十二月半ば

咲「もうすぐ十時になるのに、優希ちゃんも染谷部長もこないね」

 部室の片隅、元いたベッドは反対の壁へ押しおいやられ、円宅のコタツが存在を主張していた。

京太郎「部長も昨日は『絶対顔出すから!』なんて夜中の十二時にメール送ってきたのに、」

咲「え?京ちゃんそんな時間に起きてるの?というか竹井先輩とそんな時間にメールしてるの!?」

 須賀京太郎の対に座り、今のいままで本から視線を外さなかった宮永咲が驚きの色を隠さず、京太郎の鼻先に顔を近づけた。腕に顎を乗せ、完全だらけ状態の京太郎はたじろぐことすらできなかった。

京太郎「お、おう。部ちょ――竹井先輩も話し相手がほしいんだって。男友達が俺しかいなくてそれでいろいろ相談を……て、咲さん?」

咲「ふーん。そうなんだー。ほー」

 京太郎にとって、ここまで不満を顔に出す咲は珍しかった。どこか感情の起伏に喜怒哀楽の怒がぬけているし、そもそも面と向かってしゃべるという事がここ最近少なかった。自分のいないところでは――例えば原村和や片岡優希とおしゃべりをしているとき、勝手な想像だが、咲は憤慨などしないだろう。彼女らは人をおちょくったりしない。適度な暴走で咲を困らせるだけだ。

京太郎「なんだよお姫様。もしかして嫉妬?」

咲「!!、違っ――違うもん」

 一瞬の間に思考の摩擦が見て取れたが、結局は言い直さなかった。上目でころころ変わる咲の表情を見つめながら、京太郎はちょっとばかりの優越感を得た。
 目のやり場に困った咲は読んでいた小説を栞も挟まず閉じ、コタツへと体を押し込んだ。座布団を枕にすると雀卓へと顔を向ける。

咲「京ちゃん狭い」

京太郎「お前な、子供か」

咲「うん、子供」

 京太郎が伸ばしていた足を組んで胡坐をかくと、ポケットにはいっていた携帯電話が腰に当たった。おもむろに取り出して開くと、メールが三件。

京太郎「咲、竹井先輩と染谷部長は電車が止まって時間がかかるから遅れる。優希は家から出たくないって」

咲「ん」

京太郎「こんな天気だしなぁ。明日もずっと雪降ってるってよ。朝、お天気のお姉さんが言ってた。美人の、竹井先輩に似たお姉さん」

咲「最後の情報いらない」

 横目で睨みつけられても視線ははずさず、京太郎は微笑んだ。

京太郎「和もいまごろカナダのどこだっけ?バンクーバー?いいよなー俺も海外へ旅行してみたいわ。それであっちの美人で金髪で碧い目をした胸の大きい……」

 視線は再び咲へ。睨んではいなかったが、間違いなく頬を膨らませていた。怒りの表現として最高にかわいいのではないか。あざとさを感じないのが咲のいいところである。

京太郎「なあ、咲はさ、どんな本読むんだ」

 円卓に置かれた某書店のカバーがかけられた小説へ手を伸ばす。一瞬手が止まり咲のほうへ視線を向けるが微動だにしない。実はそれほどこの話題を発展させたかったわけではなく、あせった咲が自分よりも早く小説をぶんどって顔を真っ赤にして「これは、その、普通の小説だよ」なんて言いながら、両手で背に隠し、そこで自分が「なんだよ、隠すようなもんか?もしかして官能s」「違うよ京ちゃんっ!!!」「冗談だよ、恋愛小説だろ?別に隠すことじゃないさ」「ほんと?」そういって咲はしずしずと隠していた本を前に出すと
 ここまで妄想したのに、現実は非情である。察するにこれは恋愛小説などではなく、その他の推理ものかファンタジー。一度図書室へ一緒に行ったとき、貸し出し書には確かにジャンルを気にせず有象無象を読み漁る過去の咲がいた。
 しかしこの流れから手を引くのは違和感がある。手にとってページを開く。

京太郎「ん?アニメの絵?ああ、ライトノベルってやつか」

咲「京ちゃんでも知ってるんだ」

京太郎「でもってなんだよでもって」

 意外なことではあった。正直恋愛小説よりもよっぽど恥ずかしいんじゃないのか。他人の趣味をとやかく言えるほど、まともに生きているつもりではなかったが、恥ずかしがり屋の咲にとって知られたくないことは人一倍気にかけている、勝手にそう思っていた。
 ぱらぱらとめくっていく。速読ができるわけではないが、ところどころ会話文を拾っていけば、意外と小説のおおまかな流れはみえてくる。

咲「それね、最終巻だから読んでてもよくわかんないと思うよ」

京太郎「どんな話?」

咲「宇宙人に対抗できる唯一の女の子と普通の男の子の……恋愛」

 それはまるで、

京太郎「まるで俺たちみたいだな」

咲「……え?はあああ?!きょ、京ちゃん何言ってんの!!?」

京太郎「宇宙人に唯一対抗ってのを麻雀最強に置き換え……あ」

 無意識だった。

京太郎「いやあの、恋愛ってとこは置いといてだな、登場人物が俺たち、あ、こいつら主人公……」

 自爆した。
 頬が熱を持つのがわかる。とっさに持っていた小説で顔を隠したが、一層恥ずかしさが増していった。爆発する羞恥心を沈めようと奮闘する京太郎を尻目に、同じく、顔をトマトみたいに真っ赤にした咲が噴き出した。

咲「ぷ、あはははっ。京ちゃん、顔真っ赤だよ」

京太郎「お前もだよ。顔、すげえことになってるぞ」

 部室は二人の笑い声が反響した。次第におさまりつつある中、咲と京太郎は視線を交えると先ほどの感情がふっとわき上がり、瞬時に笑いは止まり、顔を伏せた。

京太郎「……で、最後は二人はどうなっちゃうんだ?」

咲「女の子が死んじゃった」

 即答する咲の言葉に感情はなかった。

咲「女の子は最後、地球を守るために戦って死んじゃうの。でも、それは決められた運命で最良の選択なんだ。ハッピーエンドではないけど、ベストエンド。女の子は幸せを感じながら死地へとんでっちゃうんだよ」

京太郎「悲しい話なんだな」

咲「悲しい、かな。でも見方を変えれば、戦って死んで行くことしか存在の価値がなかった女の子に好きな人ができて幸せな最後。それって」

京太郎「価値観によっては最高?」

咲「うん。私は途中まで二人は絶対生き残って結婚して赤ちゃん産んで、健康な老後を送ってほしかった。そこまで願ったけど、読み終わると当人が満足を得れば、周りの人たちがどう思おうと幸せなんだ、って思った」

京太郎「幸せの価値観か……。他人の物差しが当てにならないとは確かに思うけど、でも俺からみたらその作品、全部読んだわけじゃないけどやっぱり不幸だと思う。よく自殺をする人に対して、紛争地域や貧困でろくに飯が食えない人間と比べたらよっぽど幸せだっていうけど、それは俺も賛成。その女の子だって『宇宙人に唯一の対抗できる』なんて肩書きのせいで、死んじゃったんだから」

咲「価値観はそれぞれって言ったら、この話終わっちゃうね」

京太郎「本人でしか味わえないんだからしょうがないだろ。俺は咲ほど読書家じゃないからそこまで作品に感情移入できないんだからさ」

咲「……そうだね」

 京太郎は片方だけカバーを外し、表紙に描かれた少女のイラストを見つめた。少女は憂いた表情の中に、どこか満足げな微笑みがあった。髪の長さが咲と同じぐらいだった。

咲「京ちゃん、恋愛ってなんなんだろうね」

京太郎「俺に聞く?今まで彼女できたことないのに」

咲「そうなの!?」

京太郎「なんで驚くかなぁ、中一からの付き合いだろ。いたらそういうの、少なくとも噂が出るだろ。まぁ童貞からの言葉でよければ聞いてくれ」

咲「どっ……。セクハラー」

京太郎「恋愛は、……そうだな、他のことがどうでもよくなるぐらい幸せなことなんだろうな。周りが見えなくなって手につかなくなるって言うし。不幸を反転させ死に急かす……これはフィクションだけど、いうなれば抵抗できない絶大な力って感じ。生物的欲求へと続く道筋でもあるしな」

咲「なんか京ちゃん、京ちゃんじゃないみたい。竹井先輩の影響?」

京太郎「かもな」

咲「むー」

 咲は熱を逃がさぬよう、音も立てずそろりとコタツから抜け出した。窓の前に立つと霜がついたガラスを撫でる。不細工なニコニコマークが出来上がった。

咲「京ちゃん」

京太郎「なに?」

咲「二年後の夏、最後の大会が終わったらお話があります」

京太郎「遠っ!それまでどっちも覚えてないだろ」

咲「ううん、私は絶対覚えてるよ。絶対」

京太郎「すぐには言えないことなのか?」

咲「うん、今は、えっと、……麻雀があるから。がんばらないと、ね?」

 京太郎は顔を伏せた。絶対に表情を見られたくなかった。気持ちの悪い笑顔をしていたからである。だって、だってこれは告白に変わりないではないか!この女は天然なのかそれを装った計算しつくした行動なのかわからない。ただ、うれしかった。

京太郎「絶対忘れんなよ。お前忘れっぽいから」

咲「絶対忘れない」

京太郎「絶対?絶対だな」

咲「ぜったい!ぜったいぜったい!!!」

京太郎「じゃあ二年後、ここで」

咲「うん!」

◆◇◆◇◆◇
 部室の扉前、隙間から覗く二つの影。

まこ「おいおい、なんじゃあありゃあ。見てらんないのぅ」

久「最っ高じゃないっ!本当、雪さまさまだわ!」

まこ「ちょっちょ、背中叩くな」

久「いやー甘酸っぱいわねー。ここは元部長として恋愛のいろはを教えてやらないと」

まこ「あんたぁ相手は女の子ばっかりけえ、意味ないと」

久「そんなことはないわ。感情に性別は関係ない、と、やば!咲がこっち向いた!気付かれたかも」

まこ「騒ぎ立てるからじゃけぇ」

久「逃げるわよ!」

まこ「部活は?せっかくきたのに……まったく、全国三位が色恋沙汰で部活中止とは」

久「フフーフ、恋愛が嫌いなんだね、まこ」

まこ「ちゃうわい!しかもコアなネタを……あとで京太郎に中止のメールをおくっとこ」

久「そういやもうすぐクリスマスねぇ。街でツリーを買いに行きましょう。あの部屋殺風景だし、ね」

まこ「はー、しょうがないの、ここの改修費くすねとくか」

 その日雪の降り積もる中、元気に駆け回る二人の少女がいた。