陽気な風吹く蒼空の午後。
旧校舎の最上階にある清澄の麻雀部には様々なものがある。その中でも一番際立っているものはベッドに違いない。
重い寝台、シーツや蒲団ですら階段を昇って持ち運ぶには手間が掛かる代物だ。
「誰が用意したんだろうな?」
返事はない。
眠り姫は心地良さそうにすやすやとシエスタを満喫している。
「本当に可愛いよな」
アイドルや芸能人よりも彼女の方がずっと綺麗だ。
シミ一つない瑞々しい肌、触ったらスベスベしていて気持ちいいだろう。
長い睫毛、瞼の下に隠れた強い意志を宿す瞳に彼はどのように映っているのだろうか。
一目見たときから惹かれ、いつしか恋慕に結び付いた。可憐な少女が愛しい。
「好きだ」
起きている時には言えない。
彼女が眠っているからこそ口に出来る。
「和」
彼女はあまりにも高嶺の花。
両親は法律家の先生、裕福な家庭、勉強も出来、インターミドルでの優勝、個人と団体の両方でインターハイ本選への出場を決めている。
そんな輝かしい彼女と比べたら、分不相応な想いを抱いているのだと思ってしまう。
それに告白して今の良好な関係が崩れてしまうことが怖かった。
「好きでいるだけなら良いよな」
想いが遂げられなくとも、彼女が笑っていてくれるなら、幸せなら構わない。
そうであるためなら、自分に出来ることを精一杯するだけだ。
麻雀が下手っぴなままで、雑用や料理の腕ばかり上がっていくのも気にならない。
「んんっ……」
目が覚めるのかと思えば、寝返りをしただけだった。
その拍子にシーツが捲れた。
「うっ……」
今日は少し暑い日だ。
そして彼女の胸は平均から些かかけ離れている。
だから、制服のネクタイを外し、苦しくないようにボタンを開けていたのだろう。
白い布と肌色が覗いてしまった。
「…………」
生唾を飲み込んだ。
つい食い入るように見つめてしまう。
それはとても大きくて、強い誘惑を起こす魅惑的な双丘だった。
「ちょっとだけなら……」
抗い難い欲望が沸々と湧いてくる。
指先がゆっくりと近づいていった。
後、ほんの数センチ伸ばせばあの憧れに埋まるだろう。それは刹那的な悦びと興奮を喚起させるに違いない。
「…………、和……風邪引くぞ……」
だが、和に触れることはなく、白いシーツに指を掛けた。
「少し、頭冷やしてくるか。良いものを見せてもらったお礼にキンキンに冷えたジュースでも買ってくるかな」
独り言を漏らしながら、京太郎は部室を後にした。
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部室には唯一人。
足音が遠ざかる。
むくりと少女は起き上がった。
「意気地無し……」
その呟きは彼に対してだろうか、自らに向けてだろうか。
「キスの一つでもして下さいよ……」
唇に指を当てながら、願望を口ずさむ。
ほのかに顔を上気させていた。
「はあ……」
部活仲間の一年生では自分だけが彼を名字で呼んでいる。恥ずかしがっている内に、訂正する機会を失った。
彼の本心に気づいていた。
先の言葉で確認も取れた。
それでも動けない。恐れる必要は何もないはずなのに、踏み出す勇気が持てないでいる。
父との約束。
別離が怖いのかもしれない。
彼を信じきれないのだろうか。
「インターハイが終わったら、告白しましょう」
和はそう自分に言い聞かせる。
臆病な二人の恋、それがどうなるかはきっと夏の終わりに答えが出るだろう。
カンッ!
最終更新:2017年10月12日 23:27