──幸せです。

石戸霞は呟いた。
少し前にいる京太郎には聞こえないほどの小さな声で。

秋めいた空に涼しげな風が吹き、こうして、二人歩くのにも心地いい季節となった。

霞はこの一時を大事に思っている。
京太郎と共にいる時間は全てが宝物だが、その中でも一際、輝いて感じられるのは今のような時だった。

なんでもない道を、当たり前のように二人で歩く。
彼はさりげなく歩幅を合わせてくれて……一緒の道を、一緒の時間を過ごしてくれる。

霞はいつも京太郎の三歩後ろを歩く。
旧き女性らしさを色濃く教えられた霞ならではだが、京太郎は少し不満なようで、たまに、霞を隣に招こうとする。
そしてその度に、柔らかく微笑む霞に、あやすように諭され、仕方なさげに鼻を擦って、また歩きだすのだ。

──幸せです。

石戸霞は呟いた。
京太郎の背中はこんなにも大きくて、逞しくて、優しくて、暖かい。
京太郎の言い分に従わず、ひたすらにその背に寄り添うのは、教えでもあるが、それ以上に霞本人の想いもある。
京太郎の事を、何もかも愛している霞ではあるが、一際、その背中に心を奪われるのだ。
見ているだけで心が安らぎ、すべてを委ね頼りにしてしまう。
そんな、京太郎を象徴するかのような背中を、霞は好きだった。

──幸せです。

石戸霞は呟いた。
こんなに暖かな、優しい、柔らかな陽だまりにいるような日々が、これからの日常なのだ。
遥かな故郷を想い、あるいは落ち込む事もあるけれど……この背中を見る石戸霞は、幸せなのだ。

前にいる京太郎が立ち止まり、こちらを振り向く。
やさしい笑顔で、名前を呼ぶ。
それだけで霞の心には光が差し、希望が包み込む。

秋晴れの空。涼しげな風。
変わり行く季節の中で、いつもと変わらない日々の、いつもと変わらないやり取り。
そこに、かけがえのない想いを見つけて。

──幸せです。

石戸霞は微笑んだ。