【見える人】

ほんの数世代前まで、須賀家は須佐之男命を奉り、国の南端にある社にて悪しきものから日の本を守護していた。

いつだったか、酔っ払った父が教えてくれた眉唾モノの歴史を、まだ幼かった当時の俺はなんの疑いもなく信じることができた。

何故かって?
理由は簡単だ、俺にとってそういうオカルトじみた話は単なる空想じゃなくて、もっと身近なことだったから。


そう、俺、須賀京太郎は俗に言う“見える人”なのである。


幽霊とか妖怪とか、そういう人ならざる者が自分だけに見えていると気づいたのは小学生の時。

見えるだけで、彼らに対して何もすることはできないと悟ったのは中学生の時だ。

襲い来る妖怪を調伏することも、救いを求める霊を成仏させることもできない非力な俺にできるのは、自分の身を守るために見て見ぬフリをすることだけ。

だから……

「じーー、っす」

俺を見つめてくるこの黒髪の美少女に対しても無視を決め込むしかないのだ。

高校に入ってはや数週間。少し遠出をしたくなって乗り込んだ電車で、ガラガラの車両にいた美少女…正確にはその豊満なおもちをガン見してしまったのがそもそもの始まりだった。

俺のいやらしい視線に気づいたのか訝しげにその娘が俺を見たとき、やばいと思った。でも、その娘が言ったことは俺の予想以上にやばかったんだ。


「もしかしてアンタ……私が見えるんすか!?」


それを聞いた時、俺もうゾクッとしたね。ああ、この娘は普通の人には見えてない、幽霊なんだ。やだな~怖いな~って。

きっとこの娘は俺のことを自分を成仏させてくれるような、すごい霊能力者だと思って期待してるんだろう。でも無理なんだ、俺には何もできないんだよ。

そう思って目を瞑り、彼女を無視してもうかれこれ数分が経過した。

もうそろそろ諦めてくれたかな、と思って目を開けてみる。あ、目が合った。しまった、と慌てて目をそらす。

「やっぱ見えてるっすよね!?どうしてシカトするんすか!?」

プンスコ!という擬音が聞こえてきそうな様子で彼女は俺の元に歩みより、背伸びして俺の顔を覗き込んでくる。
やばい、顔近い、かわいい。

「むー、こうも無視されんのは流石の私でも傷つくっすね……。こうなりゃヤケっす!えいっ!」

何を思ったのか、少女は俺に抱きついてきた。たわわなおもちが!おもちがあたって!あわわわわわ!

「へっへーん、これでも、無視できるっすか!?」


やばい、ぱない、こんなの感触を無視なんてできない。なんて大胆な娘なんだ。ほら、周りの乗客だって驚いてこっちを見て……見て?


「……もしかして君、見えてる……の?」



「……それはっ!こっちの!セリフっす~~!!」


「ステルス体質……?」

「霊感……っすか?」

あの後、乗客達の生暖かい目線に耐えきれなくなった俺たちは次の駅で逃げるように降り、近くにあった喫茶店に入った。

俺が幽霊だと思っていた美少女……東横桃子さんはステルス体質といって、極端に影が薄い人間らしい。
にわかには信じがたい話だが、よく考えてみれば俺の霊感だってある種の特異体質。頭ごなしに否定などできないし、何より、真剣に話す東横さんの顔を見てなお彼女を嘘つき呼ばわりできるほど俺は下衆ではない。

「この体質のせいで私はずっと一人ぼっちで……だから、私を普通な見られる人にあってすごくびっくりして、見てもらいたくてついあんな破廉恥なことを……」



「そっか……悪いことしちゃったな。謝ってすむことじゃないけど、本当にごめん」


「いいっすよ……須賀くんにも事情があったってわかったし、それに、無視されるのは慣れてるっすから……」


そう言って悲しそうに微笑む東横さん。
……こんな可愛い女の子にそんな顔されて、平然と引き下がれる訳がない。


「でも、東横さんを傷つけたのは事実だ。何か、お詫びさせてくれ。俺にできることなら何でもやるよ」


「何でも、っすか……なら…………えっと……その…………



……わ、私と、友達になってほしいっす!」


もじもじとしながら震える声で、それでいてはっきりと言い切る東横さん。
不安そうに震える瞳の主に、俺がかける言葉は決まっていた。



「ああ、これからよろしくな、“桃”!」


「……はいっ!こちらこそよろしくっす、“京くん”!」




こうして、見える俺と見えない桃の、ちょっぴり不思議な日々は幕を開けたのである。


カン!