初めて”あいつ”に出会ったんがいつやったか、今でも鮮明に覚えとる。
「…………あ゛~~っ……暑っ……あっ……」
「っ!危ないっ!」
2年前のインハイ会場。
ウチはちょっとした気分転換のつもりで外歩いとったんやけど、あまりの暑さに倒れかけたんよな。
そん時に偶々後ろ歩いとって、ウチが倒れんように助けてくれたんが”あいつ”、京太郎やった。
「大丈夫ですか?!返事出来ますか?!」
「うぅ~~……あ、すまんな。ウチ、病弱やから、ちょっとフラっときただけなんよ。大丈夫だいじょ――」
「それ、大丈夫じゃないですよ。顔色も少し悪いですし、軽い熱中症だと思います。移動しますよ」
「きゃっ?!ちょっ、いきなり何すんねんっ?!」
「少しだけ我慢してください。少しでも早く木陰に行く方がいいんですから」
「…………しゃあなしや、我慢したるわ」
初対面にも関わらず、いきなりお姫様抱っこされた時はホンマもんの悲鳴も出てもうたなぁ。今となっては懐かしいわ。
京太郎はウチを木陰に運んでくれたらすぐにどっか行ってもうた。
ま、東京の人はあんま助けてくれへんとか聞いてたし、木陰まで運んでくれただけマシかと思っとったら……
「はい、歩狩です。どうぞ、園城寺さん」
「へ?……あ、ありがとう」
京太郎は初めから投げ出すつもりなんて無かったらしい。
そんなあいつを少しだけ冷たい奴やとか思ったんを、あん時は恥じた。
「って、なんでウチの名前知ってんの?」
「そりゃあ分かりますよ。強豪千里山のエース、園城寺怜さんは麻雀やってれば知ってて当然じゃないですか」
「あんた、麻雀やってんのか。ってことは全国まで来たってことなんか?」
「あ、いえ、全国に来たのは女子部でして……俺はただの雑用ですよ、たはは」
それから暫くは、互いに他愛ない話を交わしてた。
きっと京太郎はウチが回復すんのを待っててくれただけなんやろうけど。
聞けば京太郎は高校一年生。しかも高校に入ってから麻雀始めたらしい。
まだあんまり教えてもらってないらしいし、まだまだ弱いままらしいけど、それでも麻雀が好きで、頑張ってるんがよく伝わってきた。
そうやって20、30分も話してたら、ウチもすっかり回復してた。
「ん……もうホンマに大丈夫みたいやわ。ありがとうな、京太郎」
「いえいえ。あ、ついでですし、会場まで戻るんでしたら送っていきますよ?」
「ん~……せやな。折角やし、よろしくお願いします」
「はい、畏まりました、お姫様」
互いに変に改まった挨拶でまた一しきり笑いあってから、連れだって会場に戻ったんやったな。
そんで、会場に辿り着いた時、あれはウチから何となく言い出したんやったっけ?
「なあ、京太郎。メアド教えてくれへん?」
「へ?あ、まあいいですけど。赤外線でいいですか?」
「おぅ、それでええよ」
「では……送信完了、っと」
「んじゃ、次はウチのを……っと、こっちも完了や」
「はい、確認しました」
「そんじゃ、またメールするわ。京太郎との話、楽しかったし、これからも期待してんで~?」
「あはは、本場の人にそう言ってもらえるのは嬉しいと同時にプレッシャーですね。出来る限り頑張ります」
そのまま千里山に宛がわれた部屋に戻ってもよかったんやけど、あん時ふと言っときたくなったことがあったんや。
「せやせや、京太郎。麻雀、これから辛いこともあるかも知らんけど、頑張りぃや?
京太郎てかっこいいし、それで麻雀も強かったらもうモッテモテになんで~?」
「……………………」
「ん?あれ?お~い、京太郎~?聞いとるか~?」
「っ!は、はい、聞いてましたよ?!あ~、あはは。そうですね、頑張ります。
ちなみにそれって、一般論ですか?」
「ん~?ちゃうちゃう。ウチがそう思うだけや。ウチがそう思うんやったら、全国の麻雀女子はみんな思うんちゃう?なんてな」
「はは、なんですか、それ。でも、そうですか。それじゃあ、2年後に成長した俺の姿、TVで見せますよ!」
「なんや~、1年でもええんやで~?ま、ええか。2年後やな。楽しみにしとるわ。ほんじゃな~」
「はい、またいつか会いましょう」
手ぇ振りあって別れて、実はあれ以来直接は会ってないんよな。
今更やけど、もうちょっとなんやかんや理由つけて会っといてもよかったかも知れへん。
ま、ちょこちょこメールしとったんは楽しかったんやけど。
結局その年は、ウチらは準決勝で敗れてもうた。
千里山のエースとか言われてても、ウチの実績はほとんど無かったから、プロにはならんと大学に行くことにした。
竜華もウチを心配したんか、一緒に進学することになった。
そんで、2回生、つまり今年のことや。
年度初めに、ウチはちょっとおっきい手術をした。
ウチがずっと抱えてた病気をやっと治せる。竜華にも、もう迷惑かけんで済むようになる。
そう思ったから、一も二も無く手術を受けたんやけど……
手術が終わったら、確かにウチの病弱は治った。けど……ウチの麻雀を支えてた”あの能力”がなくなってもうたんや……
ウチは落ち込んだ。
竜華はそんなウチを見てられへんてゆうとったけど、しゃあないやん……
なんやかんや言って、ウチも麻雀が大好きなんやから。
能力がなくなって、どうしようもなくなったウチは、次第に部にも顔を出さんようになっていった。
そんな時や。家でボーっとTV見とったら、高校生麻雀大会の大阪予選の中継がやっとった。
それ見て、2年前の約束を唐突に思い出した。
2年後に成長した姿を見せる。あいつは、京太郎はそう言っとった。
すぐにサイトや新聞を探した。そしたら、ちゃんと長野県個人代表の中にその名前があった。
ウチは感動した。それと同時に、どうしようもなく嫉妬もしてもうた。
で、気が付いたら電話してたんや。
「はい、もしもし。どうかしたんですか、怜さん?電話なんて珍しいですね」
「京太郎、今度の日曜、会えへんか?」
「これはまた、随分と唐突な……一応大丈夫ですよ。予定は開けておくようにします」
「ん。悪いな」
その後で簡単に場所と時間を決めて電話を切った。
切った後に暫く悩んだわ。
何で今、ウチは電話したんやろう?京太郎に会いたいと思ったんやろう?
考えた末、出てきたその答えは一つやった。
京太郎に聞きたいことがある。
来る日曜日、ウチは遥々長野の地を訪れた。
そこで久しぶりにあった京太郎は、順当に美青年に成長しとった。
ウチは病弱が治ったくらいしか変わっとらんかったんやけどな。
ちょっと遊んで、喫茶店でお茶して、聞くタイミングを計っとった。
結局、そのタイミングは夕方に公園行くまで見つけられんかった。
「なあ、京太郎。変なこと、聞いてもええか?」
「はい?なんでしょう、怜さん」
半ば無理矢理、ウチは京太郎に尋ねる。ずっと気になっとったことを。
「京太郎はこの2年間、ずっと麻雀頑張れたん?」
「はい、頑張りました。個人的にはまだまだだと思ってますけどね」
「嫌になることって、無かったん?」
「そりゃあ、いくつもありましたよ。俺には咲たちみたいな能力は無かったですし、雑用は他に任せられないでしたし……」
「そん時にさ……自分の限界やとか、もうやめてまおうとか、思わんかった?」
「…………実は、一度だけ。初めてそういった気持ちになった時に思いました」
「やったら!なんでやめんかったん?ずっと続けて、ほんでこうして結果までも出してまうほどに……
そこまで頑張り続けられる理由って、なんやったん?ホンマは限界って思ってへんかったんか?」
「……一つの目標と、そして一つの歌の歌詞。それに助けられました」
「歌詞……?なんや、それ?」
「聞いてみますか?今も愛-podに入れてますんで」
そこで聞かされた歌詞。それはウチの心に響いた。
ウチは、努力しとるつもりでずっと逃げとったかも知れへん。そう思わされた。
「いい歌詞でしょう?」
「……せやな」
「”自分を投げ出さず生きた今日を、褒め続けられる日々を送ろう”。実践は難しかったですけど、大事なことでした」
「”君にしか分からなくたって楽な道を選ぶな”、か。ウチは選んでもうてたんやろうなぁ……」
「……怜さん。もし、能力に頼っていたことをそう言っているのなら、それは半分は間違いです」
「っ!?な、なんで京太郎がそのことを?!」
「竜華さんから聞きました。どうしたらええんやろ、って随分沈んでましたよ」
「……結局、ウチは竜華には心配掛けてばっかやな……でも、半分って?」
「能力を鍛えて使いこなせるようにすること。それは別に逃げなんかじゃないからですよ。
でも、竜華さんの言を借りるなら、もっと素の雀力も鍛えておいた方がよかったですね」
竜華も京太郎も分かっとったこと。やのに、ウチだけが分かっとらんかったんやな。
気付かされてちょっと悲しくなったけど、それでもこうも思った。
「ウチ、今からでも間に合うかな?頑張ったら、ちゃんと結果出るかな?」
「どうでしょうね?それこそ、”自分を信じて”頑張ればきっと、としか」
「せやね……おし!ウチ頑張るわ!竜華にこれ以上迷惑もかけられへんしな!」
そうやって気合入れた後に、フッと気になったんやったな。そんで、何気なく聞いたんや。ウチの人生が変わることになることを。
「そういや京太郎、目標ってなんやったん?インハイ出ることか?」
「あ、いえ、そうではなくて…………うん、よし、行こう……」
小さく呟いた京太郎の声も、まだはっきりと思い出せるわ。
「怜さん。俺、麻雀強くなりました。それで、確かに怜さんの言った通りになりました」
「言った通り?……あぁ、モッテモテってやつか。なんや、そんな俗な――――」
「ですが!俺はたった一人にモテたら、それで十分だったんです!」
「へぇ……ええやん、一途なその目標。それやったらウチも応援出来るわ。で、誰なん?お姉さんにちょっと教えてみ?ほれほれ~」
「怜さん」
「ん?なんや?もしかして秘密か?」
「いえ。ですから、怜さんなんです」
「へっ?…………ええええぇぇぇっっ!?」
「こうやって自分の決めた水準まで達した今だから言います。
怜さん、良かったら俺と付き合ってください!お願いします!」
真剣な京太郎の気持ちは十分に伝わってきた。
やからウチも真剣に考えて、そんで答えたんや。
「…………ごめん、京太郎」
「っ!そ、そうですよね……す、すいません、俺なんかがいきなr――――」
「ウチはまだ、今の自分やと京太郎に釣り合えてないと思っとる。
やから、ウチはこれからまた、麻雀を頑張る。”自分自身を信じて””逃げずに”頑張ったる。
ほんで、ウチが満足出来たら……そん時にまだ京太郎の気持ちが残っとったら……そん時は……」
「……待ってます」
「へ?」
「待ってますよ。いつまででも。俺の気持ちはちょっとやそっとじゃ変わりませんから!」
爽やかに笑った京太郎のこん時の顔も、鮮明に記憶しとるわぁ。
そっからはウチ自身でもビックリするくらい頑張ったな。
竜華にまた一から教えてもらって、ネト麻も雀荘も、出来ることは全部やった。
そうやって頑張って頑張って……4回生、大学最後の大会。そこでついにインカレ決勝の卓にまで入ることが出来たんや。
さすがにそこでかっこよく勝つことは出来んくて、3位やったけど……
それでも、ようやくウチは”満足”出来て……
今、ウチは”あの時”の公園におる。
さっきから緊張のせいで心臓はバクバク言っとるけど。足はガクガク震えとるけど。
それでも、ウチは今日、言うんや。
覚悟を改めたその瞬間、公園の入り口に人影が現れた。
陽に眩しく光る金髪。スラっとした身長。人の好さそうな笑み。
京太郎や。
「すいません、怜さん。遅くなりました。それで、あの……お話って?」
向こうも分かっとるみたいやけど、あえてとぼけてくれとるみたいやな。
さあ、怜。今こそ勇気を持って。”逃げるな”!
「京太郎。ウチもずっとあんたのことが――――」
カンッ!
最終更新:2015年06月17日 02:58