414 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/12(火) 20:26:39.08 ID:Ca8CHG5So [4/33]
【8月21日:昼】準決勝当日


試合終了。

その後、俺はセーラさんと船久保先輩に言われ、泉と共に病院へと向かっていた。

怜さんは、ひどくはないそうだ。

体力を大きく消耗し、ひどい貧血を起こしていた。

一日検査入院すれば、問題なく帰れるそうだ。

そう思ってはいても、そう感じない人もいる。

……部長とかだ。


竜華「嫌や!離してぇな!!」

京太郎「そういう訳にはいきませんよ…!」

泉「部長、私らで見ておきますから!」

竜華「う、うぅ……怜ぃ…!」


落ち着きがない。

そんな部長。

この人は、何所までも怜さんを重視している。

こうして錯乱するくらいに。

だから、そんな部長を落ち着かせる方法は一つだ。

……利用するみたいで、気分が悪いけれど。

これしかないなら、利用するしかない。


京太郎「怜さんだって、部長を信じているんですから」

竜華「怜が……」

京太郎「きっと、大丈夫なのにそんな風に騒いでる部長を見たら、「りゅーかうるさい」とかって言いそうですよ……今寝てるみたいですし」

竜華「うっ……」


さぁさぁ、と。

俺は竜華さんの背中を押す。

名残惜しげに。

ちらりと、怜さんを見て。

部長は目元を引き締める。

これで大丈夫だ。

去っていく部長。

俺はその背中に小さく、頭を下げた。








465 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/12(火) 21:47:30.01 ID:Ca8CHG5So [12/33]



京太郎「さて、と……」

泉「ぁぅ…」


ちらりと。

俺は視線を泉に向ける。

……なんでそんなにびくっと反応するんだろうか?

そうは思ったが、すぐに考えを改める。

そうだ。

試合前の約束。

罰ゲーム、だったか……。

俺がそれを思い返して、再度泉を見る。

手を後ろにやってモジモジと、視線を逸らしてはこちらをちらちらと見ていた。

そんなに嫌なのか?罰ゲーム。

そう思いつつ、俺が腕を組む。

いや、別に罰ゲームなんかしなくてもいいんだ。

あれはあくまでも泉に発破をかける。

そのつもりの言葉。

こいつのことだ、きっと少しは勢いを持ってくれる。

そう思ったからこそ、俺は提案した。

だからいいか。

俺はそう結論を出して、泉へと向き直る。


京太郎「よし、泉」

泉「ひゃ、ひゃぃ……」

京太郎「何か飲むか?奢るぜ」

泉「……へ?」


ぎゅっと、目を閉じた泉がまた瞼を開く。

その顔は一言で言えば、呆然。

まるで何かが想定外。

そう言うかのような顔をしている。

呆然と、泉が口を開いた。


泉「あれ……京太郎、ウチを責めんの…?」

京太郎「ばっか、負けたからってお前を責めれるか。俺が試合に出たわけじゃねーのに」

泉「でも、約束したやん!」


そう、声を上げる泉。

……こいつ、自分で罰ゲームしたいのか?

お兄さんなんか心配ですよ?





うーん。

俺は考える。

罰ゲーム。

そう言われても咄嗟には出ないもんだ。

俺の経験上の罰といえば、母親の尻叩きを思い出す。

あれは痛いと同時に屈辱的だ。

しかし、泉は女の子。

男の俺がやる訳にもいかないだろう。

そこで、泉の顔を見て俺は思いつく。

小難しそうな。

なんとも表現しにくい表情をしている。

よしっ、と俺。

びくん、と泉。

なんか変な反応だなぁ、と思いつつ。

俺はにやりと、笑みを浮かべた。


京太郎「よーし泉、目を瞑れ」

泉「は、はい……」


目を閉じ、待ちわびるような顔をする泉。

にこりと俺。

ワキワキと、手を動かした。


京太郎「小難しい顔してねーでこれでも喰らえっ!」

泉「ひっ―――ひゃ、ぁぁあああああああ!?」


くすぐり攻撃。

それを開始した瞬間、泉が体をくねらせる。

逃げるというよりは、その突然のことに体を耐えさせるように。

くねりと、泉が震えていた。

………反応おかしくね?


泉「ひっ……ひん……ッぁ」

京太郎「あ、あのー……泉さーん…?」


くたっと。

俺の胸に顔を埋めてしな垂れる泉。

力が抜けてるなこれ……そうか、泉はくすぐりが嫌いだったのか。

こりゃ一つ勉強になったな。





501 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/12(火) 22:10:50.65 ID:Ca8CHG5So [17/33]

.    ′: : : : : : : : :| i  ¨¨¨¨¨           ¨¨¨¨¨  / |: : : : : : : : :い
    i.| : : : : : : : : :.|  , ゚.:.:.:.:.:.:.:          :.:.:.:.:.:.:.゚  ,  |: : : : : : :..:..| |i イラッ
    |ハ: : : : : : : : : |  ′:.:.:.:.:.:.:.:     '       :.:.:.:.:.:.:.  ′ノ: : : : : : : : :| ||
    || |: : : : : : : : :.\__j                   j_/: : : : : : : : :..:| ||  「………」
    || l: : : : : : : : : : : :.∧                  /: : : : : : : : : : : : , l|
    リ 乂: : : : : : : : : : : :个:..      ´  ̄ `      ..:个: : : : : : : : : : : : ゚ リ
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506 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/12(火) 22:12:12.98 ID:Ca8CHG5So [18/33]
【8月21日:夜】準決勝当日


負けた。

千里山が。

負けた。

その結果を病室で見た時。

俺はどんな反応をしただろうか。

自然と手を握り込んでいただろうか。

それとも、静かに目を閉じていただろうか。

ただ。

一言。

残念そうな怜さんの呟き。

それだけが、耳に残っていた。


怜「そか……」


そんな、困ったような笑み。

それを忘れれず。

俺は泉と、夜の帰り道を歩いていた。

泉は、何も言わない。

いや、言えないのか。

怜さんを除けば、削られたのは泉が大きい。

それを気にしてるのだろうか。

気づけば、俺は泉の手を引いている。

そうでもしなきゃ、歩きそうにないから。

公園。

そこを抜けていき、視線を向ける。

視線の先にはホテル。

ようやく戻ってこれたと一息。

ただ、泉は。

足を止めて、ホテルを見る。

そこにあるのは、恐れだろうか。

やってしまった。

そう自分を責める顔。

それを見てしまうと、俺は何も言えない。

俺は泉へと振り返ると、ため息を吐いて声をかけた。


京太郎「ちょっと、何か飲むか?」





551 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/12(火) 22:39:09.20 ID:Ca8CHG5So [23/33]



京太郎「ほれ、レモンティーでいいか?」

泉「あ、うん……」


俺はキンキンに冷えたレモンティーの缶を泉に差出し、自分はコーヒーのプルタブを開く。

よく冷えてる。

それに少し甘めで、飲み口がいい。

カフェオレみたいだなと思いつつ、俺はベンチに腰掛ける泉の隣に座り込んだ。

会話は無い。

俺がコーヒーを啜る音。

それだけが響く。

そのまま、俺が一本飲み終えた頃。

少し考えるように「あー」と、声を発し。

ポンッと。

泉の頭に手をやった。


京太郎「お疲れ、泉」

泉「………京太郎…」

京太郎「お前は全力だったし、皆も全力だった……その結果に後悔してるようじゃ、きっと皆怒ると思うぜ」


知らんけど。

そう思っていると、肩に重みを感じる。

気づけば、缶一個分空いていた俺と泉の隙間は埋められ、泉は俺の肩に頭を寄せている。

……なんというか、びっくり。

それが正しい感想か。

妙にしおらしい泉は俺の言葉に小さく、こくりと頷いて聞いている。

……こういう顔は、苦手だ。

俺は少し迷い、覚悟を決めて泉の肩を抱き寄せる。

まぁ、今くらいは。

……今くらいは、いいだろう。



568 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/12(火) 22:43:39.09 ID:Ca8CHG5So [25/33]
【8月22日:朝】


怜さんが今日、退院する。

まぁほぼ半日みたいなものなんだけど。

そう思いつつ、俺はセーラさん、清水谷部長と共に病院へと向かっていた。

一応、船久保先輩や泉も誘ったは誘った。

だけど船久保先輩は個人に出るセーラさん、竜華さんのためのデータを纏めていて手が空いていない。

泉は泉で、なんかベッドでコロコロと転がってたから無視してきた。

まぁ、あまり大勢で押しかけるのもな、と思う……病院だし、気を使うべきだ。

そうこうしている内に移動完了。

受付にいけば、その待合所にはすでに怜さんが眠たげに座っているのが目に入った。


竜華「怜!」

セーラ「よっ!元気そうで安心したで」

怜「竜華にセーラ、おはよーさん」


か、軽い。

俺は思わず引きつってしまう頬を笑みに変えて、怜さんに向き直る。

怜さんは俺を見て、少し目をぱちくり。

だが次の瞬間には、目をそっと逸らしていた。


京太郎「え、あの……怜さん?」

怜「……なんや、人が寝とるベッドの横で泉と乳繰り合っとった京太郎?」

竜華「え」

セーラ「へ?」


部長とセーラさん。

二人の視線が俺に向く…が、待ってほしい。

それは冤罪であると俺は声大きく言いたい!

だがしかし、そんなものに効果はない。

昨日、帰ってきたときの姿を見られてる。

そこから結びつけて、何か拙い勘違いをされるのだけが心配なのだ。

だがしかし、思ったような反応はない。

見れば、部長は一人納得していて、怜さんはこちらをジト目で見据えてる。

セーラさんは……。


京太郎「……あの、怒ってます?」

セーラ「怒っとらんよ」


いや、見ても……。


セーラ「怒っとらん」


さいですか。




613 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/12(火) 23:09:26.60 ID:Ca8CHG5So [28/33]
【8月22日:昼】



怜「……」

京太郎「……」


何でこの人は怒ってるんだろう。

そう思うほど、愚かではない。

昨日の泉とのやり取り。

それが怜さんには不満なのだ。

それくらいは、分かる。

罰ゲームか。

それとも別の何かか。

考えれば考えるほど、これ、という答えが出てこない。

しかし、分かったことはある。

こうして今、怜さんと一緒に居る。

そうしていると、妙に機嫌よくなっているという事実だ。

小さく、ため息。

俺は少しの疲れをそれに乗せて吐き出す。

閉じていた瞼を開く。

開けば、見えたのは瞳。

目と鼻の先。

お互いの息が吹きかかる距離に、怜さんの顔があった。

フリーズ。

それと同時に俺は現状を理解する。

顔を下げようとした瞬間。

優しく。

振りほどこうとすれば解けるほど優しく。

怜さんの手が俺の顔を挟む。

それに固まって、俺は息を飲み込む。

いや、なんだこれ。

どういう状況なんだ。

怜さんはそのまま固まって、俺を見つめ続けている。

目を逸らそうにも逸らせない。

そんな雰囲気があった。


怜「……」


ちろり、と。

怜さんの赤い、小さな舌が唇を舐める。

……妙な危機感を感じるぞ、何故か。






649 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/12(火) 23:41:10.62 ID:Ca8CHG5So [31/33]



怜「なぁ京太郎」

京太郎「な、なんでごぜーましょう?」

怜「京太郎は、ウチを助けてくれるんよね?」


不意に。

そう尋ねられて。

俺はその言葉の意味を考える。

助ける。

それには色んな意味がある。

困っていそうだから助ける。

仲間だから助ける。

ただ助けたいと思うから助ける。

好きだから助ける。

そんな、色々な意味がある。

この人の助ける。

その言葉は、何か不透明だ。

それを理解できるだけの空気。

そう呼べるものがある。


くすりっ。

普段の弱々しい様子からは考えれないほど、妖しい笑み。

いや、だからこそそう感じるのかも知れない。

そんな笑みを浮かべた怜さんが、すっぽりと俺の胸元に納まる。

ここまでされれば、流石に俺だって分かる。

助けてくれる?

それが持つ、意味が。

えっと、どう答えるべきなんだろうか。

それに困る。

困っていると。

小さく、怜さんが笑った。

笑って、また体を寄せるだけだった。





654 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/12(火) 23:49:02.98 ID:Ca8CHG5So [32/33]
【8月22日:夜】

怜さんを部屋に送り届ける。

俺の部屋で結構話しこんでいた。

そんな気がする。

そう思いつつ、俺は脚をレクリエーションルームに向けていた。

何をする、という訳でもない。

ただ、寝る前に部屋の消灯やらなんやらを確認しておこうと思っただけ。

まぁ、もう夜。

それも寝る時間にほどなく近い時間帯だ。

人が居るとは思えない。

そんな気持ちがあったのは事実だ。

しかし、音が聞こえた。

入って、見る。

そこには、カップを片手に試合映像を見ている船久保先輩の姿があった。


京太郎「せ、先輩?」

浩子「ああ、なんや須賀か」


園城寺先輩の相手?お疲れさん。

そう言って視線をまたテレビに戻す。

試合映像。

昨日の、千里山の試合か。

船久保先輩はそれを舐めるように見回し、そして小さく息を吐いていた。

そこにあるのは疲れ。

そして少しの諦め、であろうか。


浩子「……やっぱ、強いわ」

京太郎「そう、ですか……」

浩子「粒ぞろいやからな、白糸台は……こら来年も苦労するわ」


はぁ、と船久保先輩。

来年。

そうか、もうそれを考える必要があるのか。

俺は先輩の背中を見る。

3年生の意思。

それを継ぐのが、後輩の役目だと思う。

それならば、船久保先輩はそれに最も適している。

そう、俺は不意に思っていた。






685 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/13(水) 00:25:43.69 ID:wexfKoodo [5/33]
【8月23日:朝】


怜さんの言葉。

助けれくれる?

その問いかけ。

それに答えるのならば、Yes。

そう答えよう。

それが、そのままの意味ならば。

それ以外の意味。

そうとなると、何も言えない。

俺だって馬鹿じゃない。

あんな態度をとられれば、意識だってする。

怜さん。

弱々しいけれども一生懸命生きている。

まるで日光が差す量が少ない花のような人だ。

必死に。

生きようとする花。

それが怜さんだ。

そんなことを考えていると、不意に気配を感じた。

レクリエーションルーム。

そこには今、俺だけしかいない。

視線を向ける。

そこにいるのは、怜さん。

そして部長の何時ものコンビ。

怜さんがにこりと、俺に笑みを返す。

それに妙な気恥ずかしさを俺は感じる。

くそう、なんでか知らないけど、妙に意識してしまう。

そう思っていると、また視線を感じた。

こっそりと見れば、部長が俺を見ている。

妙にうさんくさいものを見る目で、だ。


竜華「……怪しい!」

怜「どないしたん、竜華」

竜華「二人とも、何か隠しとるやろ」

怜「なんも隠しとらへんよ、なぁ京太郎」

京太郎「え、ええ……何も、ええっ」


そこで振りますか、俺に。

そう思い、視線を怜さんに向ける。

またちろりと、舌を出しておどけられてしまった。

……この人、あれすれば場を流せるとか思ってないか?




749 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/13(水) 00:48:20.28 ID:wexfKoodo [10/33]
【8月23日:昼】



セーラ「なんや京太郎、えろう景気悪い顔しとるやん」

竜華「せやせや、朝からどないしてん?」

京太郎「あー……そんな顔してます?」

セーラ「一人頭抱えとったら嫌でも分かるわ」


時間が過ぎる。

空白の時間だ。

俺は疲れたような、そんな表情を浮かべていた。

朝も、昨日も。

怜さんの言葉がずっと残るのだ。

それをセーラさんにも部長にも、質問はそう出来る気はしない。

ただ、例え話だ。

これは、例え話。


京太郎「あの……すっごく異性に頼られるって、どうなんでしょう…」

セーラ「ん?」

京太郎「これは、例え話なんですけど……普段から仲良くて……例えば部長と怜さんくらいですよ?」

セーラ「そりゃ仲ええなー」

竜華「で、それがどないしてん?」

京太郎「部長と怜さんは、同性同士ですからそこまで。……そんな二人よりも片方が異性へと縋っている、ってのはどうなんでしょう」


そんな状態。

それを思い浮かべたのか、セーラさんが沈黙。

つまりは、あれだ。

溺愛されている、ということだ。

怜さんのそれは、そう思えるものだから。

竜華さんは自分のことだから理解は薄いかも知れない。

だけど、セーラさんはそういうのに慣れてないらしい。

顔を少し赤くして、そっぽを向いている。

それに小さく苦笑。

いきなりすぎた。

俺はすみませんと、頭を下げる。


京太郎「いや、変なこと言いました!忘れてください!」

竜華「ええん?」

セーラ「そ、そか…ならええんや」

竜華「……なしてセーラそない顔赤いん?」

セーラ「う、うっさい!」





967 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/13(水) 20:06:55.23 ID:wexfKoodo [29/33]
【8月23日:夜】




京太郎「昼間は変なこと聞いちゃったな……」


風呂を上がり、未だにしっとりとする髪の毛をそのままに俺はレクリエーションルームへと向かっていた。

首にかけた半タオル。

それが少し垂れる水気を吸収していく。

こりゃしっかり拭いてから寝ないと寝癖に残る。

そんな短い思考が思い浮かんではすぐに消えた。

面倒だ。

朝になってシャワーでも浴びればそんな寝癖はすぐに取れる。

それに、寝汗も落ちるし一石二鳥じゃないか。

そんなことを思いつつ、俺はレクリエーションルームに。

入った時に気づいたが、ドライヤーの音が聞こえる。

序でに鼻歌も。

しかもこっちの音は聞こえていないらしく、止まる気配は無かった。


セーラ「ふんふんふふーん~♪」

京太郎「………セーラ、さん……?」

セーラ「どわあああああああああ!?」


ぽーんっ。

そんな感じで勢いよくドライヤーと櫛を上に放り投げるセーラさん。

だが待ってほしい。

ドライヤーは基本、コード式だ。

つまり投げたとしても限界がある。

ドライヤーは放り投げた持ち主へと帰るように落下。

俺が声を出して警告する前に、それはセーラさんへと襲い掛かる。

しかも、セーラさんは思い切り立ち上がっているのも原因だろう。

落下、直撃。

「ふぐっ!?」と。

妙に詰まった声がセーラさんから引き出されていた。


セーラ「う、うぅ……頭が割れてまいそうや……」

京太郎「す、すいません……手をどうぞ」


ぺたん、と地面に座り込んで頭を摩るセーラさん。

手を差し出すと、俺に手を伸ばして。

ぴくりと、止まった。

………顔、赤くね?




19 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/13(水) 20:53:57.17 ID:wexfKoodo [2/30]



セーラ「み、見とった……?」

京太郎「えーと……はい」

セーラ「ぁああああ……」


がっくり。

そんな感じでうなだれるセーラさん。

それに焦る俺。

なんというか、あれだ。


京太郎「なんか、すいません……」

セーラ「あ、ああ、ええんよ、別に」


見られて困ることじゃない。

セーラさんがそう笑い、俺の手を握る。

ぐっと、引き上げる。

軽い。

それにやっぱりセーラさんも女の子なんだな、と思う。

ドライヤーとか、あの手鏡に櫛も。

気づけば、俺は小さく笑いながら声に出していた。


京太郎「セーラさんもやっぱり女の子ですね」

セーラ「あ、アホ!!」


怒られてしまった。

しょぼん。





32 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/13(水) 21:02:59.28 ID:wexfKoodo [4/30]
【8月24日:朝】




――――千里山高校三年、園城寺怜。

今こそ名門・千里山の新エースとして知られる彼女。

だが、それは幸福に満ちた人生ではなかったと言っていい。

生来の虚弱体質。

それ故に集中力欠如によるミスの誘発。

もし、健康な体だったら。

もし、普通に生きれれば。

そう思い、願わずばならなかったことは多々あった。

だが、それは。

……それならば、自分はあの全国のステージに立てたのだろうか?

その疑問があった。

一度死に瀕したことで手に入れた一巡先。

限界に挑戦して手にした二巡先。

皆がくれた三巡先。

それが無ければ、自分は泉にも及ばない。

それを理解している。

皮肉だ。

体が弱くなければ皆のために戦えず。

体が強ければ皆に並べない。

神様は二つを与えない。

それが良く分かるじゃないか。

思わず、笑ってしまいそうだった。

ああ。

届かない。

二者択一。

どっちかだけ。


「なら、ウチはどっちを選べばええの?」


そう問いかけても答えは出ない。

答えてはくれない。

そう……もし、それの答えとするのなら。

それは、ただ一つだ。







どちらの園城寺怜も必要としてくれる、確固とした存在。

それが園城寺怜に必要なのだ。




382 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/15(金) 22:13:44.91 ID:oHVVCIIRo [4/14]



竜華「―――怜、どないしたん?」

京太郎「怜さん?」

怜「あっ―――」


意識が、遠のいていた。

思わず手の平を見つめ、安堵のため息を漏らす。

よかった。

まだ、自分はここにいる。

ここに居て、皆を理解できている。

そんな安心。

それを実感する。

ぎゅっと。

手を握る。

そして前を見た。

二人がこちらへと振り向いている。

清水谷竜華。

昔からの友達。

今までとても助けて貰った。

それに見返りなんてない、ある意味ではアガペー(無償の愛、隣人愛)に近しいものがある。

尽くして貰った。

ああ、それを疑うことはない。

今も心配そうにこちらを見つめているのが、それを肯定している。

それと同じように、こちらを見る京太郎。

その視線にあるのは同じく気遣いと優しさ。

出会って数ヶ月という短い期間。

でも、その献身を理解できるほどに尽くしてくれた。

思えば、あの春の出会いから。

京太郎は、優しい人だった。

―――どくんどくんどくん。

聞こえてくる心臓の鼓動。

生きようと鼓動する音。

それが京太郎を思うと、早鐘を打った。

―――どくんどくんどくん。

暖かい。

ほわほわとする。

この気持ちは、初めてだった。

竜華でも、セーラでも、船Qでも、泉でも。

誰からも感じなかった暖かさ。




389 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/02/15(金) 22:25:38.66 ID:oHVVCIIRo [5/14]





【話を戻そう】



【世の中は二者択一】



【両方を、という贅沢なんて通じないことが普通だ】



【園城寺怜】



【その少女は、笑う】



【選ばなければならない】



【その事実に笑う】



【即座に片方を切り捨てれる、自分に笑った】



【なんだ、悩むことなんて無いじゃないか】



【切れない絆を作れる方を選べば良い】



【簡単なことだ】



【怜は笑う】



【笑って、笑って、口を開いた】





【「――――ウチ、京太郎の赤ちゃん欲しいな…」】





[END:二者択一]

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最終更新:2015年04月25日 02:31