―― 俺達の部屋に帰って、ベッドに憧を寝かせても、彼女はなかなか、目を覚まさなかった。

勿論、事前に医者に見てもらい、傷はしっかりと癒してもらっている。
それでも中々、彼女の意識が戻らないのはやはりあの迷宮で受けたダメージが深刻だからだろう。
一応、診てくれた魔物の医者からは大丈夫という太鼓判を貰っているが、やっぱり心配は心配だ。
決して側にいても何も出来ないのに…彼女の側に居続けるくらいには。

京太郎「…憧」

憧「……」

勿論、そうやって彼女に呼びかけても何かの返答が帰ってきたりはしない。
医者からは大丈夫だと言われてはいるが、それでも彼女の受けたダメージが軽視出来る訳ではないのだから。
今の彼女はこうしてベッドの上で急速に受けたダメージを修復している真っ最中なのだ。
下手に呼びかけてもその邪魔になるだけだろう。

京太郎「…ごめんな」

…けれど、俺はそうやって謝るのを止める事が出来なかった。
きっと憧が起きていたら、そんな不甲斐ない俺を叱っただろうとわかっている。
そもそも憧は俺が謝る事なんて望んでいないであろうという事も理解出来ているのだ。
しかし、俺の判断ミスで倒れ、今も意識が戻らない恋人の姿を見て、何も思わないはずがない。
智葉たちの前では強がってはいたが…こうして二人きりになった今、口から出てくるのは彼女に対する謝罪の念だけだった。

―― ピンポーン

京太郎「…ぁ」

そんな俺の耳にインターフォンの音がする。
誰かが部屋へと訪ねてきた事を知らせるその音に、俺はゆっくりと腰を動かす。
正直なところ、今の憧の側から離れたくはないけれど、来客を疎かにする訳にはいかない。
そもそも俺が側にいたところで何も出来ないのだから、自分がやるべき事を優先してこなすべきだ。

京太郎「…はい」

穏乃「あ、須賀くん…」

京太郎「…っ」

そう思って取った受話器の向こうから知った声がする。
目に見えて声が沈み、何処か硬さも感じられるが、それは高鴨さんのものだろう。
何時も元気な彼女からは想像も出来ないくらいに勢いを失った声。
けれど、俺が息を飲んだのはその痛ましさに胸を痛めたからではなかった。

穏乃「あの…憧のお見舞いに来たんだけど…」

京太郎「…あぁ。今、開ける」

…正直なところ、彼女と会うのはとても気まずい。
俺の部屋で未だ意識不明であり続ける憧は、高鴨さんにとって親友なのだから。
元々、彼女との関係が多少、ギクシャクしていたのもあって、今の俺にとってはあまり会いたくない相手である。
しかし、折角、お見舞いに来てくれた彼女を追い返すような酷い真似は出来ず、俺はそう短く返して扉へと歩いて行った。

ガチャ

京太郎「…や。久しぶり」

穏乃「…うん」

開いた扉の向こうにいた彼女の表情は、やはり痛ましいものだった。
いつもの元気さがまるで感じられないその顔に、俺の胸が痛みを訴える。
けれど、そうやって彼女に暗い顔をさせているのは俺が原因なのだ。
その痛みから逃れる資格は俺にはなく、ただぎこちなく彼女を部屋へとあげる。

穏乃「…憧」

京太郎「……」

そのまま憧と対面した高鴨さんの口からは短く親友の名前が漏れる。
心から心配そうなその響きに俺は何を言えば良いのか分からない。
けれど、今の高鴨さんをそのままにはしておけず、俺は迷った末にゆっくりと口を開いた。

京太郎「あー…その…命に別条はないから安心してくれ」

京太郎「こうして眠っていたら、すぐに回復するらしい」

穏乃「…そっか、ありがとう」

京太郎「…あぁ」

その言葉は高鴨さんに届いたのだろう。
俺を見る彼女はほんの少し頬を緩ませて俺へと感謝を伝えてくれた。
しかし、俺にはそうやって彼女に感謝を伝えられる資格などはない。
ふと飛び出しそうになったその言葉を俺は噛み殺しながら小さく頷いた。

京太郎「(…んなもん言われてどうしろって言うんだよ)」

自分の身が可愛い訳じゃない。
けれど、ここで憧がこんなになったのは俺が原因だなどと言って、果たしてどうなるだろうか。
…まだ俺は彼女との付き合いが長い訳ではないが、高鴨さんは感情の矛先を求めて人を責めたりするようなタイプじゃない。
今だって憧の安否を確認し、心から安堵しているのが表情で分かるくらいなのだから。
そんな彼女に自分が原因だなどと言っても、ただ困惑させるだけだ。
ここは彼女が憧がこうなった理由を聞いてくるまで、黙っておくのが一番だろう。

京太郎「…じゃ、俺は外に出てるから」

穏乃「え?何でいっちゃうの?」

京太郎「なんでって…それは…」

一緒にいてもきっと高鴨さんが緊張するだけだろう。
なにせ、彼女はこの前、憧から俺の悪行を聞いて、明らかに警戒心を抱いていたのだから。
そんな男と部屋で二人っきり ―― まぁ、憧がいるから実質三人なのだけれど ―― ともなれば、危険を感じるだろう。
俺自身、高鴨さんと一緒にいるのは気まずいし、外で彼女が帰ってくるまで待機していようと思ったのだけれど…。

穏乃「……もしかして私に気を遣ってくれてる?」

京太郎「あ…いや、そんな事は…」

穏乃「…ない?」ジィ

京太郎「う…」

…勿論、ここで言うべきは高鴨さんに気を遣ってなどいないと言うことを証明するような言葉だ。
それも思いつくのが難しいって訳じゃない。
『ずっと憧の側にいたから、少し買い物にでも行ってくる』とか何とか言えば、それで良いのだから。
…それはわかっているんだけれど、高鴨さんにこうして見上げられると中々、それが言えないと言うか、何というか…。
キラキラと子どものように純真そうな瞳を前にして嘘を吐いちゃいけないような気がするんだよなぁ…。

穏乃「…別にそんなの気にしなくても良いのに」クス

京太郎「…いや、でもさ」

穏乃「…良いから、一緒にいてくれない?」

穏乃「私も色々と須賀くんに話したい事あるからさ」

京太郎「……あぁ」

…とは言え、ここまで言われて断るのもちょっとな。
彼女が側にいて欲しいとそう言ってくれているのだから、それに従うべきだ。
…それにしても俺に話したい事って一体、何なのだろうか?
俺と彼女には憧と一緒に御見舞を行って以来、接点はなかったはずなのだけれど…。

京太郎「…まぁ、とりあえずそこの椅子に座ってくれよ」

穏乃「うん。ありがとう」スッ

穏乃「って須賀くんは…?」

京太郎「俺はこっちで良いや」ボフ

今、憧が眠っているのは普段使っているキングスサイズのベッドじゃない。
部屋を打ち抜く前に置いてあったベッドを押し込んだ客人用の部屋だ。
勿論、憧の隣にはまた別のベッドがあるし、とりあえずそこに腰掛けていればそれで良い。
わざわざリビングから別の椅子を持ち込むのも面倒な話だしな。
それよりも… ――

京太郎「それで…俺に話したい事って?」

穏乃「い、いきなりそれ聞いちゃう?」

京太郎「あぁ、悪い。でも…大事な用だったりしたら大変だしさ」

…と言うか内心、ドッキドキなんだよな。
もしかしたら高鴨さんに責められるのかもしれないってそう思っているから。
勿論、そうやって責められるだけの理由はあるし、俺自身、仕方がない事だと思っている。
寧ろ、自分で自分を許せない今、そうして欲しいと思う俺さえいた。
けれど、実際に責められるかもしれないともなると、やはり緊張もしてしまうのである。
話したい事って言うのが何なのかは分からないけれど…出来るだけ先に済ませて欲しかった。

穏乃「えっと…その…まずは…ごめんなさい」ペコ

京太郎「え?」

穏乃「…この前…私、須賀くんの前で凄い緊張しちゃって…」

京太郎「…あぁ」

いきなり謝られたから何だと思ったけれど…あの時の話か。
しかし、ここで高鴨さんが謝る必要はないだろう。
そもそも彼女はどちらかと言えば俺をフォローしようとしてくれていた訳だしな。
悪いのは俺であり、過剰に反応した憧がちょこっと反省するべきかな?くらいだろう。
あの場に居合わせて、俺の悪行を聞いた彼女が警戒するのも当然だし、謝られる理由はまったくない。

京太郎「そんなの気にしなくても良いのに」

京太郎「高鴨さんが緊張するのも当然の事だろうしな」

穏乃「…でも」

京太郎「それに高鴨さんはどちらかと言えば俺の事をフォローしてくれてた方だろ?」

京太郎「俺はどちらかと言えば、それに感謝しているんだ」

京太郎「謝られる理由なんてないよ」

穏乃「……やっぱり憧の言う通りだ」クス

京太郎「…え?」

なんでそこで憧が出てくるんだ?
いや…まぁ、このホテルの中で一番、高鴨さんと親しいのは憧なのだし、ある意味当然なのだろうけれど。
しかし、ここで憧の名前が出てくる理由が分からない。
そもそも憧は俺の事を大分、悪く言っていたはずなのに…今の高鴨さんは寧ろ、肯定的な反応を見せていて… ――

穏乃「…あの後、憧がまたやってきてね」

穏乃「アレはちょっと言いすぎたとか、本当はあいつは良い奴とか…」

穏乃「そうやって惚気られちゃったから」

京太郎「あー…」

……なるほど。
俺と高鴨さんがギクシャクした原因が自分にあると憧も思ったんだろう。
だから、俺が高鴨さんの部屋から去った後、また彼女を訪ねて情報を訂正したってところか。
…まったく、それならそれで言ってくれれば良いのに…素直じゃない奴。
そもそも憧が爆発しちゃった原因は俺が正直に全部言った事にあるのだし…気にしなくても良かったのにさ。

穏乃「…元々、誤解だって分かってたけど…憧が須賀くんと結ばれた経緯とかも全部聞いて」

穏乃「それでまぁ…どう見ても憧が自業自得…と言うか自爆だったし…」

穏乃「それでちょっと身構えてたのが申し訳なくなっちゃって…」

京太郎「…それこそ高鴨さんが気にする事じゃないだろ」

京太郎「そもそも俺もさっき言ってた通り、まったく気にしてないからさ」

京太郎「だから、これでこの話はおしまい、な?」

穏乃「…うん」

とは言え、高鴨さんが気にする事と言う訳でもない。
アレは結局のところ、俺の選択が悪かったと言うだけの話なのだから。
そもそも俺自身、そうやって気軽に構えられてイイ相手ではない。
俺自身、あっちこっちの美少女に手を出して、あまつさえハーレムなんて作ってるクズなのだから。

京太郎「…それよりさ」

穏乃「うん?」

京太郎「憧って他に何か言ってたか?」

穏乃「えーっと…フィルター抜きにすれば結構、須賀くんの事持ち上げてたよ?」

穏乃「アイツのお陰で私は生きていられる、とか、アイツの側にいれて幸せだとか…」

穏乃「まぁ、その前に大抵、最低だとかレイプ魔だとかいじょーせーよくまとか言ってたけど」

京太郎「…はは、憧らしいな」

…そっか。
そんな風に思ってくれているんだな。
元々、憧が俺の事を内心嫌っているだなんて思ってはいなかったし、寧ろ、ハーレムなんぞ許してくれるくらいにはベタボレだってわかっているけれど。
でも…そうやって俺の知らないところで漏らしていたその言葉はきっと本心だろうから。
その一端に触れるだけで落ち込んだ心が少し明るくなっていくのが分かる。

穏乃「…良かった」

京太郎「え?」

穏乃「…会った時から須賀くんずっと暗い顔してたから」

穏乃「ようやく少し笑ってくれたね」ニコ

京太郎「…ぁ」

穏乃「やっぱり須賀くんは明るい顔してる方が良いよ」

穏乃「そっちの方がかっこーいいもん!」

京太郎「は、恥ずかしい事言うなよ」

穏乃「えー?そう?」

京太郎「そうなんだよ…」

…まったくお前はギャルゲの主人公か。
まさか笑顔であんな事言われるなんて想像もしてなかったわ。
…まぁ、俺も結構、言ってたような気がするけどさ。
…しかし、こうして言われる側になると結構、恥ずかしいもんだな、コレ。
これからはちょっと使いドコロに気をつけよう…。

京太郎「…でも、ありがとうな」

穏乃「…お礼を言うのは私の方だよ」

京太郎「え?」

穏乃「須賀くんがそんなに落ち込んでたのは憧の所為でしょ?」

京太郎「それは…」

穏乃「誤魔化さなくても分かるよ、私だってそれくらい分かるもん」

…確かに俺が落ち込んでいた理由には憧の状態が大きく関わっている。
けれど、それはきっと彼女が思っているような理由ではない。
高鴨さんが知らないだけで…憧がこうなったのは俺の判断ミスが原因なのだから。

穏乃「…憧言ってたよ」

穏乃「自分は強引に須賀くんのところに入り込んだだけだって」

穏乃「半ば事故みたいな形で、強引に須賀くんと関係を持って…そして優しさに甘えてるだけだって」

穏乃「須賀くんの恋人は沢山いるけれど、自分だけは違うんだってそう言ってた」

京太郎「それは違う」

…けれど、その言葉だけは見過ごせない。
確かに最初のセックスは事故のようなものだった。
けれど、俺はその前から憧の事を好意的に思っていたし、恋人になってからはそれ以上に好きになっている。
そもそも義務感のように恋人になって貰った相手に指輪なんて渡したりはしない。
それが持つ意味くらい男の俺にだってわかっているんだ。

京太郎「始まりはどうであれ、俺は憧の事を愛しているよ」

京太郎「確かに…俺は他に恋人がいるようなクズ野郎だけど…」

京太郎「それでも俺は憧のことを義務感だけで恋人にしたりはしていない」

京太郎「他の子と同じように心から愛してる」

穏乃「……うん」ニコ

俺の返答に高鴨さんは嬉しそうに笑った。
それはおそらく彼女にとって、俺の返事が予想通りのものだったからだろう。
ニコリと顔に浮かぶその表情からは満足そうなものさえ伝わってくる。

穏乃「…だから、私は須賀くんにお礼を言いたいの」

穏乃「だって…憧、面倒な子でしょ?」

京太郎「あー…いや…そんな事は…」メソラシ

穏乃「…ない?」クビカシゲ

京太郎「ま、まぁ、そういうところも魅力的だって思ってるんで…」

穏乃「ふふ。そっか」ニコ

…まぁ、面倒くさいのは確かだよなぁ。
こうして指輪まで送って進化出来るようになったにも関わらず、未だに意地を張るし。
ベッドの上では甘えん坊だし、俺の事をご主人様と呼ぶ事もあるけれど、根は未だに変わっていない。
そんなところも可愛らしいと本心から思っているけれど、さりとて、その性質そのものはやっぱり否定出来なかった。

穏乃「…でも、だからこそ…私は須賀くんに言いたいの」

穏乃「そんな憧を他の皆と同じように愛してあげてくれてありがとう」

穏乃「憧の良いところを見つけてくれてありがとう」

穏乃「憧の事をそんなに心配してくれてありがとう」

穏乃「…そしてこれからも憧の事、よろしくねって」

京太郎「……」

…そんな俺に高鴨さんがにこやかな笑みを浮かべながらそう感謝を告げてくれる。
その一つとってもむず痒くて居心地が悪くなりそうなくらいのキラキラとした言葉。
純真な彼女らしい暖かで優しい言葉に、俺は一体、どうすれば良いのだろうか。
親友の為にこうして眩しいくらいの感謝を伝えてくれる高鴨さんに…なんて応えれば良いんだろう?


下2
1 …俺にはそんな風に感謝される資格はない
2 あぁ、勿論だ
3 …良いのか?


京太郎「…あぁ、勿論だ」

…勿論、ここで自虐するのは簡単だ。
憧をこんなにした俺にはその資格がないと。
ハーレムなんて作っている俺に任せて良いのかと。
そう言いたい気持ちは俺の中にもあったのだから。
けれど、そんな男に高鴨さんは親友を任せられるだろうか。
こんなにも想っている憧の事を任せたいと思ってくれるだろうか。

京太郎「(…そんな訳ないよな)」

彼女が俺に期待してくれているのは、憧の事を『よろしく』と任せられるような男気だ。
この人であれば親友を任せても大丈夫だとそう思えるような頼りがいなのである。
ならば、ここで俺がするべきは、下手に自虐するような事ではない。
彼女の信頼に応えるとそう誓うように、頷くだけだ。

穏乃「…うん。やっぱり須賀くんはそういう顔の方が格好良いよ」ニコ

京太郎「…あぁ。ありがとうな」

京太郎「でも、俺に惚れると火傷するぜ?」

穏乃「うん。火傷以前に憧に刺されそうな気がするから残念だけど惚れるのはまた今度にするねっ」

京太郎「そりゃ残念」

まぁ、この場合、刺されるのは高鴨さんじゃなくて俺の方だろうけどな!!
あんだけ警告されてたのに、親友に手を出すとか鬼畜ってレベルじゃないし。
そもそもハーレムなんて作っている時点で、最低と言われても仕方ないんだが…それはまぁ、横においておくとして。

穏乃「それよりお見舞いの品にお菓子とか買ってきたんだけど一緒に食べない?」

穏乃「本当は果物とか花が良いんだろうけれど、そのへんはなくって」

京太郎「まぁ、物流滞りまくりだもんなぁ…」

穏乃「意外と不便だよねー…」

まぁ、この辺りは仕方がない。
そもそもこれだけ魔物だらけになって文明が崩壊していないだけでも結構、驚異的なのだ。
春の黒糖と言い、意外と不便なところは多いが、その辺りは我慢するか、或いは何らかの形で打開するほかないだろう。
とは言え、ただの一青年 ―― しかも、借金漬け状態の俺に何か出来るはずもない。
今の俺に出来るのはただ一つ… ――

京太郎「…じゃあ、とりあえずお茶準備してくるわ」

穏乃「言っとくけど、私はお茶にはけっこーうるさいよ?」

京太郎「安心しろって。なにせ、こっちには美穂子特性のお茶っ葉があるからな」


―― 憧が目を覚ますまで高鴨さんと仲良く待ち続ける事だろう。



System

高鴨穏乃の好感度変動が二倍になります

高鴨穏乃の好感度が30になりました → <<須賀くんって良い人だよねっ>>