度は身を引いた相手に想いを告げる。

宥「憧ちゃんじゃなくて、私を選んで....お願い」

 例え、今まで積み重ねてきた大切な宝物を自らの手で穢したとしても。

宥「私に出来る事があれば、なんでもするから...」

 私は、ずっと彼だけに私だけを見ていて欲しい。

京太郎「無理ですよ。自分が何言ってるのか分かってるんですか?」 

京太郎「俺はもう憧と付き合ってるんですよ。アイツを裏切れません」

宥「ううっ....」

 玄ちゃんと私は、今、目の前にいる人を好きになってしまった。

 それが原因で、私も玄ちゃんも辛い思いをお互いに強いてしまった。

 本当は、本当は...誰よりも早く自分の気持ちを伝えたかった。

 でも、私は...玄ちゃんの初恋を応援する事にした。

 それが姉として、家族として不甲斐ない自分を助けてくれた妹への

ささやかな恩返しのつもりだった。

 だけど、それが間違いの始まりだった。

憧「京太郎。今度の日曜日、私に付き合いなさいよ」

京太郎「あんだよ。まーた買い物か?荷物持ちですか~?」

憧「バッカ!違うわよ!」

憧「お姉ちゃんと一緒にドライブ行くからどうって聞くつもりだったの!」

憧「ったく。そうほいほい服なんか買うお金なんてないっつーの」

京太郎「ああ、悪い悪い。憧と望さんには感謝しないとな」

京太郎「あと二年待てよ憧。免許取ったら二人でどっかドライブしよーぜ」

憧「ふきゅっ!」

 玄ちゃんの初恋は実らなかった。

 それは同時に私の初恋も実る前に終わってしまった事を意味していた。

 彼が選んだのは憧ちゃんで、憧ちゃんも私達同様にずっと前から彼の

事が好きだった。

 ただ、私と憧ちゃんが違ったところは

京太郎「憧と一緒にいると楽しいな」

憧「当たり前でしょ。アタシとアンタはそういう仲なんだから」

憧「隠し事なんてしないよね?」

京太郎「ああ。憧はツンデレだけど可愛い奴だなって思ってるよ」

京太郎「いい女だ。分り易い女だ。だが胸はそんなに無いのが残念だ」

憧「こらぁ!待てー!京太郎!」

 私達の想いが一方通行の片想いだったことに対して、二人の場合は

両想いが当然の様に成就したことと言う、大きな違いがあった。






 夏が終わって、九月になって部活を引退した後も、私はずっと部室に

京太郎君の顔を見に足を運んでいた。

 玄ちゃんは失恋のショックからか、それとも私の想いに気づいて

いたのかわからないけど、麻雀部に来なくなってしまった。

 玄ちゃんがいなくなって、京太郎君と憧ちゃんがあまり顔を出さなく

なって、穏乃ちゃんも麻雀に興味をあまり持たなくなって、最後に阿知賀の

麻雀部の部室には私と赤土先生だけが残っていた。

赤土「宥。辛くないのか」

宥「辛い?どうしてですか?」

赤土「だって、京太郎の事、玄も宥も好きだったんだろ」

 少しだけ塩味の混ざった安い紅茶を飲みながら、静かに私は赤土先生に

自分の想いを打ち明けていた。

宥「はい。今でも京太郎君の事が好きです」

宥「だって、京太郎君の優しいところが好きなんだもん」 

宥「憧ちゃんを慈しむ様に撫でる優しい微笑みがたまらないんです」

宥「京太郎君を想い続けるだけで、私はまだ幸せでいられる」

宥「例え、私を見ていなくても憧ちゃんと付き合ってても、ずっと好き」

赤土「宥...それは、違うよ」

赤土「しんどい結論が出るって分かってても、向き合わなきゃ」

赤土「知ってた?穏乃も灼も京太郎が大好きだったんだよ」

赤土「まぁ、穏乃と灼の場合は友達としての好きだったからねぇ...」

赤土「まだ耐えられる。自分の恋心を自覚しないまま終わったから」

赤土「でも、宥の場合はもっと深くて、どろどろしてる」

赤土「見てて分かるさ。辛そうに笑ってるんだもん」

赤土「痛々しいよ、宥。そんな笑顔で誰かを想い続けるのは、ダメだよ」

 赤土先生は私が思っていたよりもずっと鋭かった。

 心がジクジクと痛みながら腐っていく様な、そんな言葉にしがたい

痛みに耐えながら、私も玄ちゃんも初恋を引きずり続けている。

赤土「....」

 これから私が一体何を言おうとしているのか、その頼みを聞く事が

赤土先生にとってどんな意味を持つのかを私も先生も知っている。

赤土「宥。私は、憧の事も宥の事も大事に思ってる」

赤土「二人の願った事が、それぞれ幸せに円満に叶えば良いとも思ってる」

赤土「でも、宥がやろうとしていることは....正直....」

宥「分かってます。自分がやろうとしている事の罪深さくらい」

宥「私の初恋は実らない。二人のの心に深い傷を残すことも分かってます」

宥「私はズルいんです。卑怯なんです」

宥「誰かの暖かさに縋らなければ、一人では生きていけないほど弱くて」

宥「でも、やっぱり諦められないんです」

宥「だから....赤土先生....」

赤土「....分かった。だけど、覚悟しといた方が良い」 

赤土「どっちに転んでも、憧も京太郎も一筋縄じゃ行かないからね」

 赤土先生は、私を一瞥する事無く苦虫を噛み潰した様な顔をしながらも、

私のお願いを聞いてくれた。

宥「ありがとうございます」

赤土「やめろ。感謝なんてしないでくれ」

 吐き捨てた一言と共に、赤土先生はもう全員が殆ど集まる事が無くなった

麻雀部の部室から出て行った。

宥「京太郎君...」 

宥「私を、一人にしないで....」  

 私が辛い時、いつも傍にいてくれた玄ちゃんはもういない。

 穏乃ちゃんも、灼ちゃんも、そして憧ちゃんも。

 皆はまだ卒業式まで一緒にいられるけど、私は違う。

宥「ずるいよ、憧ちゃん」  

宥「みんな、ずるいよ」

 溢れ出る大粒の涙を、誰もいない部室の中で一人拭う。

 初恋は実らない。でも、まだ終わっていない。終わって欲しくない。

 だから、私はその時が来るのをずっと待つ。


 続く。

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最終更新:2018年04月26日 22:31