<京照咲でかなりきつめの修羅場>

 大人の女性、二十歳からアラサーになるまでの10年あまりは人生で最も
充足している時期と言っても過言ではない。

 恋にお洒落に美食に旅行。

 これらを一年間で実現するのにかかるお金は最低でも300万程度。
 しかし、結婚とそこから派生する夫婦生活と子供の養育費はその10倍を
軽々と越える。
 だから、結婚というのは家を買うよりもお金が掛かるのが現実であり...

京太郎「照さん。お誕生日おめでとうございます」

京太郎「これ、照さんが前から欲しいって言ってたやつです」

照「京ちゃん。ありがとうね」 

 まだまだ猛威を振るう彼女がこれから稼ぐ賞金の額は天井知らずだ。

 だが、

照「でも、私が今欲しいのは京ちゃんなの」

 部屋に置いても安らぎをくれない金ピカのトロフィーよりも、10年近く
自分の近くにいてくれて、身体を重ね、愛の睦言を交わし合う程に親しい
男と結婚したいと考えるのは至極当然の帰結だった。 

照「ね、結婚しよ?」

今をときめく二代目大魔王こと宮永照。

 麻雀のトッププロとして獲得した優勝賞金の総合額は軽く億を超えると
まことしやかに噂される。そんな彼女も今年で27歳になる。

京太郎「いいよ。でも譲歩して欲しい事がいくつかあるんだ」

京太郎「まず来年の俺の誕生日まで待って欲しい」

 照が結婚を考えているその男、須賀京太郎も照の言葉に頷いた。
 自分も25歳だし、年上だけど妹のように自分になついてくれる彼女と
子供を作って、念願のマイホームに家族揃って住むのも悪くない。

 自分の心の中に描いた夢を実現する為に、彼は現在進行形で一生懸命に
建築士としてのキャリアを積み上げている最中だった。

京太郎「あと一年で結婚資金と家を建てるお金が貯まるんだ」

照「言ってくれれば、私が全額出すのに...」

京太郎「ごめん。でも照さんとは対等でいたいんだ」

京太郎「結婚式と家のお金を奥さんと折半っていうのも情けないけど」

京太郎「それまでは仕事の方を優先せざるを得ない。分かって欲しい」

照「そんな!京ちゃんの気持ち、ちゃんと私も分かってる」

照「でも、言葉だけじゃ...安心出来ない、から」

京太郎「分かってる。だから」

そういうなり京太郎は傍らに置いてあった鞄から一枚の紙を取り出した。

京太郎「婚姻届。あとは照さんがどうするか決めて欲しい」 

 テーブルの上に置かれたその紙には空白が1ヶ所しかなかった。
 宮永照は震える手でボールペンを取り、その空白欄に名前を書いた。

京太郎「これは俺が預かっておく。いいかな?」

照「うん。でも、もう一枚書いておこうか」

 念を入れてもう一枚、照は自分のタンスの中から婚姻届を引っ張りだし、
京太郎ももう一度婚姻届にサインと捺印を済ませた。

照「これで安心だね」

京太郎「ああ。お互いに一枚ずつ持っておこう」

京太郎「...咲の奴がなにするか分からないしな」

 仲直りすることなく、こじれにこじれた姉妹の仲は最早修復不可能な
程に壊れてしまっていた。
 その姉と妹の意中の相手だった京太郎は、結局照を選んだ。

 咲よりも照が好きだと告げたあの日のもう一人の幼馴染の絶望した
顔は今でも夢に出るほど、京太郎の心に傷を残していた。

 だが、それは過去のこと。

 今の自分が大切にしたいのは咲ではない。照なのだから。

京太郎「明日。一緒に区役所に行って、これを出そう」

京太郎「結婚式はまだ挙げられないけど、今はこれで許してほしい」

照「京ちゃん大好き!!」

 勝った!!

 そう思った瞬間、照は京太郎に抱きついた。

照「京ちゃん京ちゃん京ちゃん!これから京ちゃんは私の、私だけの」

京太郎「ああ。ずっと一緒だ」

 幸せが全身を巡る。

 明日はきっと自分の人生の中で一番幸せな日になるだろう。

 照も京太郎も、そう信じて疑っていなかった...。





次の日


京太郎「どういうことですか!!」

受付「ですから、婚姻届は既に貴方の名前で受理されてます」

京太郎「...相手は、相手は一体誰、なんですか?教えて下さい」

 事態は最悪の展開を迎えていた。

 長年の夢が叶うと信じて疑っていなかった...。

 今日、二人は名を一つに出来ると信じて疑っていなかったのに...

受付「...こちらが提出された婚姻届です」

 震える手でつまみ上げた婚姻届の俺の名前の横に書いてあった名前は...

 宮永、咲。

照「嘘、そんなの嘘だ...」

照「だって、だって...昨日私は京ちゃんと、結婚の、結婚の約束...」

 咲が書いた婚姻届が受理された日付は去年の照の誕生日。
 俺と照が事の次第に気が付いた時、全てが手遅れだと悟ってしまった。

 婚姻届は一度受理されてしまえば、離婚でしか解消することが出来ない。
 だけど、咲がそれに応じるとは思えない。

京太郎「!」

 あまりのことに気を失った照。

 そして狙い澄ましたかのように、ポケットの中に入っている携帯電話が 
ブルブルと振動し始めた。液晶画面には知らない電話番号が表示されている

京太郎(咲...なんてことをしてくれたんだ、お前)

京太郎「もしもし」 

 震える手が通話ボタンを押す。

咲「あ、久しぶりだね。京ちゃん!元気だったかな?」

京太郎「お陰様でな。で?」

咲「もう、そんなに邪険に扱わないでよ」

咲「お姉ちゃんそこにいるんでしょ?代わって欲しいんだけどな~」

 7年ぶりに声を聞く、かつての幼馴染は全く変わっていなかった。
 のほほんとした声と俺にだけ見せる明るい笑顔も電話越しから、今の咲が
どういう表情を浮かべているのかが丸わかりだった。
 アイツはあの時から全く、何も変わっていなかった。

 照のせいで自分が俺に捨てられたと絶望したあの時から...

京太郎「照は泣きじゃくって話にならないから俺が話聞いてやるよ」

咲「アハハハ!なに、あの女泣きじゃくってるの?」

咲「本当に~?いや~一年前から仕込んだ甲斐があったよ~」

咲「これが私からのお姉ちゃんへのプレゼント」

 笑い転げる咲の声には悪意しか籠もっていなかった。
 この時点で咲の復讐は半分以上達成されているだろう。

京太郎「そうか。で?今度は俺の子供を孕んだって狂言するのか?」

咲「そうだよ?そうでもしないとあの女、京ちゃん諦めないから」

京太郎「...今ならまだ引き返せる。咲、俺の話を聞いてくれ」

咲「やだよ...京ちゃん。また、私を捨てるの?」

京太郎「最初に謝っておく。お前を傷つけた俺が全部悪い」

咲「なら!」

京太郎「だけど、お前のしたことに俺達が責任を取るつもりは毛頭ない」

京太郎「こっちから話すことはもうない。じゃあな」

咲「待って!京ちゃん!」

 今にも泣き出しそうな声の咲を自分の心の中から閉め出す。

照「京ちゃん...どうしよう、どうしよう..」 

照「私、京ちゃんのお嫁さんになれないよぉ...」

京太郎「照。泣くな。俺に任せろ」

 短い失神から目を覚ました照は、今し方自分が目にした光景が嘘ではなく

変えられない現実であることを認識して、更に泣きじゃくり始めた。

京太郎「行こう。人目を引くのは不味い」 

 照の手を引き、俺は市役所を後にした。

 おそらくあと一週間もしないうちに、週刊紙が照と咲の痴情のもつれを

面白おかしく掻き立てるはずだ。

 妹の婚約者に横恋慕した姉。大魔王、略奪婚に走る。

 そうなれば照やその周辺が被る社会的な被害は計り知れない。

 スポンサーから多額の違約金を請求されるかもしれない。

 俺も仕事を失うだろう。別に首になったって構わない。

 だが、照までは失うわけにはいかない。

京太郎「大丈夫だよ。照。どんな形でも俺がいつまでも側にいる」

京太郎「だから泣くな。咲は俺が説得する」

照「ごめんね...本当にごめんね...京ちゃん」

 こんな時に、昨日渡しそびれた本当に渡したかったプレゼントを

渡すのは卑怯かも知れない。

 だけど

京太郎「照。ずっと一緒だ」

 絶対に離したくない人を

照「はい...」

 愛という名の絆で結びつける、愛し合う二人だけが持つ権利のことを

京太郎「俺の隣にいて欲しいのは、照さんだけだから」

 人々は『結婚』と言うのではないだろうか?

 おしまい

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最終更新:2017年10月12日 23:18