ぽつんと、取り残されてしまった。手元には、淡がなめていた飴だけがある。

「やれやれ……あいつの言うとおり、塩送ったことを後悔するかもな……しかし、これどーしろってんだ……」

手元の飴を見る。さすがに舐める気にはなれない。
もったいないけど、捨てちまうか……

と、考えていると、突然にゅっと湧き出した手に飴をかっさらわれた。

「うお?! ……て、え?」

「……」

するとそこにはなんとインハイチャンプ宮永照。口にはすでに棒付きキャンディを咥えている。

「……え、えーと」

「激励に来た、つもりだった」

ぽつりと呟いた。そして、こちらを見上げてくる。

「……役目は横取りされたけど、ね……ありがと、淡の友達さん」

そういって彼女は去ってしまった。

飴の処理はすんだが、どうにも……釈然としない。

「……帰るか」

トイレにしては長く出すぎただろう。大の方でしたといいわけでもするか。
俺は、もうすっかり静かになった廊下を、清澄の控え室に向けて歩き出した。







対面に座った淡を見て、咲は思わず眼を見張る。

(……さっきまでと全然違う)

一回目の半荘が終わる頃には淡はすっかり憔悴しきっていた。
それもそのはず、自分ら3人に徹底的にマークされていたのだ。

(それでも、削りきれなかった)

咲からすれば、完全に想定外であった。それほどまでに大星淡の防御力は圧倒的だった。
京太郎のいう『急所』を見つけてなお、咲は淡を抜き去ることができなかった。

(ここからは他の二人も、敵になる)

残りの半荘、点数を稼ぐため、協力していた二人も問答無用で咲から点を奪いに来るだろう、厳しい戦いになる。

(それに、なにより……)

淡の、眼が違う。覚悟を決めた、強く輝く、星のような瞳。油断も慢心も一切ない、全身全霊でもって、『護り』にきている。

(それでも……負けたく、ない)

起親穏乃が牌をきった。続けて咲もツモり、切り出す。

(私は……勝つ。皆と一緒に!)






大星淡は考える、どうすれば勝てるか。

無論、相手より点数が高くなくてはならない、それは大前提。
そして淡は7000点のリード……これは、あまり大きくない。
3900の直撃、場合によっては5200のツモで捲られるだろう。

しかし淡はこの7000点が、とてつもなく頼もしい防壁に思える。チームが稼いでくれた、私に繋いだバトンだ。

手を眺める。少しだけ考えて、淡は牌を切った。リーチはしない



(リーチしてこない……)

先ほどまでも見受けられた傾向だ。手を組み替えて、高い手を作るのだろうか。磐石ではない点差を穴埋めするためか。

(でも、そこが弱点!)

そここそが、淡に食らいつくための急所だ。遅れたスタートダッシュ『六向聴』を補うため加速せんと、咲が喰らい付く。

「ポン!」

穏乃の切った牌に鳴く。鳴いて、少しでも早く。
咲は素早く不要な牌を切り出した。

「ロン」

背筋が、凍りつく。

「30符一飜だけ、だけどね。1000点」

黙聴だ。理解して、咲は思わず冷や汗をかいた。

これは、強敵だ。









京太郎は滝のような冷や汗をかいている。
別に、先ほどの淡との会話が誰かにばれたとかではない。知ってるのはおそらく宮永照だけだ。

では、なぜかというと画面内の淡の恐ろしさに、である。

大星淡はテンパイを維持したまま、リーチをかけず黙聴という手を取り、放銃率の低い咲から直撃を奪った。
点数こそ低いが、驚異的なのは速度とその隠密性だ。

(手が遅くなるハンデを背負って、あんなのと打ち合わなきゃいけねーのかよ)

今更ながら京太郎は恐怖した。淡を焚きつけるべきではなかった。まさかこれほどまでの魔物だとは夢にも思わなかった。

(これ咲が負けたら完璧俺のせいじゃねーーーか!!)

なんとも情けない話だが京太郎は自分の保身を考えていた。ばれたらやべーなとか、土下座の美しいフォームとか、ハラキリセプクの作法を学ぼうとかだ。

しかし、画面に映る、淡の顔を見て、その煩悩も露と消えた。

(いい顔しやがって)

そこには、覚悟を決めて、しかしあの独特の愛嬌も失わない美貌が映っている。とても、いい顔だ。

(頑張れよ……二人とも)

咲に心の中で謝る。この戦いはどちらかの応援ではなく、一人の麻雀うちとして見学させてほしい。
この試合は、きっと素晴らしい試合になるだろうから。




ーーー
ーー


(あぁ……気が遠くなってきた……)

頭をフル回転させすぎて淡は顔がぼんやりと赤くなってきた。知恵熱を初めて実感している。
とにかく、とにかく早上がりを目指し続けた。他家は五向聴以下自分は聴牌というハンデを最大限活かして、とにかく早く流した。
全て安手であったが、相手のアガるチャンスを潰し続けた。
そして、ついに、オーラス。

(……ちくしょー)

手元を見る。配牌は確かに、聴牌、しかし役がない。

(黙聴は無理かー、でもなー、咲だっけ?相手に手を組み直してる余裕あるかなー)

対面をちらりと見る。咲の方も相当余裕がなさそうな顔をしている。じかし向こうはささっと鳴いて、ついでにリンシャン牌を掴んで五向聴を早ければ3巡で聴牌まで持ち込んでくる。なんの冗談かと思うが、自分は人のことを言えないか、と苦笑する。

(リーチ棒出したくないなー)

二位清澄との点差は、わずか2300まで迫っている。1000点の直撃ならまだギリギリで勝てるが、リー棒を出してたらもうアウトだ。

(怖いなー)

頭がボンヤリする。勝負を仕掛けるのが怖い。やはり手を組み替えるべきではないか。しかし、しかし、だがしかし……



(いや、迷うな、逃げちゃダメだ)

さすがに今ここで逃げられない、どっちみち黙聴はバレているのだから、先にアガったほうが勝ちというシンプルなルールで行こう、そうしよう。
淡、一世一代の大勝負、点箱から千点棒を取り出し、宣言。

「リーチ!」

場が張り詰める。他二校も、点差は1万程度まで迫っている。誰にでも勝機がある。

(この渾身のダブリー、振り込んでよね)

あぁ、手を伏せた後にドッと淡の背中から冷や汗が吹き出てきた。
怖い、ちょー怖い。こんなに緊張した麻雀はいつ以来だろうか。テルーに初めて順位で勝つかどうかの卓でも、これほどの緊張はなかったと思う。

(……この一勝負で考えれば私は20000以上く削られてるよね、ダメだなー、私)

しかし、しかし今自分は勝っているのだ、仲間の稼いだ点のおかげで

(よし、きめた、とりあえず控え室戻ったらみんなに謝ろう。とくに菫に……いや、菫部長って言ったほうが今はいいよね?多分)

牌が切られてゆく

(とにかく早くみんなにあって、謝ろう、そうしよう)

牌をひく、あたり牌ではない。

(で、そんでもって、うちが勝ったら、その後すぐに清澄の控え室行こう。そんでもって、きょーたろーが出てくるの待って、どうだーかったぞーって自慢してやろう、そしてすぐにアイスクリーム食べに行こう)

ツモ番が、咲へ回る

(……負けたら、そうだな、その時は)

「……カン!」

(あーーーーー)



大星淡は負けを悟った。




………

……




あぁ       脚が重い

己の脚はこんなに重かっただろうか

まるで、足首に10キロのバーベルをくくりつけているようだ



あぁ       でも

戻らなくては

控え室に







ドアノブに手をかける。
……決心がつかない。
みんなに、どんな顔をして会えばいいんだろうか

全てを、台無しにして、私はどんな顔をすれば、いいんだろう。



手が動かない、ドアノブを回せない、まるで杭が打ち込まれなように手首が動かない。

だめだ、ダメダメ、だめなんだ、謝らないと





不意にドアが開かれた。

「あっ……」

「……ん?」

その先には、テルーがいた。
あれ?戻ってきてたんだ、と言いたげな顔だ。

あぁ……心臓が潰れてしまいそうだ。

「……ほら、こっち」

「あう……」

手を握られて、引かれるがまま、控え室の真ん中に連れてこられた。

みんなが、私を見ている。

「……ぁ……そ、の……」

謝ろう、そう決めたはずだ。

負けたら謝ろう。精一杯謝ろう。土下座してでも、謝ろう。
そう、決めたんだ、最初の一言は、言い出しにくいけれど。

みんな、私を見ている、と、思う。
私が顔を伏せてるから、表情は、わからない。
怒ってるのか、悲しんでるのか


「……ご……ごめん……」

精一杯口にした
それで限界だった。

すいませんでした、とか、申し訳ありませんでした、とか、丁寧な口調を意識したけど、結局出てきたのはこの三文字だけ

あぁ、菫部長に怒られるなーって、おもった。



とたんに、何か温かいのに包まれた


「ぇ……テルー?」

「……」

テルーが、私を抱きしめてた。あったかくて、やわらかくて、お菓子の優しい香りがする。

「……いい麻雀だった、淡。私の、自慢の後輩」

「っ」

ずるい

そんなこと、いわれたら

がまんできるわけないじゃないか

「うっ……ふぇ……うえぇぇぇぇぇん……ごめんなさい……ごべんなざぃ……ごべんなざぃぃぃぃ……みんなの、みんなが、取ってくれた点数……全部、私が、私が……」

強くテルーの体を抱きしめると、強く、抱き返してくれた。

また、後ろから何かが覆いかぶさってくる。

「馬鹿……あんないい麻雀見せられて怒れるものか。チームのために、己を捨てて……頑張ったな、淡」

右から

「淡ちゃんは頑張ったよ……みんな知ってる」

左から

「私の尻拭いで大変だったろう? ……もっと、お前に楽させてやれなくて、ごめんな」



あぁ、やさしくしないで

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」

泣き止みどきが、わからなくなっちゃうじゃないか



そのまま、みんな、私が泣き止むまで、ずっと抱きしめててくれた。あぁ、一生分の借りを作っちゃったかもしれない。







ー夜ー

「ではーーーーーーーー!清澄高校の団体戦で優勝を祝ってーーーー!!」

{   `                                         /,ヽ
ヽ    \                                   _, -‐ ´ ∟_
  \     ヽ                              / \ /λ ヾ 、
   \     へ                          /  |iミ V.彡} l   } ヽ
       、     ー 、                     j   |l  ノ  j| |   ゝ 〉
        >、      ` ヽィュ_                    |i   ハ ゝ,  {| ヘ   \i
        /    \       \``ゝ,                }.   / ヾ、ヽ ヽゝ `,   ヽ
      /  |    , -‐       ` ヽ \           ノ. ∠`へ, '  ノ x弋 ヾミ 、 \
    〈  ',. |    }  }        \ }´`ゝ~ ュ _ . 〃  i'〈弋::リ`   ´{テ:::} 〉ヽハ   ,      乾っ!杯っ!
    ヽ  }. |   ´  / ,,_       ゝ,,._      \ゝ 从 ,,    ,   ` ,,, / 从  /      ですわーーーーーーーーー!!!!!!
     ′. ヽ ヘ.__, -‐ ト _ >、        ̄ ` ヽ   .\ ', ヘ  ャー― ,   . /ヘ ゙,ソ /j ゝ
      ゝ  ー,,ュ, -‐ ´ ー´,,   ` ー-  ,      }  ヘ   ` ヾ , ヽ  ノ , ´{| ゝ /ノ\ `ゝ、
        ̄            ゝー‐< ,,  _`` ‐- ´   }     ヽ ー < | f メ ⅳ \  \  `\
                       , -‐  `>ー- ェ   〉     \ /V ,ヘー- ュ  ゝ   ゝ、  ` ,,
                      /   /´´      \  \    .`  ひ二つ ∧   `ヽ  } ー 、  \
                  , -‐ ´    /  '      / ヘ            〉 \  |  、  ノ  ヘ  ヽ   }
                /       ノ ノ         〉、       /   i  \ ',  {   〉  \  \
「「「かんぱーーーーーーーーーい!!!!」」」

「うるせー……」

マイクによってより煩くなった龍門渕透華の乾杯音頭で、宴会場に寄り集まった長野勢が一斉に飲み物を喉に流し込む。
なんとかアルコールにしてくれと透華は必死にハギヨシに頼み込んだが、流石に無理だと突っぱねられていた。
代わりというか、宴会場を盛大に貸し切ったこの優勝おめでとう会は、どこから持ってきたのか海の幸山の幸詰め込み放題の超豪華宴会である。

「ちょっと!私より目立たないでよ!なんで優勝校の部長の私よりあんたの方が目立ってんのよ!」

「やかましいですわ!こうでもしないとこのssの私の目立ちどころがないではありませんですこと!?」

「ssってなに!?」

やかましく言い争う清澄部長と龍門渕部長を捨て置き、部屋の隅で、京太郎は静かにオレンジジュースを喉に流し込んだ

(……いずれぇ)

女三人よらばなんとやら、それならば20人近く集まったこれはなんなのか。阿鼻叫喚か、地獄絵図か、少なくとも男の夢とは言い難い。

(どうしようかな……)

そんなことを京太郎が考えていると、ぽんぽんと、肩を叩かれた。

「須賀くん、よければご一緒しませんか?」

そこにはごく最近龍門渕の執事さんだったと知ったハギヨシが、グラスとワインを手ににっこりと笑っていた。







「さ、どうぞ」

トクトクトクと、手にしたワイングラスに濃厚な色の液体が注がれてゆく。

「いや、いいんすか?俺が飲んじゃって」

「お気になさらず、男同士の話には酒がつきものでございます」

そういいつつ、優雅にくいっとワインを喉に通すハギヨシ。
動作のひとつひとつが様になっていてまるで映画の俳優のようだ。

それに倣い、京太郎もグラスの中身を喉に流し込む。
家で親の目を盗んで飲んだビールよりも、幾分か熱く感じる。

「くぁっ熱……でも、うまいな」

「そうでしょう、なかなかいいワインでして」

笑顔を絶やさずワインを口にするハギヨシ。
結構度数が強いはずだがためらいなく飲み込んでゆく。
執事は酒にも強いのかと、京太郎は内心畏れを抱いた。

「あのような女性の花園、須賀くんには辛いでしょう」

「あはは……五人は慣れてるんすけど、あの人数はさすがに、女子校に迷い込んだみたいで」

「心中ご察しします」

暗い部屋で、ワインを交わしての話し合い。
なんとも大人っぽくて、京太郎は静かに胸躍らせた。

「さて……せっかくの人目に触れない酒の席……年の差は4歳程度ですが、須賀くんは何か悩み事はございますか?」

唐突に語り出したハギヨシの質問が京太郎の胸を深くえぐった。

「悩みというものは人に打ち明ければ幾分か軽くなるもの、あわよくば解決策がわかるかもしれません。須賀くんの年の頃、私は多くの悩みに打ちひしがれていまして……相談できる大人がいれば、何度もそう考えました。須賀くんが、同じような目にあっていなければ、と思いまして」

全くもっていつもの調子でハギヨシが訪ねてくるが、全くもってその通りで京太郎は悩みを抱えていた。

この悩みは、自分一人で解決すべきではないか、京太郎は、なんとなくそう考えている。少なくとも、そう考えるを得ない性質の、悩みであった。



ふと、数日前を思い出す。

『何かに迷ったときは、身近な大人を頼ること』

白い髪の女性の言葉を思い出す。今思えば、あの言葉は今この瞬間を、予期していたのではないか。



「じつは……」

京太郎は、ポツリポツリと、胸の内をハギヨシに明かし始めた



「最近、一人の、同い年の女の子と知り合ったんです」

「最初見たときはなんだこの妖怪とか思ったんですけど……まぁ、なんやかんやで、交流ができまして」

「一回、一緒に遊びに行って、それ以外にも、なんかの縁で出会ったりして、それ以外にも、LIMEで話をしたりして……」



「……なんでだろう、俺は、今日そいつがピンチで負けそうってときに、自分の高校の麻雀データをそいつに見せちまったんです」



「そんな気はなかったんですよ、ただ、そいつが負けて打ちひしがれてるから、俺がもっとボコボコにされてる記録見せれば元気になるかなって……」



「でも、冷静に考えれば、なんでそんなことをしたかわからないんです」

「少し考えれば相当やばいことって分かるはずなのに、俺はいつの間にかそいつのところに行って、頑張れって言ってたんです」

「そいつを応援するようなそいつを励ますような、そいつを支えるようなことを、LIMEとかでいろいろ、行っちゃったり、して」



「それで、いまは……」

「清澄が優勝して、すげー嬉しくて、でも……頭の片隅で、いま、あいつは、どうしてるんだろうって考えてる自分が、いるんです」



「これがなんなのかよくわかりません……それが、俺の悩みです」

一通り語り終わった京太郎はワインをやけになったかのように飲み込む。ハギヨシは微笑ましげにそれを眺めている。





「……そうです、か……須賀くん、時に、今LIMEには何か連絡は来ていませんか?」

「え?」

京太郎はそう言われて、慌てスマホを取り出して電源ボタンを押す。なんだ、何も通知はない……


とたんに通知が届いた。新着メッセージが届いたようだ。

「……」

京太郎は化け物でも見るかのような目でハギヨシを見つめるが、ハギヨシはただニコニコと笑うばかりだ。

とにかく、その通知を開いて見ると、何の因果か、件の淡から届いたメッセージのようだ。

『今、旅館の外にこれる?』

文章からして、京太郎が泊まっている旅館の外のことだろう。無論、行ける。

「須賀くん」

ハギヨシが、京太郎を呼ぶ。

「皆様のことは、私にお任せを……君は、自分の迷いを断ち切るために、自分の信じた道を行きなさい」



京太郎は、すっと立ち上がった。少なからず酒を飲んだ体はしかし、少しもふらつきを見せない。

「ありがとうございました、ハギヨシさん」

京太郎が体を翻し部屋を出て行く。
それを見送った後、ハギヨシはグラスとワインを何処へやらと片付けた。

「頑張ってくださいね、須賀くん」

そして、ハギヨシはゆっくりと立ち上がった……



懐から執殺と書かれたメンポを取り出しながら

「……」

「……」

二人とも、無言だ。

京太郎はなんとなしに空を見上げる。この辺りな東京にしてはまだ空気が綺麗な方らしく、空にはぼんやりと星が見えたりしたのだが、今日は雲が厚く、見ることは叶わない。

「負けちゃった」

唐突に淡がぽつりと呟いた。

「あの後さ、控え室に戻ったら……みんな、私のこと慰めてくれたんだ」

下を向いたまま、淡は言葉を紡ぐ。

「私が全部のリードを台無しにしたっていうのに、みんな、私は悪くないって、自分たちがもっとリードをって、無理させて、済まなかったって……」

声の調子は変わらないが、少しづつ、途切れることが多くなってきた。

「っ……あはは……こん、な……悔しい黒星、初めてだよ……白糸台の……大星、淡なのにね……笑えないや……」

なんとか声の平成は保っているが、ノイズのように混じる嗚咽で、もう、ごまかしようはない。

「っ……悔しい……!こんなの、悔しくて……みんなに申し訳なくて……!悲しくて、情けなくて……!」

一度決壊すれば、後はもうたやすい。きつく閉じた目からホロホロと大粒の涙が流れ出し、地面の色をポタポタと濃くしてゆく。

「みんなそれでも、優しく……!それで余計辛くって……!!」

隣でただうつむいて涙を長く淡を、どうすればいいか京太郎にはわからない。ただ、なんとなく、不器用に、淡の頭を優しく撫でてやった。
サラサラでツヤツヤの金髪が指をすり抜けてゆく。

そのまま、しばらく京太郎は淡の頭を撫で続けてやった。

やがて、淡の瞳から溢れる雨が止む。

こてんと、倒れるようにして京太郎の肩に、頭を預けた。
甘く柔らかい香りがして、京太郎の鼓動が少し早くなる。




「なぁ淡」

ぽつりと、京太郎が言葉を漏らした

「空を見てみろよ。ひでー曇天だな」

言葉を受けて、淡がゆっくりと、腫れぼったい目を空へ向ける。その先には今にも降り出しそうな黒い雲が浮かんでいる。

「俺って、あんなんだ」

京太郎の言葉の意味がよくわからず淡は首をかしげた。

「いやな、俺の麻雀の戦績ってさ、あの曇り空に似てるんだ……」

「俺の一位率って、部内で一割を超えることないんだよ、三位以下が7割くらいだ、一位取れた日なんかもう、飛び上がって喜ぶね、そんくらい負け込みで、それがなんとなーく、あの空に似てるんだ」

淡は少し笑った。あの清澄メンバーにボコボコにのされてうめく京太郎の姿が脳裏に浮かんだからだ。







「でもな、どんな曇りでも、ほんの少しの風が、その雲を吹き飛ばしてくれるんだ」

「風?」

「うん、風。とっさの閃きとか、運とか、そう言うのだ。そういう要素で麻雀って勝敗が変わるんだ」

「お前は今日たまたま風向きが悪くて、雲に覆われちまった……でもな、きっとそんな雲、すぐに風が吹き飛ばしてくれる、万年曇り空の俺が言うんだ、間違いないぜ」

ポンっと、改めて京太郎は淡の頭に手を置いた。無抵抗のまま頭を撫でられる淡は黙って、京太郎の言葉を聞いていた。

「そっか……今みたいな曇り空でも……ちょとした風が吹けば……」

「雲の切れ間に」

「星が輝く」

「……ま、つまり麻雀なんて運ゲーってことだからそんな落ち込むなってことだよ!あー、夜更かしして眠いぜーったく……」

自分のセリフが恥ずかしくなったのか、京太郎は顔を赤くしてポンポンと淡の頭を軽く叩き、態とらしい伸びやあくびをする。
そんな京太郎をみて、淡はクスリと笑った。

「……うん、やっぱ、きょーたろーに、相談してよかった」

「なんかいったかー?」

ハンドボール仕込みの無駄にアグレッシブな柔軟体操を披露する京太郎に、淡はいよいよ頬を緩ませ、それこそ、満天の星空のような笑顔を浮かべた。

「きょーたろーに、ありがとーっていったの!」

「は、はは!礼を言われることなんてしてないぜ!お、俺そろそろ旅館戻るわ!じゃなー!」

「あ、まってよー!ウラ若き高校100年生を送ってかないつもりー!?」

思わず走り出し公園から飛び出す京太郎を淡が慌てて追いかける。



そんな、二人は気づかない。二人の真上に位置する雲が、ちょうど揺らいで切れ間を作り、そこに、輝く夜空が広がっていた。





須賀京太郎にとって東京という土地は、憧れと、驚きと、そして若干の嫌悪を抱かせる場所である。

この驚きというのは実に多彩な意味を持つ。
まさかの40℃越え、まさかの迷宮地下鉄、まさかの出会い、まさかのetcetc……

そんなこんなを体験しつつ、個人戦第1日目の朝、京太郎は新聞を読みながら朝食を喰らっていた。

「はー、『またも襲撃!?マフィアボスの執事がボコボコに……』なんかんだこの執事を集中的に狙った事件ってのは、ハギヨシさん大丈夫かな」

「あの人ならば暴漢に襲われても余裕で返り討ちにしそうじゃのう……」

「で、あるか」

同じく朝食をかきこむ先輩二人よりも早く、朝食のフレンチトーストを胃に収めた京太郎は、試合に出場する咲と和の荷物を肩にかけた。

「じゃあいってきまーす」

「はい、咲のお守りよろしくねー!」

「わしらも後で行くからのー」





「お待たせしました、須賀くん」

「京ちゃん、よろしくね」

「おう、じゃあいくぞ」

蒸し暑い日差しの中、三人は旅館の外へと踏み出した。

今日は2人の個人戦第一試合がある。京太郎は2人の荷物を運ぶ兼咲のお守りだ。ちなみに荷物運びはついでであり本命は咲の見張りである。

「あっつい~……」

早くもグロッキーになりかけている咲の頬に冷たい麦茶の入ったペットボトルを押し付けて、会場へと向かう。和はその暑さにはもう幾分か慣れたようで、うんざりしつつも順調二歩を進めていた。

「2人とも頑張れよ、今日の個人戦」

「はい!1位2位のトロフィー、両方清澄に飾ってみせますよ!」

「どっちが金かは勝負だね、和ちゃん!」

2人の満面の笑みを見て頼もしくなった京太郎は、気合を入れて会場へ到着足を進めた。




そして、試合会場に到着した。会場内には初日に勝るとも劣らない観客が詰め寄っており、その盛り上がりはいろんな意味で団体戦を上回るかもしれない。

「じゃあ、私たちは控え室に入ってます。須賀くん、荷物ありがとうございました、重くなかったですか?」

「あんくらい軽いもんだよ!じゃあ、部長たちの席確保してくるわ、頑張れよ!」

2人から離れて、京太郎は巨大モニターの設置されたルームの中の椅子4つほどに確保を示す荷物を置いた。
そのうちの一つに腰掛けて、ふうと一息、モニターを眺める。

「部長たちが来るまで30分くらいか……」

その間、暇だ。
暇つぶしに自分の荷物から麻雀の教本を取り出し、パラパラとページをめくる。
そしてしおりを挟んでおいた『牌の透視方』の項目を開き、いざ読みふけようと気合いを入れた

「きょーたろ!」

「おわ!」

その途端、柔らかい何かが後ろからぶつかってきた。

「あ、淡か?」

「せーかーい!むー、つまんない」

首だけで振り返るの、ぷーっとむくれているのは見間違えようもない、星のような瞳を持つ大星淡である。

「あー、お前も個人戦出場枠か?」

「そう!こっちでは雪辱をハラハラしてやるんだからー!」

メラメラと燃え上がる闘志を瞳な携える淡は傍目から見ても相当気合いが入っている。

「そうか、俺は清澄の2人の応援だけど、お前も頑張れよ」

「そんなこと言っておきながら私のことも応援してくれるきょーたろーが好きだよ~!」

「好きってお前……」

呆れたような口調ながらも頬を少し染める京太郎をニヤニヤとチェシャ猫のような笑いで眺める淡は、すっと姿勢を正し、京太郎にビシッと指をさした

「そう、実は今日は個人戦以外にも一つ大事な用事があったのさ!」

「大事な、用事?」

「そう、きょーたろーに一つ、挑戦状を叩きつけに来たのだー!」

「挑戦状?」

意味がわからない。強い側から弱い側に挑戦状というのは意味がわからない。
頭にクエスチョンマークを無数に浮かばせる京太郎をくすくすと笑い、淡は、告げる。

「私こと大星淡は優勝してみせます!テルーよりも!咲よりも強く!優勝してみせます!」

なんと、と京太郎は思った。こういうことを臆面なく言えるのは淡の大きな強みだと思う。

「だから、一つ京太郎に約束してほしいことがあるの」

「え、それ強制?」

「モチのロン!」

「マジかよ」

京太郎はうなだれた。この元気っこが突きつけてくる無理やりの約束が、まともなものとも思えない。

「その約束ってのは、なんだー?」

「それはねー……京太郎、今年の冬までに、個人戦、長野枠で出場できるくらい強くなって!」

「……は?」

また、無理難題を押し付けられたものだ。第一、それで淡になんのメリットがあるのか

「私もネトマで協力するからさ!ね!頑張ろうよ!」

「なんでお前にそんなこと言われなきゃいけねーんだよ」

「だって、そうじゃないと季節ごとに絶対に会えるって保証、ないじゃん?」

「……は?」

にこやかに告げる淡に、京太郎は少し、固まった。
会えるって保証。つまり、会いたいって、こと?

「おまえ、それ、どーゆー」

「はい!約束したからね。それじゃ、これは契約の証!」

ぼーっとしてる京太郎の頬に、淡は唇を寄せて……







ちゅっ♪







「……は?はぁ!?はぁーーーーーーーーーーー!?!?」

椅子から飛びすさり尻餅ついて無様に交代した京太郎は声にならない声を上げた

「アハハ!キョータロー面白い!」

「おま!おま!だって!おま!!」

幸い周りに人は少ないが、その少ない人多々は全員こっちをガン見していた。

「いまのは、この淡ちゃんとの契約の証、約束破ったら、承知しないんだから!!」

そして淡は振り返り、まったねーと、去っていった。耳が、真っ赤だ。



しばらくへたり込んでいた京太郎は、顔は真っ赤のまま立ち上がった。周囲の人間の視線が、痛い、死ぬほど痛い。

「はぁ……やれやれ」

また面倒ごとが増えてしまった、と、京太郎は首を振った。



取り敢えず、今日個人戦が終わったらみんなに麻雀の指導を頼まなくてはいけない。








カンッ!!



















ーーー京ちゃんが好きだと自覚したあわいーーー





「はいはい、呼ばれて飛び出て即参上」

たったいま、数秒前、LIMEを送ったばっかり。
それなのに、すっかり見慣れた金髪の京太郎は、そばの物陰から姿を表した。

なんでもうここにいるんだろう。
呼んだらすぐ来てくれた、まるでヒーローみたいな登場に、少しだけ、ほんの少しだけ、胸が高鳴る。

「ほれ」

何かを差し出された。
麻雀ダコだけではないその手には、チュッパチャプスくらいの棒付きキャンディーが乗っている。

「脳みそってスゲー大食いな器官でさ、しかも甘いもんしか受け付けねーらしいぜ」

「……そうなんだ」

なんとも、どうでもいい豆知識を聞かされた。

私のことを気遣って、甘いものを、持ってきてくれたのかな?

胸が高鳴る。

「……びみょー」

気恥ずかしさを隠すように、すこしだけ、尖らせた口調で言う。

「ははっ、まぁもらいもんの飴だからな、文句はその人に」

「もらったものを誰かにあげる?フツー」

何が楽しいのか、にこにこと、京太郎はわらっている。気楽そーな顔してさ。

「……なんで、送ってすぐに来たの?」

「こりゃ呼ばれるなって思って。紳士たるものレディの呼びかけには5秒以内に応じるもんだぜ」

「ストーカー?」

「ちげーよドアホ」

「アホだと~?」

あぁ、全く、こっちの気分も知らないで
ずいぶん前から、まっていてくれたんだろう。

すこしだけ、ほんの少しだけ、罪悪感が募る。

「なぁ、麻雀で勝つって、なんだと思う?」

すこしだけ話をして、不意に京太郎が問うてきた。

「……そんなの、点数が少しでも高ければ勝つでしょ」

「そおーだそのとーりだ!たとえ百点棒一本でも多い奴の、勝ちだ。100点でも低けりゃそいつの負けだ」

何を、当たり前のことを。京太郎は真剣な顔だ。

「そのルールのせいてで俺の部内の一年生四人の中では、トップ率はダントツドベの0.95だ。わかるか、10回やって1回目トップになれるかどーかだ。そりゃそーだ、何もかもが劣ってる俺があいつらに容易に点数合戦で勝てるわきゃないからな」

「何その自虐情けない」

「やめろ死にたくなる」

えらそーに語ってたかと思えば途端に顔を曇らせる。

……私にだって、わかる。それは私を励まそうとしてるんだ。
不器用に、どう慰めればいいかわからなくて、自分の情けない姿を見せるくらいしか、方法が思いつかないんだ。

なんだろう、そんな姿が、すこしだけ、可愛い

「まぁともかく麻雀ってのはそういうゲームだ……で、淡、聞くぜ。いま、この麻雀で勝ってるのは誰だ?」

「そんなの……私だよ。7000点、上にいる、けど……」

「そーだお前はまだ勝ってる!お前の仲間たちが、稼いでくれたおかげでな」

その言葉に、四人の顔が思い浮かぶ。

まったく、生意気だ。京太郎のクセに
きっと、私に足りないものが何かわかっててそれで、厳しい口調で私に教えてくれてるんだ。

思い込みじゃあない。その顔を見れば、真剣そのものな顔を見れば、そのくらいわかる。表情を読むのは、麻雀打ちの基本だし。








そんでもって、京太郎に励まされた私は……まぁ、なんというか、結論から言うと負けちゃいまして。

おまけに何が悔しいって、そのあと、控え室で大泣きしてしまったことだ。
あぁ、あぁ、思い出しただけで、あぁ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁわぁぁぁぁぁもおおおぉぉぉぉぉ!!!

「ふっはははははは、どうした淡、普段の態度が影も形も見当たらないぞ」

「やめて!スミレやめて!忘れて!私泣いてないもん!高校100年生は泣かないもん!」

「ふふ、淡ちゃんの泣き顔、写真撮っちゃった」

「タカミー!?」

「あっはははは、淡~、ちょっとイケてないんじゃなーい?」

「うわああぁぁぁぁぁ!!」

もうダメだ、私はこのメンバーにこのネタで一生からかわれ続けるだろう。想像するだけで頭の中がすっからかんになる程に恐ろしい。

でも、まぁ、いやじゃ、ない。





「淡」

そのあと、珍しくテルーが気を使って私を控え室の外に連れ出してくれた。
テルーは私をからかってこないからなんとかかんとか、一息つくことができた。

「あぁ……ありがとテルー……あー……はずかしー……」

「気にすることはない」

テルーは何やら口に白い棒を咥えてピコピコと揺らしている。みたところ棒付きキャンディーの棒の部分か。
先程きょーたろーからもらった、ベトつく飴を思い出す。







「淡、あの男子は、清澄の生徒?」

ビクッと、思い切り体が震えた。
この状況からして、あの男子、というのはどう考えても……

「テルー……見てたの?」

「うん」

「……どの、あたりから?」

「脳みそってスゲー大食いってあたり。彼のおかげで私のお菓子好きが間違いではないことが証明された」

「ああぁぁぁぁぁほぼぜんぶじゃぁぁぁぁん!!」

またも撃沈、もうやめて、とっくに淡ちゃんの点棒はゼロだ。
つまりボロボロ泣きながらつぶやいたあのつぶやきもこのつぶやきも……あああわあわあわあわぁぁぁぁぁぁぁ!!!

「彼のおかげで、淡は変われた。本当は私たちの役割だっただけに、ちょっと悔しい」

ポンっと頭に手を置かれた。そのままなすがままに撫でられる。抵抗する気はない、気力がない。

「淡、あの男子の前では素直だったね」

「ちがうもーん……あの時だけだもーん……気の迷いだったんだもーん……」

「淡」

テルーは、ポンっと私の頭を軽く叩いた。
じっと、目を見つめてくる。


「ちょっとゴメンね」

「え?」

「照魔鏡!!」

「アワァァァァァァァ!!!??」







突然なんだと言うのだ、慌てて壁にもたれかかっていた体を起こすと、テルーはこちらを見て、にっこりと笑った。

「うん。うんうん。淡、青春だね」

「なにそのよく雑誌で作る作り物笑顔!?」

「大丈夫、私は全部わかってる」

「覗いたからでしょ!なに!?なにを覗いたの!?」

「淡の淡い恋心、彼への」

「……へぇ、恋心、へぇ……へえあ!?」

「ふぅん、淡はあの彼に抱きしめて欲しいんだね、それで……あれ、それだけだ。それ以上は想像できない?キスとか浜辺で追いかけっことか××××とか『イリアステルに削除されました』とか歯磨きプレイとか」

「なにいってんの!?何言ってんの!?」

もうテルーの大暴走は止まらない、超絶営業スマイルで私も知らない私の心の内を暴くだけだ、もう絶対楽しんでる。

「ふふ……淡」

「ぎぎぎぃ……なによぉ……」

もうスクラップ寸前の私の肩を、ポンっと叩くと、やっと普段通りの無表情……に、少しだけ笑みを浮かべた。

「叶うと、いいね」

「……ふんっ」

散々からかわれた私は、ツンっとそっぽを向いてやった。それでもクスクス笑うテルーが鬱陶しい。

でもまぁ、そのテルーのおかげで、私は京太郎への想いに気づくことができた。



でもやっぱ納得いかないのでそのあとテルーのお菓子を奪って食べてやった。バレた。これは……面倒なことになっちゃった……






















  • おまけ(時系列を気にしたら敗け)-

「海に行こう!」

「……うん?」

唐突であった。
本当、本当に唐突であった。
第1巡目で不要牌を切ったら人和されちゃいましたーってくらい唐突だった。
りんりんらんらんと真横で鼻歌を歌っている淡をスルーし麻雀指導本『これであなたも神域の打ち手』を読みふけっていた京太郎は思わず聞き返してしまった。

「あ、いまうんっていったね!いいましたね!はい、確かに言いました!」

「まて、何もかもをお前の中で進めていくな」

とうっと、淡の頭にハエも殺せないチョップをかます。いった~いと、オーバーなリアクション。

「だって、せっかくの夏だよ!?麻雀だけで終わらせたらアラフィフになっちゃうよ!」

「お前その麻雀だけで終わらせる奴がこの東京に今何人いると思ってんだ」

「そいつらは全員アラカンになればいーの!私とキョータローは違う!」

ミャーミャーとやかましい猫のように騒ぎ立てる淡を前に、京太郎は深く、深海より深く、地球のコアくらい深くため息を吐いた。
短い付き合いだが、こう言い始めた淡が頑固だというのは重々承知している。ちうしれ、にもらずいぶん困らされたものだ。

「はいはいわかったわかったいってやるよ」

「やたー!じゃあ早速水着買いに行こう!」



「え?」

「だって持ってきてないでしょ?買わなきゃじゃん」

「あー……うん、そうか、そうだよな、変なことないよ……な?」

「ないない、ないよ、全然ない。すごく自然!」

というわけで、二人は仲良く連れ立って近くの水着専門店へとやってきた。

「水着、専門店……か。長野にこんなものはなかったな」

「え?マジ?」

「長野は内陸の土地だぞ」

「あっ……」

何かを察した淡はそれ以降何も言わず、そのまま店内へ徒歩を進めた。男女合わせて置いてあるらしく、カップルも少なくない…が、金髪コンビの二人は結構目立つ。

「じゃあ先に京太郎えらんじゃってよ!」

「そうか?じゃあ……予算的に……うん」

京太郎はどんな水着を選ぶのか、と目を輝かせる淡を背に、京太郎はドンドンと買い物カゴの中に商品を放り込んで行く。

「こんなもんかな……」

  • 麦わら帽子
  • サングラス
  • アロハシャツ
  • 真っ黒なトランクスタイプ
  • サンダル
  • ボディタオル

「……キョータロー……」

「な、なんだよ」

「ヤクザ?」

「ちがわい!」

しかしすでに淡の頭の中には浜辺のレディ達に恐れ慄かれる金髪長身でサングラスをかけた威圧感満載の筋肉モリモリマッチョマンしか浮かばなかった。

さて、今度は淡の番……となって、焦るのは京太郎である。
淡に手を引っ張られるままに連れてこられたが、女性用水着が木々のように辺りにそびえる女性水着コーナーは、なかなか近寄りがたいものがある。
これどうかしらとか彼氏に聞いてたりしてる人もいるから問題はないだろうが……

「あ、これかわいい!どうどうみて!」

と、声のほうを向くと淡は一つの商品に目をつけたらしく京太郎に見せびらかしている。

「あー……首の後ろで結ぶ奴か」

「そうそう!ホルターネックって奴!ビキニだよビキニ!」

どうどう~?と胸の辺りに水着を当てて見せびらかしてくる淡。その涼しげな水色の水着は淡によく似合うように思える。特に、こう、なかなかに豊満な淡のバストを持ち上げるように強調するビキニ姿を想像すると……



「ふふーん、これ気に入ったっぽいね、じゃあとりあえず保留!」

おもわずぼーっとしてたら悟られたらしく、淡はそれを買い物カゴに放り込んでしまった。どうやら好みを悟られたようだ……

「じゃあこれは?どう?真っ赤なパレオ!」

次に取り出されたのは、やはりというか、なかなか大胆に胸を露出するパレオタイプのビキニだ。下半身には長めのスカートのようなものがついているため、必然的に肌色の多い上半身に目がいってしまう。情熱的な赤色もまた、淡には似合うだろう。

「なるほど~、きょーたろーは正直さんだね!じゃあ次は~」

と、ドンドンと淡は水着を漁る。

ふと、淡の買い物カゴに大量の水着が積み重なった頃、ふと京太郎の視界に白い水着が目に映った。それを見逃さなかった淡はその視線の先の水着をバッと手に取る

「ふんふん、モノキニかぁ~」

取り出された純白のモノキニ。
ヘソの辺りにレースで編まれた花弁のような部位があり、そこから四方向に花弁が開いたようなデザインだ。胸の谷間、脇腹など、なかなかに挑発的なデザインをしている。

「ふふ~ん……こういうの、好きなの?」

「どうだか」

ニヤニヤと笑いながらたずねる淡に京太郎はそっけなく顔を背けた

……耳まで真っ赤だが

「ふふふふ~ん……ほんっとーに嘘つけないねーきょーたろーはさ!じゃあこれに決めた!サイズは~……」

「い、いや別に好きとは」

「あれ?嫌い?」

「いや、別に、どっちでも……その……」

「あ~もーかわいーなー!」

んーっと背伸びして淡は京太郎の頭を撫でてやった。

「ななっな、なにすんだよっ」

「うんうん、かっこいいきょーたろーもかわいーきょーたろーもいいね!じゃあ買ってきまーす!」

そのまま、選考落ちした水着を一瞬で元の場所に戻すと、他の幾つかの商品と一緒に淡はレジへとかけて行った。

「……知られてはいけないことを、知られた気がする」

周囲の生暖かい視線をこらえながら、よろよろと京太郎もレジへと這っていった。

淡のお買い物
  • モノキニ
  • ラッシュガード
  • 麦わら帽子

そして、そのまま淡に引っ張られるがままに電車を乗り継いで、ついに二人は海へと到着した!

「海だ~~!やったーーーー!!ジャカジャン!」

「せーかい中をぼーくらのー……何言わすかこら」

すでに体力をほぼ削られた京太郎は、元気よく飛び跳ねる淡についていくのがやっとである。

暑い、すんごく、暑い。午後1時くらいだろうか、もう日差しは生命ある全てを焼き尽くさんとするほどサンサンと降り注いでくる。いや、惨々と言うべきか。

「じゃあ早速着替えてこよう!海の家の前で待っててね!」

元気よく更衣室へ飛び込んでいく淡を見て、まぁ、せっかくなら楽しむか、と、苦笑いしながら京太郎も男性更衣室へと足を運んだ。





「……」

海の家の前のベンチの一つ。一人の男が腰かけている。

その長身は、どうやら足の長さが理由らしく腰の低いベンチのせいでなかなかに窮屈そうだ。
短めの金髪は麦わら帽子に収められ、鋭い眼光は真っ黒なサングラスに隠されている。
アロハシャツの隙間から覗く分厚い胸板や割れた腹筋、トランクスタイプの水着から覗く引き締まった太もも。

それは、誰が、どう贔屓目に見ても、近寄り難いくらい、怖かった。おまけにそれがはるか虚空を眺めているのである。尚更だ。






「おっまたせ~~~!」

すると、そんな人々が思わず振り向くくらいかわいらしい声が響く!男どもはその声の主人を見て鼻の下を伸ばし、女どもは嫉妬に目を細めた!

その恐ろしい金髪男とお揃いの麦わら帽子からは、しかに長く、艶やかに、きらめく金色の髪が揺れている。
顔は喜色に染まり、クリーム色のラッシュガードに覆われた体躯はしかし、でるとこは出て、締まるところは締まったボディを隠しきれていない。
肌は日本人離れして白く、シミ一つもない。そして、それより何より、帽子の影に隠れているはずの瞳が、何よりも魅力的に輝いていた。

だれだ!!?この美女におっまたせ~と言われたのは誰だ!?と男たちが視線を走らせる!果たしてその美少女の向かった先には……



「きょーたろー!」

「ダアアアバカ!!抱きつくんじゃぁねえ!!!」

「イージャンイージャン!役得でしょ!」

「こっちは命がけなんだ馬鹿野郎!!!」

あの、おっかない男であった。

男たちは血の涙で砂浜を染めた。

「えっへへへ~、じゃあ早速泳ごう!」

「はいはい……」

淡にひかれるがまま、海辺の方へと向かって行く。砂浜を濡らして、引いてまた濡らし、を繰り返している浅瀬へと足首をつからせる。

「ひゃーつめたい!」

「あぁ……すずしいな……」

アロハシャツと帽子はベンチの近くに置いてきた。もう濡れるのは怖くない。だんだんとテンションが上がってきた京太郎は、手首を掴む淡の手を外すと、ぐっと身をかがめ、そして跳ねた!

「わ!」

「イヤーっ!」

そのまま、ダッシュ、そしてバク転、派手に着水。周囲に盛大に水しぶきが飛び散った。

「す、すごーいきょーたろー!」

「へへ、昔取った杵柄ってな」

頭の先まですっかりずぶ濡れた京太郎は、警戒心なく駆け寄ってくる淡に、一気に水をかけた!

「ひゃっ!」

「どうだ!お前も濡れろ!」

「やったなこの~!どりゃー!くらえすたーすぷらっしゅ!!」

「ただの水かけじゃねーか!」

そのままギャーギャーと、色気も何もないまま二人は盛大に水を掛け合う。
ついた当初感じていた疲れは、すっかり京太郎から消え去っていた。

「むぐむぐ……ぷはっ」

「どうだ」

「ちょっとはやいよー……」

暫くはしゃいだ後、少し離れた場所で二人は泳いでいた。淡は浮き輪装着、京太郎は立ち泳ぎである。

「お前がそんなのつけてるからだろ」

「むー、きょーたろーにはレディーを待つっていう精神がないんだね」

「お前以外にはあるよ」

「なにそれ!」

ギャーギャーと喚いてくる淡におもわず京太郎は笑ってしまった。それにつられて、少し遅れて淡も笑いだす。

「あははははっ!……ふー。ねー、京太郎」

「ん?」

急に真面目トーンになった淡に、京太郎も少しだけ真剣になる。

「……来年の夏も、その次の夏も、こうやって、二人で遊びたいな」

「……」

「もちろん夏だけじゃないよ。春は桜、秋はもみじ、冬は……雪、ないんだよなぁ……でも、インハイ出れば、こっちに来れるんだから……その……」

「……頑張って、麻雀」

「……おう」

こっぱずかしくなって、京太郎は浅瀬の方へとくるっと向いた。

「さあさあのろまな大星さん。浅瀬まで競争と行こうぜ。買った方がコーラ奢りな!」

「え、ちょ!」

「ヨーイドン!」

「ま、まってよー!きょーたろーのばかー!」

後ろで喚く淡を放って凄まじい勢いで京太郎は泳ぎ始めた。今日は散々やられっぱなしなのだから、このくらいの仕返しは、許してもらいたい





カン!



















エピローグ

須賀京太郎にとって東京という土地は、憧れと、驚きと、そして若干の嫌悪を抱かせる場所であった



あった。過去形であって、もちろん今は違う。
須賀京太郎にとって東京という土地は、もはや長野についで二番目に長い時間を過ごした場所であり、もはや憧れや驚きなどとっくに枯れ果て、いまや臭い空気と濁った空と、蒸し暑い温度に嫌悪を抱くばかりである。

だが、それでも、ここには魅力がある。

「春のIH以来だな……」

去年の冬の頃に買ったキャリーバッグをどかっと地面に下ろし、京太郎は一息ついた。
予算を節約するために、交通手段は深夜バス。本来なら新幹線でひとっ飛びなのだが、個人的な理由により、夏休みに入ってから速攻で課題を終わらせた京太郎は一足早く東京入りしていた。
そのため、大会期間に入るまでは安ホテルで節約生活だ。財布の中にはバイト代が詰まっているが、無駄遣いは避けたい。

「……さて、あいつは……」

バスの止まる場所は教えてあったはずだ。
人で賑わう辺りを見回してみる。すると、見当違いの方向を向いてピョンピョンと跳ねている見慣れた金髪が目に映った。
ばれないよう、そろりそろりと近づいてみる。



「うーどこだろどこだろ……」

「……あーわい!」

「あわわわっ!」

後ろから、そいつを抱きすくめてやった。一瞬身を縮ませたものの、こちらの正体に気づいたそいつは、パアッと顔を明るくして無理やり振り向きこちらに抱きついてくる。

「きょーたろー!」

「春以来だな」

「うん!うん!長野県一位おめでとう!」

「おう!」

須賀京太郎。清澄高校二年生。
長野県男子個人一位である。






そのまま近くのカフェになだれ込んだ二人は、テーブルを挟んで、淡は紅茶を、京太郎は珈琲を口に運んでいた。

「いやー、本当に京太郎はすごいよ!」

「お前に散々叩き潰された成果が出たな」

「ふふーん、高校101年生の淡ちゃんのおかげだね!」

「お前それまだやってんのかよ」

苦笑いとともにブラックコーヒーを啜る。その好みだけは理解不能だと淡に突っ込まれた。眠いのだから仕方がない。

「で、京太郎……次の目標わかってるよね」

「おう、勿論……」

少し溜めて、宣言。

「次の目標は、俺とお前、揃って個人戦で優勝すること」

「そのとーり!二位なんてちゃちいことは言わないよ、やるんなら優勝!」

「そしてその後に……」

「エキストラマッチ!」

そう、今年の夏は、昨今さらに加速した麻雀旋風に乗るように、インターハイに新たな目玉が追加された。
それは、男子女子個人戦の1.2位を集めたエキストラマッチである。

「そこで戦うのが私たちの目標!忘れないでよね!」

「あったりまえだろ!お前こそ咲にやられんじゃねーぞ」

二人は、お互いの目標を再確認し、そして、お互いを激励しあった。


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         ノ i|  V    j 抖竿ミ    ノ ノ ,ノイjノ   | i
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 ̄¨ え≠  / 八 i|/l   |  |        :x:x:/ ノ    | ′
 /  -‐ '    ハ  八  ト、  ヘ.__ `  厶 イ   ノ
/    __,.斗‐=≠衣  ヽ八\ 丶.__ソ  . イ(⌒ソ  イく     きょーたろーこそ!
     jア¨¨^\   \   \ >-=≦廴_  ア /ノヘ\
  斗ァ'′     \   \   ヾ. \___ ⌒ヾく<,_ `ヽ )ノ
/圦 |       、\   ヽ   、∨tl  `ヽ . ∨ V\ i
 { `|           Vi:\  ハ  i } |    } i }  ∨,} }
≧=- |         辻_V\`i}  i } |  /} iハ}   辻ノ
   ノ          ¨〕V//リ  iノ ////V〔    ¨〕


もいっこ!カン!

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         i /
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         | | 
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         J( 'ー`)し   |  かんけつ |  
        .ノ†:::( ⌒\  |_____|
       (:::::::::::ヽへ \    .|
        i::::::::/   \\ . |   
       .|::::::(       \\、|    
        i:::ノ ヽ       ヽ、っ) 
        .i/   ノ        |
        /  / \
        /  ./ \ ヽ、_ 
        / /   ヽ、_ \ 
       / (       ヽ、\_ 
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