熱い夏もとうに終わり、インターハイと国麻の結果から久は早々に受験戦争から解放された。
 今もカリカリしている同級生たちを見れば、麻雀をやっていて良かったと感謝感激、心の中で小躍りする程に気持ちが軽い。
 まさに、我が世の春を謳歌している気分だった。

「須賀くんって彼女いないの?」

 だからこそ、根拠もなく全てが上手くいくように思え、然り気無く彼に尋ねたのだ。次は恋でも勝利をもぎ取ろうと夢想しながら。
 部室の中に響いた声、ピクリと反応する部員たち。注目を気にすることなく、パソコンでネト麻を続けながら彼は口を開く。
 そして振り返りもせず、言った。

「あれ、教えてませんでしたっけ? 彼女ならいますよ」

 衝撃、激震。
 パクパクと口を開く咲、現実逃避を開始する優希、牌を持ったまま硬直する久。
 進行の止まった麻雀を前に、早く牌を切って欲しいと和は思い、まこは興味深そうに京太郎へと質問を投げる。

「ほう、そうなんか。ちなみにじゃが、その彼女とやらはわしらも知ってる相手なんかのう?」

「ええ、知ってますよ。おっ、良い配牌、こりゃ勝ったかな」

 奇妙な沈黙が生まれる。
 カチッ、カチとマウスのクリック音がよく聞こえる。それはまるで歯車が噛み合う音色のように、彼女たちの頭の中は急速に回り出す。

(私の京ちゃんを汚したのは誰?)

 幼馴染みの咲は彼の交遊関係を脳内でリストアップ、最近の行動と照らし合わせて照会を急ぐ。
 瞳から光が消え、半笑いの口元から見える白い歯、恐ろしい魔王の威圧が卓を支配する。

(犬のご主人様に、断りなく、奪った猫はどこのどいつだじぇ?)

 大好物のタコスを落としてしまったことを無視し、優希は思考する。京太郎の好みから推論を幾つも重ねては繰り返す。
 気づかぬ内に目元には涙が溜まっていく。
 いつ決壊を迎えてしまってもおかしくない。悔しさ、悲しさ、そして眼前の恐怖に限界は近い。

(あは、あはは、失恋? う、嘘よ、嘘、冗談でしょ?)

 絶頂から絶望。
 落差の大きさが心を蹂躙し、叩き落とす。地の底を這う虫のように、メンタルが案外脆い久は暫くは立ち直れない。
 それでも、むしろ、それ故に誰が彼の恋人であるのか知りたかった。

「ねえ、須賀くん。あなたの、……恋人って誰か教えてくれる?」

 震えた声が響く。
 ゴクリと生唾を飲んだのは誰であろうか。音が消え、答えを待つ間は長く、とても長く感じた。

「俺の恋人は----」

 京太郎の口から述べられた名前。
 清澄麻雀部に、波紋を、亀裂を入れるには十分な破壊力を持っていた。

「はは、京太郎も、じょ、冗談が酷いじぇ……」

「嘘だ、嘘、嘘なんだよね」

「そ、そうよね。もう、質の悪いジョークなんだから」

 認めたくない現実から目を逸らす。
 しかし、事実は何も変わらない。変わるはずがない。

「……何時からなんじゃ、二人は何時から付きおうておったんじゃ?」

 四人の視線は一人に集まる。
 少女は常と全く変わらない表情、仕草で答えた。

「春先、入部して間もなくです」

 須賀京太郎と原村和の交際。
 そんな馬鹿なと心は叫ぶ。二人の間に甘い匂い、男女の素振りは見えず、付き合っていると突きつけられた真実はなおも信じられない。
 そう、和の京太郎に対する態度は冷めているように思えて、特別な間柄にはまるで見えないのだ。
 確かに、京太郎が和に向ける視線には特別な色が混じっているように見受けられはしたが……

「何で、教えてくれなかったんだじぇ? 私たちは親友じゃなかったのか、のどちゃん!?」

 優希の糾弾。
 和の弁論。

「あの、優希には確かに教えたはずなんですが?」

「じぇ? ……覚えてないじょ」

「『須賀くんとこれから付き合っていけそうです』と言いましたよ」

 優希は記憶を遡る。
 確かにそのようなことを四月に言われたような気がした。しかし、彼女はそれを”友人として”の話だとばかりに思っていたのだ。
 あれ、あれれと首をかしげ、自分が悪いのかと優希は冷静に考え始めた。

「ねえ、京ちゃんは何で私に教えてくれなかったの?」

「いや、だって聞かれてねえし」

「普通、幼馴染みの私に一言あるよね」

「別にいらなくね?」

 白熱、一方的なヒートアップ。
 咲と京太郎は仲良く言葉の矛を突きつけ合う。
 それを傍目に、久は嫉妬からドロリと和に口撃を放つ。

「二人は交際を始めて半年以上になるのよね。それなのに和は須賀くんを未だに名字で呼んでるの?」

「恥ずかしいから人前ではそうしているだけですよ」

「そんなことすら恥ずかしがるなんて須賀くんも可哀想ね。どうせ、手を繋いだりするだけの関係止まりなんでしょう?」

「部長には関係ないですよね。言い掛かりみたいなこと止めてもらえませんか?」

 ネチネチと言葉尻を取る久に和は辟易しながらも反論する。

(ふむ、面倒じゃな……帰るかのう)

 部員たちのやり取りを見ながら、ため息を吐きつつ、まこは一足早く部室を後にした。

 今日も清澄は平和である。


カンッ!


 俺の彼女は少し変わっている。

『--須賀くん』

 人目があるときはツンっとしたすまし顔でクールに装う。それは本当に恋人なのかと疑ってしまう程、俺になど全く興味がないとばかりにだ。
 赤の他人とまでは言わないが、友人や仲間とは決して呼べない、顔見知りの知人が言い得て妙だろうか。

「なあ、和。せめて名前で呼んでくれないか?」

「二人きりの時はちゃんと名前で呼んでるじゃないですか、京太郎くん」

 人前では甘えない彼女も、他人の目がない所ではデレる。
 今も俺の体に抱きつき、豊かな弾力をプニプニと押し付けてくる。全く、これがツンデレの破壊力か、ギャップは俺を幾度も悶え殺させる。

「まあ、そうなんだけど、俺としては誰の目も憚らずにイチャイチャしたいんだよな……」

「それは、そのぉ……恥ずかしいですからぁ……」

 くっ、もじもじしながら赤い顔で上目遣いに見てくるなんて反則だ。
 可愛すぎてイエローカードどころか、レッドカードで一発退場してしまいそうだぜ。

「そ、そうか」

「我儘でごめんなさい京太郎くん。ですが、今は誰の邪魔も入りませんから」

 そう言って和は目を閉じた。
 そんな風に期待されたら、止められない。和は頭が良いから分かっているんだろう?
 俺は誘われるがままに唇を塞ぐ。互いの口先が、唾液が、粘膜が、吐息が混じり合う。それは気持ち良く、溶け合うように、互いに求めることが止められない。
 頭の一部が痺れるような陶酔に溺れ、感じるままに絡み合う。上気し、桃色に染まりゆく和の身体。その余すことなく全てを知っているのは俺だけだ。
 大きな双丘も、細く白い項も、隠された場所も、どこまでも……俺の下で喘ぐ彼女に、どうしようもなく魅了され、イカれてしまう--


「和、気持ち良かったよ」

「ふふ、そう言う京太郎くんは可愛かったですよ」

「はは、可愛いはちょっと……」

 優しいあなたが好きです。
 人のためにひた向きになれるあなたが大好きです。
 全身で、全心で、好きだと言ってくれる京太郎くんが愛しい。求めて、激しく、精一杯の愛を重ねてくる行為が堪らなく嬉しいんですよ。
 あなたに抱かれ、包まれ、溺れてしまう。あなたも同じ気持ちなのだと思うと、それは本当に幸せを与えてくれます。

「好きですよ京太郎くん」

「俺もだよ、和」

 こんな想いを乗せた言葉、二人だけの時しか言えません。そうじゃないと、普段から自分を律するようにしないと、私は抑えきれずにきっと堕落してしまうから。


もう一個カンッ!