…お宮参りという言葉はまあ使い古された用語であるが、行為そのものは日本の日常から姿を消しつつある。
日々欠かさず参拝するということは現代の社会の細分化されたタイムテーブルの中では、まあ不可能に近い。
というかダルい。日銭を生みださない徒労との心理も根深かろう。
正月などの節目にお参りすることをその範疇に含めるなら…といったところではあるが、信心褪せて久しい今、その形骸的な行為が一人の人生に如何程の価値を持つだろう。

小蒔「嘆かわしいことです」

と小蒔は言う。かく言う自分も立派なダルい一派として日々神様に触れることなく過ごしてきた一員だが、ここにきてその認識は変わりつつある…と思う。

実際今自分の目の前に広がる光景の様に、早朝の神社は、えも言えぬ神秘性に溢れている。

朝霧立ち込める境内を、巫女が箒をして清める。
ふんふふんふと鼻歌交じりなのが雰囲気を致命的に損なっている気がしないでもないが、ここに至っては些細な事だ。

京太郎「……」

縁側に立ち、うでを裾に入れ込み、じっとその後ろ姿を見つめる。
ちょこんと可愛らしく垂れた一組のおさげが、行動のひとつたびに揺れ動く。…胸もである。
巫女服は巨乳には似合わないと言うけれど、そんなことはないよね。

視線に気づいたか、小蒔が振り向いた。

小蒔「…あ、京太郎さん!起きてらっしゃったんですね」

京太郎「ああ、目が覚めて。おはよう小蒔」

小蒔「おはようございます」

ぺこりと律儀に頭を下げる小蒔。

京太郎「今日は霞さん達は居ないんだな」

草履をはき、じゃりじゃりと境内に歩み出た。

小蒔「ええ。初美ちゃんとふたりで当番だったんですが、風邪で調子が悪いみたいで」

京太郎「…朝っぱらから大変だな。言ってくれれば手伝ったのに」

小蒔「ふふ、巫女の仕事ですから。大学、お疲れでしょう?無理はなさらないで下さい」

京太郎「……ん、ありがとうな。迷惑かける」

小蒔「こちらこそ。…あ、そうだ」

はっと思い出したように、箒をわきに抱えた小蒔がぽんと掌をつく。

小蒔「忘れてました。朝ご飯お作りしませんと」

腕を捲り、こちらにとたとたと駆けてくる。

京太郎「い、いや、いいよ。まだ時間じゃないし、掃除が終わってからでも…」

小蒔「いーえ、ダメです!京太郎さんを飢えさせたまま私事だなんて、神代の名が廃ります!」

京太郎「いやいや…私事でもねえし」

そこまでのことじゃないよ。と、諌めたところ、ちょうどすれ違いざまに小蒔は足を止めて、こちらを振り向いて言った。


小蒔「昨日も夜遅くまで…その、れぽぉと、頑張ってらっしゃいましたよね?」

京太郎「……ああ」

知られてたのか。

小蒔「お夜食におむすびでも握ろうかと思ったんですが…つい、その…うとうとしてしまって」

京太郎「……」

何やらじんと来て、黙りこくる。顛末は小蒔らしいと言えばそうだが。

小蒔「…だから、えっと…お腹…空いてますよね?」

京太郎「お、おう…」

小蒔「…ほら!やっぱり!」

してやったりとでもいう風に、小蒔は小さく跳ねた。

小蒔「作ってきます!」

京太郎「…待ちンさい」

すたこらと走り去ろうと動き出した小蒔の巫女装束の襟を引っ掴んだ。
とっさの事である。粗末な制動に、慣性の法則で小蒔は下半身だけずるりと滑るように前進した。

小蒔「きゃ――」

京太郎「…っと!」

すんでのところで抱きとめた。

京太郎「…悪い。危なかったな」

小蒔「い、いえ…!」

俺の胸に背中から飛び込んだ体勢から、ぴょんと小蒔はとび起きた。
…耳が赤い?

京太郎「……」

小蒔「……」

微妙な沈黙が流れた。想定外の気まずい雰囲気だが、俺はくじけません。

京太郎「…あのさ、小蒔」

小蒔「はっ、はい」

ビクリと明らかに過剰な反応を示された。少しならず傷つく。

京太郎「…気を遣ってくれてるのは分かるぜ。ありがたいことこの上ないし…嬉しいよ。正直」

小蒔「……」

小蒔が心なし身構えた。