「なに…っ! なんなのあれ…っ!」


赤い髪の少女が夜の道を駆ける。

追われるように。

逃げるように。

死なないように。



「あんな、あんなバケモノっ、視たことない!」


モノクルが曇っている。

数多の異能を、無数の超常を、その片眼鏡を通して視て、塞いできた少女が今まで見たこともないモノ。

化物、或いは悪魔としか表現しようのないモノ。


「人が…人が…食べられてた…!?」


そう、そのバケモノは人を喰らっていた。

ソレが何よりの馳走だとでもいうように。

血を滴らせ、肉を裂き、骨を砕いていた。


「見つかった…!」


少女はソレを見てしまった。視てしまった。

あまりに現実離れしたそのゲンジツから目が離せなかった。体が竦んでいた。

そしてヤツに見つかったのだ。



生者を貪る化物を。



少女は逃げた。

それまで体が竦んでいたことなど忘れてしまったかのように勝手に体が動き出した。

ソレをもう見たくないと。

その場にもう居たくないと。

このままでは次は自分だと。

頭ではなく、体が理解し、反応していた。


「追ってきてるっ! 逃げられない! 次は私なんだ!」


後ろは見ない。視ることなどできはしない。あまりに恐ろしいモノだから。

だけれど近くにあのバケモノがいるのは分かる。

異能を、超常を見通した片眼鏡が、ずっと深く、とても濃く曇り続けていたから。

故に少女は足を止めない。止められない。

あのバケモノが次に自分を喰らおうとしていることが分かってしまったから。


しかし…


「嘘…なにこれ…行き止まり…?」


少女が我武者羅に走りついた先は袋小路。

少女が今来た道以外に道のないどんづまり。

自分の今の居場所さえ把握できずに走って、走って、走りぬいた先はしかし。

少女を絶望に叩き落す壁の檻。


『シャァァァァァァァァ』

「ひっ」


そしてバケモノは少女に追いついた。

蟲のような鳴き声に、どうしようもない喜悦が感じ取れる。

次の餌はお前だと。

表情などわからないのに分かってしまう。


『クァァァァァァァァ』


涎を垂らしている。

さっきまで喰らっていた人間のソレなのだろうか。

その口から流れるのは、半透明に濁った赤い涎。

そして漂ってくるのは、むせ返るほどの死臭。


「あ、あぁ…もう、ダメ…逃げられない…」


少女は理解した。

自分はここで喰われるのだと。

自分はここで死ぬのだと。

自分はここで、喰われて死ぬのだと。


『ギャギャギャギャギャ』


バケモノが嗤っている。

その諦観が良いのだと。

その絶望が良いのだと。

それこそが最高のスパイスなのだと言うように。


「シロ…胡桃…トヨネ…エイちゃん…ごめんな、約束、守れそうにないや」

「ごめんなさい先生…モノクル、活かせなかった」


そして少女は目を閉じる。

せめて苦痛がないように。

気付かぬうちに死んでしまえるように。

諦めに支配された心で最期の瞬間を待ち構える。


『シャアアアアアアアアアアア!!!』


待ち構える。

待ち構える。

待ち構え…来ない。

あのバケモノの声は確かに聞こえているのに。

こうしている今もすぐ近くでその鳴き声が聞こえているのに。


「何なの…?」


少女は目を開ける。

恐る恐ると、ゆっくりと目を開く。

つい先ほどまで腐臭漂う化物しか存在しないと思っていたその視界には。


雪のような純白のコートをその身に纏い、夜闇の中でもはっきりと明るい金の髪。

シルバーの指輪を付けた左手に紅い筒を、もう片方の右手には銀色に輝く剣を携えた、男の背中があった。


「もう大丈夫です」


少年だった。

背を向けられているから未だ顔は分からないが、その声は間違いなく少年であった。


「貴女は俺が守ります」


暖かかった。

今まで少女を支配していた恐怖が溶かされるようだった。

溶けた恐怖がその瞳から零れ落ちる。


「貴方の涙は、俺が受け止めます」


諦観は消え失せた。

もう大丈夫なのだと。

もう一度親友たちに、恩師に会うことができるのだと確信して。


「ようホラー、やっと追いついたぜ」


少年はバケモノに声をかける。

少女に向けたソレとは真逆の、冷たく、硬い声。


「お前たちホラーは俺が斬る。陰我を断つ。」

「なぜなら…」


少年が剣を掲げる。

宙に輝く円を描く。

そして次の瞬間。


「我が名は牙狼! 貴様らホラーを狩る、黄金騎士故に!」


少年がいた場所には、黄金の狼が立っていた。


(未)カンッ