インターハイが終わった後、大阪に帰った俺はその日の夜、先輩に

電話で家の近くの公園に呼び出された。

京太郎「先輩、危ないじゃないですか。こんな夜に公園で待ち合わせなんて」

 すぐに来てくれ、早く。と切羽詰まった声で言われては流石の俺も

急いで走るしか選択肢がない。

 ましてや、俺にとっての『先輩』は色んな意味で大切な人だから...

セーラ「んん?なんや俺みたいなのは襲われへんって言いたいんか?」

セーラ「すまんな。京太郎。こんな夜遅くに呼び出して」

セーラ「もう寝てたやろ?」

 腕時計の針は午前0時を指している。

 いつもならとっくに寝ているはずの時間だ。

セーラ「立ち話もなんやし、そこのベンチに座るか...」

 俺を連れて歩いた先輩の手には二本の缶ジュースが握られていた。

セーラ「京太郎はオレンジジュースが好きやったな。ほれ」

京太郎「ありがとうございます」

 ジュースを飲みながら、俺は端的に本題を切り出した。

京太郎「どうかされたんですか?」

セーラ「いやな?どうしても人恋しくなってん」

セーラ「浩子は泉を、竜華は怜を慰めてるやん?」

セーラ「そう思うと....無性に寂しくなって、お前に会いたかった」

 うつむきがちに自分の心情を吐露した弱気な江口先輩。

京太郎「それは、光栄ですね」

京太郎「憧れの先輩に、一人の男としてみられるのは嬉しいです」

セーラ「そうか...こんな俺でも京太郎は憧れって言ってくれるんやな」

先輩に誘われる形で麻雀部に来いと手を引かれたのが、俺と先輩の

ファーストコンタクトだった。

 最初はルールも分からなかったけど、それにもかかわらず、根気強く

麻雀の基礎から教えてくれる先輩は、女の大所帯で居場所を見つけられずに

苦闘していた俺の心の支えになってくれた。

セーラ「なぁ、京太郎?ちょっといまから質問したいんやけど...」

京太郎「どんな質問ですか?」

セーラ「....ええんか?後悔するかもしれんで?」

京太郎「大丈夫ですよ。先輩が納得するまでちゃんと答えますから」

セーラ「わかった。じゃあ...」

 深く息を吸い込んだ先輩は、それでも中々決心がつかないのか、

もじもじしたり、指をいじっていた。

セーラ「よし」

セーラ「率直に言うで、京太郎」

セーラ「お前から見たオレは、男?それとも女に見えるか?」

京太郎「えっ?」

セーラ「...やっぱり、お前もそんな顔するんやな」

 千里山高校麻雀部の最大のタブーを、自ら破った先輩は、まるで堰が

決壊したダムのように色々なことを話し始めた。

セーラ「よく俺は人と話すとき、自分のことをオレっていうやん?」

セーラ「まぁ、こんなナリだし...大抵の人はそういう感じって納得するらしい」

セーラ「ボーイッシュでスポーティな女ってな」

セーラ「けどな、さっき....遂にお前はオカシイって言われて...」

 どう答えて良いのか分からず、ただ呆然とするオレを横目に、先輩は

顔を覆ってグスグスと泣き始めてしまった。

京太郎「先輩はおかしくないですよ!」

京太郎「きっとソイツらは先輩のことをよく知らなかったんだ!!」

セーラ「もうじき高校を卒業して、社会人になるのにか?」

セーラ「女のくせに男の制服を着回してる頭がオカシナ女は普通っていうんか?」

セーラ「俺は、もう自分が男なのか女なのかようわからなくなってもうた...」

 嗚咽の合間、その途切れ途切れに聞こえた言葉にならない叫びが、より一層

オレの無力感を掻き立て続ける。

セーラ「見ろ。インハイの団体戦のスレが立ってるやろ?」

 震える指でスマホのブラウザを立ち上げた先輩は、俺にとある名前の

掲示板を見せた。

 それは、つい昨日までやっていた俺達の青春であるインターハイの

画像スレだった。

見知った顔が、いつのまにか本人達の知らない間に他人のカメラに

収められているのでさえ不愉快なのに、このスレを立てた奴はあろうことか

千里山の皆の写真を無断で貼り付け、さらし者にしていた。

 速報!千里山次鋒、白糸台にフルボッコwwww

 菫様カッコヨス!!

 千里山先鋒wwwwおんときちゃんwwwwマジ可愛すぎワロスwwww

 なお、この後ぐう畜チャンピョンテルテルにフルボッコされた模様

 悲報、千里山の大将ンゴwww清水谷竜華、初出場校に敗れる

 阿www知www賀www強すぎwww

 なお千里山、来年はメガネと戦犯泉ンゴしか残らない模様


京太郎「なんだよ...なんでこんなことするんだよ...」 

 怒りに震える手で、下へ下へと画面を下げた俺は、遂に先輩が

こんな夜中に俺を呼び出した理由を知ることになった。


 テレビで憧タソになれなれしく肩組んでる奴だれ?

 おwwwいwww!千里山に男が混じってるぞーーー!!!

 堂々としたルール違反に座布団一枚!!

 詳しい詳細キボンヌ

 名前は江口セーラwwwwww男wwwなのにセwwwーwwwラwww

 もしかしてコイツ性同一性障害じゃね???

 ちょっおまっwwwもしかして千里山の生徒か?

 ノーノーwww

セーラ「な?このスレで一番燃えてるのが俺や」 

セーラ「俺の写ってる学校の写真も、部活の写真もぜーんぶさらされてん」

セーラ「それがさっき電話でオトンとオカンに知られて大げんかや」

セーラ「オカンもお前は頭オカシイって連呼するわ」

セーラ「オトンに至っては、俺を引っ掴んで家から叩きだしよった」

セーラ「オレ...オレ...もう、頭真っ白になってなにも...考えられんのや」

セーラ「なぁ?京太郎もそうなんか?オレのこと、女やなくて」

セーラ「なんかオカシイ精神病患者とか思ってるんやないか?」


 一瞬、警察に相談しましょう。と、安易に言い放とうとしてしまった。

 だけど、これはもうそういう問題じゃない。

 だって、オレが知っている先輩は誰よりも人に弱みを見せるのを嫌い、

後ろに一歩下がるなんて選択肢を持ち合わせている人じゃないんだから...


セーラ「なぁ、答えてくれ...京太郎」

セーラ「オレは一体、誰なんや?」

京太郎「先輩...」

 何をもって江口セーラは江口セーラたり得るのか?

 そんな深淵を覗き込むような先輩の問いに、俺は言葉を失った。

セーラ「はーあ、これから家なしのプーや」

セーラ「早く今日の寝床をみつけんとな」

セーラ「悪かったな、京太郎」

セーラ「こんな夜遅くに男女のイタい妄想に付き合わせて」

セーラ「ほな、また明日な」


 誰も答えられない質問に戸惑う俺をよそ目に、空元気を振り絞った

先輩はそそくさとベンチから立ち上がり、そのまま走り出そうとした。


    ・・・
京太郎「セーラ!!!」


 思わず喉をついて出てきた魂からの叫びが、先輩に届いた。

京太郎「これが、俺の答えだ!」

京太郎「誰がどう言おうと、俺にとっての先輩はセーラだから!!」

京太郎「男らしい先輩でも女らしい先輩でもいいじゃねぇか!!」

京太郎「だから...そんな、そんな辛そうな顔で笑おうとするなよ...」


 公園を一瞬で駆け抜けた叫びが果たして、先輩に届くか分からない。

 だけど、少なくても...これだけは分かって欲しい、信じて欲しい。

京太郎「どんな先輩でも...セーラでも...俺は、俺は」

京太郎「お前が大好きだあああああああああ!!!!!!」

セーラ「ぎょーーーーだろおおおおおおおおお!!!!」

 涙でかおをぐしゃぐしゃにしながら俺達は走り出した。

セーラ「づらがっだ...づらがっだよおおおおおお...」

京太郎「泣くな...もう泣くなよ....」

 ひっし、と抱きしめ合った二人の心は、今一つに結ばれていた。

セーラ「嘘やないんやな...信じても...」

京太郎「嘘じゃない!嘘なんかにさせて堪るか!!!」

 潤んだ瞳に答えを返すように、俺はセーラの口を塞いだ。

セーラ(うそ...なんや...この、じんじんする感じは)

 それは、いままで感じたことのない甘いうずきだった。

 胸の奥からゆっくりと滲み出したり、下腹部が激しくうねるかの如く

激しく衝動的な『優しさ』がセーラの全身を塗り潰していく。

セーラ「んんっ!!ぷはぁっ...もっと、もっとしてぇ...」

京太郎(ヤバい...滅茶苦茶気持ちいい!!)

京太郎(歯止めが効かねぇ...止められないッ!!)

 激しさを増しながらも、京太郎とセーラの衝動的な愛情表現は

益々燃え上がり、誰かの力を借りなければ終わらせることが出来ないほどに

ヒートアップしていた。

京太郎「んんーっ、んうううっ!!ぷあっ...ふぐぅっ?!」

セーラ(もっとだ。もっと欲しい...もっと...『愛されたいッ』!!)

 愛に飢えた狼達の睦み合いは、セーラのギブアップによって幕を下ろした。

京太郎「はぁ...はぁ...」

京太郎「これで、答えが出たでしょ?先輩」

セーラ「ありがとな...京太郎...オレのこと見捨てないでくれて...」

京太郎「ゆっくり、両方を両立させていきましょうよ...」

京太郎「社会に出たって、しばらくは見習いなんですから...」

京太郎「これはこうで、あれはああで、なんて堅苦しくならないでいいんですよ」

セーラ「うん...うん」

京太郎「男が好きでも、女を好きになってもそれが個性だと思います」

京太郎「だから、オレも先輩を可愛くする努力を惜しみません!!」

セーラ「なっ?!」

京太郎「悔しくないんですか?男女なんて言われっぱなしで?」

セーラ「そ、それとこれとは話が180度正反対やろ?!」

京太郎「いいえ。一回りして同じ位置にあるお話しです!!」

セーラ「なんやそれ?!」

京太郎「セーラがオレに捕まった時点で命運はもうつきてるんだ」

京太郎「江口セーラ改造計画はもう始まってるんだよ」

セーラ「やっ...///」

 花も恥じらう乙女モードに無理矢理突入させられたセーラは、

いやがおうにも京太郎の男らしさに惚れ込んでいた。

 逞しい肉体と優しい微笑み、そしてその強い心に...

 それは、かつて自分に男という枷をかけていた時には

感じ得ない強い強い愛の芽生えだった。

京太郎「おっ、こんなところに可愛らしいお姫様がいるぞ~?」

セーラ「どこや?!そんなのどこにも...」

京太郎(...捕まえた」

セーラ「あうっ?!」 

 いつの間にか後ろに回った京太郎に足払いをかけられ、バランスを

崩したセーラは、軽々と京太郎にすくい上げられ、抱き上げられた。

 両膝を抱え込まれ、背中を支えられた時、セーラは顔から火を噴く程に

心が高ぶるのを感じた。

 それは万国共通の乙女の夢であり、セーラが捨てた憧れの形だった。

京太郎「じゃあ一つ目の改造を始めます」

セーラ「な、何をするんや?まさか、エロ同人みたいなこと...」

京太郎「お姫様だっこをしておいて、そんなことはしません」


京太郎「今からオレの家に行くまでに...一回でいいです」

京太郎「私って言葉を使ってみて下さい」

セーラ「んなっ?!」

京太郎「ほらほら~、あと五分で家に着いちゃいますよ?」

京太郎「いいんですか?いいんですか~?」

セーラ「出来るか!!」

京太郎「♪~」

 お姫様の抗議などどこ吹く風の金髪王子はそれでもどこか

確信を持っていた。

 家に帰るまでにまだ一波乱残っているだろう。と

セーラ「きょ、きょう...たろう君?」

セーラ「わ、わたし...キレイ?」

京太郎「って、口裂け女かいっ!?」

 口が裂けても言わない言葉を使ったセーラの貴重ないじらしさ。

 しかし、悲しいかな。使い慣れない言葉を使う弊害というものを

京太郎もセーラもしっかり失念していた。

セーラ「うわああああああああん!!!」

セーラ「やっぱりウチなんて男女なんやーーーー!!」

 いつだって物語の終わりと新しい始まりには『変化』が伴う。

 それは苦しいものであり、また楽しかったり、美しい物でもある。

 そして夜も更け始めた午前四時。

 珍妙なカップルの嬉し恥ずかしな人生の珍道中はまだ始まったばかりである。

 カン