──あれは雲行きの悪い放課後、たまたま部活動が休みの日のことでした。
帰り道に須賀くんと出会ったのです。

清澄高校麻雀部ただ一人の男子。金髪で背丈の高い、ともすれば、不良にも思われかねない外見です。
けれど、とても優しくて、柔らかな笑みが素敵な男の子だと言うことは、彼を知るすべての人が分かっていると思います。

そんな彼は、見ればレジ袋を両手に幾つも提げていました。
ノートや筆記用具、おかしや飲料水などが見えたので、きっと、麻雀部の買い出しなのでしょう。

須賀くんは私を見るや元気よく、「こんにちは、福路さん!」と笑って見せてくれました。
男の人にこう言うのはなんですけれど、かわいらしい笑顔なので、私はなんだか愛らしさを感じました。

「こんにちは、須賀くん。買い出しかしら?」そう言うと、須賀くんは両手を挙げて、うんざりしたように肯定しました。

「もう、毎日毎日これですから、中々大変ですよ」

そう答える須賀くんは、少し、苦い笑みを溢していて。
だから、つい私は、「麻雀、教えてもらえてないの?」と聞いてしまいました。

これは、かなり踏みいった質問なので、風越高校麻雀部のキャプテンとしては、中々、際どい質問でした。
あっ ──と、言ってしまった後に、冷や汗の出る思いで、内心呻いていたのを覚えています。

須賀くんはそんな私に気付かずに続けました。
「教えては……まあ、もらってるんです。けど、まあ、もう、全国ですし。俺は、邪魔できませんよ」

──その言葉に、とても憤りを覚えました。
それは、はっきりと理不尽なものでした。なにせ、当の須賀くんに対して、次のように言ってしまったのです。

「邪魔だなんて思っていては、駄目よ。全国は大事だけれど、それが、あなたという初心者が遠慮する理由にはならないわ」

ひどい八つ当たりです。須賀くんは部の事を考えての思いやりでした。それを、第三者が無理矢理に変えようとしてしまったのです。

須賀くんは困ったように笑ってみせました。そこでようやく、私は、自分の大きなお世話に気付いたのです。
──少し、嬉しそうにも見えたのは、私の見間違えでないのなら、救われる思いなのですが。

「ありがとうございます。……でも、俺は。なんだかんだ言っても、皆の役に立ちたいだけなんでしょうね。だから、お気持ちだけで」

そう言われてしまえば、私にはもう、何も言うことは出来ません。そもそもはじめから、私が何か、物申す筋合いなどないことなのですから。

──けれど。彼の姿勢は素晴らしいもので。
私は、それが少しでも報われて欲しいと思いました。

だから私は、鞄の中からノートとペンを出し、名前と電話番号を書き、切り取って須賀くんに渡したのです。

須賀くんはまさに仰天といった面持ちでした。少し、吹き出しそうになったのは印象深いです。

「いつでも連絡をください。麻雀のことでも、あるいはそれ以外でも。あなたのお話なら何でも聞きます」
258 : 名無しさん@お腹いっぱい。2016/09/14(水) 16:07:46.68 ID:xQi6ss030
今にして思えば、それは、とても大胆で、恥じらいや慎みのない行為で。
──思い返しては赤面するけれど、それでも、正しいことだったと信じています。
だって、須賀くんは、あんなにも嬉しそうに笑っていたから。

──それが、馴れ初めでした。
最初は連絡してくれない須賀くんにやきもきしたりもしたのですが、段々、電話の頻度も増えてきて、それにともない、お互いのことをよく知り合うようになりました。

麻雀部のこと。
日常のちょっとしたこと。
須賀くんの飼ってるカピバラのことや、私が電子機器に弱くて、メールアドレスも使えないこと。
須賀くんが元スポーツ少年だったことや、私の、左右色の違う瞳が、彼にとっては宝石のように美しいということ。

そこから、親交は深まりました。

実際に会って麻雀について指導したり。
一緒にウインドーショッピングをしたり。
須賀くんのカピバラを見せて貰いに、お家にお邪魔したり。
私の機械オンチを矯正してもらいに、家に来てもらったり。
須賀くんの体に逞しさにドキドキしたり、彼が、私の左右違う色の瞳をいつまでも優しく覗き込んできて、恥ずかしくて嬉しかったり。

そんな風に段々と、交遊の幅と深度が深まり。
お互いの親ですらが、私たちを暖かく見守るようになった頃。

──私は彼に告白されました。

その時のことは……ふふ、ナイショ、です。
あの言葉と、それに返した私の言葉は、私たち二人だけの秘密ですから。
結果として、私たちは正式にお付き合いすることになりました。それは、事実です。

これから私は、彼と会います。
会って、何でもない話をして、麻雀を指導したり、オーブンレンジの使い方を学んだりして。
カピバラのカピちゃんと戯れて、お互いに寄り添って。
互いの体に触れて、心に寄り添って。
たまに喧嘩したり、泣いたり笑ったり。
そんな風に、過ごしてきます。

──そんな日が、きっと、続いていくんだと思います。

私は、今、とても幸せです。



カン