「行くんか? 」

問いかけではなく、確認に近い声音が響く。

「はい、約束なんで」
「そうか」

短い遣り取りではあったが、彼女は納得した面持ちで彼を見つめる。

――否、納得ではなく諦めているのだ。

彼は、須賀京太郎という男は、最早止められないと理解している。
彼女を止められるのは、彼だけだと理解している。

――染谷まこという女が、舞台に立つには役者が足りないことを……理解している。

「先輩、有難う御座いました」
「やめぇ、儂は何もしとらん」


無力だった。
無様だった。
部の先輩として、女として、人として、彼を止める事も、守ることもできない。

「染谷先輩」

そっと、彼の大きな手が頬に触れる。

「顔を上げてください」

彼の瞳が、憂いのない真っ直ぐな視線が注がれる。

「京太郎、儂は……」
「先輩は俺をここまで導いてくれました。弱くて、情けなくてダメな奴だった俺を、この舞台まで」
「違う、儂はっ」
「胸を張れッ! 染谷まこ!」
「っ、きょう……た」
「俺は、感謝してる。だから、まこには誇って欲しい、須賀京太郎という男をここに立たせたのは己だと、清澄麻雀部 部長の染谷まこだと、なんで、笑ってください、いつも通りに」
「ふっふふ、ここで笑うのは儂じゃなくて、久のキャラだろうに阿呆め」
「でしたっけ? 」
「まぁええわ、そうじゃな、お前さんには感謝してもらわないけんのぉ」
「勿論です」

そう言って、京太郎は背を向け歩き出す。
その背を、焼き付けるように涙を拭きとって見詰める。

「その前に」
「え? 」
「だぁれに、ため口効いとんじゃ」
「痛っあぁ、すいません」

生意気な口を利く後輩の背中に平手を見舞い、手を添える。

「京太郎」
「何ですか、先輩」
「まこでええぞ」
「えっ」
「冗談じゃ、気張れよ」
「うっす」
「よし、行け京太郎っ!」
「応っ!」

通路の先から、歓声が聴こえる。
彼は約束を遂げに、進みだしたのだ。
自分は、彼を導き役目を終えたのだ。

「まったく、儂も焼きが回ったのぉ」

煩わし気に頭を掻く一方で、口元は緩んでいる。

「頑張りんさい、京太郎、そして――」

ありがとう。
彼女の感謝は、誰にも聞こえず消え、慕情は空気を震わすことなく終わりを迎えた。

因みにラスボスは咲さん

カンッ








「よう、咲」
「京ちゃん、来ちゃったんだね」
「当然、約束だしな」
「約束?」
「忘れてんのかよ、これだからポンコツは」
「むっ」

軽口を交わしながら、卓に着く。

「本当に打つの?」
「当たり前だろ、その為に来たんだ」
「そう、手加減は出来ないよ」
「望むところだよ」

対面の小さな少女から湧き上がる圧に、冷や汗が滲む。

「本気なんだね」
「いい加減しつこいぞ、何を怖がってるんだ」
「怖がる? 私が?」
「そうだよ、何度も確認しなくても俺は逃げねぇよ」

強張る全身の力を抜き、大きく息を吐く。

「だから、今は麻雀を楽しもうぜ」
「麻雀を、楽しむ……」
「あぁ、麻雀は楽しんでやるもんだ。そんなことも忘れちまったのか?」
「そう、かもしれない」
「じゃぁ、思い出させてやるよ」
「出来るの? 京ちゃんに」
「俺を舐めるなよ」

勝てないかもしれない、森林限界を超えて狂い咲く彼女に、地を這う己の一矢は掠りもしないだろう。

――それでも、

「諦めてたまるか」

才能が無いから、能力が無いから弱いなど、誰が決めた。
況してや、弱いから楽しめないなど有り得てたまるか。

『迷子になったら俺を呼べ、絶対に見つけてやるから』

在りし日の約束が胸に在り、大き過ぎる才に惑い、恐れ、迷う少女が目の前に居る。

――充分だ。

「さぁ、打とうか」

もいっこカンッ