インターハイの個人戦も終了し、俺たち清澄麻雀部は一日だけ東京を満喫する自由時間を得た。

「はあ……咲は照さんと一緒、和もお母さんと家族団欒、優希は朝から東京のタコス屋行楽、染谷先輩や部長は仲良くなった他校の人たちと過ごすみたいだしな」

 大都市に唯一人。
 東京の土産は既に購入済み、初めての上京ってわけでもないから行きたい所も特に思い浮かばない。
 こっちに親しい友人がいるはずもなく、俺自身が卓を交えたわけでもないから殆ど他校の生徒と交流もなし。
 和の縁で親しくなった阿知賀の玄さんは既に帰路へとついている。

「優希のタコス屋巡りにでも付き合えば良かったかな?」

 平日の朝から公園で黄昏る高校生ってどうかとは思うが少々暇を持て余していた。
 雑用からも解き放たれ、自由を謳歌できるのにしたいことが思い浮かばない。定年退職した人の気持ちとはこういうものなのかもしれない。

「はあ」

 ついついため息が漏れてしまう。
 長野に帰れば早々に新学期が始まる。他県に比べて長野の学生は夏休みが極端に短いのだ。
 やることもなく、明後日には再開されてしまう日常に少しだけ憂鬱を感じながらボーっとしていた。

「あの、すみません」

 だから、その呼び声が俺に対してのものだと気づかなかった。それでも何度も聞こえる誰かの呼び掛け。数が増せば気にもなり、声のする方へと振り返る。

「あっ、ようやく気づいてもらえましたか。おはようございます」

 純粋無垢な、お日様にも負けない眩しい笑顔を浮かべていたのはどこか浮世離れした雰囲気を持つ少女だった。

「お、おはようございます。えーっと、神代、小蒔……さん?」

「はい」

 鹿児島代表、二回戦の先鋒戦ではうちの優希と闘い、個人戦で大きく活躍した有名選手が目の前にいた。
 今日はあの目立つ巫女服ではなく、永水の制服を着ている。

「俺に何か用ですか?」

「はい。初めまして私は神代小蒔です」

 知ってます。
 麻雀を嗜んでいる人なら、そうでなくともインターハイも終えたばかりだし、多くの人があなたを覚えてますよ。

「あなたのお名前をお伺いしても良いですか?」

「俺は須賀京太郎です」

「京太郎様、良いお名前ですね」

 いやいや、様ってどういうことだ。

「ありがとうございます、それで神代さん「小蒔です!」は」

「小蒔とお呼びください京太郎様」

 彼女はニコニコと笑っているのにどうしてか、そこには逆らい難いものがあった。

「……小蒔さんは俺に何の用があるんですか?」

「ふふふ、私と子作りしましょう!」

 思考が飛んだ。
 あんぐりと開いた口から漏れたのは当然ながら驚愕の音だけだった。

「はっ!?」

「褥を伴にし、私は京太郎様の元気な赤ちゃんが産みたいです」

「……………」

 おっぱいが好きだ。
 大きなおもちが大好きだ。
 将来は大きい胸の家庭的な女性と結婚したいと思う健全な男子高校生である。

 彼女は普通じゃない。
 だけど、ふんわりと暖かく、家庭的で優しい良妻となってくれそうな雰囲気もある。
 服の下から存在を主張するたわわに実った二つの果実は間違いなく美味しいだろう。
 神秘的で美しく、清廉な少女。

 神代小蒔。

 理想に沿う魅力的な女性からの魅惑的な提案。俺の中の雄が欲望に滾り、されど理性は全力で否定する。
 無邪気な笑顔だった。
 それを見て、とてつもない怖気が走り、本能の赴くままに俺はその場から慌てて逃げ出した。

「はぁはぁ……」

 幾ら美少女だからって見ず知らずの相手にいきなり子供が欲しいなんて口にする奴はまともじゃない。

「ちょっと……勿体ない気もするが関わらない方が良いに決まってる……触らぬ神に祟りなしだ……」

『待ってください、京太郎様』

 背後から声が聞こえた気がした。
 恐る恐る後ろを確認するもあの子の姿はなく、空耳だと分かった。だけど、俺は全く安心できなかった。
 人混みに紛れ、ホテルに直行して部屋に辿り着こうとも心が休まらない。
 逃げ切ったはずなのに、今も見られているような、糸で絡まれているような、沸き立つ得たいの知れない恐怖が消えなかった。
 その認識が正しいことを俺は直ぐに知ることとなる--