小蒔が卒業してから丁度一ヶ月半が経った。

  共学になった永水高校に残るのは、春と京太郎と湧と明星になった。

 共に寝食を共にしたかけがえのない時間は、皆の中にずっと幸せな

 思い出として残る筈だった。

  人の夢と書いて儚いと読ませた学者は誰なのだろうと、須賀京太郎は

 答えの出ないその頭と心で逡巡しながら、問い続ける。

  かつて自分がずっと続いて欲しいと願ったあの幸せな時間は、

  皮肉なことに自分自身が原因で、永遠に喪失してしまったのだから...

  小蒔「あっ、京太郎さん。おはようございます」

 京太郎「おはよ...「おはよう、京太郎君」

  すがすがしい朝にそぐわない、ともすれば殺気の籠もった視線と声色が

 小蒔と京太郎の心に容赦なく抉り込まれた。

 霞「今日もいい天気ね」

 小蒔「か、霞ちゃん。あの...」

 霞「?どうしたの、旦那様」

  かつて自分を最も支えてくれた姉代わりの巫女は、その視界に自分を

 入れもしなかった。

  優雅な佇まいは崩さずとも、その瞳が小蒔に語るのは明白な事実。


  京太郎は、貴女なんかには渡さない。


  かつて自分が犯した罪を贖う機会すらもらえないまま、小蒔と霞達の

 関係には京太郎の哀願ですらふさげない修復不可能な亀裂が生じていた。

 京太郎「い、いえ...その」

 京太郎「小蒔さんを無視しないで下さい」

  逃げ出したくてたまらない京太郎をこの場に留めているのは、自分も

 犯したその罪に対するその責任感だけだった。

  誰も彼もが自分を好いていたのに、その気持ちに応えることなく、

 間違った方向に全てが進み、終わってしまった。あの取り返しがつかない方向へ

 進んでしまったあの日の償いを、まだ京太郎は霞達にしていなかった。

 霞「してないわよ?だってさっき」

 霞「おはようって言ったじゃない?ねえ、小蒔ちゃん?」

 小蒔「はっ、はい...霞ちゃん」

  春達学生組はともかく、小蒔より一年早く卒業した霞達は自分の実家に戻り

 次世代の育成という大仕事に取りかかっていた。

  そして、本来ならここに霞がいるはずなどないのだ。

  だって、次世代の育成というのは即ち... 

  にもかかわらず、いるはずのない霞はこうしてここにいる。 

  京太郎は、少しやつれた霞に痛々しさを感じながら、話を合わせる。

 霞「それよりも、京太郎君、今日からGWでしょう?」

 京太郎「ええ、そうですけど...」

 霞「なら、少しお出かけしましょう?」

 霞「新幹線に乗って岡山まで遊びに行きましょうか」

 京太郎「そうですね。久々に遠出するのも悪くないですね」

  幸せな思い出の中にとらわれている霞の顔は本当に幸せそうだった。

  まるで、この笑顔さえあれば皆はずっと仲良しでいられるんじゃないか?

 そう思わせるような太陽のような笑顔を、自分は曇らせることしかできない。

 京太郎「小蒔さんと、巴さんと初美さんと春と、明星と湧...」

 霞「そうね、でも私は今、京太郎君と二人だけで行きたいのよ?」

  罪悪感を感じながら、京太郎は含めてはいけない名前を出した。

  案の定、霞の笑顔は消え去り後に残ったのは恐ろしい般若の面だった。

 霞「どうしてこうも、にぶちんさんなのかしら?」

  京太郎に向ける笑顔だけが、何一つ変わらないのが哀しすぎる...。

  そんな霞に耐えられず、自分なりの贖罪として『被害者』達を霧島神宮に

 かくまっていた小蒔が遂に耐えきれず、声を荒げ霞へと詰め寄った。


 小蒔「霞ちゃん...私を、何が言いたいんですか?」

 霞「心底邪魔って言った方がいいかしら?」

  既に、小蒔とも刺し違える覚悟を決めた霞が拳を固め小蒔に殴りかかる。

  間一髪の所で京太郎はそれを食い止めたが、好機とばかりにその腕を

 絡め取られた霞が逆に京太郎へと抱きついた。

 霞「皆を裏切って...なんとも思わないのかしら?」

 霞「私達、ずーっと姫様のこと信じてたのよ?」

 霞「特に分家の末席の湧ちゃんとか巴ちゃんとかね」

  生まれながらにして小蒔より劣っているという烙印を押された巫女達は

 自分を対等に扱い、なおかつ胸が高鳴り焦がれるような恋を与えてくれた

 京太郎のことを想わない事はなかった。

   巴や湧に面と向かって可愛いといった男は京太郎たった一人だけだった。

  しかし、神代家はそれを踏みにじったのだ。

  断じて許せることではない。

 霞「京太郎君のこと、皆狙ってたのよ?」

 京太郎「霞さん...もう、やめてください...」

  京太郎に救いがあるなら、それは何も知らなかったと言うことだけだった。

  だけど、霞達はもう止まることができない。

 霞「いいえ止めないわ、止めるものですか」

 霞「姫様が卒業する三月に、皆で一緒に告白するって約束」

 霞「あれを反故にして、よくも無理矢理神代分家の男をあてがったわね!」






  巴、初美、霞は...京太郎への思いを抱いたまま...母になっていた。

  三人の婚約者について知る機会はなかった京太郎でも、その婚約者が

 根っからの悪党ではないと言うことだけは、かろうじて神代家当主から

 聞き出すことができた。

  そして、彼らは三人とも自分の妻となる女性へと歩み寄ろうとしたのだ。

  もっとも、時は異なれど三人がそんなことを認められるはずもなく、

 小蒔「私のせいじゃありません!!」

 小蒔「神代家とそれに連なる分家のしきたりで昔から...いや」

  霞の手首に横一文字に刻まれた拒絶の証も、

  巴の鳩尾に開いた穴を埋めた傷跡も

  初美の首を締め付けた蛇の腹のような模様も

  それらは全部小蒔が巻いた不幸の種が招いたものなのだから

  巫女ではなく鬼女と成り果ててまでも思い続けられる京太郎の魅力。

  恐怖に耐えかねた小蒔は、遂に禁句を口に出してしまった。

 小蒔「いいえ、そんなの関係ない!関係ないです!!」

 小蒔「私が一番京太郎君のことを幸せにできるんですから...ッ!」

 霞「底が知れたわね、神代小蒔」

 霞「みんな、出てらっしゃい!」

  その禁句を聞き、不気味な笑みを浮かべた霞も今一番京太郎と

 小蒔が恐れる事態を招き寄せてしまった。

 巴「信じたくなかった、信じたくなかったよ...こんなの」

 初美「姫様...」

  生きる希望をなくした虚無の瞳を向ける初美と、自分にまつわる

 何もかもを否定し続けた巴がはらはらと涙を流し、現れた。

 明星「やっぱり、霞姉さんの言うとおり...だったんだ」

 湧「こんの...、裏切り者がッ!!」

  そして、怒りと悲しみを露わにした明星と湧が霞の後ろに立っていた。

 京太郎(ごめん...皆)

  既に京太郎は小蒔との婚約を解消していた。

  それは小蒔も霞達の酸鼻極まる凄惨な決意を目の当たりにして

 二人と神代本家がせめてもの贖罪として、取り消したものだった。

 巴「ええ、夢がたとえ叶わないとしても...叶わないとしても」

 初美「京太郎と結ばれることを夢見ていた。たとえそれが...それが」

 霞「勝ち目のない戦いだとしても!私達は、夢を現実にしたかったのよ!!」

  それでも、京太郎は誰かを選ぶことができない。

  選ぶ資格さえ、今の京太郎には与えられていないからだ。

  しかし、それは京太郎にだけ限った話であって...

 小蒔「...そうですか、霞ちゃん」

 小蒔「霞ちゃん達にとっては、私達は悪の権化ということですね」

 春「私達...?何言っているのかよく分からない」

  今まで黙っていた春が口を開いた。

 小蒔「なら、もう遠慮することなんかないですね」



 小蒔「私、京太郎さんを婿にとります」


 京太郎「なっ、何を言っているんですか!小蒔さん!!」

 京太郎「俺にはもう、そんな資格が...」



 六女仙『ダマレ』




 小蒔「ふぅ、少し分家をつけあがらせ過ぎたようですね」

 小蒔「自分達の分をわきまえさせるということでつけた婚約者を悲しませ」

 小蒔「挙げ句の果てに本家の娘が懸想する男に横恋慕」

 小蒔「巫女にあるまじき悪しき性根、うん、理由としては十分じゃないですか」



 小蒔「神代分家総リストラ大計画、実行決定です」



 巴「へぇ、へぇ~」

 初美「そうですね。私達分家も思ってたんですよ」



 霞「神代本家クーデター計画、実行するしかないわね」


  その瞬間、かつて六女仙が過ごしたかけがえのない場所は...

神と悪霊の神威が無秩序に吹き荒れる魔境へと変貌した。


  腰が抜け、何も言葉を発することができない京太郎を見つめる二つの影。


 小蒔「京太郎さん、私を助けてください」

 小蒔「霞ちゃん達を苦しめた報いを二人で一緒に償いましょう」


 霞「京太郎君、お願い...私達を救って?」

 霞「私達もう何もかもいらないの。貴方だけが欲しいだけなの」


 京太郎「お、俺は...」


 初美「京太郎」

 巴「京太郎君」

 春「京太郎」

 明星「京太郎さん」

 湧「京兄ちゃん」



  続く? カ...





霞「何を勝手に、終わらそうとしているの?」

 霞「終わらせないオワラセナイ、オワラセルモノカ」

 巴「この怨み晴らさせたまへ」

 初美「終わるわけないじゃないですか、私達地獄を見てるんですよ」

 初美「姫様も私達と同じ目に遭ってやっと五分なのですよ~」


  うぐぐ、うぐあああああああああああああああああッ!!!!


 「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いです、うわああああああ!!」


 「あはは、ははははははははっ」


  この愛憎の連鎖の果てに、誰が立っているのだろうか?

  未完