~良子の家~

 時間は午後5時45分。まだ寝るには早いし、分かれるのにも早い時間だ。

「...」

 もう少しだ、あと少しで京太郎は私に陥落する。
 出会ってから色々考えたけど、やっぱり私には彼が必要だ。 
 私の傍らに寄り添い、常に私と同じ目線で一緒に楽しんでくれる。

 彼とこれからの人生を添い遂げて歩いて行く決心は固まった。
 これからどうするのかの算段も全て整えた。 

 さぁ、これからが一世一代の大勝負だ

「京太郎...あのね」  

「まだ、帰らないでくれるかな。話があるんだ」

「今日は凄く楽しかった。本当にありがとう」

「いや~そう言って貰えると嬉しいです」

「これから私は独り言を言うけど、軽く聞き流して貰って構わない」

「ただ、何か言いたいことがあれば私を...黙って抱きしめてくれ」

「...流石に、君の言葉に耳をかたむける余裕は今の私にはないんだ」

 真剣な瞳で目の前の京太郎を見据える。
 京太郎もなにか思うところがあるのか、私から視線を外さない。

「京太郎、私は君に好意を持ってる」

「最初の出会いは合コンの余り物同士という、身も蓋もないものだったが」

「君に会えて本当に良かったと思っている」

「だけど、大人になると不安が、孤独が自分の心の中についてまわる」

「君の隣に他の女がいると思うと夜も眠れなくなる」

「君の心の中に私はいるのかなと思うと無性に心がかき乱される」

「良子さん、俺はそんなこと!」

 私の口から飛び出してきた、今までの関係を否定するような言葉に
目を開いて慌てて否定にかかる京太郎。
 まだだ、まだ足りない。 
 何を投げ捨てれば、京太郎は私だけを見ていてくれるのだろうか。 

「今日のデートは楽しかった。君が手を引いて私を引っ張ってくれた」

 何を言いたいのか分からない私に困惑と、若干のおびえの入った瞳で
京太郎は私を問い詰める。

「京太郎は、私のこと...好き?」

「大好きですよ。だって、だって俺には貴女しかいないんだから!」

 それが聞きたかった。
 他のどんなことを置き去りにしても、私のことをいつも京太郎が
考えてくれているという確証がこれで持てる。

「そうか。京太郎は格好良いから言い寄られるのには事欠かないだろう?」 
「そんなことない!確かに良子さんと付き合う前は遊んでいたけど」

「良子さんと付き合うようになってからは、そういうのは全部清算した」

「だって...だって...良子さんと一緒にいるのが一番楽しいから」

「ああ、京太郎...京太郎はそこまで私のことを考えてくれていたんだ...」

 それから京太郎はずっと私を抱きしめながら、愛の言葉を捧げてくれた。
 それを聞く私は、喜びに打ち震えた。
 彼に今もまとわりつく女どもはここまで感情を剥き出しにした京太郎に
飢えた狼のように求められたことは一回もないはずだ。

「嬉しい。本当に嬉しいよ...」 

「でも、私は仕事柄日本を飛び回らなきゃ行けない」

「京太郎にも京太郎の人生設計があるだろう?」

「そんなの!まだいくらでも変えられますよ!」

「良子さんと一緒にいたいんだよ、俺は!」

 ああ、ゾクゾクする。
 昔私が母から教えられた通りだ。
 本当に必要としてくれる人に心を委ねるのが男も女も一番の幸せ、と。

「じゃあ、私と松山で一緒に暮らしてくれますか」 

 もう、私達はお互いを切っても切っても手放せない関係になった。
 私は京太郎がいなければまともじゃいられない。
 京太郎は私がいないと耐えられない。

「良いですよ。だけど約束して欲しい事があるんです」

 そう言って、京太郎は一呼吸置いて話始めた。

「戒能良子さん。俺とずっと一緒にいて下さい」

「幸せにします。貴方がいないと俺はまともじゃいられない」

 次の瞬間、私の身体は宙を舞い、ベッドに叩き付けられた。

「あぅっ...きょ、京太郎...嬉しい、ずっと待ってたよぉ...」

「指輪も、家もなにもないけど...必ず一緒に暮らせるようにするからっ!」

「だから、今ここで良子さんを本当に俺の女にする!」

 狼が乙女の無垢な身体に牙を突き立てるように、私の身体は京太郎が
精も根も尽き果てるまでずっと貪られ続けた。

「はぁ...はぁ...ずっと一緒ですよ、あなた」

 ベッドの上、乱れたシーツの上に一糸まとわぬ裸体を晒しながら

頬に涙をこぼしながら深い眠りについた京太郎を私は抱きしめる。

「あなたが私を愛してくれている限り、私もあなたを愛します」

「だから、幸せな家庭を...あなたと私と、その子達と一緒に...」

 ようやく手に入れた確かな幸せは、もう二度と私の手からはこぼれ
落ちたりしないだろう。

 深い満足と幸せを手に入れた私は、ゆっくりと安らかな眠りに落ちた。






六年後

 あの日から6年後、私達は大きな困難を乗り越えながら結ばれた。
 結婚してから二年後に授かった娘は今では四歳のわんぱく娘になった。

 京太郎は大学を卒業後、すぐに私の実家に引っ越して猛勉強の末、
消防士の試験に合格し、火事から人々の安全を守る為に一生懸命
働いている。

 しかし、田舎で火事なんてそうそう起こるはずもなく非番の時は
必ず家に帰ってきてくれる京太郎は良き夫、父親として私達を
支えてくれる。

「おかーさーん。頑張れ~」

「良子さーん!今日こそ日本一になって下さーい!」

「録画した番組に応援してどうするんですか...」 

 娘を膝に乗せ、フレーフレー良子と騒ぐ京太郎は出会った時から
ずっと変わることなく私を愛してくれている。

「ロン!四槓子」

「やったー!凄いよお母さん!これで日本一だね!」

「イエス。私は日本一ですよ」

 昨日東京で行われた小鍛治健夜プロの引退試合で、私は遂に
あの世界最強の小鍛治プロを倒した。

『良子ちゃん。ご祝儀だからね』

 試合後に悪戯っぽく笑ったあの人は、そのまま控え室の前で待っていた
恋人と一緒に手をつなぎながら、麻雀の世界から立ち去っていった。

「よーし、じゃあ今日は皆でお祝いだ~」

「ケーキとジュースでママの日本一を祝ってあげよう!」

「わーい!」 

 はしゃぐ娘と夫は私の手を引きながら、玄関で靴を履き始めた。

「良子さん。ケーキ買いに行きましょう。好きなだけ食べましょう!」

「そうだね。じゃあとびきり大きなケーキを買うとしようか」

 扉を開けて、玄関から外に飛び出す娘の右手を握る。

 京太郎もはしゃぐ娘の左手を離さないようにしっかり握る。

「えへへ~。ママもパパも大好き」

「ああ、パパもお前とママが大好きだ」

「私も、二人のことを世界で一番愛しています」 

 一人では歩けない道も、家族と一緒ならどこまでも歩いて行ける。

「京太郎」 

「良子」

 これからもずっと一緒だから...。

 愛する人と同じ想いを抱きながら、私達はずっと一緒に歩いて行く。

 おしまい

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最終更新:2017年10月12日 21:41