とあるホテルの一室にて。


どうにも寝付けなくて、ベランダに出てタブレットで次の対戦相手の牌譜や映像を見始めたのが間違いだった。
すっかり分析に夢中になってしまい、気が付けばもう日付が変わってしまっていた。

「やってしもた……」

明日――正確には今日は自分が出る試合はないとはいえ、Aブロックの試合がある。当たる可能性がある以上、データ収集を怠ることはできない。
まだ各校の分析や対策も練り終わっていないし、明後日に向けての調整もしなくてはならないのだ。
流石にもう休まないといけないのだが、すっかり頭も目も冴えてしまい、すぐには眠れそうにない。

(――いや、布団潜ったら案外寝れるかもしれんし……)

とにかく部屋に戻ろうとしたところで、スマートフォンからの着信音が響いた。

こんな時間に誰だろうと思いながらSNSのアプリを開くと、部活の後輩である須賀京太郎からのメッセージが届いていた。

「須賀くん? なんで須賀くんがこんな時間に……」


『夜分遅くにすいません。まだ起きてますか?』

「……まあ、既読つけてしもたし……無視はあかんな」


『起きてるで。どしたん?』

『ならよかった! 多分起きてるだろうなって思ってましたけど』

『ちょ、それどういう意味や』

『先輩のことだから、また牌譜とか見てたのかなーって……』

『ぐ』

『あ、図星ですか』

『え、ええやろ別に……そんで、なんの用なん?』

『用っつーか……今ちょっと電話してもいいですか?』

『電話? ええけど……いい加減寝らんとあかんし、そんな長話はせんで』

『ありがとうございます! そんな時間とらせませんから』


メッセージを読み終わると、アプリを通して電話がかかってきた。

(なんも心当たりないけど……なんの用やろ)

須賀京太郎とは、特別親しいわけではない。

去年までは長野在住だったが、親の仕事の都合で大阪に引っ越してきたのだとか。
そのときひょんなことで我が姫松高校麻雀部が誇る主将とその妹君に出会い、いたく気に入られたらしい。
そうして彼が麻雀部に入ってきてからは指導などでそれなりに交流はあったものの、学校の外で関わることはほとんどなかった。

なんにせよ、了承した以上は無視するわけにはいかない。
電話のマークを押し、スマートフォンを耳にあてる。

「もしもし?」

『あ、先輩! ほんとすいません、こんな時間に』

「ま、私もこんな時間まで起きとったし。で、なんの用なん?」

『えっと、その……大したことじゃないんですけど。一言だけ』

「ん? なに?」


『今日、誕生日でしたよね。おめでとうございます』


「…………へっ?」


その一言に、完全に虚を衝かれた。

日付が変わって、8月9日。
確かに末原恭子の誕生日だった。

今は高校最後のインターハイの真っ只中ということもあり、自分でもほとんど忘れていたのだが――……


『――あ、あれ? もしかして違いました?』

「……や、今日で合っとるけど……。その、なんで知ってるん?」

『主将に聞いたんすよ。インターハイ中はお祝いが難しいからって、色々と日程調整してたみたいで』

「そ、そうなんか……。ええと、ほな用って……」

『え? これですけど』

「えっ?」

『どうしてもお祝い言いたくて。こんな夜遅くに迷惑だとは思ったんですけど、今日は色々忙しいみたいですし……でも、やっぱ当日に祝いたいじゃないですか』

「えっ……な、なんで?」

『なんでって』

「や、嬉しいんやけど……。それだけならわざわざ電話なんかせんでも、さっきのSNSでじゅーぶんやろ」

『それじゃ味気ないかなー、なんて思ってつい……。す、すいません』

「え、えっ……ああ、いや、別に迷惑とかじゃあらへんから」

自分でも忘れかけていた誕生日を覚えていてくれて。
こうしてわざわざ祝いの言葉をくれたのだ。

思わず頬が緩んでしまうのが自分でもわかった。

だって、こんなの嬉しいに決まっている。


「ありがとな、須賀くん。ホンマに嬉しいわ」


『――……』

「ん? どうしたん?」

『……やっぱ、電話じゃなくて直接言えばよかった……』

「へ? なんて?」

『あっいえ、なんでもないです』

「そう? ほな、須賀くんもそろそろ寝た方がええで。また明日……あ、今日か」

『そうですね。じゃあそろそろ――……あっ』

「ん?」

『先輩、外出てください外!』

「え? もう出とるけど……」

『じゃ、空見てください! 早く!』

「空?」

いきなり慌てだした後輩を不思議に思いながらも、指示通りに空を見上げる。


「あっ、」

星がまばらに煌めく夜空に、光が流れていくのが見えた。


「流れ星……」

『見えました? やっぱ流れ星でしたよね? 一瞬でしたけど確かに』

「せやな……あっ、また」

『えっ、今度はどこっすか!?』

こんな都会で流れ星を見るなんて、思ってもいなかった。
それも、自分にとって特別な日に。

『これ、もしかしたら末原先輩への誕生日プレゼントかもしれませんね』


「――なに言うてんの。んなわけないやろ」

『そりゃわかってますけど! でも、こんなとこで流れ星見れるなんてついてますよね。きっと神サマも先輩のこと応援してるんじゃないかなー、なんて』

「なんやそれ。案外ロマンチストやな」

『そ、そーですかね……確かにらしくないこと言いましたけど』

「まーでもわかるわ。流れ星なんて、大阪でもなかなか見れんからな」

『そうですねー。俺も久しぶりに見たっす』

去年までは全く違う土地で暮らしていた2人が、今こうして同じ時に同じ空を見ている。
それがなんだか不思議で、けれどなんとなく嬉しかった。

(須賀くんが電話かけてくれんかったら……見られんかったのやろな)

そう思うと、神様からというよりは、まるで京太郎からのプレゼントのような気がして。
自分も案外ロマンチストかもしれない、と笑った。



「――ホンマにありがとな、須賀くん。楽しかったわ」

『ならよかったです! 今日も頑張りましょうね。おやすみなさい』

「うん、おやすみ」

通話が切れるのが妙に名残惜しかったが、考えてみればいつでも話せる相手だ。
時刻はもう1時を回ろうとしていたが、先程までの後悔はすっかり消えていた。

スマートフォンをしまい、もう一度夜空を見上げる。
すると、また一筋星が流れるのが見えた。

(そういや……流れ星に願い事を3回となえる、みたいなんあったっけ)

そういう迷信じみたことはあまり得意ではないけれど。
今日くらいは信じてみるのも悪くないだろう。

(そういや、須賀くんもなんかお願い事したんやろか。どんなコトやろ……)


(――今度は、同じとこで見たいな。流れ星)


後輩への感情が少しずつ変化し始めていることに、彼女はまだ気が付かない。

結局眠ることもすっかり忘れたまま、18歳の朝を迎えてしまった。
眠気と疲労に苛まれたその日のコンディションは、言うまでもないだろう。



カン!