―― それからの日々は平穏に続いていった。

目の前にどでかい塔が生えたところで俺たちには関係ない。
マージャン大会という一つの節目を終えた俺達は気兼ねなく再びイチャイチャ期間に入った。
マージャン大会の準備などもあって、我慢していた分を晴らすように我先にと求めてくる恋人達。
そんな彼女達と過ごす日々はとても楽しくて…そして甘くて… ――

咲「京ちゃん京ちゃん♥」スリスリ

淡「むむ…今日は咲に前を取られた…」

春「たまには私に前を譲るべきだと思う」

憧「って言うか…あんたら少しは自重しなさいよね」

春「さっきも虎視眈々と前を狙ってた憧には言われたくない」

憧「ち、違うわよっ!別に狙ってなんかないから!!」

咲「でも、さっき私を押しのけそうな勢いだったよね…」ポソ

憧「あ、アレは…あたし以外の誰かがコイツの犠牲になるのが忍びなくて…」

淡「その割りには羨ましそうな顔してるけど」

憧「し、してない!」

そんなやりとりだって別にいまに始まった事じゃない。
でも、そうやって決まったやり取りを、きっと皆は楽しんでいる。
それはなんだかんだ言って俺の恋人というつながりだけではなく、彼女たち自身が友人になっていっているからなのだろう。
ある意味ではライバルではあるが、常に寝食を共にし、俺に犯される仲間でもあるのだ。
共に迷宮を攻略した仲間でもあるのだし、そういった意識が芽生えるのも当然の事だろう。

美穂子「…ただいま戻りました」

京太郎「あ、おかえり」

…ってアレ?なんで美穂子はもう帰ってきてるんだ?
さっき皆の分の朝食を作るって言って、久と智葉を連れて食道へと降りてったはずなんだけれど…。
幾ら美穂子でもこんな短期間ですぐ七人分の朝食を用意するのは難しいだろうし…何かあったのか?

美穂子「…ご主人様、ちょっと様子がおかしいです」

京太郎「おかしい?」

美穂子「…えぇ。さっきからこのホテル…誰もいません」

京太郎「…誰も?」

…それそのものはそれほど変な頃じゃないような気がするんだけどな。
このホテルの部屋は結構、埋まってはいるけれど、中の住人は殆ど出てこない訳だし。
中でエロエロするのに忙しい彼らとすれ違った経験と言うのはこの一年近くの滞在の中で数えるほどしかない。
昨夜、夜までヤっていた恋人たちが起きてくるのにはまだ時間があるだろうし、すれ違わないのが当然ではないだろうか。

美穂子「…より正確に言えばロビーにも何処にも…塞さんがいないんです」

京太郎「…それがおかしいのか?」

美穂子「えぇ。私からすればあり得ないほどに」

…それはきっと美穂子が俺の知らない臼沢さんを知っているからなのだろう。
はっきりと断言する美穂子には迷いの色はなかった。
臼沢さんの事をしっかりと理解している訳ではない俺にはその理由までは…だが、美穂子がそう思っているならば疑う余地はない。
何か異常な事態が起こっている…そんな心構えでいた方が良いだろう。

美穂子「何より…この置き手紙が食堂に置いてありました」スッ

京太郎「…手紙?」

そこで美穂子から差し出されたのは一枚の紙だった。
折り目もついていないまっ更なその上には黒字で文字が浮かんでいる。
丸く可愛らしいその文字は間違いなく誰かが書いたものだろう。
けれど、その筆跡が誰のものなのかは分からない。
分かるのはただ一つ… ――

『須賀京太郎君とその恋人さん達へ

貴方達の大事な友達は預かっちゃった☆

ホテルの中だけではなく、隔離施設に住んでいた子達も皆、誘拐済みだよー?

返して欲しければ今すぐ目の前の塔の中へと入って、最上階まで上がってきてねっ♥

お姉さんとの約束だよっ♥

                            by小鍛治健夜

                                ↑

                            違うよ!?勝手に私の名前使わないでって!!

                                ↑

                            まぁ、良いんじゃないの、わっかんねーけど

                                ↑

                             全然、良くない!これで出して来たら私、怒るからね!!



                                                               』




京太郎「…………」

美穂子「…………」

京太郎「…これ冗談の類だよな?」

美穂子「…念のため久と智葉さんが他の皆と連絡を取っています」

美穂子「恐らくそろそろ確認し終わって帰ってくるのではないかと…」

久「ただいまー」

智葉「…ただいま。京太郎、事件だ」

京太郎「あぁ、既に美穂子から聞いてる」

…しかし、智葉が事件とまで言い切ったか。
そうなると…この手紙の内容はマジなものだと考えた方が良さそうだな。
…いや、まぁ、正直、この手紙でマジだとか考えるだけで頭が痛くなるけれど…。

智葉「結論から言おう」

智葉「政府の隔離施設で過ごしていた皆は全員、忽然と消えたそうだ」

久「ホテルの方も同じ」

久「迷宮からご主人様が助けた子は皆、連絡がないわ」

久「インターフォンを押しても反応なし」

京太郎「…そうか」

…内容の残念さ加減とは裏腹にやっている事はメチャクチャだ。
政府の施設内で過ごしていた皆まで全て誘拐して見せるだなんて。
正直、普通の相手ではそんな事は出来ないし、しようとも思わないだろう。

智葉「…どうする?」

京太郎「…皆の意見を聞きたい」

確実に頭のネジがぶっ飛んでいて、そしてそのぶっ飛んだ思考に浮かんだ考えを実行出来るだけの能力の持ち主。
こうして誘拐された皆を助けようと思えばそんな連中を相手にしなければいけないのだ。
限定的とは言え、時間が止まった迷宮を数年維持し続けてきた咲と同等…いや、それ以上の敵が待ち構えているとそう思っていいだろう。
咲の時は相手が縛りプレイをしてるっていうのもあって何とか攻略出来たが…今回は出来るかどうか分からない。

憧「ま、決まってるでしょ」

春「…ここで行かないなんて選択肢はない」

淡「だね。菫先輩やテルーにまで手を出してるとか有罪かくてーだし」

智葉「…私も同意見だ。ここまで虚仮にされて黙ってはいられない」

久「同じく大事な部員が攫われたって言うのにのんびりなんてしてられないわよ」

美穂子「ご主人様次第ですが…私も出来れば助けに行きたいです」

京太郎「…」

が、皆は既にやる気になっているらしい。
…それもそうだよな。
攫われた皆は彼女達にとっては大事な仲間であり、友人でもあったんだから。
それを人質にするような真似をされて、何時も通り平然と過ごしているなんて出来ない。
助けに行きたいと、そう思うのが当然だろう。

咲「…私は…」

咲「私は…ちょっと…嫌…かも」

京太郎「咲…」

咲「だって…これ絶対、罠だよ?」

咲「この手紙書いた人がどういうつもりなのか分からないけど…」

咲「それでもろくでもない事考えてるのは…今の時点でも分かるし」

咲「私が言えた義理じゃないかもしれないけど…」

咲「こうやって誰かを人質にするような人の言うことを聞いたりするのは危険だと思う」

京太郎「……だよな」

咲の言葉は決して間違いじゃない。
人質まで取って…来いとそう言ってる連中が楽しく歓迎会を開いてくれるはずがないんだから。
間違いなく俺たちに何かを要求してくるだろうし、それがろくでもないような事なのは簡単に予想出来ている。
俺達は人質救出のスペシャリストでもないんだから、下手に飛び込んでいっては逆に人質を増やすだけになりかねない。

京太郎「…でも、悪い」

京太郎「俺も…やっぱ皆を助けに行きたい」

京太郎「折角、助けた人達をこんな形で利用されて…どうしても我慢出来ない」

京太郎「和達まで攫われて…黙っているなんて…無理なんだ」

咲「…そっか」

…人質は遥か昔からずっと今まで途絶えた事のないある種のセオリーだ。
だが、それは裏を返せば、今も尚続いているほど人間に対して優秀な方法だと言う事でもある。
…悔しいが、それは俺も例外じゃない。
こうして皆を人質に取られた以上、それを助け出したいとそう思ってしまう。

咲「だったら私も行くよ」

京太郎…良いのか?

咲「京ちゃんだけだったら不安だし…」

咲「それにこれでも私、迷宮のラスボスだよ?」

咲「きっと役に立てると思う」

京太郎「…ありがとうな」

冗談めかした咲の言葉に俺は小さく感謝を告げる。
確かに迷宮で戦った中でも最も恐ろしかった咲が味方になると思えば心強い。
前回は憧の一撃で倒す事が出来たが、それは皆でタスキを繋ぐようにして手に入れた勝利だ。
何処かで誰かが欠けていたら、きっとあんな簡単には勝てなかっただろう。
そんな咲が今度は俺の味方の側だと思えば、下手な罠くらいは簡単に突破出来そうな気がする。


智葉「…よし。それじゃあ決まりだな」

京太郎「あぁ」

京太郎「この手紙をくれた相手が一体、どういうつもりなのかは知らないが…」

京太郎「こんなふざけた真似をした事を必ず後悔させてやろう」

俺の言葉に頷く皆には強い闘志が溢れていた。
多かれ少なかれ彼女達もこの手紙の主には怒っているのだろう。
ふつふつと湧き上がる熱気には二ヶ月近いブランクをまったく感じさせないものだった。
迷宮を攻略してからずっとこの部屋で睦み合ってばかりではあったが、その意思も身体も鈍っていないらしい。
そんな彼女達に心強さを感じながら… ――

京太郎「…じゃあ、準備を始めるぞ」

智葉「了解!」

智葉の応えと共に彼女達はそれぞれ動き出し、新たな迷宮攻略への準備を始めたのだった。