事件はいつだって唐突だ。だからこそこの須賀探偵事務所は年中無休、呼び出しあらば即参上がモットーで。

憧「ま、だいたいヒマってことだけどねー…ふーっ」

京太郎「うるせえやい。爪の手入れをする前に営業でも行ってこい!」

和「しても意味がありませんよ。それより先日の事件の領収書と収支が合わないのですが。須賀君?」

京太郎「……こ、交際費ってことで」

冷たい目線にだって負けない、それが探偵事務所所長のモットーだ。

和「……分かりました。それなら所長にはやって欲しい仕事があります」

京太郎「ん? なんだよ、辻垣内さんトコとの会合か? そういや龍門渕との予算折衝が終わってなかったよな」

やれやれ、結局こいつらも俺の所長としてのスキルに頼りっぱなしってことか。ったく仕方ねえな…ここは颯爽と立ち上がってやるしか。

和「会合など対人交渉全般は憧、経理や事務は私と決めているでしょう? 所長はどっちも出来ないんですから大人しく…どうしました? 膝をついたりして」

憧「ぷっ、あははは! ダメだってば和、うちの所長は無能って言われるとヘコんじゃうんだから。せいぜい家事全般が関の山じゃない?」

和「さすがにそこまでは…家事以外にも、猫探しなんかは得意ですし…あ、あら? 須賀君?」

憧「そーねー、考えなしにほっつき歩いたりする分には私達は足元にも及ばないわよねー。ふふ、良かったじゃない京太郎! 和のお墨付きよ? ふふっ」

畜生め…お、俺は泣いてなんかいないぞ。これはちょっと足の力が抜けただけであって…ん?

京太郎「おお…」

目の前に広がるパラダイス。顔を上げた先にある、ソファで無防備に座る憧と、俺の傍で立つ和のソレ。薄緑の生地にレースが可愛らしい憧と、飾り気は少ないながら艶やかで高級そうな黒の和。
全部見えてるわけじゃないけど、全部見えないからこそ湧き立つものがある。そう、それは二人が顔色を変えて、憧がわざわざ立ち上がってまで足を大きく後ろにスイングさせていたとしても、十分所長になった価値がある―――――

憧「吹っ飛べこのド変態!」

和「訴えたりはしませんが…!」

ああ――探偵やってて良かった――

京太郎「……んあ? っててて……あれ、和と憧は? っつーか夕方?」

痛む身体に鞭打って立ち上がれば、雑居ビルの一室たる事務所は夕日で赤色に染まっている。そこに所員の二人は影も形もなく、ただ机の上に書置きが一枚。可愛らしい一筆箋なあたりが女子力を伺わせる。

京太郎「仕事に出ます、晩御飯は二人とも事務所で食べるので用意してなさい変態……むう…」

あの二人ときたら、所長の俺をなんだと思って…いや、やめておこう。また泣いてしまいそうだ。

京太郎「仕方ねーな。確か冷蔵庫にアボカドが、っと電話電話っと」

しゅるりと華麗に巻かれる寸前で放られたエプロンが、勢いをそがれたとばかりに不満げに宙を舞う。つか、憧の買ってきたこのエプロンフリフリ多すぎ。

京太郎「はいはい、こちら須賀探偵事務所でございます。はい、ご依頼ですか? すぐ? 喫茶店? ええと…」

参ったな…直接会うような時には絶対憧がついてくるし、俺一人で行かないよう言われてるんだけど。

京太郎「すみません後日…え、前金? そんなに!? 行きます! すぐ行くんで! はい、はい!」

フフフ、いったいどうして所員の命令に従わなければならないというのかね。そして多額の前金を受け取った俺に対する二人の印象はうなぎ上りのはず。パンツはだめでも、褒めてくれるはずだ!

京太郎「やれやれ、所長はツライぜ…」

泣きだしそうなエプロンに金色夜叉ばりの別れを告げて…足蹴にはしてないけどな、持つ物だけ持って、鼻歌交じりで指定された喫茶店に向かう。

その依頼が巻き起こす騒動なんかは想像もできず、俺はチヤホヤされるだろう自分に心を弾ませていくのだった。