『この本でいいか?』
私が本棚の高いところを睨み付けていたら、彼は手を伸ばして目当ての本を取ってくれた。
同じクラスで、隣の席の男の子。
名前は確か……須賀京太郎くん、だったかな。
『よろしくな、宮永』
クラス委員決めの時。
私は風邪で休んでいてその場にいなかったので、勝手に決められていた。
図書委員だから、別に不満はなかったけど。
少し驚いたのは、彼も図書委員になったこと。
ジャンケンで決まったって、彼は言ってた。
『え……家、隣だったのか』
少し、驚いたような顔。
言われてみると、彼と一緒に帰ったのは初めてだった。
彼はハンドボール部で、私は麻雀部。
こうして帰るタイミングが重なるのは、珍しかった。
『照』
『名前で、いいよ』
『改めて、よろしくお願いします?』
『ふふ……』
『よろしくね、京ちゃん』
『良かったらさ、今度の試合見にこないか?』
ハンドボール……のルールはよくわからないけど。
練習試合の中で、背が高めの京ちゃんはよく目立っていた。
将来はスポーツ選手になったりするのかなって、『この時は』思ってた。
『ん? ま、レギュラーだし自信はあるけど……考えたことはねぇなあ』
何となく進路の話をしてみたら、返ってきたセリフ。
あれだけ目立ってたら引く手数多な筈なんだけど、どうも自覚はないみたいだった。
……なんて、考えてたんだけど。
京ちゃんが特別に目立っていたわけじゃなくて――私が京ちゃんしか見てなかったんだって、気が付いたのはもっと後の話。
『ほら、危ないぞ』
本を読みながら通学路を歩いていたら、京ちゃんが私の手を引いた。
数歩先にある段差。このまま歩いていたら、足を引っ掛けて転んでしまうところだったみたい。
『ありがとう』
『なら本はしまえよ。また転ぶぞ?』
そしたら、京ちゃんがまた引っ張ってくれるでしょ?
そう言ったら、京ちゃんは私のおデコを軽く小突いた。
『ばーか』って、京ちゃんは笑って。
それからずっと、京ちゃんは私の隣で手を握ってくれた。
そして、今。
あの日みたいに、京ちゃんは私の手を取って。
京太郎「俺と、結婚してください」
私の指に。
ダイヤモンドの、指輪をはめた。
驚きとか、喜びとか。
色んな気持ちがぐちゃぐちゃで、爆発して。
何かを言いたくても言葉にならなくて。
「……はい!」
私は、泣きながら、頷くことしかできなかった。
……さて。
普通なら、めでたしめでたしで終わる話なんだけど。
「おめでとうございますっ!!!」
焚かれる無数のフラッシュに、けたたましいシャッターの音。
我に返って現状を振り返ると。
「……あっ」
ここは、優勝記者会見を終えた後の、廊下だった。
自分で言うのもなんだけど、私は新人プロとして大きく注目を浴びている。
こんな時に、パパラッチが食いつかないわけがなかった。
マイクやカメラを向けられても、いつもみたいに気の利いたコメントは言えない。
「よっと」
固まっている私の腰に手を伸ばして、京ちゃんは私を抱き上げた。
お姫様だっこ。密かに菫が憧れていた状態。
注目を浴びる京ちゃんは、そのままカメラの前で、見せ付けるように――私に、キスをした。
再度、湧き上がる歓声。焚かれるフラッシュ。
「すいません、ちょっと通りますよ」
京ちゃんは私を抱き上げたまま、群がる報道陣の波をかき分けるように進んでいく。
情けなかったり、ヘタれることも多いクセに。
今夜の彼は、凄く強引で。
お陰様で、この後の予定を全てすっぽかしてしまった。
その後も、色んなことがあった。
私をアイドル的に売り出そうとしていた人が頭を抱えたりだとか。
先輩と試合をすると、必ず私が優先的に狙われたりだとか。
子どもが牌のおねえさんにハマったりだとか。
ストーカーみたいな人がいたりとか。
とにかく、色んなことが目まぐるしくあって。
私が転びそうになった時は、いつも京ちゃんが引っ張ってくれた。
――春の日差しは暖かく、風は涼しい。
同窓会で久しぶりに訪れた母校の屋上から見る景色は、結構変わっていた。
アレから何年も経っているから、当たり前だけど。
やっぱり、寂しいと思う気持ちはある。
卒業アルバムの写真と、眼下のグラウンドを比べて見ても、細かいところが変わってるし。
流石に年をとったなぁ、と実感する。
……こう言うと、恐ろしい顔をする先輩方を見てうちの子が泣くから、口には出せないけど。
……でも、絶対に変わらないこともあって。
「また、こんなとこで本読んでんのか」
後ろから、苦笑と溜息。
振り向かなくたって、例え声がなくたって、誰だかわかる。
私はアルバムを閉じて、ゆっくりと振り向いた。
「それじゃ、行こっか――京ちゃん」
カンッ
最終更新:2015年06月15日 11:13