「アハハッ! もう動けるのはキョータローだけ。
まだ足掻こうっていうの? バッカじゃない!?」
純白に僅かに汚れをつけた金の髪をうねらせる少女、大星淡は睥睨し叫ぶ。
地に伏せる者、地べたに両足を屈し俯く者、
頭からぬめる赤色を一筋流し障壁にもたれている者。
だが少年はもがき、どうにか起こした膝に手をつき立ち上がる。
「馬鹿でいいさ。もう一度お前の手を掴むまで、馬鹿みたいに進むと決めた!」
「っ! もういい。もういいから! 潰れちゃえっ!」
一瞬嘲笑を強張らせ、しかしそれを振り払うように少女は異能を振り撒く。
それでも須賀京太郎は今度こそ屈しない。
少女を中心に展開された高重力フィールド。
射撃武装はそのフィールドの外からでは少女に届く前に墜ちる。
少女に近ければ近いほど強まる重力は、
密着するほどの距離でないと危害を加えることを許さないいわば絶対防衛圏。
斬る、殴るといった方法でも、自身の重さに耐えられなければ叶わない。
飛ぶことなどもってのほか。彼女の異能にそんな甘さはない。
だから彼は一歩一歩全力で突き進む。
自らのアーマー出力ではもはや手段がないのだから。
そして――
「チッ。でもそんな動きじゃこれは避けられないでしょ!?」
来た。おもむろにかざされた淡の手に黒い塊が現れ見る間に膨らんでいく。
否、彼女の手に現れたのは異能により発生した重力という概念、現象そのもの。
光すら捻じ曲げ取り込む虚ろな死と言うべき球体。
「やれるかッ!?」
一方京太郎も右手で支えるようにして左手を突き出す。
淡のような異能を射出するかと思えばそうではない。
ただ突き出しただけ。
それを見た淡は強く歯を噛み、嘆きと共に球体を撃ち出す。
「し、死んじゃっても知らないんだからッ!」
「グッ、オオオアアアアアアアアアアアッ!」
まともに掌で受け止める。
淡の期待を裏切り彼の左腕は重力に抗い切れず
指からどんどんと捻じれ、裂け、弄ばれた針金のように折れ曲がっていく。
「なんで? シールドがあれば吹き飛ばされるだけでしょう!」
「アガッ グッ ゥアアアア! こ の、一瞬ガッ!」
咆哮。左腕を添えていた右腕で強引に重力弾ごと脇へ流す。
前にくずおれるように体勢を崩した、直後淡は彼の姿を見失う。
「どこにっ」
「重力ってのは! 上から下にだろうが!」
「上!? “飛ぶ”なんてありえない!」
「俺は“跳ぶ”のが得意でね!」
降り注いだ声に反応し天を仰ぎみれば果たして須賀京太郎はそこに居た。
斥力式スラスターですら飛行を不可能とする少女の絶対防衛圏。
それを打開したのは何のことは無い、一瞬に力を凝縮した“跳躍”。
少年がハンドボールで培ったゴール前での必須技能。
「驚かせてくれるじゃん! でもそれじゃもう避けられないし防げないでしょ!
チャージしなくたってこれくらいのパワーは出るんだから!」
少年が跳躍することで自身の直上に達したことを即座に看破した淡。
その跳躍にも重力球を左腕を犠牲にして稼いだ時間が必要だったのだ。
次は無い。後は落下してくるだけ。
男性である京太郎の射撃出力では、
たとえ自分の展開した重力に影響を受ける実弾タイプであっても
シールドを抜く威力にはなりえない。
である以上、この攻撃でトドメになる。
そう理解した途端僅かに視界がぼやける。声は出さなかった。
両手を上に向け、最初に撃った球体よりもいくらか小さい黒弾を放つ。
京太郎の胸へとめがけ真っ直ぐ。だが。
「へへっ、お返しだ! 滅茶苦茶痛いぞ!?」
「え?」
当たったのはまだ無事だった右手。
この時のために残しておいたエネルギー全てを注ぎ込んだシールドで囲まれた重力弾。
ガラスを割るような硬質な破砕音が響く。遅い。
掌を叩きつけるように。手にしたボールをゼロ距離で振り抜くように。
全身全霊全重力を込めた一撃が少女に吸い込まれた。
「あがっ ああああああああああああああああああああああ!」
慌てて異能をキャンセルしシールドに全出力を込めたのは幸か不幸か。
消え切る前に衝突した擬似的な大質量を構成する超高エネルギーが解放され、
特殊素材の床でも衝撃を逃がしきれず数十メートルを吹き飛ばすような力が
シールドを削りながら床を砕き淡を押し込んでいく。
ともすれば死ぬかもしれないという恐怖。
いつ終わるともしれない焦燥。
シールドを貫いて襲う激痛。
数秒か数十秒か、それとも数分だったのか。
少女の胸だけを地面に残し全身が埋まった頃その破壊は止まる。
それと同時に少女は意識を手放した。
「はあ~っ。勝ったぜ、みんな」
そうして少年は左腕の激痛に意識を失うこともできず、
しかし床に身を委ねることを自身に許した。
カンッ
最終更新:2017年10月13日 00:13