「トリックオアトリート♪」

部室へと繋がるドアを開けた途端、とっくに引退したはずの彼女は楽しげな声でそう言った。

「…は?」

思わずそう言った俺を誰も責めることはできないと思う。

「んもー、ノリ悪いわねえ…だ・か・ら。トリックオアトリート♪お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ?」

彼女は軽快に指を振って言った。その指へし折ってやろうかコイツ。

「…何でそんなことしてるんです?」


そんな苛立ちを溜め息と共に吐き出しつつ質問をする。
余りにも唐突すぎて思考が止まってしまったが彼女のことだ、きっと何か考えがあるのだろう。
そう思わないことにはやってられない。


「んー…ほら、今日は10月31日でしょう?」

指を口元に当てる。

「つまりハロウィンでしょう?」

指をくるくると回す。

「なら楽しむしかないでしょう!」

指を俺につきつける。不敵な笑みで。

「おりゃ」

ひねってやった。

「いたたたたたっ!?痛い痛い痛い痛い!止めて、離して!」

「そうだったアンタ割とバカだった。そして大真面目に考えた俺はもっとバカだったよ」

「ごーめーん!あーやーまーるーかーらー!指を離してー!折れちゃう!折れちゃうから!」

そうしてじたばた暴れる方が力加減が狂いやすいのだが…今は言うまい。

◇ ◆ □ ◆ ◇

「はー、ひどい目にあった…」


そう言って彼女は涙目で俺を睨むが会って早々カツアゲされかけた俺の方がひどい目にあってるんじゃなかろうか。
被害は金ではなくてお菓子ではあるけれど。


「で、何なんです?さっきのやつ」

「え?だから、今日はハロウィンだからって」

「俺が聞きたいのは理由ですよ、理由。考えがないにしてもやった理由はあるんでしょう?」


確かに彼女は割とバカではあるし意味のないことだってよくするけれど、
何か琴線に触れるものがない限りは決して行動はしないのだ。


「あー…それはー…うー…」


口ごもってそっぽを向いた。チラチラとこちらをうかがう彼女の顔はほんのりと赤い。
察するに、理由自体はあるが言うのが恥ずかしいらしい。
ならば、と俺は顎に手をやり思考を深くする。

まずキーワードとしては10月31日、ハロウィンだろうか。
日付に関してはそれほど意味はないだろうし、かといってハロウィンも今まで祝ったことはなかったので関係があるとは…いや待て。
そもそも何故ハロウィンをやろうとしたのか。
仮装もしていないのを見ると恐らく突発的に思い付いたのだろう。
ここは学校だと人は言うかもしれないが行動力だけはある彼女のことだ、制服の下に水着よろしく仮装を着込んでいてもおかしくはなかった。
それがないということはつまり計画的に動いたわけではない。
その上でトリックオアトリート。お菓子かイタズラかと聞いてきたのだ。

……ふむ、少し見えてきた気がする。
引退してから久しぶりに顔を見せた理由。
唐突に触れたことのない行事を持ち出してきた理由。
そして何かこううざいくらいにテンション高かった理由。それは…

「…アンタ、もしかして構って欲しかったんですか?」

「……」

目を逸らした。図星っぽい。

「大会で良い成績を残して、引退も穏やかに終わって、受験勉強も順調で、議会の方も何も問題はなくて余裕が出来てホッと一息ついたとき妙に寂しくなっちゃって。それでついここに足が向いた、とかですかね」

「…そうよ。寂しくなっちゃったの。これだけ濃い時間を過ごしたのなんて初めてだったから、急にぽっかりと穴が開いた気がして。
それでここに来たけど誰もいなくて寂しさはそのまま。今さっきあなたが来たときはホント嬉しさ大爆発だったわよ」

これで満足?と彼女はなげやり気味に認め、机に突っ伏した。
その姿が妙に可愛らしく思え、つい俺はその頭を撫でてしまった。

「まったく、そうならそうと早く言えば良いじゃないですか。そしたら俺もぞんざいには扱いませんでしたよ」

多分。

「うそつき。全霊で弄るって顔にかいてあるもん。私だったらそうするもん」

頬を膨らませて言う彼女。餅は餅屋らしい。

「まぁ、それはおいときましょうか。とりあえず、トリックオアトリートでしたっけ」

「まだ引きずるのそれ…?」

「本題じゃなかったとはいえ、言われちゃいましたからね」

そう。本人的にはコミュニケーションこそが目的だったため、どちらでもよかったのだろうがうやむやにするのはこっちがもやもやするのだ。

「何の因果か、今日はクッキーを持ってましたからね。何か飲み物でも淹れて食べませんか?」

それなりに量があるので、恐らく途中で皆も来るだろう。
俺としても一人で過ごすのも何だったので渡りに船だったりする。

「……」

「ご不満ですか?」

「…別に」

確かに不満はないけどしてやられるのが気にくわないと言ったところか。ぶっちゃけ良い気味である。

「ほらほら、不満がないなら少しは手伝って下さいよ。じゃないと水道水だけポンと出しますよ?」

「わかりましたぁー。やりますぅ、やれば良いんでしょー」

渋々と立ち上がり「まったくもう」などとぶつくさ言いながら戸棚に向かう彼女。しかし俺は気づいている。
若干ではあるが彼女の唇が弧を描いていることに。

カンッ