http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1354280210/



いつからだろうか。

「負けてもいい」と思わなくなったのは。




久「ツモ。これで逆転ね」

和「ふぅ……捲られてしまいましたか」

京太郎「うぅ……また俺がラスか……」

優希「はっはっは、犬ごときが私に勝とうとは百万年早いわ!」

まこ「お前さんも、威張れるほどの点ではないじゃろ」

優希「とっ、東場だけなら私がトップだったじょ!」

京太郎「いっつもそれだろ、お前は」

優希「なっ、なにをー!」








なぜなのだろうか。

みんなの下にいることに、耐えられなくなったのは。









京太郎「なぁ、咲。前から気になってたんだけどさ」

咲「どうしたの、京ちゃん」

京太郎「なんでお前、いつも槓材が入ったり嶺上牌が分かったりするんだ?」

咲「え、えぇ……それは、何と言うか……自然にと言うか……何となく?」

京太郎「何となくで済むわけねーだろ、あんなに連発されりゃあ」

咲「と言われても……」

京太郎「はぁ……俺も咲みたいに、欲しい牌を都合よく引けたら少しは勝てるかもしれないのになぁ……」

咲「京ちゃんだって、欲しい牌を引けたことくらいあるでしょ」

京太郎「そりゃ何度もあるけどさ、肝心な時に引けずに負けるんだ」

京太郎「そう……俺は、ここぞって時に欲しい牌が引けたことは一度もないんだよ」

咲「そうなんだ……」

京太郎「咲と何が違うのかなぁ、俺は……」

咲「うーん……ちょっと考えてみたんだけど、京ちゃんは『この牌で和了れる』って思って引いたことないんじゃない?」

京太郎「は?」

咲「私はいつも嶺上牌を引くときは『この牌が和了り牌だ』って信じてる。牌のことを信じてる」

咲「だから……その気持ちに、牌が応えてくれるんじゃないかなって、ふと思ったんだ」

京太郎「何だそりゃ。信じるだけで引けるわけないだろ」

咲「そんなことないよ。麻雀が好きなら、きっと引けるようになるよ」



咲「愛する麻雀を、牌を、信じる気持ちがあれば……」






――――――――その言葉は、俺の心の奥深くに――――――――






咲「きっと、京ちゃんにも引けるよ。京ちゃんの、和了り牌を」






――――――――溶けて、消えていった――――――――





京太郎(……結局、気持ちなんか関係なかったんだ)

京太郎(俺と咲の差は、牌を愛しているかどうかじゃない。牌に愛されているかどうかだ)

京太郎(咲は牌に愛され、そして俺は……牌に、愛されなかった)

京太郎(努力だけでは、埋めることのできない壁がある。俺と、咲のような……魔物たちとの間には)

京太郎(そんな俺が、勝ち進むためには……方法は一つしかない)






京太郎「……リーチ」






京太郎(何かを犠牲にしてでも……)

京太郎(一方的に敵を蹂躙できるほどの、圧倒的な力を得ること!)

えり「……結局、順当に前チャンピオン宮永照の連覇で終わりましたね」

咏「結果だけ見れば確かに順当だねぃ。でも、彼女の優勝への道のりは決して平坦なものじゃなかった」

咏「荒川憩、神代小蒔、原村和……彼女らとの対戦は、彼女にとっても楽なものじゃなかったはず」

咏「特に、決勝戦の宮永咲との熱戦……最後の最後まで、どちらが勝つか私にも分からなかった」

えり「宮永咲……団体戦優勝の清澄高校の、大将ですね」

咏「宮永照は今の力ですら、即プロに放り込んでもそこそこやれるだろうさ」

咏「彼女のような有望な若者が、どんどん現れてくるんだ。私もうかうかしてはいられないかもねぃ」

えり「……そういえば、今年からエキシビジョンマッチをやるんでしたね」

咏「そうそう。男女の各個人戦優勝者と、プロ2名で戦うアレ」

えり「女子の優勝者は宮永照……彼女にしてみれば、今の力を試すチャンスといったところですか」

咏「それはどうかな。しょせん非公式のおまけバトルだから、彼女はともかくプロ側はどこまで本気だか」

えり「そういうものですか……そういえば、男子の部はどこまで進んだんですか?」

咏「ちょっと遅れて、今は準決勝って聞いたよ。ね、ね、今から見に行こうぜ!」

えり「はぁ……構いませんけど……」

咏「いや~、男子の部も楽しみだなぁ」

えり「なんだかずいぶん、ワクワクしているように見えますが」

咏「男子も女子に負けず劣らず、強い子がいっぱいいるからねぃ。どんな奴がいるのか楽しみってのもあるし、さらには」

えり「さらには?」

咏「噂によると、とんでもなく強い奴がいるらしいんだよ。しかもなかなかのイケメンだとか」

えり「とんでもなく、強い……?」

咏「どんだけ強くて、どんな顔してるんだろうなぁそいつ。楽しみで仕方ないさ」

えり「あの……一つお聞きしますが、強さと顔、どちらを楽しみにしてるのですか?」

咏「決まってんじゃん、両方!」

えり「……………………」

咏「……お、着いたな。さすがに観戦者も沢山だ」

えり「モニターによると……ちょうど真っ最中みたいですね」

咏「ほうほう、さすが準決勝まで残った連中だ。かなりのつわもの揃いだねぃ」

えり「見ただけで、分かるのですか?」

咏「強者からはそういうオーラってものが発せられるんだよ。えりちゃんは、感じないか?」

えり「わ、私は麻雀は素人なので……」

咏「宮永照からももちろん感じたし、今打っている彼ら……モニター越しからでも、十分わかるさ」

咏「例えばAブロックの方の準決勝は、あの七三分けの彼がヤバい。彼は相当デキるねぃ」

えり「そうなんですか……」

咏「Bブロックの方の準決勝では……トップがずいぶん独走してるな。何て子だい、彼は?」

えり「少々お待ちを、今確認しますね」

咏「やっぱりオーラも、彼から圧倒的に強いものを…………感…………」

咏「…………じ…………」

咏「…………………………………………」




咏(え?)


「ロン、タンピン三色ドラ1。8000」




咏(おい……ちょっと待て……)




「ツモ、リーヅモ七対ドラドラ。3000・6000」




咏(なんだこいつは……高校生だろ、そんな……ありえない……)




「ロン、発中チャンタドラ1。7700」




咏(こんな……こんな、奴が……)

咏(存在、していいのか…………?)


カラーン

えり「三尋木プロ、扇子落としましたよ」

咏「…………」

えり「三尋木プロ?」

咏「…………えりちゃん」

えり「え?」

咏「…………彼…………何者だい?」

えり「えっと、今の子ですよね。彼は、清澄高校一年の」




「リーチ」




えり「須賀、京太郎……という名のようです」

咏「須賀……京太郎……」




京太郎「ツモ」

京太郎「リーチ一発ツモ……海底撈月。4000オール」




『決まったぁーっ! 初出場ながらも、ダントツのトップで決勝進出!』

『強い! 圧倒的に強い!』

『清澄高校一年、須賀京太郎選手! この強さは本物だぁーっ!』


まこ「お疲れさん、咲」

優希「準優勝なんて凄いじぇ! さすが咲ちゃんだじぇ!」

咲「う、うん、ありがとう……やっぱりお姉ちゃんには届かなかったけど……」

和「でも、素晴らしい戦いでした」

久「……不思議なものね。去年まで大会にも出られなかった状態だったのにね」

優希「まるで酷い配牌だったのが、国士無双に化けたような気分だじぇ!」

久「あら、昔からいる私は酷い配牌だったのかしらねぇ~?」

優希「じぇっ! そそそ、そういう意味では……!」

まこ「こらこら、優希をからかうのはやめんしゃい」

和「ふふふ……」




池田「おーい、清澄ー!」

透華「見事な戦いぶりでしたわ、皆さん」

ゆみ「うむ、素晴らしい結果だな」

咲「あ……風越と龍門渕、鶴賀の皆さん……」

久「ありがとう。みんなもわざわざ東京まで応援に来てくれて」

一「いやいや、ボクたちも楽しかったよ」

睦月「こちらも、勉強させていただきました」

池田「でも、来年こそはキャプテン率いる風越が優勝をいただくし!」

美穂子「か、華菜、私卒業するんだけど……」

純「オレたちも今度は負けねえぜ」

蒲原「ワハハ、じゃあうちもだー」

妹尾(私たちはそもそも来年出られるのかな……)



久(……思えば、ここまでの道のりは険しいものだったわね)

久(県予選での龍門渕戦は今考えても勝てたのが不思議なくらいだし……)

久(全国でも宮守、永水、姫松、有珠山、臨海……そして白糸台。どの学校も、紛れもない強敵だった)

久(またあの舞台に立つには、これらの強豪と再び戦わなければならないけど)

久(きっと、皆ならやってくれるはず。咲たちなら、きっと)

蒲原「それにしても、本当に清澄は大活躍だったなー」

ゆみ「団体戦は優勝、個人戦は準優勝だからな」

池田「いやいや、もしかしたらそれだけじゃ済まないかもしれないし」

美穂子「他にも何かあるの、華菜?」

未春「あれ? キャプテン、知らないんですか?」

池田「清澄、もう一つタイトル取りそうな勢いなんですよ」

美穂子「もう、一つ…………?」




池田「今やってる男子の部個人戦で、須賀京太郎とかいう清澄の一年が決勝に進んだみたいだし!」

「「「「……………………!」」」」

美穂子「ええっ!? け、決勝に!?」

池田「ネットでも、イケメン強豪男子として評判ですよ」

未春「その暴力的なまでの圧倒的強さに、ヘルカイザー京というニックネームまで付いていると聞いています」

モモ「は、初耳っす……」

ゆみ「なんだ、そんな強い部員がいるのなら話してくれてもよかったじゃないか、久」

久「あ……う、うん……」

智紀「…………」

一「須賀君……か……」

福路「龍門渕の皆さんは、ご存じだったんですか?」

透華「え……えぇ、まぁ……」

池田「?」

咲「…………京ちゃん…………」

まこ「京太郎は……きっと、この大会を最後に麻雀部を辞めてしまうじゃろう」

未春「えぇっ!?」

ゆみ「ど、どういうことだ!?」

和「……須賀君は、元々はとても弱かったんです。それこそ、初心者同然に」

和「それが、全てを犠牲にすることで……圧倒的な力を得てしまったんです。誰一人、太刀打ちできないほどの」

モモ「ど、どういうことっすか?」

池田「華菜ちゃん、話が全然見えないし!」

久「……そうね、話しておくわ。須賀君のことを」

久「かつて私たちの仲間だった、一人の男の子のことを…………」





透華(……………………)

透華(あら…………?)

透華(そういえば、衣はどこに?)

京太郎(もう少しで、決勝開始か……)

京太郎(体の方はもう、この力には慣れた。具合が悪くなることはない)

京太郎(今までの相手も、皆県予選を勝ち抜いた猛者だが……全く寄せ付けず、ここまで勝ち上がることができた)

京太郎(これが、清澄のみんなが……咲が、見ていた景色。高校麻雀の頂か)

京太郎(ここまで来るのに、何を犠牲に……いや、考えるのはよそう)

京太郎(後悔など、100点棒の一本ほどもしていないのだから)

京太郎(そう、俺は後悔なんかしているはずは……)




京太郎「……………………」

京太郎「県予選前の……満月の晩以来ですね」

京太郎「お久しぶりです、天江さん」

衣「…………京太郎…………」

京太郎「東京に来たのは、清澄の応援ですか?」

京太郎「それとも……俺を、止めに来たんですか?」

衣「……決勝の舞台まで来たお前に、この場で力を捨てろとは言わぬよ」

衣「それに、衣が何を言っても聞く耳持たぬだろう」

衣「だが、それを承知で言わせてもらおう。もう、これっきりにしてほしい」

京太郎「……どういうことです?」

衣「衣は辛いのだ。闇の道を歩み続ける京太郎を見ているのが」

衣「そして、その京太郎を見ている清澄の面々を見ているのが……たまらなく、辛いのだ」

衣「何せ、今の京太郎を生み出してしまったのは、他ならぬこの衣なのだからな……」

京太郎「……………………」

衣「お前は、自分だけ力がないことに……舞台に立てないことに、絶望を抱いていた」

衣「だが、この大会でお前は、誰も彼をも魅了するほどの華々しい麻雀を打ち抜いた」

衣「須賀京太郎の名は、大会の記録にはもちろん……全国の観衆全ての記憶に深く焼きついたことだろう」

衣「ならば、もう十分じゃないか。これ以上、何を望むというのだ」

京太郎「……天江さん。あなたには感謝しています」

京太郎「そのあなたに負担を強いてしまったことは、申し訳なく思います」

京太郎「でも……俺はやっぱり、この力を捨てることはできません」

衣「……どうしてもか?」

京太郎「俺だって、本当に心から望んでこの道を歩んでいるわけではないです」

京太郎「出来ることならば、今まで通りの生活の中で、この舞台に立ちたかった」

京太郎「でも、気付いてしまったんです。あの、女子団体県予選の日で」

衣「…………」

京太郎「俺には、悪待ちを和了る力はない」

京太郎「気付かれずリーチをかける力も、捨て牌を見えなくする力もない」

京太郎「嶺上牌や海底牌で確実に和了る力もない」

京太郎「そして……槓を繰り返し、役満を作り出す力も……ない」

京太郎「素人でもわかります。そこには……努力だけでは埋めることのできない、魔物たちとの壁がありました」

衣「京太郎…………」

京太郎「俺は勝ちたいんです。望んだ牌を引くことのできない俺でも、そんな連中に勝ちたい」

京太郎「だから……俺は、この力を捨てることはできません」

衣「…………だが」

京太郎「……そろそろ決勝の時間です」

京太郎「もう、俺には関わらないで下さい。お互い、苦しむだけでしょうから」

京太郎「では、失礼します」

バタン





衣(…………京太郎…………)

衣(お前の苦悩は理解できる……勝つための力を欲するのもわかる……)

衣(だが、なぜなのだ。京太郎よ)

衣(なぜ、お前は……そこまでして、勝ちたいのだ……?)

ガチャリ

京太郎(ここが、決勝の舞台か……)

京太郎(……咲の奴は、個人戦準優勝……)

京太郎(あの気弱で泣き虫な咲が、準優勝……全く、大したもんだ……)

京太郎(だが、俺は咲には負けない……優勝して、お前を完全に超えてやる)

京太郎(見てろよ、咲、和、優希、部長、染谷先輩……)




竜「一年坊……あンたの背中は一人もしょえない、やめなよ麻雀は……」

京太郎(俺こそが最強だってことを……見せてやる!)


『それでは、いよいよ男子個人戦決勝開始です!』


久「……これが、彼に関する事実よ」

美穂子「そんなことが……」

ゆみ「強さを求めるために、他の全てを犠牲に……か」

透華「彼があの日、龍門渕を訪ねて来た時……確かに感じましたわ。強くなりたいという強い意志と……若干の、狂気を」

透華「ですが、ここまでとは……衣も、私たちも、全く予想していませんでしたわ……」

久「私も気付いてあげられなかったわ……彼がそこまで、自分の力にコンプレックスを抱いていたなんて」

久「もう少し私が彼に気を配っていれば……こんなことは、避けられたかもしれないのに」

和「ぶ、部長のせいじゃありませんよ!」

優希「そうだじぇ! 一人になってまで強くなりたいなんて考える、あいつがどうかしてるじぇ!」

池田「……私は……正直、ちょっとわからないでもないな。須賀君の気持ちが」

未春「華菜ちゃん……?」

池田「私もさ、あの決勝戦……天江衣にボロボロにされた時、やっぱり思ったよ」

池田「もっと自分が強ければ、こうはならなかった。もっと自分が強ければ、みんなを勝たせてあげられた……って」

池田「でもそれは、大好きな仲間を捨ててまでやることじゃない。それで得た強さに、意味なんかない」

美穂子「華菜……そうね、私もそう思うわ」

純「ああ、そうだな。あいつのやり方は、絶対に間違っている」

和「でも……須賀君は、そのことに気付かなかった。何としてでも、強くなりたかったんですね」

咲「……………………」

ゆみ「……男子は、今決勝の真っ最中だろう。行ってみなければな、彼を見に」

久「……ええ」




咲(……京ちゃん……)

咲(京ちゃんは……自分のやり方が間違ってるって……)

咲(本当に、気付いていなかったの?)

咲(私は知ってる。京ちゃんが、本当はとても優しい人だってことを)

咲(私は知ってる。京ちゃんが、影でどれだけ部のために働いてきたかを)

咲(そんな京ちゃんが、麻雀部を捨ててまで強くなるってことが間違ってるなんて、気付いてないとは思えない……)

咲(でも、もし気付いてたのなら……)




優希「咲ちゃん、行くじぇ」

咲「あ……うん」




咲(京ちゃんが、もしそのことに気付いてたのなら……)

咲(京ちゃんは、どうして……そこまでして、強くなりたかったの?)

咲(教えてよ……京ちゃん……)

咏「決勝でも相変わらず、トップ独走……か」

えり「こんなに強い選手が眠っていたなんて、驚きですね」

咏「……えりちゃん、私が彼に驚いたのは、その強さじゃないんだよ。いや勿論、強さもだけど」

えり「と、言いますと……?」

咏「麻雀ってのは元々、競技ではなく娯楽の一種さ。勝つことよりも、楽しむことが第一だ」

咏「だけど、こういう大会やプロの試合になると、その目的が勝つことにすり替わってしまう」

えり「ですが、それは仕方ないことなのでは……」

咏「その通りさ。変な言い方だけど、勝利のみ求めてるように見えても……みんなそれを含めて、麻雀を楽しんでるんだ」

咏「県大会を勝ち抜くほど、打ち込んできたんだ。この大会の参加者に、麻雀を好きじゃない奴なんか、一人もいないはずなんだよ」

咏「そう……彼一人を除いてね」

えり「彼が……麻雀を、好きではない?」

咏「元々は好きだったはずなんだろうけど……今はむしろ、憎んですらいるように見えるよ」

咏「麻雀とは本来、青少年に希望と光を与えるもの。彼の華々しい麻雀は、日本全国の視聴者を魅了しているだろう」

咏「でもその傍らで、彼が対局相手にもたらすものは、恐怖と闇。そこには、相手へのリスペクトなんかひとかけらも存在しない」

咏「ただ貪欲に、勝利のみ求める……そんな高校生、かつて一人でも存在しただろうかねぃ」

えり「ヘルカイザー京……と、言われるわけですね」

咏「なぜ彼が、そんな道を歩んだかは知る由もないけど、彼は間違った道を歩んでいるはずなんだ」

えり「……負ければ彼も、気付いてくれるんでしょうか?」

咏「かもしれないねぃ。だけど……」




『決勝戦もついにオーラス! 優勝候補筆頭の竜選手を抑え、トップは初出場の須賀選手!』




咏「彼に勝てる者は、この大会には……ただの一人も、いなかったみたいだ」


衣「む……お前たち、大勢でどこに行ってたのだ?」

透華「こっちのセリフですわ! 迷子のアナウンスを出そうかとすら思いましたわよ!」

衣「こ、衣は子供じゃないっ!」

優希「それより、決勝はどうなってるじぇ?」

衣「オーラスで、京太郎がダントツのトップだ。幸いに……とは、とても言えぬがな」

まこ「京太郎……ついに、ここまで……」

和「信じられません、あの須賀君が……」

咲「京ちゃん……」

京太郎(あと一局……それで優勝)

京太郎(清澄の雑用係でしかなかった時から二ヶ月……我ながら、よくここまで来たもんだ)

京太郎(誰にも勝てなかった俺が、最強の高校生だ……)

京太郎(これで、清澄麻雀部ともお別れだ。俺は、一人で戦い続ける)




竜「一年坊……その力、真っ当なもんじゃないな……」

京太郎「…………」

竜「あンた、背中が煤けてるぜ……」

京太郎(背中が煤けている……か、そうなのかもな。でも……)

京太郎(俺は、望んでこの道を選んだんだ)




京太郎「……カン」




ズォッ!

咲「…………」ゾクッ




咏「……!」






小蒔「……ん……」

巴「あら、お目覚めですか?」

小蒔「……今、何か強大な力を感じました。禍々しいほどの、何かを」

初美「わずかですが、私も感じ取れましたよー。方角的には……男子の会場の方ですか?」

霞「小蒔ちゃんのように、神を降ろせる殿方がいらっしゃるのかもしれませんね」

小蒔「……いえ、神の力とは異質のものだと思います。ですが、もし神の力であったならば……」

小蒔「それはきっと、悪鬼と呼ぶべきものなのでしょう」



洋榎「うわっ、靴紐が切れてもーた……」

恭子「なんや、不吉やなぁ」

絹恵「不幸な事故でも起こるんとちゃう、お姉ちゃん」

洋榎「……ん……」

洋榎(不幸な事故……か)

洋榎(これから起こるのか……もしかしたら今、どこかで起こっているんかもな……)



シロ「……なんだろう、今の……」

胡桃「どうかしたの、シロ?」

シロ「男子会場の方から……物凄く、異常な感じがした……神代とか、ここで会った一部の打ち手のような」

塞「そんな遠くから? とんでもない化け物がいるのね、男子の部は」

エイスリン「…………」バッ ← 仏教地獄絵図みたいな絵

胡桃「豊音、サインでも貰いに行く?」

豊音「そうだねー、ついでにみんなでお手合わせをお願いしてみようか? せっかく東京まで来たんだし」

胡桃「でもどれだけ強くても相手が一人なら、塞がいればさすがに勝負にならないんじゃない?」

塞「私、すっごい疲れそうだけどね……」

シロ「……やめておいた方がいいと思う」

胡桃「何で?」

シロ「うーん……何となくだけど……」

シロ「今の人とは、打っちゃいけない気がする」



淡「ねぇねぇ、照。今の気付いた?」

照「……うん……」

淡「凄かったねぇ。なんて言うか……おどろおどろしいって感じ?」

照「…………」

淡「この大会で見た人たちとは、何か違うよね。一体誰なんだろ」

照「…………」

淡「照?」



照(今の感じ……)

照(…………)

照(どこか……懐かしいような……)

京太郎(見てるか……咲)

京太郎(これが、俺の力だ!)






衣「…………」

衣「須賀……京太郎……」

衣「地下より生まれし……怪物……」






京太郎「ツモ、嶺上開花。400・700」

京太郎(優勝……か)

京太郎(昔の俺みたいに、ほとんどの人は雲の上の話と思うも、欠片ほどの期待を胸に抱き)

京太郎(一部の人間は、本気でその座を目指し切磋琢磨している……)

京太郎(全国の頂点。高校生プレイヤーの、誰しもが憧れる場)

京太郎(これが、あの5人の……咲たちの、立った頂)

京太郎(でも……なぜだろうな)

京太郎(そこまで、感慨深くもないのは)




スタッフ「須賀選手、そろそろ対局場を移動をお願いします」

京太郎「……わかりました」


京太郎(……きっと、現実のその地位が手に入ってしまったからなんだろう)

京太郎(ハッキリしていることは、この力を得なければ……ずっと、昔の弱い俺のままだった)

京太郎(みんなが全国の舞台で戦っている時も、指をくわえて眺めていることしかできないままだった)

京太郎(咲みたいに、俺も活躍したい。全国の場で、勝ち進みたい)

京太郎(あんなに強く思っていたことだ。嬉しくないわけがないはずだ)

京太郎(……いや、何も考える必要なんてない。今の俺にできることは、ただ上を目指す……それだけなのだから)



京太郎「もう入室して、いいんですか?」

スタッフ「はい。小鍛治プロと三尋木プロが到着し次第、開始致します」

京太郎「……女子の、チャンプは?」

スタッフ「もう入室済みです」

京太郎「……わかりました。では」



ギィッ


照「……さっき、感じた力。なんとなく覚えがあった」

京太郎「……お久しぶりです。照さん。俺のこと、覚えていてくれたんですか」

照「昔から……咲が、ずいぶん懐いていたから」

京太郎「…………」

照「驚いた。京ちゃんが、そんなに強くなってたなんて」

京太郎「俺がこの場に立っていられるのは、奇跡の産物ですよ。本来、そんな力は俺には無かった」

照「だとしたら……その力のために、一体何を犠牲にしてきたの?」

京太郎「……どういうことです?」

照「個人戦決勝……対局が終わった後、少しの時間だけだけど……咲と、何年かぶりに会話をした」

照「咲は、私と会うためにこの大会に参加したみたいだけど……その咲の第一声、わかる?」

京太郎「……いえ」

照「ずっと心待ちにしていた姉との会話で、最初に切り出したのは……自分のことでも、私のことでもなかった」

照「震えながら、か細い声で……『京ちゃんを、止めてあげて』って、言ったんだ」

照「これから、この場で京ちゃんと対局する、私に向かって」

京太郎「……咲が……」

照「色々と積もる想いがあったはず。負けた悔しさも、再会の感動も」

照「話したいことは山ほどあっただろうに、与えられたわずかな時間の中で、咲の言った言葉は……それだった」

照「自分の想いを押し殺し、京ちゃんの心配をしていた」

京太郎「…………」

照「京ちゃんがどういう経緯でここに立っているのかは分からないし、今更姉ぶる気もない」

照「でも、もし今の京ちゃんが、誰かを不当に悲しませた末の結果なのだとしたら」

照「私は……この勝負、負けるわけにはいかない。京ちゃんの、ためにも」

京太郎「……無理ですよ。俺も、もう止まれないんです」

照「だったら、止めてみせる。私が」

京太郎「…………」

京太郎(照さん……咲だけでなく、俺のことも心配してくれているのは有難く思います)

京太郎(でも……すいません。今回は……)



ギイッ

健夜「お待たせしました」

咏「…………」

京太郎(あなたの相手をしている余裕は、なさそうなんですよね)

健夜(この子が、須賀京太郎……)

健夜(カメラを通してでも、思ったけど……やっぱり直に見ると、桁が違う)

健夜(こんな高校生、今まで見たことない。私や咏ちゃんでも、油断すると、やられかねないほどの力が既にある)

健夜(でも、その力は……本来、この場に似つかわしくない、黒きもの)

健夜(……どうして、こんな子が生まれてしまったのかなぁ……)



咏「須賀君……だね」

京太郎「はい。今日は、よろしくお願いします」

咏「あっはっは、非公式のおまけ試合だ、気楽にやりなよ……って言いたいところだけどさ」

咏「悪いけど、こんなに負けられないって感じているのは、初めてさ」

咏「この大会の、目的って知ってるかい?」

京太郎「誰が、どの学校が高校最強か決めること……ですか?」

咏「それも勿論あるねぃ。だけど、一番の目的はそういうことじゃない」

咏「この大会の参加者は、誰もが上を目指して努力してきた」

咏「努力を積み、仲間とも協力し……研磨を重ね、強い意志を持って戦ってきた」

咏「結果、敗れてしまった者も、それまで培った努力や、仲間と作った思い出は、一生モノの宝物になるだろう」

咏「そういう、青少年の健全な育成ってのが、一番大切なことなのさ。そっちの女の子は、そのことを体感しているはず」

照「…………」

咏「須賀君。君だって元々は、そういう類の人間だったはずだ」

咏「勝てば喜び、負ければ悲しみ……仲間と共に、目標へ向かって走り続けていたはずだ」

京太郎「目標……」



『タコス力、充填だじぇ!』


京太郎(そう、俺には目指すものがあった)





『ほいじゃあ、行ってくるかのー』


京太郎(でも、それはあまりに遠くて)





『悪い待ちにしても……いつも、勝っちゃうのよね』


京太郎(その時の俺では、まるで手が届かなくて)





『見えるとか見えないとか、そんなオカルトありえません』


京太郎(だからこそ、俺は……)

『ツモ。清一、対々、三暗刻、三槓子、赤1――――――嶺上開花』

『32000です』


京太郎(強くなりたいって、思ったんだ……)







京太郎「…………」

咏「おせっかいだと思うだろうが、その時の心を……この麻雀で、思い出してほしいね」

咏「せっかく、グランドマスターまでいるんだ。須賀君ほどの奴でも、相手としては申し分ないだろうから」


京太郎(首位打点王で、日本代表の先鋒、三尋木咏)

京太郎(そして……グランドマスター、小鍛治健夜)

京太郎(二人とも紛れもない、トッププロ……その強さは、間近で見ると対局せずとも何となくわかる)

京太郎(どのくらいの差があるのかは、分からないが……きっと、今の俺よりも少し上だろう)

京太郎(ならば、この勝負……やることは、一つだけだ)

京太郎(俺は……さらに、上を目指すって決めたんだから)






『それでは、対局を開始してください』


「「「「よろしくお願いします」」」」

【東1局 親:咏】



咏(東一局……確か宮永照は、最初の局は和了らず様子を見る傾向にある)

咏(須賀京太郎は、東一局だろうと何だろうと、関係なしにガンガン仕掛けてくる)

咏(何にせよ、争う相手が一人少ないのは助かるねぃ。この親番はぜひとも和了っておきたいところだ)

咏(配牌も……ツモも悪くない。いいスタートが切れそうだ)



健夜(……ちょっと微妙、かな)

健夜(咏ちゃんの親番は怖いから、さっと流したいところなんだけど……)

健夜(まぁ、この面子で怖くない人なんていないか)

咏(よしっ、張った!)

咏「リーチ!」

健夜(親リー……振るわけにはいかない)

健夜(脇の二人も、迷わずベタオリ……和了られちゃうかな)




3巡後

咏「ツモ。リーヅモ平和ドラ1、裏1。4000オール」

京太郎「はい」

健夜(リードされちゃったか。まぁ、仕方ないね)

照(……)



咏(さて、幸先良いスタートを切れたはいいけど、問題はここからだ)

咏(宮永照は次から動き出す。他の二人も当然、このまま黙ってやられるタマじゃない)

咏(いよいよ、試合開始ってところかな)



【東1局1本場 親:咏】



咏(今回も、いい手が入った。メンタンピンドラ1、裏次第で跳満まである)

咏(発を鳴いた下家の宮永照に振る可能性もあるが、一気に突き放すチャンスだ。勝負するしかないな)

咏「リーチ!」

照「ロン。発のみ、1000点」

咏(あっちゃあ……ま、しょうがないか。それより……)

健夜(始まる、かな……宮永さんの、連荘)




照(……さっきの局)

照(私の鏡で、京ちゃんの力を覗いてみた。でも……何も、見えなかった。京ちゃんの、姿すらも)

照(見えたものは、ただの闇……こんなことは、今まで一度たりともなかった)

照(私の理解の及ばぬ力……京ちゃんの力であり、京ちゃんの力ではない何かがそこにあった)

照(でも……あれは何だったのかな)

照(闇の中に一瞬だけ煌めき、すぐに消えて行った……花びらのような、欠片は)



【東2局 親:照】



照「ロン、平和ドラ1。2000」

健夜(……やっぱり、点数が上がってる)

健夜(宮永照……和了るたびに点数が増えていく特徴がある。団体戦でも個人戦でも、その力は猛威をふるった)

咏(エンジンかかってきたねぃ、女子チャンプ)



【東2局1本場 親:照】



咏(……このへん、か?)

健夜「ポン」

咏(よしよし、鳴いてくれた)

健夜(この子に連荘させると、一気に持っていかれる。無理矢理にでも止めにいく)

咏(私も早和了りに徹したいんだけど……上家のこの少年、なかなか鳴かせてくれないんだよねぃ)

京太郎「……」

咏(かと言って攻めにも守りにも徹してるって感じでもないし、何考えてんだか)

咏(ま、しょうがない。すこやんと二人で、何とか止めに……)

照「……ツモ。2100オール」

咏(って思ったそばから、これだよ)

健夜(次はきっと、満貫級が来る。いいかげん何とかしないとね)



照(……京ちゃん)

照(ここまで全く動きがないどころか、戦う意思すら感じられない)

照(でも……このまま終わるつもりはないよね。どうやって止める? 私の親を)


【東2局2本場 親:照】



照「リーチ」

咏(くっ、また……)

健夜(ドラ3のいい手だけど、先制された……でも……)

京太郎「……」タンッ

咏(……まずいな。このままだと宮永照にまた和了られてしまう。なら……)

咏「チー」

咏(彼の切ったこの牌、一見鳴きにくいところだけど、ここで鳴いて……この牌を)

健夜「ポン」

健夜(よし、張った!)



照(……これは……)

健夜「ロン。タンヤオドラ3、7700」

照「……はい」

咏(何とか止まってくれたか)

健夜(さて……ここからだね。出遅れたぶん、巻き返させてもらうよ)



【東3局 親:健夜】


健夜「ロン、11600」

咏「ありゃあ、黙ピンピンロクかぁ。いたた」

咏「でも……」




【東3局1本場 親:健夜】


咏「ツモ。リーチ一発メンピンツモドラ1。3000・6000の1本場は、3100・6100」

咏(たとえ2万点取られても、3万点取れば勝てる。それが麻雀なのさ)

健夜(咏ちゃんも、調子づいてきた。そして……次は、いよいよ須賀君の親番)

健夜(ここまで、彼は全く動きがない……ずっと様子見しているって感じで来てる)

咏(この親番まで、様子見しているとは思えない。そろそろ動いてくるはずだ)

咏(さぁ。須賀京太郎……ヘルカイザーとまで謳われるその力、とくと見せてもらおうか)




京太郎(……さっきの連携も火力も、見事なもんだ)

京太郎(そして、直に感じてもわかる……予想通りこの二人には、まだ俺は届かない)

京太郎(それなら……やるべきことは一つだ)



【東4局 親:京太郎】



照(京ちゃん、今度こそ動いてくると思ったけど……)

照(今までと同じように、やっぱり戦いに来る気配がない……何を考えてるの、京ちゃん)

照(いいよ、それなら……戦いの場に引きずり込むまで)

照「リーチ」

健夜(宮永さんの、リーチ……)

咏(ラスの京太郎としては、そう簡単にはオリたくないはずだが……)

京太郎「……」タンッ

咏(……あっさりオリるもんだな。手牌、悪かったのか?)


京太郎「ノーテン」

咏「テンパイ」

照「テンパイ」

健夜「ノーテン」



健夜(南入、か……)

咏(しかし、どうなってるんだ? さすがに何か変だぞ)

咏(本当に何もしていない、っつーか戦う気すらなさそうだ……)

咏(これ本当に、私を戦慄させた……最強の高校生、須賀京太郎なのか?)

健夜(須賀君……きみは一体、何を企んでるの……?)



【南1局 親:咏】



咏(さて……下家の宮永照が、ダブ南をポン)

咏(ここで和了られると、またしんどいことになっちまうな)

健夜(しかし、須賀君はやっぱり何も……)

京太郎「……」タンッ

照(……二筒?)

咏(何かビミョーな牌だな。鳴くべきか、鳴かざるべきか……)

健夜(宮永さんに対しても安全と言い切れるほどではない……でも、手が進んでる様子もない……)

照(……京ちゃん、一体……)




咏(……!)

健夜(す、須賀君……!)

咏(京ちゃん、まさか……!)

咏(そ、そうか……わかった、須賀京太郎の狙いが……)

咏(こいつ……何てこと、考えやがるんだ……!)

健夜(須賀君、戦う気が感じられなかったんじゃない……最初から、まともに戦う気なんてなかったんだ)

照(京ちゃん……)

照(いくら非公式とはいえ、トッププロ二人と打ってるのに……こんな……)

照(何で……何で、そこまでするの……京ちゃん……)


健夜「ツモ、300・500……」

咏「……終局だねぃ」

照「……ありがとうございました」

京太郎「ありがとうございました」




健夜(こんな……)

健夜(こんな、勝った気のしない……後味の悪い麻雀は、初めてだよ……)

咏「……なぁ、須賀君」

京太郎「何ですか?」

咏「背中は、見えたかい?」

京太郎「……はい」

咏「……そうかい。おっそろしいねぇ」

恒子「すこやん、お疲れー!」

えり「お疲れ様です、三尋木プロ、小鍛治プロ」

恒子「いやぁ、さっすがグランドマスター。この面子相手でも、しっかりトップとはねー」

健夜「…………」

えり「お二人とも、さすがにお疲れのようですね」

咏「あぁ……とんでもないバケモンを、間近に見ちまったからねぃ」

恒子「え、そこまで? やっぱあの宮永照って凄いんだねー、咏ちゃんを抑えて2位だったんだから」

咏「いや……私が言ったのは、須賀京太郎の方さ」

咏「あいつの狙いに気付いてからは……もう私は、戦う意欲を完全に削がれてたよ」

えり「須賀京太郎? 男子チャンプの?」

恒子「彼、和了らず振らずの空気ラスだったじゃん。狙いって何?」

健夜「……ねぇ、こーこちゃん。もしこーこちゃんが、あの場に出て打てたら、どんな気持ちで打つ?」

恒子「え? そーだねぇ……やっぱりトッププロ二人が相手なんだし、胸を借りるつもりで全力で……」

健夜「そう、それが普通だよね」

咏「あぁ。現に宮永照もそうしてた……まぁ彼女の場合、全力だったのは別の理由もありそうだったけどね」

健夜「でも……須賀君は、最初から勝ちに行くつもりなんて全くなかった」

えり「え?」

咏「ずっと彼は、戦いの輪の外から、あることをしていた」

咏「それにハッキリ気付いたのは……あの南1局の、二筒切りさ」

恒子「? それがどうしたの?」

咏「あの二筒切りは……和了りに行くための一打ではない。でも、オリるため一打でもない」

咏「あれは……私たち、トッププロとの力量差……距離を、測るための一打だった」

咏「この半荘、彼は最初から勝負を捨て……ずっと、私たちの力を測っていたんだ」

恒子「なっ……!」

えり「そ、そんな……」


健夜「まともに打ってたら、きっと私たちには勝てないと思ったんだろうね」

健夜「だから、彼はあっさりとこの勝負をオリた。高校生の発想とは思えないよ」

咏「麻雀を楽しもうとか、そんな気持ちは微塵もない。完全に、勝利以外目に入ってないねぃ。アレは」

えり「どうして彼は、そこまで……」

咏「わっかんねー……全然わっかんねーよ……」

健夜「……これは私の予想だけど……きっと彼は、今までずっと負けてきた」

恒子「負けてきた? あんなに強いのに?」

健夜「負けてきたからこそ……誰よりも勝利に飢えている。渇いている」

健夜「それがどうして、あんな化け物になってしまったかは、知る由もないけどね……」

咏「…………」


健夜「圧倒的な力を持ちながらも、今回はまだ粗削りなところも多少あったから、まだ私たちには届かなかった」

健夜「でも……もう数年経って、より洗練されれば……もはや、手のつけられない存在になる」

健夜「その時こそ、真に叫ばれるだろうね」

健夜「ヘルカイザー京……と」



咏(今までずっと負けてきた……か)

咏(清澄高校……女子団体戦の、全国優勝校……)

咏(君だって、昔は楽しく麻雀を打っていたはず。君を変えてしまったのは、彼女たちなのかい?)

咏(もし、そうだとしたら……)

咏(きっと……彼を、戻せるのも……)

照「……京ちゃん」

京太郎「照さん、お疲れ様です」

照「何で、あんな打ち方をしたの?」

京太郎「……何のことですか?」

照「とぼけないで。勝ちに行く気、なかったでしょ」

京太郎「……今の俺じゃ、多分あの二人には勝てない。だから、今回は『見』に回った。それだけですよ」

照「……私は、相手にもしていなかったってことだね」

京太郎「…………」


照「私は、咲ほど京ちゃんと遊んだことはないけど……それでも、わかる」

照「最初から目の前の勝負を捨てて臨むような、相手へのリスペクトを欠くような人じゃなかった」

京太郎「何年も経てば、考えも変わります」

照「それで……ひたすらに勝利のみを求めるようになったってわけ……」

京太郎「……昔の俺じゃ、誰にも勝てませんから」

照「だったら、真っ当な方法で強くなればいい」

照「白糸台にはたくさん部員がいるけど、みんな一軍目指して、毎日努力を積み重ねている」

照「京ちゃんだって、それができるはず」

京太郎「……できないんです」

照「できない……?」


京太郎「確かに、普通に麻雀を打っているだけでも、強くなれるでしょう」

京太郎「実際、以前はそうしてました。麻雀を楽しみながら、強くなれればって思っていた」

京太郎「できればいつか、清澄のみんなよりも強くなれれば……そんな風に、思っていた」

照「だったら……」

京太郎「でも……気付いてしまったんです。あの、団体戦県予選の日に」

照「気付いて、しまった……?」

京太郎「えぇ」


――――――――ツモ。清一、対々、三暗刻、三槓子、赤1――――――――






京太郎「鬼にならねば……」





――――――――――――32000です――――――――――――






京太郎「見えぬ地平が、ある……」




久「長野も、半月ぶりね」

まこ「東京に比べれば寂しいところじゃが、やっぱり落ち着くのう」

和「いったん、部室に行くんですか?」

久「ええ。みんなでトロフィーを、飾りにだけ行きましょう」

久「……須賀君。悪いけど、それ持って付き合ってくれるかしら?」

京太郎「ええ、勿論です」




咲(京ちゃんは、今3つのトロフィーを抱えている)

咲(団体戦のものと、私のと……京ちゃんの、優勝トロフィー)

咲(重いだろうから自分で持つってみんなが言っても、雑用は自分の仕事だって言って……)

咲(まるで、これが最後だからって言ってるようだった)


咲「このへんに置けば、いいですか?」

久「ええ、いい感じよ」

まこ「……わしら、優勝したんじゃな」

優希「正直、まだ実感わかないじぇ」

久「……ありがとうね、みんな。いい仲間を持って幸せよ、私」

まこ「素晴らしい後輩たちに恵まれたのぅ」

和「そ、そんな……私なんて、大したこと……」

久「いえ、あなたたちがいなければ、ここまでは決して辿り着けなかったわ」

久「和も、優希も、咲も……それと須賀君も、ね」

京太郎「……ありがとうございます」




咲(……部長も……いや、部長だけじゃない)

咲(和ちゃんも、優希ちゃんも、染谷先輩も……みんな、わかってる)

咲(これが、京ちゃんの……清澄麻雀部としての、最後の仕事になるってことに)


京太郎「俺と咲のトロフィーはどうします?」

久「……それは、あなた達のものよ。好きにしていいわ」

京太郎「……じゃあ、持って帰らせていただきます」

京太郎「それじゃ、みんな」

咲「……京ちゃん……」

和「…………」

優希「…………」

まこ「…………」

久「…………」




京太郎「さような……」

咲「……嫌だよ」

咲「行かないでよ……京ちゃん」

咲「一緒に学校行って、同じ教室で授業受けて……」

咲「お昼も一緒に食べて、部活で麻雀打って……」

咲「最後はまた明日ねって……ずっと、ずっと、そうしてきたじゃん……」

京太郎「……咲……」

咲「もう、そんな風に京ちゃんと過ごせなくなるなんて……私、嫌だ」

咲「もっと、もっと」

咲「京ちゃんと……一緒に、いたいよ……」

和「さ、咲さん……」

優希「咲ちゃん……」

まこ「咲……」

久「…………」

京太郎「咲……」

咲「だから、お願い……行かないで、京ちゃん……」

京太郎「…………」




京太郎(咲……ありがとうな)

京太郎(最後の最後まで、ずっと俺のことを思ってくれて……)

京太郎(でも……)




京太郎「ごめんな。もう、決めたことだ」

咲「……っ!」

京太郎「だから……」

久「……須賀君。一つだけ、お願いしてもいいかしら?」

京太郎「何ですか、部長」

久「最後に私たちと、一局だけ打ってほしいの」

京太郎「…………」

久「須賀君。あなたは確かに、この清澄高校麻雀部の部員だったわ」

久「短い間だけど、部活でも、合宿でも、大会でも……苦楽を共にした、私たちの仲間だった」

久「強くありたいというあなたを、止めることはできない。だけど……最後に一局だけ、麻雀を打ってほしいの」

久「もちろん、須賀君さえよければだけど……ダメかしら?」

京太郎「…………」

京太郎「わかりました。一局だけなら」

久「ありがとう。でも、今日はみんな移動で疲れてるでしょうから、また後日でいいかしら?」

京太郎「俺は構いません」

久「じゃあ後日、また連絡するわね」

久「……約束よ。私たちと、一局だけ麻雀を打つって」

京太郎「はい、わかりました。じゃあ……失礼します」

バタン

咲「部長……」

まこ「何か、考えでもあるんか?」

久「彼はもう、言葉では止まらないわ。私たちが何を言っても、彼の心には届かない」

和「それは、そうかもしれませんが……」

久「だったら、元の須賀君に戻せる手段は……もう、麻雀しかないわ」

久「麻雀を通して、麻雀を楽しんでいた頃の気持ちを取り戻してもらう……それしか、手はない」

優希「麻雀で、京太郎を……」

和「でも……そううまく行くんでしょうか? たった一局で……」

久「何言ってるの。一局じゃないわ、五局よ」

まこ「……へ?」

優希「部長、でもさっき一局だけって……」

久「彼と約束したの、聞いてたでしょ? 私たちと、一局だけ麻雀を打つって」

久「つまり、一人ずつ打てば計五局になるでしょ?」

和「あ、あの……それって、屁理屈では……」

まこ「京太郎が、そんなもん認めるとは……」

久「大丈夫よ、約束したんだもの。彼は約束を破るような人じゃないってこと、みんな知ってるでしょ?」

まこ「まぁ、それはそうじゃが……」

和「でも、私たちの誰か、須賀君……残りの対局者二人は、どうするんですか?」

久「他校から誰かを引っ張ってくるしかないわね。今は龍門渕はもちろん、風越や鶴賀も事情を知ってる。協力してくれるはずよ」

久「……咲」

咲「…………」

久「これが、最後のチャンスになるわ」

久「彼と、離れたくないんでしょ?」

咲「……はい」

久「きっと、この機会を逃したら、もう昔の須賀君には戻らない」

久「だから……この五局で、取り戻すわよ。麻雀は弱くても、部のために献身的に働いてくれた、優しかった頃の須賀君を」

咲「……わかりました。私、やります!」

和「私も、力になります。絶対に、やりましょう」

まこ「……うむ……」

優希「京太郎のタコス、また食べたいからな! 私もやるじぇ!」

久「……みんな、ありがとう」

和「ところで、順番はどうするんですか?」

まこ「大会と同じなら優希じゃが、同じにする必要は別にないからの……何か、案はあるんか?」

久「……特にないわ。私自身、どういうオーダーが最善なのかはわからない」

久「でも、先鋒は決まってる。こればかりは、他の人では駄目だって思ってる」

和「先鋒……ですか……」

咲「誰、なんですか?」

久「ええ。先鋒は――――――――――――」




久「……ということで、まず第一局目は三日後、清澄の部室で。詳しいことはまた連絡するわね」

京太郎『部長、一局だけってそういう……』

久「え? 何もおかしくないでしょ?」

京太郎『はぁ……部長は相変わらずですね。思えば、俺もいつも振り回されてましたし』

久「また振り回されたくなったら、いつでも言ってね」

京太郎『遠慮致します。ところで、相手は誰なんですか?』

久「それは三日後のお楽しみ」

京太郎『……わかりました。言っておきますが、手加減はしませんよ?』

久「勿論よ。それじゃ、またね」



ピッ



久「…………」

久「ありがと、須賀君。受けてくれて」

久「でも、受けてくれると思ってたわ。だって……」

久「あなたには、最後に戦いたいであろう人がいるのだから」

京太郎「まったく、あの人は……いくら何でも強引すぎだろ」

京太郎「と言っても、部長の強引は今に始まったことじゃないけど……」

京太郎「……まぁ、いいか」

京太郎「最後に、今の俺の力を見せておくのも悪くない」

京太郎「優希にも、染谷先輩にも、部長にも、和にも」

京太郎「そして……咲にも」



京太郎(それにしても……)

京太郎(あの五人、他校の面子集められるほど交友関係広いのかな?)

京太郎(特に染谷先輩とか、誰を呼ぶのか全く見当もつかねーぞ……)




三日後



京太郎「まだ、誰も来てないか……」

京太郎「あと五局だけど……四ヶ月、この雀卓ではずいぶん打ったな」

京太郎「お前には、世話になった。もっと一緒に遊んでたいが、俺は去らなきゃいけないんだ。悪いな」

京太郎「俺がいなくなった後も、みんなに大事にしてもらえよ……って、何言ってんだ俺は」

京太郎「しかし、インターハイ出発前からここ放置しっ放しだから、よくよく見ると汚れてるな」

京太郎「……こんなことが気になるあたり、すっかり雑用精神が身に付いちまってんな……」

京太郎「ま、立つ鳥跡を濁さずだ。掃除くらいはやっておくか」

京太郎「……こんなところでいいだろ」

京太郎「あとは、相手が来るのを待つばかりだが……」

京太郎「先鋒は、きっと……」




ガチャッ




ゆみ「失礼します」

美穂子「こんにちは。今日はお招きいただき、ありがとうございました」

京太郎「……驚きましたよ」

京太郎「なんだかんだで、先鋒は斬り込み隊長らしく優希の奴かと思ってたんですが」

久「あははっ、本人はやりたがっていたんだけどね」

久「どうしても……譲れなかったのよ。この位置は」

京太郎「…………」

久「最初の相手は……私よ。須賀君」

ゆみ「須賀君、だったな。君の活躍はよく知っている」

美穂子「今日は、よろしくお願いします」

京太郎「……いえ、こちらこそ」

久「じゃあ、早速始めましょうか」




京太郎(部長……それと、風越の福路さん。鶴賀の加治木さん)

京太郎(みんな長野屈指の強豪だが……誰を誘おうが、今の俺の相手じゃない)

京太郎(そのことは、部長も理解しているはず。何か、目的でもあるのか……?)


【東1局 親:美穂子】



京太郎「ツモ。1300・2600」

美穂子(……予想はしていたけど、こうして対峙してみるとよくわかるわね)

美穂子(やっぱり、私たちよりも一段上の力がある)

ゆみ(私も全国の猛者相手でも、そこそこ程度には渡り合える自信はあったが……さすがに、格が違う)

ゆみ(その分、代償を考えると痛ましいものを感じるな。久にも、彼にも)

【東2局 親:久】



久(親番でいい手が入った……南切りで、258-47萬の五門張)

久(でも、私なら……やっぱり、こうよね)

久「リーチ!」

久(さぁて、どう出るかしら? 須賀君)




京太郎(7m切りリーチ……か)

京太郎(福路さんは現物、そして俺のツモは……南)

京太郎(リーチ者は部長、ということは……)

京太郎(…………)

タンッ



久「ロン。リーチ一発ドラ1、裏1。12000」

京太郎「五門張を捨てての地獄単騎……ですか。和が見たらまた騒ぎそうですね」

久「須賀君も知っての通り、これが私のスタイルだから」

京太郎「……相変わらずですね、部長は」



久(ただ……)

久(須賀君相手に、どこまで通用するかしら)

【東2局1本場 親:久】


久(また張った……今度も、悪待ちで)

久「リーチ……」

京太郎「ロンです。平和ドラドラ、3900は4200」

久(……! 狙われた!?)

京太郎「部長、あなたの悪待ちは。もしかしたら、全国でも有数の能力かもしれない」

京太郎「ですが、それはあくまで和了率を高めるだけのもの」

久「…………」

京太郎「それ以上の力の相手には、通用しません」

久(予想はしてたけど……)

久(こんなに早く、破られるとはね……)

【東3局 親:ゆみ】



ゆみ(私の親番か……七対ドラドラの9600)

ゆみ(リーチすれば倍満まで見えるが、ここは黙で確実に和了りたい)

ゆみ(一枚切れの南単騎、掴めば出るような牌だが……)



ゆみ「テンパイ」

京太郎「テンパイ」

美穂子「ノーテン」

久「ノーテン」



ゆみ(私と同じ南単騎の仮テン……ピッタリ止められている)

ゆみ(好防共に全く隙がない。さすがは最強の高校生といったところか)

ゆみ(だが、今のところは天江衣ほどの迫力は感じない)

ゆみ(本気を出すまでもない……ということか……)

久(東4局も終わり、現在の点はほぼ並んでいる……)

久(須賀君は、まだ本気を出している風はない……)

久(…………)



久「須賀君。今更だけど、この二人のことは知ってるわよね」

京太郎「風越の福路さんと、鶴賀の加治木さん……長野でも有数の選手ですから」

久「……彼女たちは、あなたから見ても高い実力があるということね?」

京太郎「勿論です」

久「でも……知ってるかしら。美穂子はともかく、ゆみが麻雀を始めたのは高一。須賀君と、ほとんど同じ時期だって」

京太郎「……高一?」

ゆみ「ああ。昔から麻雀をしている二人とは違い、私が始めたのは高校生になってからだ」

ゆみ「決して、天江衣のように才に恵まれていたわけではない。だが二年かけて、ようやく県のトップが見える位置まで来れた」

美穂子「……私も、そう。観察眼は人より優れているかもしれないけど、それだけの話だったわ」

美穂子「それでも……今くらいの力なら、つけることができるのよ」

京太郎「…………」

ゆみ「須賀君のことは、聞かせてもらった。元々は、みんなと共に全国に行きたかった……そうだな」

京太郎「……はい」

ゆみ「だが君は、今や全国最強の高校生だ。これ以上、望むものはないはずだ」

ゆみ「久たちが、どんな思いで君のことを見ているか、知らないわけではないのだろう」

京太郎「……この力を捨てて、努力だけで強くなってほしいと。福路さんや部長も、同じ意見ですか?」

美穂子「……ええ」

久「……そうよ」

京太郎「……加治木さん。一つ聞いてもいいですか?」

ゆみ「何だ?」

京太郎「あなたは、天江衣に勝てますか?」

ゆみ「……!」

京太郎「福路さん、あなたは宮永照に勝てますか?」

美穂子「……それは……」

京太郎「部長、あなたは……小鍛治健夜に、勝てますか?」

久「須賀君、何を言って……」

京太郎「世の中には、牌に愛された者たちがいます。生まれ持って、天賦の才を身につけた者たちが」

京太郎「そうした人たちの世界には、努力だけでは決して到達できない」

京太郎「鬼にならねば、見えぬ地平がある」

久「……須賀君の、目標は」

京太郎「確かに、最初は全国出場でした。でも、それを決めてもいまだに満足できない自分がいた」

京太郎「もはや俺の目指す場所は、全国ではなくなっていた」

ゆみ「ならば、何処だと?」

京太郎「……わかりません。何か目指す場所はあったはずなのに、それが何かわからない」

京太郎「ならば、ひたすらに上に行く。そうすれば……いずれ辿り着くはずですから」

京太郎「部長……あなたは、まだ俺にこの力を捨てて戻ってきて欲しいと思ってますか?」

久「……勿論よ」

京太郎「そう思うのは、部長が強いからです。部長は、弱者の立場を知らない」

久「弱者の、立場……」



ゴッ!



久「なっ……!」

美穂子「!?」

ゆみ(これは……天江衣、いや、そんなレベルじゃない……!)

京太郎「教えてあげますよ、部長」

京太郎「力がないということが、どれほどまでに辛いことか」



【南1局 親:美穂子】



京太郎「ツモ。リーチ一発ツモ裏1、2000・4000」

美穂子「三門張を捨てて……単騎!?」

ゆみ「これは……久の……」

京太郎「多門張だとか悪待ちだとか、そんなことは関係ない」

京太郎「和了れる者は、和了れる……そういう人間というものが、存在するんです」

京太郎「たとえば、嶺上開花で必ず和了れる……みたいに」

久「…………」

【南2局 親:久】


京太郎「ツモ。白中ドラ1、1300・2600」

久「……また、多門張を捨てて……」

京太郎「初めて真似してみたんですけど、案外簡単ですね」




【南3局 親:ゆみ】



京太郎「ロン。8000です」

美穂子(駄目だわ……)

ゆみ(次元が、違いすぎる……)

久(……須賀君)



【南4局 親:京太郎】



京太郎「……ツモ。2000オール」

美穂子「……はい」

ゆみ(これが、最強の高校生か……本物の、化け物だ)

久「……対局、ありがとうござい……」

京太郎「挨拶は、まだ早いですよ」

美穂子「……え?」

京太郎「確か……オーラストップ親の和了り止めは権利であって、義務ではないはずです」

美穂子「す、須賀君……何を言って……」

京太郎「続行です。オーラス一本場」

ゆみ「ちょ、ちょっと待ってくれ……点数を引き継ぐ団体戦ならともかく、この場で続ける意味は……」

京太郎「部長、さっき言いましたよね。力がないということが、どれほどまでに辛いことか教えてあげますって」

久「…………」

京太郎「まだまだ、終わらせるには早い」

京太郎「続けます。あなたに、絶望の淵が見えるまで」

京太郎「……ツモ、満貫です」

美穂子(また、須賀君の和了……)

ゆみ(これで何連続だ……とても、止められる気がしない)

京太郎「連荘です。次、行きましょう」

久「……まだまだ、終わらせる気はないみたいね。でも、いいのかしら?」

京太郎「何がですか?」

久「連荘すればするほど、私の逆転の目も増えるのに」

京太郎「…………」




京太郎(部長……なぜですか)

京太郎(これほどの点差が開いて……これほどの力の差を見せつけられて……)

京太郎(それでもあなたは、士気が下がった様子はない)

京太郎(逆転の手段なんか、あるわけないのに……もうひと押し、してみるか)

ゆみ(久はもう飛び寸前。私も美穂子も、一万点もない)

美穂子(トップが無理なら、せめて2確で終わらせなきゃいけないのに……)

久「…………」タンッ

京太郎「ロン。タンヤオのみです」

美穂子(……! それは、私が一巡前に切った牌!)

ゆみ(美穂子から見逃して、久から直撃を取りに……)

久(……そういうことね。これで私の持ち点は0)

久(県大会の天江衣と同じ。心を折りに来た狙い撃ち……)

京太郎「続行です。次、行きましょう」

久「……須賀君。辛いものね、力がないって」

久「負けて悲しい思いは何度もしてきたけど……今日まで、本当にそのことをわかっていなかった」

久「わかって……あげられなかった」

京太郎「……さすがにそろそろ、終わりそうですけどね」

京太郎(そう……ツモでも部長からの直撃でも、部長は飛んで終局)

京太郎(福路さんや加治木さんも、さすがにこの期に及んで俺の当たり牌を切ったりはしないだろう)

京太郎(でも……なぜなんですか? 部長)

京太郎(0点にもなって、こんなにみじめな目に遭って……)

京太郎(なぜ部長は、心が折れないどころか、笑みまで浮かべて打てるんですか?)

京太郎(一体、なぜ……)




久「…………」タンッ




京太郎(なぜ、辛い思いをしているはずなのに、そんなに……)

京太郎(…………! まさか!)

京太郎(部長、あなたは……!)

美穂子(何回目の、連荘かしら)

ゆみ(須賀京太郎……本当に、恐ろしい男だ。高校最強というのもうなずける)

ゆみ(だが……真に恐ろしいのは、もしかしたら久なのかもしれないな)

ゆみ(須賀君の、親番での大連荘で飛び寸前までじわじわ削られていく)

美穂子(最初に聞いた時は、耳を疑ったけど……)




ゆみ(まさか、本当に……久の言った通りの展開に、なるなんてな)



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


久「でも、先鋒は決まってる。こればかりは、他の人では駄目だって思ってる」

和「先鋒……ですか……」

咲「誰、なんですか?」

久「ええ。先鋒は――――――――――――私よ」

和「部長が……ですか?」

まこ「……他の人では駄目とまで言うくらいなら、何か理由があるんじゃろう?」

優希「まさか部長、必勝策が!?」

久「そんなのあるわけないでしょ。彼に勝てたら、個人戦全国優勝してるわよ」

咲「じゃあ、一体……」

久「……思えば、彼にはずいぶん重荷を背負わせてしまったわ」

久「部員の中で一人だけ弱い上に、ろくに麻雀も打てず雑用ばかりを押し付けてしまった」

咲「……それは、私たちに全国行きの可能性があったからです。京ちゃんもそのあたりは、理解してるはずです」

久「ええ、理屈の上でなら納得してると思う。でも、それはあくまで理屈。感情とは別物よ」

久「彼には、やっぱり私たちへの不満が心の底にはあるはず。力のない者の苦悩を、分かってもらえないってことも含めてね」

久「そんな彼と真っ先に打つ先鋒は、どうなると思う?」

まこ「……その不満が、爆発する可能性がある……ってことか?」

久「ええ。きっと開始早々あっという間に圧倒的な火力で飛ばされるか……」

久「もしくは、最後の最後まで連荘でじわじわ嬲られるか、どちらかよ」

和「部長は、それを自ら背負う気ですか!?」

久「当然よ、あなた達にそんなこと任せられないもの。むしろ、できるだけボコボコにやられる方が有難いわ」

優希「……そのぶん、私たちが楽になるから……」

久「それもあるし……力のなかった彼の苦悩も、少しは理解に近づけるかもしれないしね」

まこ「そ、それだったら、わしら全員が負うべきものじゃろ」

久「まぁ、そのへんは彼と打てば自然と入ってくるものでしょうね」

咲「部長……」

久「やっぱり私も、みんなと同じように……彼のこと、好きなのよ」

久「こんなこと言う資格があるのか分からないけど……」

久「部員の苦しみや悲しみを理解できれば、部長冥利に尽きるってもんじゃない?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




京太郎(部長、あなたは……)

京太郎(最初から、負けることが目的だったんですね……)

京太郎(それも、できるだけ無残に……)

京太郎「テンパイ」

美穂子「ノーテンです」

久「ノーテン」

ゆみ「……テンパイ」

久「私の飛びで、終了ね。テンパイで連荘目指してたんだけどなぁ、残念」



京太郎(……強がりなんかじゃない)

京太郎(部長は……本当に、テンパイを目指していた……)

ゆみ「……お疲れ様でした」

美穂子「対局、ありがとうございました」

京太郎「いえ、こちらこそ……」

久「やっぱり、勝てなかったわね。もしかしたらって、思ってたんだけど」

京太郎「部長……あなたがどうして最初に俺と打ったのか、何となくわかります」

京太郎「最後の最後まで、部長には振り回されっぱなしでしたね……俺は」

久「……私のこと、恨んでる?」

京太郎「……いえ」

京太郎「それでもやっぱり、俺は戻りません」

久「あら、それは残念。でも、きっと須賀君は戻ってくるわよ」

久「だって私には、頼りになる後輩たちがいるんだから」

京太郎「…………」

久「清澄の次鋒は、きっと……」




優希「京太郎……」

優希「待ってるじぇ!」




久「一筋縄じゃ、いかないわよ」

京太郎「……こんにちは」

優希「お、京太郎! 来たかー!」

純「よっ、久しぶり」

華菜「私は初めましてだな。風越二年の池田華菜だ」

京太郎(今日の相手は優希……)

京太郎(他の二人は井上さんと池田さんか。二人とも優希の奴とは仲良さそうだったし、想定はしていたけど)

優希「京太郎! いよいよ決着をつける時が来たな!」

華菜「チャンピオンと打てるなんて光栄だ。キャプテンのリベンジだし、今日はよろしくな」

京太郎「いえ、こちらこそ」

優希「無視するなー!」

優希「……リーチ!」

純「ったく、相変わらず東場だけは調子いいな」

優希「タコスもちゃんと持ってきたし、パワー全開だじぇ!」

京太郎「ロン。1300だ」

優希「ぐぐ、東場なのに」

京太郎「東場だろうが、どうしようもないくらいの実力差がある。もうお前は俺には勝てない」

優希「うー……京太郎のくせに腹立つじぇ」

華菜「まぁまぁ、勝負は最後までわからんよ」

京太郎「……ツモ。1300・2600」

華菜「うーむ、やっぱり隙がないな。さすがヘルカイザーだし」

優希「正直その呼び名ださいじょ、京太郎」

京太郎「俺がつけたわけじゃねえ!」

華菜「じわじわくるな、その名前」

純「……お前ら、楽しそうだな」

京太郎(……いかんいかん。以前のようなノリに戻っちゃ駄目だ)

京太郎(俺はもう、麻雀部は捨てたんだ。ただ目の前の対局をこなし、淡々と勝利する)

京太郎(それだけを考えろ、須賀京太郎)

京太郎「ロン、2600」

華菜「うぐっ……」

純「おい、タコスチビ! タコスパワーとやらでこいつ何とかするし!」

優希「む、無理だじぇ! タコスも全部食べ終わっちゃったし、東場ももう終わりだじぇ!」

華菜「いや、まだまだ! 華菜ちゃんはずーずーしいから、最後まで……」



ゴッ!!

優希「……っ!」

華菜「うひゃっ!」

純「きょ、京太郎……!」

京太郎「……もう、楽しい麻雀は終わりです。ここから先は、あなた達は減っていく自分の点を眺めることしかできない」」

京太郎「昔の俺が、そうだったように。勝利の芽なんか、もう残らない」

京太郎「ツモ。2000・4000」

純(こいつ……鳴いて流れを変えようにも、全く関係ねえ)

純(予想はしていたが、龍門渕に来ていた頃よりも、格段に強くなってやがる)

華菜(やっべぇ……やられっぱなしだし。つい最近まで初心者だったなんて、とても信じられんな)

優希(……今まで麻雀で負けたことなんて、山ほどあるけど……)

優希(こんなにも勝てる気がしないって感じたのは、初めてかもな。やっぱり、辛いものだじぇ)

優希(……京太郎は……)

優希(京太郎は、ずっとこんな思いをしながら、私たちと打ってた……)

優希(今の京太郎を作ったのは、やっぱり……)

京太郎「オーラスですね」

華菜「うひー、いいとこなしだし。でもこのオーラスで逆転してやるし」

京太郎「……池田さんは」

華菜「ん?」

京太郎「池田さんは、どれだけ負けてても……心が折れたりは、しないんですね」

華菜「んー、数か月前の私なら折れてたかもね。でも今は、まだ勝つ気満々さ」

京太郎「……天江さん、ですか」

華菜「そそ。あれは苦い思い出だけど、いい経験になったよ」

華菜「須賀君も、たまには負けるってのも悪くないもんだと思うし」

京太郎「負けなんて、死ぬほど経験してますんで」

華菜「あはは、そうだったな……ん、どうした? 清澄の」

優希「……いや……何でも、ないじぇ」

京太郎「……ツモ。終了です」

華菜「あーあ、和了られたか。やっぱ現実は甘くないな」

純「すっげぇな……衣と打った時よりも、プレッシャーあったぜ」

優希「……京太郎。その、最後に……言いたい、ことがあるじぇ」

京太郎「ん、何だ?」

優希「その……ごめんなさいっ!」

京太郎「……は!?」

優希「私は京太郎が悪いって言ってたけど、本当は薄々わかってたじぇ……」

優希「京太郎も辛い思いをした。そこまで追い込んだのは、さんざん弱いだの何だの言ってきた、私にも責任があるって」

京太郎「…………」

優希「だから、一言、謝りたかったじぇ……ごめん、京太郎」

京太郎「……優希は」

優希「ん……」

京太郎「優希は、俺に戻って欲しいのか?」

優希「…………」

優希「戻って、欲しいじょ……」

優希「また昔みたいに、馬鹿なこと言い合ったり……」

優希「京太郎の作ったタコスを食べたり……」

優希「そんな毎日を、また過ごしてみたいじょ……」

京太郎「……そうか……」

優希「でも、京太郎は私たちを恨んでる。だから……」

京太郎「……俺は麻雀部に戻る気はない。悪いな」

優希「…………」

優希「そっか……これで、お別れか……」

京太郎「……あぁ。それじゃ井上さん、池田さん。失礼します」

華菜「あ、須賀君」

京太郎「何ですか?」

華菜「楽しかったぞ。また、打とうな」

京太郎「……機会があれば」

純「……ふぅ。久しぶりに打ったけど、洒落にならねぇな、あの強さは」

優希「…………」

純「残念だったな、タコスチビ」

優希「……いや。最初から、わかってたじぇ」

純「ん……何がだ?」

優希「私じゃ、以前の京太郎を取り戻すことはできないってことに」

優希「私じゃ、ダメなんだじぇ……だって……」

優希「京太郎の目に、ずっとずっと前から映っているのは……私じゃ、なくて……」




京太郎(……優希。それに部長……)

京太郎(俺は、別に恨んでるわけじゃないんだよ……)

まこ「……わかった。次はわしの番じゃな」

久『お願いね。面子の当てはある?』

まこ「まぁな……なぁ、久」

久『何?』

まこ「……京太郎との対局、好きにやらせてもらってもええんじゃな?」

久『もちろんよ。まこのやりたいようにやりなさい、あなたなら悪い結果にはならないと思うし』

まこ「……そうか。じゃあ、わしのやりたいようにやらせてもらうわ」

久『うん。それじゃあね』



ピッ

まこ「……京太郎」

まこ「お前さんとも、沢山打ったのぅ。まさかこんな状況になるとは、思いもしなかったわい」

まこ「でも、次がお前さんとの、最後の対局になるのかもしれんな」

京太郎「今日は、染谷先輩ですか」

まこ「そうじゃ。まぁ、座れ」

京太郎「……はい」

まこ「なぁ、京太郎。打つ前にもう一回だけ聞いておく。やっぱり、麻雀部に戻る気はないんか?」

京太郎「ええ。俺はこのまま、一人で戦い続けます」

まこ「……そうか」

京太郎「あの、染谷先輩」

まこ「ん?」

京太郎「他の二人は? 俺たちだけでは、打てませんよ」

まこ「京太郎。十七歩って、知っとるか?」

京太郎「一応、ルールは。実際やったことはありませんけど」

まこ「そっか、それなら問題ない。わしら二人で、やるとしようか」

京太郎「他の二人が来るまでですか?」

まこ「……来んよ」

京太郎「え?」

まこ「今日は、誰も来ない。わしら二人だけじゃよ」

京太郎「……誰も、呼ばなかったんですか?」

まこ「あぁ」

京太郎「染谷先輩……やっぱり、他の学校に友達が……」

まこ「いるわい! 呼べなかったんじゃない、呼ばなかったんじゃ!」

京太郎「す、すいません……でも、なぜです?」

まこ「……ま、ちょっとした事情があっての。じゃ、始めるとするか」

京太郎(十七歩……二人で遊ぶための特殊ルール)

京太郎(自分の山から好きな13牌を選び、リーチ込みで満貫以上の手を作る)

京太郎(プレイヤーは残った山牌から交互に切っていき、相手のリーチをかわしつつロンを狙う)

京太郎(お互い17牌捨てるまで和了ることができなかったら流局……それゆえ、十七歩)

京太郎(漫画で見たことはあるけど、実際にやるのは初めてだな)

京太郎(でも、どうして染谷先輩はわざわざ普通の麻雀ではなく、これを……?)




まこ「こっちはOKじゃ」

京太郎「俺も、終わりました」

まこ「よし、じゃあわしからじゃの。リーチ」

京太郎「……リーチ」

京太郎「……流局ですね」

まこ「うむ。テンパイじゃ」

京太郎「……ノーテンです」

まこ「おや、ノーテンじゃったか?」

京太郎「配牌で満貫が作れそうになかったので、とにかく安全そうな牌ばかりを集めて……」

まこ「なるほど、そういう手もある。どうじゃ、案外満貫縛りってきついものじゃろ?」

京太郎「はい、結構簡単に出来るものなのかと思ってたんですが……」

まこ「なかなか難しいんじゃよ。さ、次いくぞ」

京太郎(うーむ、今度は満貫自体は混一で作れそうなんだが……)

京太郎(そうなると必然的に、捨牌は他の色が並ぶ。これはそうそう出してくれないだろうな)

京太郎(かといって、さっきみたいに和了り放棄するのも……まぁ、これでいくしかないか)



まこ「お、それロンじゃ。満貫じゃな」

京太郎「うぐっ……これでしたか」

まこ「普通の麻雀ならボコボコにされるんじゃろうが、こっちなら京太郎の力も少し弱まってるようじゃな」

京太郎「……みたいですね。あくまで俺は、普通の麻雀で勝ちたいと思ったわけですから」

まこ「意外と頭を使うもんじゃろ、これ」

京太郎「……そうですね」

まこ「テンパイ」

京太郎「……ノーテンです。いや、難しいですよ……満貫作るの」

まこ「作れても、相手が出してくれるかって問題もあるしのぅ」

京太郎「……染谷先輩」

まこ「なんじゃ?」

京太郎「何を、考えてるんですか?」

まこ「何を……というと?」

京太郎「確かに奥が深いゲームだということはわかりましたが、所詮はこんなもの遊びでしかない」

京太郎「どうして、誰か二人を呼んで普通の麻雀にしなかったんですか?」

まこ「……考えの相違ってやつじゃよ」

京太郎「考えの……相違」

まこ「風越も、鶴賀も、龍門渕も……みんなみんな、京太郎の事情を知っている」

まこ「そして久たちが、昔の京太郎に戻ってほしいと思っていることも知っている」

まこ「だから、それに協力するつもりなんじゃ。実際に、風越の福路たちがそうしたように」

京太郎「……染谷先輩も、そうじゃないんですか?」

まこ「正直に言うと、最初はわしもそう考えておった」

まこ「何かを犠牲にして、誰かを悲しませて……そうまでして強くなりたいなんて、間違っている」

まこ「そう、思っておった」

京太郎「…………」

まこ「だけど、大会で勝ち進んでいく京太郎を見ておったら……」

まこ「今のお前さんを、応援したくもなってきての。だから、他の誰かを呼ぶことはできんかった」

京太郎「……俺がこのまま、戻らないことを望むんですか?」

まこ「それは違う。本心ではわしも、久たちのように麻雀部に戻ってきてほしいと思っとるよ」

京太郎「じゃあ、なぜ……」

まこ「……京太郎は、十分に苦しんだからじゃよ」

京太郎「苦しんだ……?」

まこ「もし京太郎が、何も考えずただ強くなりたいって思い、今の道を歩んだら、一発ぶん殴っとったかもしれん」

まこ「でも、実際はお前さんは大いに悩み、大いに苦しみ……苦渋の選択の末、今の道を選んだはずじゃからの」

京太郎「……なぜ、そんなことがわかるんです?」

まこ「そうでもなきゃ、そこまで強い力は得られんじゃろ。それに、わしは昔の京太郎をよく知ってる」

まこ「いくら負けても、笑顔で過ごしていた……麻雀部を楽しんでいた頃の京太郎を、よく知ってる」

まこ「あの京太郎が、麻雀部を捨てるなんて、辛い思いをしたに違いない。そうじゃろ?」

京太郎「…………」

まこ「ん、それロンじゃ。跳満じゃの」

京太郎「……染谷先輩、強いですね」

まこ「結構打ったこともあるからの。経験だけなら、そうそう負けんぞ」

まこ「思えば、お前さんには雑用ばっかりさせて、ろくに指導もできんかった」

京太郎「……そのことについては、実力的には仕方なかったとは思いますけど」

まこ「うむ、不満もあったろうにちゃんと仕事をやってくれたことには、深く感謝しとる」

まこ「今、久たちは京太郎に麻雀部に戻ってもらおうと、色々頑張ってるようじゃがの」

まこ「もう、わしはいいと思うんじゃ。京太郎の好きなようにさせて」

京太郎「……このままの俺で、いいんですか?」

まこ「それが真剣に考えた末の結論なら……わしが何か言うことなぞ、できはせん」

まこ「京太郎。お前さんの望んだ道を歩むとええ」

京太郎「染谷先輩……ありがとう、ございます」

京太郎「思えば、一番俺に仲間として接してくれたのは、染谷先輩だったのかもしれませんね」

まこ「な、何言っとるんじゃ! 照れるわ!」

まこ「……ロン、満貫じゃ」

京太郎「はぁ……飛びですね。染谷先輩、強ぇっすよ……」

まこ「経験がものを言ったかもの。さすがに特殊ルールでも負けたら、心折れるわい」

京太郎「……それじゃ……」

まこ「うむ……そうだ、最後に一言だけいいか?」

京太郎「何ですか?」

まこ「せっかくなら、トップを目指してみぃ。日本一……いや、世界一じゃ。今のお前さんなら、夢物語ではないぞ」

まこ「なんたって、こんな美少女まで犠牲にしたんじゃからな。そのくらいはやってもらわんと、寂しいわい」

京太郎「……美少女?」

まこ「そこを疑問に思うんじゃない! 先輩の顔を立てんか!」

京太郎「……ははは、そうですね。すいませんでした」

まこ「……それじゃあの。覚えておいてくれ、京太郎」

まこ「麻雀部に戻ってこようとも、このまま修羅の道を歩もうとも……わしは常に、お前さんの味方じゃからな」

京太郎「……はい。それでは、さようなら……染谷先輩」

まこ「ああ……さようならじゃ、京太郎」

まこ(京太郎は、悩み抜いた末に今の道を選んだ。そんなこと、久や優希だってわかってる)

まこ(それでもあいつらが、京太郎を麻雀部に戻したいと思うのは、京太郎のことが好きだからってだけじゃない)

まこ(みんなみんな、気付いているからじゃよ。京太郎……お前さんが、本当に望んでいることに)

まこ(強くなるってのは、その目的のための手段の一つに過ぎないってことに)

まこ(結局、そのことを言えんかったのぅ……いや、わしが言っても意味ないんじゃがの)

まこ(それは、京太郎が自分で気づかないと意味がない。そして……)

まこ(それに気付かせられる者は……わしらでは、ないんじゃからな)

咲(……部長も、優希ちゃんも、染谷先輩も駄目だった……)

咲(京ちゃん……京ちゃんはもう、麻雀部に戻ってくる気はないの?)

咲(京ちゃんはもう……私と、麻雀を打ってくれないの?)

咲(どうして、京ちゃんは……)

プルルルル

咲「ん……電話」




咲「はい、宮永です」

照『……咲?』

咲「え……お姉、ちゃん……?」

京太郎「…………」

ムロ「よろしくお願いします」

マホ「全国優勝者と打てるなんて嬉しいです! 今日はよろしくですー」

京太郎「……和?」

和「中学時代の後輩です。ほら、ご挨拶を」

ムロ「あ、すいません……室橋裕子、3年です……」

マホ「2年の夢乃マホです。えっと、須賀先輩ですね?」

京太郎「あ、あぁ……須賀京太郎だ。でも、驚いたな……まさか中学生を連れてくるとは」

和「私がお願いしたんです。ぜひ卓に入って下さいって」

京太郎「和が……てことは、二人とも相当な強さってわけか?」

ムロ「いっ、いえ全然! 全然大したことないです!」

和「マホちゃんにいたっては、レーティング1200台ですし」

京太郎(せ、1200……昔の俺と同レベルじゃないか……)

マホ「えへへ、お手柔らかにー」



京太郎(他にも当てはあったはずなのに、中学生を引っ張ってきた)

京太郎(和が言うなら、本当に初心者なんだろう。だが、わざわざこの場に呼ぶくらいだ)

京太郎(何もないはずはない……それに、このマホって子からは何となく感じる)

京太郎(咲や天江さんと、同じ感覚を……)

京太郎(それで、俺が麻雀部に戻るとでも思っているのか……? 和は)

マホ「では、私の親からですね……お、ダブルリーチです!」

ムロ「うわ、いきなり優希先輩か」

京太郎「優希……?」

ムロ「マホの奴、優希先輩や和先輩に憧れてて、真似した打ち方をしようとするんですよ」

京太郎「真似だって? そんなこと、しようと思ってもできるもんじゃ……」

和「私もそう思うんですが……なぜか一半荘に一局くらい、できてしまうことがあるんです」

マホ「ツモです! 6000オール!」

ムロ「あいたた、いきなり親っ跳ねかー」

京太郎(……模倣の能力、ってわけか……)

マホ「ノーテン」

和「テンパイ」

ムロ「ノーテン」

京太郎「テンパイ」



京太郎(……今度は、まるで和みたいな綺麗な打ち筋だ)

京太郎(一手の無駄もなく手を進め、和のリーチを見て勝負は危険と見てすぐオリた)

京太郎(憧れが強くて模倣に走る……か……)

京太郎(…………)

マホ「この局も和了りますよー」

ムロ「……マホ、それ取ったら多牌だよ」

マホ「わわっ! す、すいませんです!」

和「はぁ……マホちゃんは相変わらずですね」

京太郎「……本当に、初心者なのな」

マホ「うぅ、恥ずかしいところをお見せしてしまったのです……」



京太郎(まったく、調子狂うな……でも、間違いない。この子は魔物側に属する人間だ)

京太郎(今までは優希、和と模倣を続けてきた)

京太郎(……まさか……)



京太郎「……リーチだ」

ムロ「リーチですか……うーん、困ったな……」

マホ「……カンです」

ムロ「カン? リーチ相手に?」

マホ「はい。何となくですけど……」

京太郎(やっぱり……この子は、咲の麻雀を……!)

マホ「マホ、嶺上で和了れるような気がします」



タンッ



マホ「ツモ。嶺上開花ドラ3、2000・4000」

京太郎「……マホ、だったかな」

マホ「はい、何ですか?」

京太郎「咲の麻雀を、見たことがあるのか?」

和「この前の合同合宿に来ましたから、その時に打ってましたね」

マホ「県予選で見た、宮永先輩の打ち筋がものすごくて……」

マホ「マホもああいう風に打ちたいって思ってて、何回か真似してたら、時々成功するようになったんですよ」

京太郎「……咲の、ように……」

和「人の真似をするより、自分の底上げをしないと……」

マホ「でも……一人だけ、どうしても真似できなかった人がいるんです」

京太郎「真似できなかった人……?」

和「聞いてませんね……」

マホ「はい。テレビで見ただけなんですけど、宮永先輩以上に、凄くカッコいい麻雀だったんです」

京太郎「誰だ、それは?」

マホ「須賀先輩です」

京太郎「……俺?」

マホ「はい。豪快で、華々しくて、カッコよくて……マホ、釘づけになっちゃいました!」

マホ「だから私も、須賀先輩のような麻雀を打とうって、何度もチャレンジしたんですけど……」

ムロ「まだ一度も、成功したことないんだよね」

マホ「はい……なぜでしょうか……」

ムロ「そりゃー全国最強の人だもん。そうそう真似なんてできるわけないって何度も言ってるじゃん」

和「そもそも人の真似ができるなんて、そんなオカルトありえません」




京太郎(……違う……)

京太郎(俺の打ち方が、真似できないのは、きっと……周りを犠牲にして得た、力だから)

京太郎(本当の俺自身は、昔から何も変わってない……能力も何もない、初心者のままだから)

マホ「うぅ、リーチ一発ならずです……今回も、失敗しました……」

和「今回も?」

マホ「須賀先輩でしたら一発でツモって裏3乗っただろうから、マホも真似してみたんですが……愚形だけが残ってしまいました」

ムロ「そういうことは言わなくていいの」

京太郎「…………」

マホ「でも、次こそ成功させますよー」

ムロ「諦めなよ、マホ」

京太郎(……これ以上見てるのは、辛いな……)

京太郎(終わらせに……いくか)



マホ「」

和「ま、マホちゃん……大丈夫ですか?」

マホ「」

ムロ「ここまでボッコボコにされるとは……まぁ予想はしてたけど」

マホ「うぅ……須賀先輩、容赦ないのです……飛び寸前です」

京太郎「悪いな、これも勝負なんで。あと、俺の模倣はもう諦めたほうがいい、おそらく無理だろうから」

マホ「そ、そんなことないです! 信じていれば、必ずできます!」

京太郎「リーチだ」

マホ「ぴぃ……」

マホ「あ、ツモりました……ツモのみ、400・700……」

ムロ「首の皮一枚繋がったね」

マホ「……あれ?」

和「どうかしましたか?」

マホ「いや、そんなはずは……あれ? でも……え?」

京太郎「?」

ムロ「マホ?」

マホ「い、いえ何でもないです……」

京太郎「ツモ。6000オール」

マホ「飛びましたです……」

ムロ「ありがとうございました……マホ、どんまい……」

和「ありがとうございました」

マホ「……今日は、ありがとうございました! ボコボコにされたけど、楽しかったです!」

ムロ「いい勉強になりました。ありがとうございました」

京太郎「二人とも、清澄を受けるのか?」

ムロ「はい、今のところはそのつもりです」

マホ「えへへー、再来年は同じ麻雀部ですね! よろしくお願いします」

ムロ「マホはもうちょっと勉強頑張らないと、入れるか怪しいんじゃないかな?」

マホ「あうっ……」

京太郎「……俺は、麻雀部には……」

和「そうですね。もし合格できたら、みんな一緒ですね」

京太郎「……和」

ムロ「それでは、失礼します」

マホ「またよろしくお願いしますー」

和「はい、お元気で」




京太郎「和」

和「はい」

京太郎「……言わなかったのか? 俺は、麻雀部にはいないって」

和「今はそうかもしれません。でも、確信していますよ。きっと戻ってくれるって」

京太郎「……なぜ、そう言えるんだ?」

京太郎「あの二人を呼んだのだって、何か考えがあってのことだろうけど……」

京太郎「少なくとも、和やあの二人と打って……麻雀部に戻ろうなんて考えは、強くなることはなかった」

和「考え、ですか……」

京太郎「どうして、わざわざ中学の後輩を呼んだんだ?」

和「強い人と打てるのは、いい経験になると思ったからです。それに、打ちたがっていましたしね」

京太郎「それだけじゃないだろう。何か、俺を麻雀部に戻らせるための……」

和「それだけですよ?」

京太郎「……それだけ?」

和「本当にそれ以外の意味はないです。彼女たちに、そんなことは期待していませんよ」

和「いえ……そもそも、そんなこと出来るわけがないんです。部長も、優希も、染谷先輩も、最初からわかってました」

和「須賀君を麻雀部に戻らせることができる人なんて……」

和「この世に、たった一人しかいないってことが」

京太郎「…………」

和「そういえば……須賀君は、大切なものを犠牲にして力を得る……でしたよね。にわかには信じ難い話ですけど」

京太郎「……それがどうかしたか?」

和「確か最初に犠牲にしたのは、私でしたよね?」

京太郎「……あ、そういえば水がかかった時……」

和「それは思い出さなくていいです! ま、まぁ、それだけ大切に想ってくれているというのは嬉しいです」

和「でも須賀君は、本当の本当に大切なものは、きっと最後まで捨てきれない人でしょう」

和「その人は……誰でしたか?」

京太郎「…………」

和「彼女ならば、きっと……って、私は思いますよ。ふふ」

和「だから……また、打ちましょうね。須賀君」

照『そう……そんなことが……』

咲「うん……」

照『……咲は、京ちゃんがことが好きなんだよね?』

咲「ふぇっ!? ななな、何言ってるの!?」

照『違うの?』

咲「う……えっと……その……」

照『……いや、もういい。大体わかったから……ねぇ、咲。まだ他の面子、席あるんだよね』

咲「え……うん、一応……一人はもう話ついてるんだけど、もう片方は空いてるよ」

照『……じゃあ、行く』

咲「お姉、ちゃん……」

照『力になれるかはわからない。でも……このまま京ちゃんとお別れなんて、したくない』

照『私も……京ちゃんと、戦うよ』

ムロ「さすがに強かったねー、須賀先輩。マホもさすがに真似できなかったか」

マホ「……そこ、どうしても気になることがあるんですよ」

ムロ「何?」

マホ「須賀先輩の真似……出来た感触があるんです」

ムロ「え、ホント? いつ?」

マホ「最後、須賀先輩のリーチをツモのみで流した時がありましたよね」

ムロ「……あのしょぼい手が、須賀先輩の真似!? そんなバカな……」

マホ「私もバカなって思うんですよ。須賀先輩なら、追っかけ一発裏3くらいはしそうですし」

マホ「でも……確かにあれは、須賀先輩の模倣をできた感触でした」

ムロ「……どういうこと? まさかあの人の真の能力は、リーチを安手で流す力とか……」

マホ「いえ、それはさすがにないと思うです」

ムロ「だよねぇ。じゃあ、一体……」

マホ「うーん……わかりません。ただ……」

ムロ「ただ?」

マホ「あの和了り……高い手でもないし、綺麗な手でもない、平凡極まりない手なんですけど……」

マホ「充実感溢れるというか、何というか……よくわかりませんが」

マホ「嬉しい、和了りでした」

ハギヨシ「衣様。宮永様から連絡がありました」

衣「何だ?」

ハギヨシ「須賀様との対戦の残りの一席、宮永照様が入ることになったそうです」

衣「……そうか。下がっていいぞ、ハギヨシ」

ハギヨシ「はい、失礼いたします」




衣「ふぅ……」

衣「お前と会ってからまだ数ヶ月というのに、幾星霜の時を経たようにも感じるよ」

衣「それほどまでに、お前のことが気になっていたようだ」

衣「京太郎……これで終わりになんか、させはしないぞ」

『ツモ、嶺上開花。70符2翻は、1200・2300です』




京太郎(思い返せば、あの日から……ずっと俺は、咲を追ってきた)

京太郎(あんな風に、強くありたいと思った。だから俺は、力を欲した)

京太郎(今の俺は、誰にだって勝てる。たとえ咲だろうと、負けはしない)

京太郎(それでも……いつもいつも、頭にチラつくのは……咲の麻雀。咲の声、咲の姿)

京太郎(……もう、終わりにする。俺は次の、清澄麻雀部員としての最後の麻雀で……完全に、断ち切る)

京太郎(決着をつけるぞ。咲)

京太郎(部長。優希。染谷先輩。和。そして……咲)

京太郎(みんなの想いは、よくわかった。まだ俺のことを、仲間として見てくれていることも)

京太郎(この力さえ捨てれば、昔に戻れる。またみんなと楽しく麻雀が打てる)

京太郎(でも……俺は、やっぱり)

京太郎(今の強い状態のままで、ありたいんだ)




京太郎「さて……」

京太郎「行くか、最後の戦いに」


ガチャッ



京太郎(まだ、誰も来ていないか)

京太郎(この部室とも……今日で、本当にお別れだ)

京太郎(数ヶ月前、咲を引っ張りこんで……今思えば、あれが人生の境目だった)






『ツモ、嶺上開花。70符2翻は、1200・2300です』





京太郎(咲の麻雀は凄かった。圧倒的な力と華麗な打ち回し、そして……あの嶺上開花)

京太郎(惹きつけられると同時に……自分と比べて、辛い気持ちになった)

京太郎(咲も、和も、優希も、部長も、染谷先輩も。みんなみんな、強かった)

京太郎(弱かったのは……俺だけだ。みんなが活躍しても、俺だけは雑魚のまま)

京太郎(俺も、輝きたかった。そしてみんなに……咲に、負けたくなかった)

京太郎(だけど、今の俺は力を得た。咲すらも、問題にならないほどの)

京太郎(だから……)





京太郎「今日でお別れだ。咲」

咲「負けないよ。京ちゃん」

咲「……こうしてお話するのも、久々だね」

京太郎「そうだな。でも、今日で終わりだ」

咲「…………」

京太郎「わかっているはずだ。今の俺は、お前よりもはるかに強い」

咲「……そうかもしれないね」

京太郎「お前には、俺の心を変えることはできない。ただ俺が和了り続け、そのまま終局だ」

京太郎「そして……今度こそ、さよならだ。咲」

咲「……一つだけ、不思議なことがあるんだ。京ちゃん」

京太郎「不思議なこと?」

咲「今の京ちゃんは、トッププロにも勝てるかもしれない。本来私なんかじゃ、勝負にならない」

咲「でもね、どういうわけか知らないけど」

咲「私……今の京ちゃんには、全く負ける気がしないんだ」

京太郎「……意味がわかんねぇよ。それじゃあお前は、トッププロレベルなのか」

咲「まさか、そんなわけないじゃん」

京太郎「じゃあ、俺に勝てるなんて……」




ガチャッ




照「勝てるよ。咲なら、きっと勝てる」

衣「うむ。衣もそう思うぞ」

京太郎「……照さん。天江さん」

照「また会ったね。京ちゃん」

京太郎「来てたんですね、長野に」

咲「お姉ちゃん……」

照「話は咲から聞いた。今までの、京ちゃんのことも、全部」

照「強くなるために、全てを犠牲にしてきたってことも」

京太郎「……それで自分なら、俺に勝てると?」

照「それは……わからない。でも、今の京ちゃんじゃ、咲には勝てない」

京太郎「…………」

衣「京太郎……衣はここ最近、ずっと考えていたことがある」

京太郎「……何ですか?」

衣「ふふ、それがあまりに突拍子もないことでな。言っても何を馬鹿なと笑い飛ばされるだけだろう」

衣「だが今は、衣は衣の仮説の自信を持っているよ」

京太郎「…………」

衣「一つだけ言っておこう。京太郎、お前は強くなんかなっていない」

衣「今の京太郎では、決して咲には勝てない」

京太郎「……天江さんも、そう言うんですか」

衣「……思えば、京太郎のことは、道を踏み外した弟子のように思ってたよ。実に刺激的な日々だった」

京太郎「だとしたら、今日は恩返しをしなければなりませんね。師匠を倒す、という形で」







照「それじゃあ……」

衣「うむ」

咲「…………」




京太郎「始めましょうか。最後の、戦いを」



【東1局 親:衣】




衣「そういえば……照だったか。こうして打つのは初めてだな」

照「……去年のインターハイでの活躍は、よく覚えている。龍門渕高校、天江衣」

衣「照ならば、衣の遊び相手としては申し分ない。一度全力で手合せ願いたいものだが……」

照「うん……ちょっと、そんな状況にないかな」



京太郎「ツモ。2000・4000」

衣「衣の親が、こうもあっさり流されるとはな」

京太郎「これでもまだ、俺が強くなんかなっていないとか言う気ですか?」

衣「言うさ」

京太郎「…………」

衣「京太郎。お前は全国優勝を遂げるまでになったが、お前は最初に衣を訪れたあの日から、何も変わっていない」

京太郎「…………」

京太郎「それなら……」




【東2局 親:照】




京太郎「卓上で、黙らせるまでです」

京太郎「ツモ。1300・2600」




【東3局 親:咲】




京太郎(やっぱり、何も変わってない……照さんや天江さんだろうと、相手にならない)

京太郎(このまま、いつものように和了り続けて、終わらせる)

京太郎(そして……)




京太郎「リーチ」




京太郎(咲、お別れだ)

京太郎(俺は一人のままで、戦い続ける)

衣(京太郎からリーチか……)

照(咲……どうする?)




咲「…………」

咲「リーチ」




京太郎(……追っかけ!?)

咲「……ロン。12000」

京太郎「……はい」



京太郎(くっ……まさか一発でツモれないどころか、掴まされるなんて)

京太郎(……偶然だ、気にするな。次こそ……)




【東3局1本場 親:咲】



咲「ロン。7700の一本場は、8000」

京太郎(ま、また……!?)



【東3局2本場 親:咲】



京太郎(おかしいぞ! こんなこと、力を得てからは一度もなかった!)

京太郎(間違いない、俺は最強の高校生だ! 咲よりも、絶対に強いはずだ!)

京太郎(負けるなんて……)




『今の京ちゃんには、全く負ける気がしないんだ』




京太郎(…………)

京太郎(そんな、はずは……)




咲「リーチ」



京太郎「……チー!」

京太郎「……ツモ、タンヤオのみ……」




京太郎(くそっ! タンピン三色イーペーコーまで見える手だったのに、安手で流さずにはいられなかった!)

京太郎(次の親番で、何とかしなくては……)





【東4局 親:京太郎】



京太郎(……よし! いい手だ、跳満……いや、倍満まで狙える!)

京太郎(今度こそ、叩きのめしてやる!)

京太郎「リーチ!」



咲「……ねえ、京ちゃん」

京太郎「……何だ、咲」

咲「さっきも言ったけど、今の京ちゃんはトッププロにも見劣りしないと思う」

咲「それでもね……やっぱり、思った通り」



パタリ



京太郎「!?」

咲「負ける気が、しないよ」

咲「カン……ツモ、嶺上開花。8000点、責任払いです」



京太郎(嘘……だろ……)

京太郎(俺は、全国優勝者のはずだ……)

京太郎(俺は、最強の力を手に入れたはずだ……)

京太郎(誰が相手だろうと、問題なく勝利してきた。俺に勝てる奴なんか、いなかった)

京太郎(なのに、なぜ咲に……こんなにも……)

京太郎(……咲に……)

京太郎(よりによって……咲に……)





京太郎「…………」ギリッ

照「…………」

咲「……京ちゃん……」

衣「…………」



衣「京太郎、次行くぞ」

京太郎「…………」

衣「……の、前にだ。京太郎、すまないがトイレの場所を教えてくれ」

京太郎「……トイレですか? そこの角を曲がって……」

衣「口で言ってもわからぬ! 案内してくれ!」

京太郎「は?」

衣「ほら、さっさと案内してくれ」

京太郎「いや、でも……」

咲「……京ちゃん、お願い。一旦中断しよ」

京太郎「え……」

衣「京太郎」

京太郎「わ、わかりました……じゃあ、行きましょうか」

衣「うむ、かたじけない」

衣「では、行ってくる」

照「……うん」




バタン




咲「……お姉ちゃん。京ちゃん、昔みたいに戻ってくれるのかな……」

照「咲……」

咲「全力でぶつかれば、きっと戻ってくれると思ってた。以前の、ちょっと意地悪だけど優しかった頃の京ちゃんに」

咲「それでも、やっぱり……本当にそうなるのかって、不安は拭いきれなくて」

咲「あんなに辛そうな京ちゃんを見てたら……私も、辛いよ」

照「大丈夫だよ、咲。京ちゃんなら、きっと気付いてくれる」

照「なんたって、咲が好きになった男の子なんだもの」

咲「……お姉ちゃん……」

照「京ちゃんなら大丈夫。だから……信じて、待っていよう」

咲「……うん」


衣「……不可解か? 最強のはずの自分が、ここまでやられるのが」

京太郎「…………」

衣「言っただろう。今のお前では、咲には勝てぬと」

京太郎「……なぜですか……」

京太郎「俺は、全てを捨てて力を得た。誰にも負けないほどの、力を」

京太郎「なのに……なぜ! なぜ、咲には勝てないんだ!」

京太郎「俺の方が! 俺の方が、絶対に強いはずなのにっ!」

衣「……咲に、勝ちたいか?」

京太郎「…………」

京太郎「……勝ちたい、です」

京太郎「咲には……咲にだけは、負けたくないです」

衣「……ならば京太郎。一つ、教えておこう」

衣「咲の麻雀に、能力はあると思うか?」

京太郎「そりゃ……ありますよ。嶺上で必ず和了るじゃないですか」

衣「では照と衣は?」

京太郎「打点が順々に上がっていくのと、海底で和了る……ですよね?」

衣「ふむ。では京太郎、お前自身は?」

京太郎「……何かを犠牲にして、力を得る……」

衣「なるほどな……なぁ、京太郎」

京太郎「…………」




衣「全部ハズレだ」

京太郎「……は?」

京太郎「ど、どういう意味で……」

衣「言った通りだ。咲には嶺上で必ず和了る能力なんてない」

京太郎「あ、あの……」

衣「照に打点を順々に上げる能力なんてない。衣に海底で必ず和了る能力なんてない」

京太郎「えっと……」

衣「ましてや、何かを犠牲に力を得るだと? そんなオカルト、あるわけがないだろう」

京太郎「ちょ、ちょっと! 天江さん、意味がわかりませんよ!」

衣「ははは、だいぶ混乱しているようだな。無理もない、衣もそのことにハッキリ気付いたのはごく最近だ」

衣「大体、嶺上で和了るだの何だの、そんなのできるはずがない。超能力じゃあるまいし」

京太郎「いや、でも現にみんな……」

衣「……同じものだったのだ。全て」

京太郎「……同じもの?」

衣「咲も、照も、衣も、京太郎も」

衣「みんなみんな、ただ一つ……同じ力を持っている。それだけのことだ」

京太郎「同じ、力……」

衣「それは本来、誰もが持っているものだ。大人も、子供も、プロも、初心者も」

衣「麻雀を打つすべての人間が、その力を持っている。だがそのほとんどは、それに気づくことがないままなのだ」

衣「お前の言う能力者たちだけが、気付いてる。だからこそ、咲は嶺上で和了れるし……」

衣「今、京太郎を倒すことができるのだ」

京太郎「そ、それじゃあ俺が全てを犠牲にして得た力ってのは……」

衣「そうだ。そんな力、元からありはしない」

衣「ヘルカイザーなど、最初から存在していなかった」

京太郎「…………」

衣「言っただろう。お前は強くなんかなっていない、と」

京太郎「……はい……」

衣「確かに京太郎は、全国優勝を遂げた。だが、それは『強くなった』からではない」

衣「もし今の京太郎が『強い』としたら……お前は、衣を訪ねてきたあの日から……最初から、強かったのだ」

京太郎「俺が……強い……」

衣「今までよく頑張った。胸を張れ。他人を犠牲にして得た力なんかじゃない」

衣「京太郎は……自分自身の力で、全国の頂点に立ったのだ」

京太郎「……じゃあ、何なんですか! その誰もが持つ『力』ってのは!」

京太郎「咲が嶺上で和了ったり、俺が全国優勝できたりする『力』は!」

衣「……京太郎。今のお前なら気付くことができるはずだ。そして気付かなければ、咲には勝てない」

京太郎「…………」

衣「そろそろ戻ろうか……京太郎。お前なら、きっと気付けるはずだ。期待しているぞ」

京太郎(咲の嶺上開花……照さんの連続和了、天江さんの海底撈月……)

京太郎(そして、俺の力……)

京太郎(それらは全て共通した、ある一つの『力』だった……)

京太郎(…………)

京太郎(咲……今、お前はその『力』を使って、俺を圧倒しているんだろう)

京太郎(一体……どんな『力』なんだ……)

京太郎(全てを犠牲にして、俺も何かは確実に変わった……俺もその『力』とは、間違いなく接しているはずだ)

京太郎(一体……どんな『力』なんだ……)

京太郎(咲……)



咲「ツモ、嶺上開花」




照(……咲が止まらない)

照(本来ならば、この四人で勝つ力は京ちゃんにある。私や天江衣よりも、はるかに上なのだから)

照(でも今の咲は、その京ちゃんを完全に上回っている。だから、咲が勝つ)

照(……どうして京ちゃんが勝てないのか、何となくわかる)

照(きっと天江衣も気づいてる……そしておそらく、咲も)

照(……京ちゃん……)




京太郎「あと、2局か……」

咲「……うん」







京太郎(……無様なもんだ)

京太郎(全てを捨てて、最強の力を手に入れたはずだった。誰も、俺に敵う者はいなかった)

京太郎(でも、そんな俺が……咲には、全く歯が立たないなんてな)



『そんな力、元からありはしない』

『ヘルカイザーなど、最初から存在していなかった』



京太郎(昔の俺から変わってないまんまだったら……そりゃ、咲には勝てないだろう)

京太郎(だったら、何で今まで俺は勝てていたんだ?)

京太郎(どうして今、咲に勝てないんだ?)

京太郎(咲の力って……俺の力って、一体、何なんだ……?)

京太郎(くそっ、また違う牌……)

京太郎(リーチをかけても、和了れない……こんなこと、今まで……)

京太郎(どうして……)

京太郎(どうして、咲には……勝てないんだ……)




咲「……ねぇ、京ちゃん」

京太郎「……何だよ」

咲「私ね、今まで一人じゃ何もできなくて、自分に何も自信が持てなかった」

咲「だから京ちゃんに、ずっと頼ってきた。思い返せば、昔からそうだったよね」

咲「今だって……きっと一人じゃ、京ちゃんに勝てなかったと思うんだ」

京太郎「……いきなり何言い出すんだ。麻雀なのに、一人じゃ勝てないなんて意味がわからねぇよ」

咲「ううん、京ちゃんならわかるはずだよ。今の私が、一人じゃないってことに」

咲「全国優勝した時の京ちゃんは、本当に凄かった。堂々としてて、自信に溢れてて……」

咲「自分の力を、完全に信じていた。一人きりでも、誰よりも強かった」

京太郎「…………」

咲「でも今の私は……部長に、優希ちゃんに、染谷先輩に、和ちゃん」

咲「それに……お姉ちゃんに、衣ちゃん。みんなの想いを背負っている」

咲「だから、私は今の京ちゃんには負けない。京ちゃんの勝ちたいという想いより、私たちの想いの方が強いから」

京太郎「意味わからねぇよ。想いの強さが麻雀の強さになるなんて、あるわけ……」







咲『愛する麻雀を、牌を、信じる気持ちがあれば……』

咲『きっと、京ちゃんにも引けるよ。勝利への、和了り牌を』







京太郎(…………!)

京太郎(昔……確かに咲は、そんなことを言っていた……)

京太郎(俺を元気づけるための、適当なでっちあげじゃなくて……本気で、言ってたってのか)

京太郎(信じていれば、きっと牌は応えてくれるって……)





衣「ツモ、海底撈月。2000・4000」

照「オーラスだね」

咲「……うん……」





京太郎(昔の俺が、弱かったのは……自分を、信じてなかったから。弱い自分が勝てるだなんて、思ってなかったから)

京太郎(俺が勝てるようになったのは、全てを犠牲にして力を得たからではなく……力を得たと、思い込んでいたから)

京太郎(だから、自分が最強だと思い、自分のことを信じていた)

京太郎(そして、その気持ちに牌が応えてくれたから……勝ててたっていうのか)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


京太郎『なぁ、咲。前から気になってたんだけどさ』

咲『どうしたの、京ちゃん』

京太郎『なんでお前、いつも槓材が入ったり嶺上牌が分かったりするんだ?』

咲『え、えぇ……それは、何と言うか……自然にと言うか……何となく?』

京太郎『何となくで済むわけねーだろ……あんなに連発されりゃあ』

咲『と言われても……』

京太郎『はぁ……俺も咲みたいに、欲しい牌を都合よく引けたら少しは勝てるかもしれないのになぁ……』

咲『京ちゃんだって、欲しい牌を引けたことくらいあるでしょ』

京太郎『そりゃ何度もあるけどさ、ここぞって時に引けたことは一度もないんだよ』

咲『そうなんだ……』

京太郎『咲と何が違うのかなぁ、俺は……』

咲『うーん……ちょっと考えてみたんだけど、京ちゃんは『この牌で和了れる』って思って引いたことないんじゃない?』

京太郎『は?』

咲『私はいつも嶺上牌を引くときは『この牌が和了り牌だ』って信じてる。牌のことを信じてる』

咲『だから……その気持ちに、牌が応えてくれるんじゃないかなって、ふと思ったんだ』

京太郎『何だそりゃ。信じるだけで引けるわけないだろ』

咲『そんなことないよ。麻雀が好きなら、きっと引けるようになるよ』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



京太郎「……咲が嶺上で和了れるのも、天江さんが海底で和了れるのも……」

京太郎「信じる気持ちに牌が応えてくれるからってのか……?」

衣「……海底は、衣の領域だ。絶対に、応えてくれる」

京太郎「そんなこと……そんなこと、出来るわけない!」

衣「出来るさ。現にお前は、ずっと信じ続け、それで勝ち続けてきたではないか」

衣「他人を犠牲に得た力ではなく、自分自身の力で」

京太郎「あれは……」

照「……よくわからないけど、想いの強さってことなら、京ちゃんは誰にも負けないよ」

京太郎「……照さん」

照「だって、全てを捨ててでも勝ちたいって思ってたんでしょ?」

照「それくらい、麻雀に入れ込んでたんだよね。麻雀が好きだったんだよね」

照「その想いの強さなら……誰にも負けないよ、京ちゃんは」

京太郎(逆転には、役満ツモが必要……)

京太郎(昔の俺なら、もう諦めてた。全国優勝した頃の俺なら、可能だった)

京太郎(今の、俺は……)

京太郎(…………)

京太郎(仮に、信じれば牌が応えてくれるなんて力があったとしたら……)




マホ『そ、そんなことないです! 信じていれば、必ずできます!』

マホ『あ、ツモりました……ツモのみ、400・700……』




京太郎(マホ……お前が模倣したのは、俺の……信じる力、だっていうのか……)

京太郎(俺が自分を……牌を信じ、その気持ちを模倣したから、和了れた)

京太郎(俺にも、そんな力があるっていうのか……)

京太郎(……これで、二暗刻目)

京太郎(役満が見えてきたのは、なんでだろうな。ただの偶然か、俺の力の残骸か)

京太郎(それとも……)




咲「……リーチだよ。京ちゃん」




京太郎(ケリをつけろっていう、天からのおぼしめしか)

京太郎(ケリなんて……もう、とっくについてるのにな。俺じゃ、咲には勝てないって)

京太郎「……結局……」

京太郎「結局、俺は……咲には、勝てないままだったな」

咲「……京ちゃん」

京太郎「すべてを犠牲にしても、全国の頂点に立っても」

京太郎「俺は……咲には、一度も勝てないままだった」

咲「……勝てるよ。京ちゃんなら、きっと勝てる」

咲「自分を、牌を、信じてれば……必ず、応えてくれるよ。京ちゃんの、想いに」

京太郎「……本気で、言ってるのか」

咲「もちろんだよ。私、ずっと見てきたから」

咲「京ちゃんの、麻雀にかける想いを。京ちゃんの一番そばで、ずっと見てきたから」

京太郎「…………」

咲「だから……」

咲「お願い、京ちゃん」








―――――――私を、信じて。







京太郎(…………)

京太郎(そっか……)

京太郎(そういうこと、だったんだな)

京太郎(俺には、目標があった)

京太郎(それが何かはハッキリとはわからなかったが、何となく、昔の俺には手が届かないものだって気がした)

京太郎(だから、俺は……強くなりたいって、思った)

京太郎(……やっと、わかったよ。俺が、本当に目指していたもの)

京太郎(それは、みんなと一緒に全国に行くことなんかじゃなかった)

京太郎(全国大会で、優勝することなんかじゃなかった)

京太郎(誰よりも、強くなることなんかじゃなかった)

京太郎(俺は―――――――)

京太郎(……四暗刻を張った次巡のツモが、これかよ)

京太郎(はは……決着をつける舞台まで、神様はしゃれた用意をしてくれたってわけか)

京太郎(……乗るしか、ねぇよな)




京太郎「カン」




照(暗槓……)

衣(……この嶺上牌が咲の当たり牌。もしくは……京太郎の和了り牌だろう)

衣(そして、どちらかというと、おそらくは……)



『ここまでやられたのは、完全に咲のことを捨て切れていなかったからじゃないのか?』



京太郎(まぁ……捨て切れてなかったってのは、認めるよ)



『今度こそ完全に咲のことを捨てきれば、きっとツモ和了れるだろう』



京太郎(その可能性は、確かにあるかもしれないな)



『前みたいに、誰よりも強くなることもできるだろうさ』



京太郎(いいんだよ。俺の目標は、そんなことじゃないんだ)

京太郎(俺の、本当の目標は……)





『愛する麻雀を、牌を、信じる気持ちがあれば……』

『きっと、京ちゃんにも引けるよ。勝利への、和了り牌を』





京太郎(自分の力なんて、別に信じてない)

京太郎(だけど……)

京太郎(和了り牌を引けるって、咲が言ってくれるなら……)

京太郎(俺は……引けるはずだ!)



カツッ!

京太郎「…………」

照「京ちゃん……」

衣「……はは、衣の予想が覆されるとはな」

咲「…………」

咲「その嶺上牌……本当は、私の当たり牌だったはずだった」

咲「でも、私が嶺上牌を信じる想いより……京ちゃんの信じる想いが、上回った」

咲「だから、牌はそれに応えてくれたんだと思う」

京太郎「……俺は、別に自分を信じちゃいなかった」

京太郎「やっぱり、咲には勝てないのかなって……ちょっと、思ったりもした」

京太郎「だけど……信じるものは、自分以外にもあった」

京太郎「俺は、咲を信じた。俺を強いって言ってくれた、咲を信じた」

京太郎「今、初めて知ったよ……麻雀って、一人でやるものとは、限らないんだな」

京太郎「ありがとう……咲」

咲「京ちゃん……こちらこそ、ありがとう」

咲「完敗だよ。やっぱり、京ちゃんと打つ麻雀は、楽しいな」

京太郎「これから先、山ほど打ってやるよ。何度も負かしてやるぜ、以前の俺とは違うからな」

衣「おっと、その時は衣も混ぜてくれ。この上なく、楽しい遊戯となりそうだ」

衣「それと……天江さんなんて他人行儀な呼び方は、もうやめてくれな」

照「京ちゃん……私はもう卒業しちゃうけど、今度はプロの立場に立つから……」

照「だから、来年も優勝して……また、あの舞台で戦おう。ね」

京太郎「……衣さん、照さん……」

照「それより、点数報告がまだだよ。ほら」

京太郎「あっ、すいません」

京太郎「ツモ、嶺上開花……四暗刻。俺の……逆転トップです」


久「もう一年経つのか、早いものね」

和「そうですね。またみんなで全国に来れたなんて、夢みたいです」

京太郎「部長もわざわざ東京まで、ありがとうございます。それに、マホも」

久「そりゃもう、可愛い後輩たちの全国の晴れ舞台だもの。OGとして応援に来るのは当然でしょ」

マホ「私も暇でしたのでー」

ムロ「本当は勉強しなきゃ駄目なんだけどね」

マホ「……ま、まぁそれは置いといて!」

まこ「そもそも、今の部長はわしなんじゃがの」

優希「でもやっぱり、部長は部長だじぇ!」

咲「あはは、そうだね」

久「でも……咲と和は流石としても……」

久「須賀君も、よく代表取れたじゃない? 激戦区の男子で」

京太郎「いやいや、俺は運がよかっただけですよ」

優希「去年の決勝で当たった三人が実はみんなその時三年で、今年はいなかったみたいだじぇ」

まこ「おかげで、今年は層スッカスカだったと評判じゃったの」

京太郎「そのスッカスカの層の中ですら、ギリギリの代表獲得だったんですよ」

京太郎「部内でもそこまで勝ててないし、俺、代表者の中で最弱なんじゃないかな……」

咲「そ、そんなことないよ……多分」

久「多分……ねぇ」

咲「ぶ、部長!」

京太郎「はは、ですよね。でも、そのぶん気楽に打てますよ。負けてもともと、勝てればラッキー程度のものですから」

京太郎「それじゃ、そろそろ時間ですので。行ってきます」

京太郎「…………」

衣「京太郎」

京太郎「……あ、衣さん」

衣「すまないな。最初から最後まで、衣はお前を振り回してばかりで、何もしてやれなかった」

京太郎「何言ってるんですか。衣さんには、感謝してもしきれませんよ」

京太郎「衣さんがいなければ、俺はずっと麻雀にコンプレックスを抱いたまま……自分の気持ちにも、気付けなかった」

京太郎「俺がこうして堂々とこの舞台に立てるのも、衣さんのおかげですよ」

衣「……惜しくは、ないのか? 去年の自分が」

京太郎「…………」

衣「あのまま衣たちが何もしなければ、京太郎は去年以上の力でいられただろう。全国制覇など、たやすいはずだ」

衣「そのことを……惜しくは、感じないのか?」

京太郎「……全然、惜しくなんかないですよ」

京太郎「だって、俺の目標は、全国制覇なんかじゃなかったんですから」

衣「……そうか。ならば、衣も気兼ねなく応援できるよ」

京太郎「見ていてください。勝てる可能性は限りなく低いかもしれないけど、全身全霊で戦ってきますんで」

衣「うむ、思いっきり暴れてこい、京太郎!」

京太郎「はい! では行ってきます、衣さん!」






衣「京太郎……」

衣「お前との付き合いは一年程度。決して長い期間とは言えぬ」

衣「だが衣にとっては、何よりも大切な一年間だった。京太郎にとっても、そうであれば嬉しいよ」

衣「……いいところを見せられるといいな。頑張れ、京太郎」

アナ「……しかし妙な組み合わせですね、宮永プロ。初戦から、去年の優勝者と準優勝者が当たるなんて」

照「京ちゃ……須賀選手は、今年はギリギリの予選突破でしたから。この対戦システムには一考の価値があるとは思いますが」

アナ「ええ。須賀選手ですが、去年とはまるで別人のようなヨレヨレの県大会突破だったようです」

照「……確かに去年みたいに、圧倒的な力で相手を叩き潰すような麻雀は鳴りを潜めています」

照「ですが、きっと須賀選手が打ちたかった麻雀は、今の須賀選手の打っている麻雀だと思います」

アナ「……去年は不本意な麻雀だった、ということですか?」

照「はい。ですが当時は、そのことに彼は気付いていませんでした」

照「ヘルカイザーと言われた去年も、かろうじてギリギリの県予選突破だった今年も。本質的には、同じ須賀京太郎だったんです」

アナ「……はぁ……」

照(……いけない、喋りすぎた。わけのわからない子だって思われてないかな……)


竜「…………」

京太郎「…………」

竜「……今年のあンたは、背中が煤けねぇな」

京太郎「……よろしくお願いします」






アナ「それでは、試合開始です!」

照(牌を、自分を、信じれば……きっと応えてくれるから)

照(だから……頑張って、京ちゃん)

京太郎(衣さんが言っていた。昔の自分は麻雀を打っていたんじゃない、打たされていたんだって)

京太郎(思えば俺も、そうだったのかもしれない。ただ強くなりたい、勝ちたいとだけ思っていた)

京太郎(今の俺は……本当に自分の望んでいる麻雀が、よくわかっている)

京太郎(それは……)




京太郎「カン」

京太郎「……ツモ! 嶺上開花、中ドラドラ、2000・4000!」

竜「……へぇ」

京太郎(見ててくれよ、みんな!)

優希「やったじぇ、京太郎の先制和了だじょ!」

和「……須賀君、楽しそうですね」

まこ「そりゃそうじゃ。あいつほど麻雀が好きな奴は、そうそうおらんよ」

ムロ「去年打った時とは、全然雰囲気違いますね」

マホ「んー……確かに去年の方が強そうだったんですけど、今の須賀先輩の方が何だか、生き生きとしてるって思います」

咲「そういえば……一つ気になることがあるんですけど」

まこ「何じゃ?」

咲「結局、京ちゃんの目標って何だったんですか?」

咲「全てを捨ててまで、強くなろうとして……でも、目指していたのは全国出場でも、全国制覇でもなかったみたいで」

久「……は?」

咲「本人に聞いても適当にはぐらかされるし……みんな、何か知りませんか?」

和「……宮永さん……」

優希「咲ちゃん、それ本気か?」

咲「え? え?」

マホ「部外者の私でも、とっくに気付いてますよ……」

久「わかってないわね……じゃあ、教えてあげる」

久「須賀君はね、他の誰でもない……あなたに、勝ちたかった。それこそ、彼の本当の目標だったのよ」

咲「わ、私に……?」

まこ「ずっと前から、咲以外みんなわかってたぞ」

咲「……やっぱり……」

咲「やっぱり、悔しかったんでしょうか? こんなどんくさい私なんかに、全然勝てないってことが」

久「まぁ……それもあるかもしれないけどね。本命の理由は、そんなんじゃないわよ」

咲「え、じゃあ一体……」

優希「……咲ちゃん、さすがに酷いじぇ」

和「須賀君、かわいそうです……」

ムロ「お気の毒です、先輩……」

咲「え? え?」

まこ「……本当にわからんのか?」

久「やれやれ……一年経ってもこれじゃあ、まだまだ時間かかりそうね」

咲「お、教えてくださいよぉー!」

久「だぁーめ。それは似た者同士、自分で考えなさい」




昔から、決まってるじゃない。

男の子っていうのは。

好きな子の前じゃ、強くありたい、いいところを見せたいって思うものだって。



咏「……ふーん、いい顔するようになったじゃん、彼」

えり「確かに去年とは、だいぶ印象が違いますね」

健夜「うん。去年はただ勝利だけを求め、相手へのリスペクトなんて全く感じなかったけど……」

恒子「何かあったのかな?」

咏「だろうねぃ。それも、きっといいことがね」

えり「……そういえば彼、妙なんですよね」

咏「妙?」

えり「はい。県大会のデータを見ると、去年みたいな圧倒的な火力はないのですが……」

えり「どういうわけか、嶺上開花の和了率が高いままなんですよ」

恒子「高いって、どのくらい?」

えり「えぇ。彼が嶺上を引く時は……大体、3回に1回くらいは和了っています」

咏「確かに高いけど低っ!」



健夜「嶺上か……何だか、宮永さんみたいだね」

恒子「あ、確かに。長野ってところも同じだね」

咏「……もしかしたら、彼女に対して何か思うところがあったのかもしれないねぃ」

えり「思うこと?」

咏「うん。それが対抗心か、憧れか、はたまた別の感情かはわからないけど……」

咏「あんな風に戦いたい。あんな麻雀を打ちたい。そんな思いを、ずっと持ってたのかも」

健夜「……それが去年は、ヘルカイザーとして昇華することになったと?」

咏「わかんねーけど、今の彼、ずいぶんいい顔してるよ」

咏「それだけでも、あちら側の世界に足を踏み入れた価値はあったんだろうさ」

咏「……頭ごなしに彼を否定しちゃった私は、後で謝らないとねぃ」

健夜「……やっぱり若い子って凄いね。どんな道に進んでも、色々な未来がさらに広がってる」

健夜「もし、自分が間違った道に進んだって彼が思ってたとしても……きっと、後悔はしてないだろうね」

恒子「ほうほう、アラフォーらしい若い子に嫉妬した発言だね」

健夜「アラサーだよ! あと別に嫉妬してるわけじゃないよ!」


京太郎「……ふぅ……」

咲「……京ちゃん、お疲れ様」

京太郎「咲か。わざわざありがとうな」

咲「……残念だったね」

京太郎「いやぁ、あそこまでフルボッコにされると、かえって気持ちいいさ」

京太郎「もともと、ここに来れたこと自体が不思議なくらいだからな。それに、楽しかったし」

京太郎「ところで、みんなは?」

咲「いや、その……せ、せっかくだし、私だけ先に行ってこいって……」

咲(……こんなことまで、気を回してくれなくてもいいのに……)


京太郎「しかし、やっぱりなかなかうまくいかないな。どうしても嶺上で和了れるとか、ありえないって思っちまうし」

咲「あはは、まだまだ信じ切れてないのかな。無理に私の真似なんかしなくても……」

京太郎「咲の真似してるわけじゃないさ。ただ、ここぞって場面だといつも咲を感じるんだよ」

京太郎「そういう時は……嶺上牌も、いつも応えてくれるんだ。何せ、咲と一緒に打っているんだからな」

咲「……京ちゃん……」

京太郎「でも……欲を言えばやっぱりもう少し、カッコいいところを見せたかったな」

咲「……カッコよかったよ、十分すぎるくらい」

京太郎「ん……咲にそう言ってもらえるなら、おおいに価値ある一戦だったな」

咲「来年、また来ようよ。今度は、もっと強くなって」

京太郎「……そうだな。見てろ咲、完全に負けたって言わせるくらい強くなってやるから」

咲「……私、いっつも京ちゃんには負けてるよ……」

京太郎「え?」

咲「ううん、何でもない。みんなが待ってる、戻ろう」

京太郎「あぁ、そうだな」

京太郎「……なぁ、咲」

咲「何? 京ちゃん」

京太郎「今思えば、最初に俺が麻雀部に連れてきてプラマイ0を連発してた時から……」

京太郎「ずっと、魅せられてたんだなって思うよ」

咲「……私の麻雀、そんなに凄かったの?」

京太郎「麻雀も確かにそうだけど……本当に魅せられたのは、きっと……」

京太郎「……やっぱ教えてやんねー!」

咲「ええっ、何それ! そこまで言っておいて!」

咲「部長たちも、何だか肝心なところは言わないし……私だけ、のけ者にされてる気分だよ」

京太郎「ま、そのうち言う日が来るさ。いや、そうしなきゃ駄目だろうな。男として」

咲「何言ってるの?」

京太郎「……ま、今はまだこれでいいかな。でも、そのうち……な」

久「おかえり、須賀君」

和「お疲れ様でした」

まこ「惜しかったのう、京太郎」

優希「優しい私が、頭なでなでしてやるぞ犬!」

マホ「うっへっへ、お二人さんいい雰囲気で~いたたっ!」

ムロ「こら、マホ!」






「「ただいまっ!」」





END