「須賀くんッ!」

 走って、探して、帰路への道を進んでいく彼の背中にようやく追いつくことが出来た私は声を荒げて呼び止めました。

「和か」

「はぁ、はぁぁ、…ふぅ、……麻雀部を辞めるなんて嘘ですよね?」

 インターハイが終わり、夏期休暇が開けて新学期最初の活動日。日直の仕事で遅れてやってきた部室にはどんよりと重苦しい空気が満ちていました。

「咲さんは悲しそうにしていました」

 一緒の部活でこれからも楽しい時間が、当たり前の日常が続いていくのだと信じていた。
 彼が隣にいるのは当然のことだから。

「優希は泣いていました」

 少しおバカな掛け合いで戯れ合う。心地よさに甘えていたのはきっと惹かれていたから、好きだから、素直になれず我儘に。
 疑い一つない青春があるように見えたから。

「染谷先輩は項垂れていました」

 家のこともあり忙しく、毎日のようには部活に参加できないけれど、見える限りでは平穏が続いている。
 引き継ぎ、無事に繋げるのが役割だと思っていたから。

「部長は謝っていました」

 夢を追うのは美しく明るさに満ちている。納得しているのだと、大丈夫だと、自分自身に言い聞かせていた。
 上手くいっていると願っていたから。

「本当に辞めるんですか?」

 彼の成長が停滞したのは何時からか。
 彼に負担を掛けたのはどうしてか。
 皆、気づいていて見ない振りをしていた。歪な環境、辛い境遇、掛ける言葉も余裕もない。
 夏が終わり、目を向けられる今となってからでは遅すぎた。

「辞めるよ。随分前から感じていたんだ、俺と皆との違いをな」

 全国制覇できる実力を持つ部員たちの中で唯一人の初心者。
 差があるのは当然で、それでも彼は彼なりに必死に頑張っていたことを私は知っています。

「須賀くんは強くなってます。中級卓に上がったじゃないですか、今では上級卓だって窺える水準に……」

「……そうだな。だけど、俺はやっぱり違うんだよ」

「皆のことが嫌になったんですか?」

 パワハラに近い指示、他校の牌譜整理から荷物の運搬、あらゆる雑務。不遇な扱い。
 彼が牌に触る時間は短く、部室にいても一人でネト麻をするのが多くなっていました。

「部の皆のことは嫌いじゃないよ」

「でしたら、麻雀が嫌いになったんですか?」

 幾ら打っても殆ど勝てない。
 三位にはなれても一位は取れず、二位も滅多になし。負けて、負けて、負け続ける。面白くないと思っても不思議じゃない。

「麻雀は好きさ。これからも続けていくと思う」

「それじゃあ、どうして辞めるんですか?」

 彼の言葉通りなら、私たちが嫌われたわけでも麻雀を嫌いになったわけでもない。
 だから、私には分からない。

「どうして?」

「熱意、意気込み、所謂温度差かな。俺と和たちじゃあ見ている場所が違うんだよ。多分、このまま続けても互いに良くないと思ったんだ」

 分かりません。いえ、きっと私は分かりたくないんです。

「俺は楽しく打てればそれで十分なんだ。大会で優勝しようとかまでの気概は持ってない。期待に応えられないし、そこまで麻雀で真剣にはなれない」

 私は手加減されるのは嫌です。
 どんな時でも真剣に麻雀を打っていますし、相手にもそれを望んでいる節があります。
 彼はそうじゃない。
 否定の言葉に動揺を覚えるのは、私自身が拒絶されているように感じてしまうから。
 同じ目線に立って欲しいと、私は願っている。
 だって、私は--

「俺みたいな温いのがいるのは良くない。部長には時間を割くなんて言われたけれど、和たちの時間を潰すのは嫌だし困る。国麻だってあるのにさ……」

 目を見れば分かってしまった。
 彼の意思が固いこと、覆す気はないのだと理解できてしまう。

「迷惑かけてごめんな」

 そう言って私に背を向けて彼は歩いていく。

「ま、待ってください!」

 呼び止めてどうするのか。
 どうしようもないのに、何ができると言うのか。
 これでお別れなのは嫌だった。
 どうしても嫌だった。

「辞めないで下さい……須賀くんがいなくなるのは嫌なんです……お願いですから……」

「放してくれ……」

 優しさに突け込むように、彼の後ろから抱きついて、泣きついて、強引に振りほどかれることはないと知っているから大胆に。
 ここが分岐点。
 きっと、最後の機会。

「行かないで下さい」

「和……」

「何でもしますから」

「ごめん……」

 彼は決して退部を取り下げませんでした。
 私も彼が離れることを許しませんでした。

 彼と皆さんは気まずくなり距離が開いたけれど、私はそこを縮めました。辞めて欲しくなかった理由の大部分は--好きだから。


カンッ!