『降りやまない雨』

――ねぇ、京ちゃん。
――私ね、いつか京ちゃんみたいな人になりたいんだ
――京ちゃんの様に……皆を笑わせる事ができる人間になりたい
――私…京ちゃんみたいになれるかな?

咲「………夢、か…」

ベッドの上で私は小さく呟く。また…中学生の頃の夢を見てしまった。
あの日からずっと毎日の様に見る、京ちゃんが生きていた頃の楽しかった夢を…。
私はベッドから起き上がると近く置いてあったタオルで自分の顔を拭いて学校に行く準備をする。

咲「……行って来ます」

そして私はとても小さな声でそう呟くと静かに玄関の扉を開け、学校へと向かった。
一年前から私はこんな風に学校に行っている。
一年前、兄さんが私のせいで死んでからずっと……。

あれは全国大会が終わって数ヵ月経った頃…その日は京ちゃんの誕生日だった。
私は京ちゃんに渡すプレゼントを買うために、京ちゃんに内緒でデパートに行っていた。
和ちゃんや優希ちゃんは一緒に探してあげるって言っていたけど、私は自分だけで京ちゃんが喜ぶ様なプレゼントを選びたいからって一人で行ったんだ。
それが取り返しのつかない間違いだって事も知らないで…。



私は京ちゃんのプレゼントを選ぶのに夢中だった。
何をあげたら京ちゃんは喜ぶのかずっと考えていた。
だからこそ気が付けなかった…デパートで火災が起こっていた事に。

気が付いた時にはもう遅かった、私は火の中に閉じ込められてしまっていた……本当、私は大馬鹿だ。
視界を遮られた煙の中で私は必死で逃げ道を探した。
だけど燃え盛る火と息をする度に入って来る煙のせいで体力を奪われ、私は動けなくなってしまった。

死ぬ……そう思った時、誰かが私の身体を持ち上げた。

咲『誰…?』

朦朧とした意識の中で私はその人の顔を見た。
助けてくれたのは――京ちゃんだった。
後で聞いた話だと、電話でデパートでの火事を知った和ちゃんが、私がその場所にいる事を京ちゃんに教えたんだって。
京ちゃんは皆が止めるのを聞かずに、私を助けるためにデパートへと向かったらしい。

京太郎『大丈夫か咲…?』

京ちゃんは優しく私に微笑んでくれた。
私は無言でうなづいた…凄く嬉しかった…京ちゃんが助けに来てくれた事が。
私を支えながら京ちゃんは出口を探し、階段へと差し掛かった時…京ちゃんは急に私を突き飛ばした。
私は訳の分からないまま地面へと倒れ込んだ。
そして私が顔を上げたその時、ビルの残骸が私の目の前で落ちた。
残骸が落ちる事を察知した京ちゃんは私を助けるために私を突き飛ばしたんだ。

そしてその残骸の後ろに……京ちゃんはいた。燃え盛る炎が次第に京ちゃんを包んでいった。
私は頭から流れる血を気にも留めずに、京ちゃんの下へと行こうとした。
その時、救助隊の人達が駆け付けてくれた。

私は力の限り京ちゃんを助けて、京ちゃんを助けてと救助隊の人に精一杯叫んだ。
だけど…救助の人は静かに首を横に振り私を抱え込むと階段を降り始めた。

咲『嫌ぁ!いやだよ!京ちゃん!きょうちゃあん!』

京ちゃんの姿が遠ざかる中、私は泣きながらそう叫び続けた…。

京太郎『――――!』

京ちゃんは私に何かを叫んだ…けれども周りの大きな音で聞き取る事が出来なかった。
そして、京ちゃんは微笑みながら炎に包まれて……消えてしまった。

咲『きょうちゃぁぁぁぁん!』

私の叫び声は空しく響き渡るだけだった。
京ちゃんの姿を見たのがそれが最後だった。

それから私は病院へと連れて行かれ、治療を受けた。
私の怪我は軽い火傷と頭の傷だけで済んだ…。
けれども京ちゃんは……死んでしまった。
それから数日後、京ちゃんのお葬式の時に沢山の人達が泣いていた……私はただ、泣いて顔をうつむかせながらその声を聞く事しか出来なかった。

葬式が終わった後、私は人のいない所で泣き続けた…心の中でずっと自分を責め続けた。
京ちゃんじゃなくて私が死ねば良かったんだ……私が死んでいれば京ちゃんが死ぬ事がなかったんだ。

私のせいで京ちゃんが死んだんだ…私が京ちゃんを殺したんだ…。
私が奪ったんだ…京ちゃんの命、幸せ、未来を。
私はしばらく泣いた後、皆のいる部屋へと向かった。
部屋の障子が少し開いていた。私が障子に手をかけようとした時、話し声が聞こえた。

優希『どうして……どうしてお前が死ななければならないんだじょ京太郎…!』

優希ちゃんの声だ、私は障子の隙間から部屋の様子を観察した。
部屋の中では卒業をひかえていた久先輩や部長になった染谷先輩、優希ちゃんや和ちゃんや他校の人達が悲しそうに涙を流しながら座っていた。

久『私…須賀君に教えなきゃならない事がたくさんあったのに……!どうして死んじゃったのよ…!大会の時…ずっと影から支えてくれたあなたに私はまだ…!』

和『須賀君…約束したじゃないですか…!いつか私達と肩を並べられるくらいに強くなるって……!絶対に……退部しないって……約束したじゃ……ないです…か……!須賀君の……ウソつき……!』

まこ『京太郎……お前に本当に大馬鹿じゃあ……!さよならも言わずにいなくなる奴がおるか…!この馬鹿タレが……!』

皆ずっと京ちゃんの名前を呼び続けている。
その姿を見て、私の心臓に何かが刺さる様な痛みを覚えた。
私は手を下ろすと、何も言わずにその場から立ち去った。


京ちゃんは胸の大きな女の子に弱いけど明るくて、優しくて、色んな事が出来て、中学生の頃から京ちゃんの周りには人が沢山いた。
それに比べて私は…性格も内気で臆病で一人で本を読んでて周りには誰もいなかった。
そんな私に話しかけてくれたのは京ちゃんだった。もし…京ちゃんがいなかったら今の私はいなかっただろう。
なのに私は………私は………。

私だけが生きて帰って来る事は……誰も望んでいなかったと思う。
京ちゃんが死んでから一年が過ぎた今、ようやく皆にいつも通りの笑顔が戻って来た。
でも…私には分かる。その笑顔は…京ちゃんがいなくなる前の笑顔とは違うものだって事が
だって…皆、一人になった時にとても悲しそうな目をするから…。
その姿を影から見る度、私は胸が張り裂けそうなくらい辛かった…苦しさのあまり自殺したくなった時もある。

でも私にはそれが出来なかった…私が死んだら京ちゃんの死が無駄になってしまうから。
これから先、私はずっと京ちゃんの事を引きずって生きていくのだろう。
こんな辛いのなら…あの時に死んだ方が良かった。
そうすれば今でも京ちゃんは皆と一緒に笑う事が出来ただろう。
皆、悲しむ事なく幸せに過ごしていた事だろう。

私の頬に一筋の涙が流れる。
あの日から一年経った今でも私の心には光が戻らない。
きっとこれからも戻らない……私の心の雨は永遠に降り続ける。
それが…京ちゃんを殺した私が背負っていかなければならない十字架なのだから。

和「おはようございます、咲さん」

後ろから私に挨拶する声が聞こえる。私が振り返ると和ちゃんが微笑みながら立っていた。

咲「……おはよう、和ちゃん…」

和「咲さん、今日は朝ご飯をちゃんと食べましたか?」

咲「…ごめん…食べてない」

和「もう、また食べなかったんですか。駄目ですよ?朝ご飯はちゃんと食べないと…ね?」

和ちゃんは鞄の中からサンドイッチが入った箱を取り出すと私に差し出した。

和「はい、咲さん。念のために作っておきました。少しでも食べないと…体がもちませんよ」

咲「……ありがとう和ちゃん」

私は箱を受け取ると自分の鞄の中に入れた…『今日』も和ちゃんは私に優しくしてくれる。

和「……咲さん、明日は須賀君の命日……ですよね?」

咲「……うん」

和「前に言ってた通り…一人で墓に行くつもりなのですか?」

咲「…………うん」

和「やっぱり他の皆さんと一緒に行こうとかは……考え直せませんか?」

咲「………ごめんね」

和「あ……ごめんなさい、咲さん」

咲「ううん……和ちゃんは何も悪くないよ」

そう、和ちゃんは何も悪くない。悪いのは全部私なんだ、私があの日一人でデパートに行ったから――。

和「咲さん…須賀君の墓参りの事なんですけど……私と二人で行きませんか?」

咲「……え?」

和「だって…咲さん一人だけなんて、そんなの悲し過ぎます…私も咲さんと一緒に行きます。須賀君も咲さん一人だけよりもその方が喜ぶと思いますし……ね?」

和ちゃんはニコリと笑いながら私の顔を見つめる、かつて京ちゃんの様に。
京ちゃんが死んでから、和ちゃんは私にずっと付きっきりで優しくしてくれた。

和ちゃんはふさぎこんでいた私に微笑んでくれた。和ちゃんの優しさは私にとって、京ちゃんが死んでからの大きな救いだった。

でも、私は知ってしまった…和ちゃんが背負っていた悲しみを。
和ちゃんはいつも使っている財布とは別に、黄色い財布を常に大切に持っている。
何故、財布を二つ持っているのだろうと私にはそれが不思議だった。

その理由が分かったのは数ヵ月前に部室で二人だけで会話をしていた時。和ちゃんがお手洗いに行き、一人で待っていた時に私はパソコンの隣に和ちゃんの黄色い財布があるのを見つけた。

悪いとは思いながらも私はコッソリと白い財布の中を見てしまった。……黄色い財布の中には一枚の写真だけが入っていた。

その写真には京ちゃんと和ちゃんの二人だけが写っていて二人共幸せそうに笑っていた。その写真を見た私は頭をとても辛い気持ちになった。
そして悟った……和ちゃんも私と同じくらい、京ちゃんの事が大好きだった事に。

その日から和ちゃんの優しさ、笑顔が私にとっては救いではなくなった。和ちゃんが私の事を本当はどう思っているのか、和ちゃん
は本当は…心の中で私の事を少なからず憎んでいるのではないか。
そんな事を考えている内に私は和ちゃんが怖くなり、いつしか和ちゃんを避ける様になった。

咲「……いいよ、和ちゃんは皆と行きなよ。私は一人の方が良いから…」

和「そんな…咲さんだって本当は一人じゃあ辛いのでしょう?だったら私が…」

咲「私は大丈夫だよ和ちゃん…。私は大丈夫だから…和ちゃんは皆と一緒に墓参りに行きなよ。辛いのは私だけじゃない、皆だって辛いから…京ちゃんが死んで」

そう…和ちゃんを含め皆、私のせいで辛い思いをしている。その原因である私が皆と一緒に墓参りなんて………。

和「咲さんは…今でも須賀君が亡くなったのを自分のせいだって思っているんですか…?もしそう思って…」

咲「もういいよ和ちゃん、全部分かってるから…。それより早く行こう、遅刻しちゃうよ」

私は和ちゃんの言葉を遮る様にそう言って、逃げる様に走り出した。
……ごめんね和ちゃん。京ちゃんじゃなくて…私が生き残ってしまって。

本当に―――――ごめんなさい

その日の夕方、私は京ちゃんの墓に供える花や線香を買い家へと向かっていた。

少年「全く……また迷子になるなんて…ほら、もう泣くなって」

少女「グスン……ごめんねきょうちゃん…いつも迷惑ばかりかけて…」

二人の子供がそんな話をしながら私の横を通り過ぎる。迷子、か…私もよく迷子になってその度に京ちゃんが見つけてくれてたっけ。

咲「…………」

私はその場で無言のまま立ち尽くしてしまった。もう、あの頃みたいな温かい時間には帰れない…頭の中では分かっている。でも、もし…あの頃に帰れるのなら。京ちゃんが死んだあの日に行く事が出来るなら。

咲「…………本当に私は大馬鹿だよね…」

そんな夢物語、ある訳がない…小説や漫画じゃあるまいし。私が今いるのは現実なんだ…もう京ちゃんがいない現実、私のせいで京ちゃんが死んでしまった現実。
私はため息を吐くと再び歩き出す。雲が空をおおい、辺りはすっかり暗くなっていた。

咲「あ……」

家に着いた私の頬に冷たい何かが当たる、どうやら雨が降り始めたみたいだ。早く家の中に入ろう…私は玄関の扉を開いた。

咲「ただいま……」

照「おかえりなさい、咲」

咲「え…?お姉…ちゃん?」

突然の返事に私はびっくりする、何故なら玄関にいたのは東京にいるはずのお姉ちゃんだったからだ。

淡「…………………」

そしてもう一人。
お姉ちゃんと同じ白糸台にいた大星淡さんが、無表情でお姉ちゃんの隣に立っていた。