小さい頃から三人一緒だった。

どこに行くにも、なにをするにも。


穏乃「二人ともはやくー!」


前で手を振る穏乃は先導役で。

こいつだけは今も昔も変わらない。


憧「まったくもう……」


後ろでため息をつく憧はブレーキ役で。

でもなんだかんだで一緒に騒いでいた。


京太郎「なぁ、次なにする?」


そして当の俺は二人の間でただなにも考えずに楽しんでいた。

自分が穏乃の後を追う理由に気づかず、憧が俺に向ける視線にも無自覚で。

だけどいつまでも一緒にいられるわけじゃない。

憧だけ違う中学に進学し、俺たちは一人と二人になった。

そして高校に上がるとき、俺たちはまた一緒になって。

でも、昔のままじゃいられなくなった。


――――――
――――
――

私には好きな人がいる。

お人好しで、困った人を放っておけないやつ。

いつもその背中を見ていた。

でも、あいつの目は私の方には向いていなかった。

その視線の先にいたのは……

だから私は一人だけ違う中学へ行った。

自分の気持ちに蓋をするため、麻雀に逃げ込んだ。

あの頃の自分から変わるためにいっぱいオシャレも覚えて。

でも、ダメだった。

忘れられなかった。

だって、私が阿知賀に進学した最大の理由は穏乃の誘いでも和のことでもない……あいつがいたからだ。

より正確に言うなら、あいつと穏乃がなにも進展していないことを知ったからだ。


京太郎「憧、なのか?」

憧「どう? 少しは可愛くなったでしょ」


変わらないものなんてない。

私だって京太郎だって、それにしずだって。

そう、あの時とは違う。

だから私はもう我慢しない。

欲しいものを手に入れてみせる。


憧「ねえ、京太郎?」

京太郎「ん? どした?」

憧「あのね、私――」


――――――
――――
――

変わらないものってなんだろう?

憧が別の中学に行って、和が転校してからそんなことを考えるようになった。

みんな変わっていく。

憧は昔とは全然外見が違うし、京太郎だって背がグーンと高くなっちゃった。

仲が良かった人と離れて、別の人と知り合って。

でも、その中でただ一つそうかもしれないと言えるのは……


京太郎「お前は相変わらず元気だなっ」

穏乃「京太郎遅ーい。おいてっちゃうよー?」


あの頃と変わらず、背が高くなっても声が低くなっても、京太郎は私の後についてきてくれた。

そして憧が阿知賀に来ることになって、また三人が揃って、またあの時と同じように過ごせるようになる。

けれど、私のそんな思いは――


憧「私、京太郎に告白したから」

穏乃「……え?」


――憧のその一言で否定された。

頭の中が真っ白になる。

その言葉を飲み込むのに時間がかかった。

でも、憧は待ってくれない。


憧「まだ返事はもらってないけど、もしそうなったら――」


その先は聞かないでもわかった。

もし京太郎と憧が恋人同士になったら、今までのようには過ごせなくなる。

変わらないはずのものが変わってしまう。

そのことを考えると、胸が締め付けられるように苦しくなった。


穏乃「――っ」

憧「しず!」


たまらずに駆け出す。

頭の中はぐちゃぐちゃで、心の中にはわけのわからない感情が渦巻いた。

その日から、私は京太郎の顔がまともに見られなくなった。


――――――
――――
――


京太郎「穏乃ー、部室行こうぜー」

穏乃「あ、その前にいくとこあるから……」

京太郎「良かったらついてってやろうか?」

穏乃「だ、大丈夫大丈夫!」


最近、穏乃に避けられるようになった。

これまでのように俺の顔を真っ直ぐ見ることもなくなって、会話もほとんど続かない。

俺たちの間でなにかあったかといえば、なにもない。

むしろ、なにかあったのは……


憧「部室、一緒に行かない?」

京太郎「あ、ああ……」

憧「じゃ、行きましょ」


憧は俺の手をとって歩き出す。

告白されたあの日からこんな感じだ。

俺がヘタレたおかげで返事は先延ばしにしてもらっているのだが。

正直、嬉しさよりも戸惑いが勝った。

久しぶりに会って、大きくイメチェンを果たした友達にいきなり告白をされた。

戸惑わないわけがない。

それに……


『京太郎……』


だれかの悲しそうな声が、頭をよぎる。

それは、いつも一緒にいたやつで、ずっと変わらないと思ってたやつで。

憧も和もいなくなったから、俺だけは傍にいようと決めていて。

泣きそうな顔を思い浮かべたら、胸が締め付けられるように苦しくなった。


京太郎(あ、れ……?)


そこで、違和感を覚えた。

どうして俺は穏乃に悲しんで欲しくないのだろう?

もちろん、憧にだって悲しんで欲しくない。

でもそれとはちょっと性質の異なるもので……


京太郎(もしかして、俺……)


――穏乃のことが、好きだったのか?


一度心の中で言葉にしたら、その気持ちはようやく居場所を見つけたかのようにすとんと落ちた。

ずっと、穏乃のそばにいた理由も、憧の告白を簡単に受け入れられなかった理由も、それで納得がいった。

憧に鈍感だと怒られたことは何回もあるが、自分の気持ちにすら鈍感なのはどうしようもない。


京太郎「……憧」


俺の手を引く手を引き返す。

あのころよりずっと長くなった髪を翻して、憧は振り返った。

オシャレを覚えたと言っていた。

ずっと俺に見せたかったとも。

心がズキズキと痛む。

けれど言わなければならない。

これ以上先延ばしにすることはできない。


京太郎「憧、俺はお前の告白には……」

憧「わかってる。しずのことでしょ?」

京太郎「……え?」

憧「私が気づかないわけないじゃない」


ニヤリと笑って、昔のような笑顔で憧はそう言った。


憧「昔からじれったかったのよね。あんたしずの後を追うだけでさ」

憧「自分でも気づいてなかったみたいだけど、後ろからずーっと見てたらバレバレだっての」

憧「だから鈍感なあんたのために一計案じたの。感謝しなさいよね」


思わず脱力する。

要するに、俺はこいつの手のひらの上で転がされていたわけだ。

でも、心はだいぶ軽くなった。

本当に人が悪い……この気持ちを気づかせるためとは言え、あんなことをするんだから。

あれでもし俺が受け入れてしまっていたらどうしたのだろうか?


憧「じゃ、先に部室行ってて。先にしずのとこ行ってくるから」

京太郎「わかった……憧、ありがとな」

憧「……うん」


憧は早足で行ってしまった。

本当に、あいつには頭が上がりそうにない。


憧「……ほんと、鈍感」

憧「気づきなさいよ……バカ」


――――――
――――
――


穏乃「あ~」


誰もいない屋上で空を見上げる。

今日も京太郎の顔をまともに見られなかった。

それがなんでかを考えようとしても、また頭の中がごちゃごちゃになってしまう。

だから、いつもこういうときはこう結論づけることにしている。


穏乃「うん、きっと走り足りないんだよね」

憧「そんなわけないでしょ」

穏乃「あ、憧!? 京太郎と一緒じゃ……」


二人が歩いてるところを想像して、また胸が痛んだ。

となりに腰を下ろした憧がさっきまでの私と同じように空を見上げた。

目が少し赤い気がする。


憧「しずはさ……ずるいよね」

穏乃「ずるい?」

憧「だって、自分の気持ちから逃げてる」


核心を突かれたのように、胸がざわついた。

逃げてる……私が?


憧「最近、京太郎を避けてるのはどうして?」

穏乃「別に、避けてなんか……」

憧「ウソね」

穏乃「ウソなんかじゃない!」

憧「あんた、あいつのことが好きなんでしょ」

穏乃「――っ」


言葉が詰まって出てこなくなる。

だって気づいてしまったから。

ずっと気づかないようにしてきた自分の気持ちに。


穏乃「でも……じゃあどうすればいいのさっ! 憧も京太郎のことが好きって言ってたじゃん!」

憧「私、さっき振られちゃった」

穏乃「……え?」


困ったように笑って、憧はそう言った。

こんなに綺麗になった憧が振られた……

じゃあ、私なんて……


憧「あいつ、好きな人いるんだって」

穏乃「そんな……」


京太郎に好きな人がいる。

足元が崩れてしまうような感覚。

立っていられず、私はその場に座り込んでしまった。


憧「そういうわけだから、あんたも安心してコクってきなさい」

穏乃「む、無理だよ……」

憧「私だけ玉砕なんて不公平でしょ。それに――」


屋上の扉が開く。

見慣れた顔で、ずっと一緒にいたくて、でも今は顔を見られたくない。

京太郎が、そこにいた。


憧「――もう、呼んじゃったから」

穏乃「憧っ!?」


まったく悪びれもしないで、憧はしれっと言った。


頭が真っ白になる。

それなのに顔は熱くて、心の中ではさっき気づいた気持ちが暴れまわっていた。


京太郎「まったく……二人揃ってサボりか?」

穏乃「きょ、きょきょきょ京太郎!?」


勢いよくその場から飛び退く。

我ながらいい動きだったと思う。

って、今はそんなことじゃなくて……!


憧「あんたも一緒にサボる?」

京太郎「何言ってんだ……先輩たち心配してたぞ」

憧「いいじゃない、たまにはさ」

京太郎「憧さんが不良になっちゃったかー」


頭を掻きながら京太郎が近づいてくる。

今の私は頭がぐるぐるしていて、目もきっとぐるぐるしてるに違いない。


少しでも落ち着こうとさらに後ろに下がろうとして、何かに当たった。


憧「ダーメ、逃げないの」

穏乃「憧っ、ど、どいてっ!」

憧「いいから……行ってきなさい!」

穏乃「うわっ」


後ろから突き飛ばされて、転びそうになりながら前に出る。

そして、暖かくて硬い感触に受け止められた。


京太郎「大丈夫か?」

穏乃「……」


胸板に顔を埋めて、息を吸って吐く。

顔の熱さは消えないし、心臓の鼓動はよけい早くなった。

私が見上げ、京太郎が見下ろす。

いつもだったら平気だったはずの距離。

なのに、今はとにかく落ち着かない。


穏乃「……あのね?」


そして、急かす心に突き動かされるように出た言葉は――


穏乃「私、京太郎のことが――」