和「…………」

原村和は憂鬱だった。
水曜日の3限目と4限目は体育だからだ。
別に、自分が運動が苦手だからという訳では……ないとは言い切れないのだけれども……理由は別の所にあった。
清澄高校では、男女共学の精神がナンチャラという校風に則って、体育が男女合同で行われる。
そうなると、例えばバレーボールなんかに決まった日には……必然的に男子の視線が自分に集まる。
より正確に言えば自身の類い希なる豊満な胸部に、だ。

和「まったく……あと3サイズも小さければ良かったのですが」

見られるだけなら何も減るものは無いではないかと言われるが、減るのだ。何か、メンタル的な面でゴリゴリと。
今も、チラチラとあらゆる目線がこちらを針のむしろのように突き刺していた。
不快だ、まるで監視されているようで…………

優希「贅沢な話だじぇ」
和「優希には解りませんよ、この悩みは……」
咲「隣の芝生は青く見える、ってヤツだね」

優希にしても咲さんにしても、身体のラインの凹凸が無い体系をしている。
貧相だ、なんて言われて蔑まれる傾向にあるが、私からすればファッションの自由度が広くて羨ましく感じる。
何より、ジロジロと見知らぬ男の視線に四六時中苛まれる事も無いだろうに。

優希「どうせいずれはその服の下も男に見せるときが来るんだから、予行演習だと思えばいいんだじぇ」
和「ちょっと優希!ハレンチですよっ!!」
優希「でも、事実だじぇ?」

確かに、その……私も、お嫁さん……というモノに憧れる気持ちがないでも無く……女の子ですし、いずれは、と思います。
でもそれはやっぱりきちんと清き正しい手順を踏んだ上でお互いに晒す物であって、予行なんて不純な事をすべきでは……

咲「和ちゃんって、好きな人いないの?」
和「えっ……?」

その発言に、頭の中で小さな稲妻が落とされたような錯覚を感じた。
好きな人……そう言えば、異性に対して遠慮というか抵抗感を覚える余り、そういう目線で男の人を見たことがありません。
今までの人生をチラと振り返っても……まともに会話した男性と言えば父くらいしか思い浮かびません。

和「…………」

考えてみれば、それはそれで寂しいでは無いですか。
花も恥じらう乙女と言いますが、幾ら注目を集めるとはいえ此方からも反応を返さねば美人画と何ら変わりありません。
咲さんの貸してくださった恋愛小説のような展開が実際にあるとは微塵も思ってませんが……憧れないとは言っていません。
でも、そう言った恋愛だって相手がいなければ成立しません。

優希「そう言う咲ちゃんはいるのかー?」
咲「わ、私!?アハハ……ざ、残念ながら……」
優希「まあ、咲ちゃんは若干コミュ障だからな」
咲「ひ、酷くない!?まあ、あまり否定できないけど……」

コミュ障……コミュニケーション障害の略ですが、この場合は実際の病気では無くコミュニケーションが苦手な人の事を茶化して称する言葉でしたっけ。
ある意味……私もそうなのでしょうか。
事務的な、当たり障りのない会話なら出来ますが、自分から話しかけるなんてとてもとても…………

「おい、また入れたぞ!」
「誰か止めろよ!」
「無理だよ、あんな鋭いスパイク……」
「キャー!」
「えっ、誰々!あの金髪?!」
「良く見たら結構イケメンじゃん!」

私達のグループの出番も大分後なので雑談と考え事に耽っていると、何やら騒ぎ声が聞こえてきた。

和「何事でしょうか?」
咲「んー……?あっ、京ちゃんだ!」

咲さんがその愛称で呼ぶ人は1人しか心当たりが無かった。
京ちゃん、つまり須賀京太郎くん……私達の所属する清澄麻雀部の唯一の男子部員だ。

優希「おうおう、犬の癖に案外活躍するじゃないか」
咲「京ちゃん、中学の時はハンドボールで県大会のレギュラーメンバーだったからね。
球技は全般的に得意だって言ってたよ」
和「へー……」

不覚にも、格好いいと思ってしまった。
…………いえ、不覚にもって何がでしょうね、別に格好いいと思っても何も支障は無いでしょうに。
ともかく、部室ではあまり目立つことの無い彼が活躍して注目を集めている様子は新鮮だった。
気が付けば、先程までの嫌らしい視線も途絶えて、彼に尊敬の念が射し込まれていた。

和「あっ……」

彼の普段の姿を思い浮かべると、何度か彼と会話をかわしていた事を思い出した。
時に茶化すように、時に励ますように、時に無難に、時には…………軽い下ネタまで挟んできて。
でも、それを不快に感じたことは無かった。
彼がそれを本気で言っているようには聞こえなかったし、周りの空気を和ませるために敢えてヘイトを向けさせているのが見て取れたから。
思えば、自分もその軽口に何度となく応対しているでは無いか…………

和「余りにも、自然だったから……」

それが、クラスメイトの男子であったならば、もう二度と口もきかないとばかりに無視を決め込んでいただろう。
にも関わらず、何故か自然に彼の作り出す空気に取り込まれて…………いつの間にか、それを心地良いと感じていた。
だけど、それは今思い返したから理解した事であって、普段はまるで挨拶を交わすように自然とその空気に浸かっていた。

和「何故、なんでしょうね……」

何故、須賀京太郎という存在にだけ心を許せるのか、考えても答えは出てこなかった。
少なくとも……初めのウチは、自身の胸部に視線を向けてくる不快な男子の一人、という印象しかいだいていなかった筈なのに。

また、彼が点を入れた。
攻撃をすれば堅牢な防御を打ち破り、守れば鋭いボールの動きを素早い身のこなしで空中に反らしていた。
その姿はスポーツに詳しくない和でも、単純に格好いいと感じられた。

気が付けば、視線は彼に釘付けになっていた。
もっと彼の姿を見ていたい、もう少しだけで良いから……
その願いは、しかし時間の経過を留めるには至らず、やがておわりを迎えた。

京太郎「うっしゃー、また勝ったぜぇ!」
「須賀がいたらどこのグループも勝てねぇよ……」
「京太郎を獲得した俺の功労だね!」
「やっぱり編成替えようよ、これじゃワンサイドゲームだ」
京太郎「おっけぇー、どこに行けばいい?」

彼の所に、自然と人が集まる。
気が付けば、男子だけでなく女子も群がるように集まっているでは無いか。

「京太郎くん、凄かったね!」
「何かスポーツやってるの?」
京太郎「中学の時にハンドボールをね。今は麻雀やってるけど」
「えー、麻雀?」
「麻雀って、なんか地味だよねー」

むっ

京太郎「そんな事無いさ、麻雀って結構面白いんだぜ?
ちょっとでも油断したら直ぐに失点しちまうしさ……
上手くかいくぐって、綺麗な手で和了った時って、滅茶苦茶気持ちいいんだよ、これが!」
和「…………!」

心の中で、清々しい気持ちとモヤモヤした気持ち悪さとが、混在していた。
このモヤモヤは、麻雀が蔑まされた故になのか、それとも…………



その感情の正体を知るには、まだ原村和は初心すぎた。


カン!