「ナンパしよーぜ!」
そう言い出したのは、男子麻雀部の中で一番のお調子者だった。
俺こと須賀京太郎が、家の事情で、長野から東京に引っ越して早半年。
真夏の太陽が照りつけるこの8月になるまで、色々なことがあった。
今年から共学になった白糸台高校に入学し、東京での生活はまあまあ順調な滑り出し。
子供の頃に長野から引っ越した、幼馴染の宮永照さんとの再会。
照さんを切っ掛けに、始めた麻雀。
入部した麻雀部(女子は強いけど男子はできたてで当然弱小)は結構楽しくて、密度の濃い時間を過ごした。
麻雀を通して、照さんの妹分の大星淡と仲良くなったり。
その二人が所属するチーム虎姫のメンバーと交流したり。
充実した毎日を過ごせたと思う。
麻雀のIHも終わり、夏休みも後半。
前々から計画していた通り、男子麻雀部のみんなで、一度渋谷に遊びに行くことになった。
なんというか、学校で男子が少ないこともあって、麻雀部の男子の結束は結構固い。
出会ってまだ数か月なんてことを忘れるくらい、一緒になって大騒ぎして遊んだ。
そして、正午をまたぎ、昼食を済ませ、また街をぶらぶらしようとなったそのとき。
麻雀部きってのお調子者があろうことか、女の子をナンパしてみようと言い出したのだ。
そんな理由で今現在、俺たちは目の前を通り過ぎる人の流れを眺めている。
声を掛けられそうな女の子を探して、日陰で涼みながらの品定め。
品定めは言いだしっぺ、声を掛けるのは俺、後のみんなは俺のフォローと賑やかし。
完全に俺を盾にしている。
俺はナンパなんかしたことないし、要領なんて分かりようもないのだが、
「知らない人と仲良くなるの得意だろ? それにお前イケメンだしイケるって!」
という一言によって、満場一致でナンパの先陣を切ることになってしまった。
「どうせ当たって砕けるなら、レベル高そうな子狙おうぜ!」
「いいねー。その方が断られても傷は浅そうだ」
「それ一番大変なの俺じゃねーか!」
話しかけるのが俺だからって好き勝手いいやがってチクショー!
「よし決めた! あの子たちにしよう!」
そう言って、言いだしっぺが道の向こうを指さす。
多分高校生くらいの女の子5人が、道を歩いていた。
人混みに隠れて姿がよく見えないが、確かに遠目から見ても美人そうなのは何となく分かる。
女の子たちは先を行き、どんどん俺たちから離れていく。
「京太郎、GO!」
「健闘を祈ります!」
「はいはい、行ってきますよ」
調子のいい友人たちを背にして、少し急ぎ足で彼女たちに近づいていく。
こんなところ、弘世部長に見られたら大変だな――と考えて、その恐ろしさに考えるのを止めた。
とにかく適当に話しかけて、早めに終わらせよう。
緊張で強張りそうになる顔をほぐし、駆け寄って、意を決して話しかける。
「すいませーん、今時間ありますか?」
我ながら軽い感じだなあ、と軽い自己嫌悪に陥りながら、相手の返事を待つ。
前を歩いていた女の子たちが、全員こちらを向いた。
――それは、何だか見覚えのある顔だ。l
「京ちゃん……?」
「あれ、キョータロー?」
「え、照さんと淡……?」
「こんなところで何してるんだ?」
「今日は麻雀部の男子たちで遊ぶんだったよね……?」
「私もそう聞いているが……」
「先輩たちまで……」
よく見知った面々を前にして、血の気が引いていく。
宮永照。幼馴染のお姉さん。
大星淡。小生意気な同級生。
亦野誠子。面倒見がよくて気の良い先輩。
渋谷尭深。いつものんびりとお茶を飲んでいる癒し系先輩。
弘世菫。いつも凛々しく厳しい苦労性の先輩。
白糸台高校の女子麻雀部、チーム虎姫のメンバーだった。
やべ、と後から追い付いた誰かの焦った声が聞こえる。
その言葉には全面同意だ。本当にヤバイ。特に弘世先輩。
ナンパしているところを見られるどころか、その当人をナンパするとか、(笑えない)笑いの神が降りている。
間の抜けた場の空気が、段々と重たくなっていく。
照さんが、じっと俺を見上げてくる。
「京ちゃん、こんなところで何してるの?」
「え、いやその、友達と遊んでるだけですヨ?」
「……ナンパだよね、今の」
「ち、違うんですよ照さん! これはナンパじゃなくて、悪ふざけの延長っていうかそんな感じで!」
照さんの目が、心なしか冷たい。
というよりも、メンバー全員の目が冷たい。
「――ほう、ナンパか」
状況を整理していたのだろう弘世部長が、冷たい声でそう言った。
「友人たちと約束があるからと、私たちの誘いを断っておいて……やることはナンパか?」
「ひ、弘世部長? その、ちゃんとした理由があるので話を聞いて欲しいというか……」
「それなら、その理由とやらを聞こうじゃないか。――喫茶店にでも入って、ゆっくりとな」
そう言って、弘世部長は微笑んだ。
――目は笑っていなかった。
いつもの無表情に、目だけが底なし沼のようになった照さん。
つまらなそうに――不機嫌そうに、自分の髪の毛先を弄る淡。
何かを諦めたように苦笑する亦野先輩。
じっとこっちを見つめてくる渋谷先輩。
微笑んだ顔が怖い弘世部長。
あ、これ俺もう駄目だわ。
最悪の状況の中、俺は全てを諦めることにした。
カンッ!
「それで、京ちゃんは誰狙いだったの?」
「え?」
「それ気になるー。……誰なの、キョータロー?」
「いや、ナンパする相手決めたのは俺じゃないし」
「……そういえば須賀君って、胸の大きな女の子が好きって聞いたんだけど、本当?」
「なんで今それ言うんですか渋谷先輩!?」
「……」ペタペタ
「じょ、女性の魅力は胸だけじゃないですから! そうじゃなくても俺は全然大丈夫ですよ!」
「つまり須賀は可愛い女の子なら誰でもOKと」
「最低だな……」
「もう勘弁してくださいよー!」
モイッコカンッ!
最終更新:2016年08月06日 13:02