h53-06の連作的な位置づけで


「……お待たせ、京太郎」
 夕暮れ時、玄関に座り込んでスマホを弄りながら白望を待っていた京太郎は、彼女の声
に振り向くと、思わず手からスマホを取り落としそうになった。
「え、シロ姉、浴衣着ていくの?」
「うん、……何かおかしい?」
 あのダルがりの従姉から夏祭りに誘われたのも意外だったけれど、それよりなにより浴
衣なんて彼女から一番遠くにあるような服装だと思っていた。同じ和服なら――乙女には
失礼かもしれないが――甚平や作務衣のほうが白望のイメージに合っているような気さえ
する。
 それなのに目の前の従姉は藍色の浴衣に紅色の帯。その藍色の海には様々な花びらが浮
かんでいた。
「いや、おかしくはないけどさ……。何か意外だな、と思って。あんまりそういうの好き
そうじゃないからさ、シロ姉は。というか着付けとか大丈夫だった?」
「私だって、浴衣くらい着られる。たしかにちょっとダルかったけど」
 少し頬を膨らませて、白望がぷいと横を向く。
 普段の、寝癖ともセットともとれないようなぼさぼさ頭も今夜だけは綺麗に結い上げら
れて、雪よりも白いうなじが薄闇をほんのりと照らし出している。しゃらりと簪飾りが風
に揺れた。
 ふわり、と花の匂いにも似た香りを感じて、京太郎はその白いうなじに思わず吸い込ま
れるように視線を向けていた。
 それに気づいたのだろうか、白望は小首をかしげながら「……何? それより早く行こ
う。もう花火始まっちゃっているから」
「あ、ああ」
 遠くで花火の弾ける音が聞こえた。


 祭り会場の道すがら、アスファルトの道路にからんころんと白望の下駄の音が響く。
 その音に夏の風情を感じながらも京太郎はちらり、ちらりと傍らを歩く白望を覗き見る
ことを止められずにいた。
 さらさらとした後れ毛が白望の真白いうなじをくすぐっている。
 ファンデーションどころか化粧水すら申し訳程度にまぶしただけなのに新雪を敷いたよ
うに白く輝いていた。そこからのびる顎へのラインも冴えるようなシャープさの中に女性
らしい丸みを感じさせた。
 ――シロ姉ってこんなに可愛かったっけ。
 見慣れていたはずの従姉のまるで知らない色。京太郎は緊張でねとつく喉でようやくつ
ばを飲み込んだ。
 そんな京太郎に「さっきから何? ……やっぱり可愛くない? この浴衣」と白望は浴
衣の袖口を握りながら少し俯いた。
「そ、そんなことない。――すげー可愛いよ、シロ姉は」
「馬鹿……、私が聞いているのは浴衣のこと……。なのに私のことを可愛い、可愛いって
……。だる、だる……」
 少しずつ白望の頬が熱を持つ。
「あ、待ってよ。シロ姉ってば!」
 火照った頬を見られないように少し足早になる白望を、京太郎は慌てて追いかけた。

 お互い軽く息を切らしながら、祭り会場になっている神社の境内に辿り着いた頃には宴
もたけなわ、祭りも佳境。
 お宮に続く石畳を挟むようにして露店の白熱灯がこうこうと輝き、普段は人影もまばら
な田舎町なのによくこれだけの人が隠れていたのか、と思うほどの人だかり。
「うお。もうすげー混んでるね」と感嘆の声をあげる京太郎に白望は「ん」とだけ答える
と「京太郎が迷うといけないから」とばかりにそっと手を差し伸べた。
「ガキじゃないんだから、いいって」
 それでも白望は手を差し伸べることを止めようとしなかった。
「だから、もうガキじゃないってば。シロ姉とはぐれて、迷ったのだってもう何年も前だ
ろ。ええと、何年だっけ?」
「ん」
 それでも差し伸べられてくる手に京太郎は苦笑いとともに息を一つ吐くと、ようやく白
望の白く滑らかな手に自らの無骨なそれを重ね合わせた。
「……よろしい」
 白望は軽く頬を緩ませた。
 がやがやとした人ごみの中を掻き分けて、時折、色とりどりの露店に目を奪われて、思
わずりんご飴や綿菓子を衝動買いして。
 気づいた頃には二人の手はきつく結ばれ、肩は触れ合うほどに寄り添っていた。それは
まるで恋人同士のような格好。
 京太郎も白望もいわゆる長身の部類だ。そんな二人だ。道行く人は初々しい恋人の影を
二人の中に感じて、羨ましそうな視線を向けててきた。
 白望はそれに気づくときつく手を結ぶのは人ごみの中ではぐれないため。肩を寄り添う
のは人ごみの隙間を抜けるため。
 誰ともなしに白望は心の中でそんな言い訳二つ。
 自分から手を繋ぐことを要求したはずなのに、それでも意識しだすと急に暑くなってき
て ――だるい、と思わず口癖が口をついて飛び出てきた。

 ちょうど人ごみを抜けた頃、ちょっとした広場にベンチを見つけた白望は「京太郎、そ
ろそろちょっと休まない? もうダルいし」と傍らの少年に声を掛けた。
 少しクールダウンでもしなければ体力よりも先に頭がパンクしそうだった。
「ああ、分かった。ま、シロ姉にしては結構歩いたしね」
「何それ。ちょっと失礼」
 少しだけ頬を膨らませながらも白望は薄く笑った。
 二人がベンチに向かって歩き出そうとしたとき、頭上から「あー! シロー!」という
黄色い声が降ってきた。
 見上げた先には、黒い生地に白い花びらを散らせた浴衣を着た少女。きつく冷たそうな
雰囲気をした顔がそこにはあった。
「豊音もお祭り来てたの?」
「うん! ――あ、そうだ! 見て見て! トシ先生に浴衣借りたんだー! 似合う? 
似合う?」と怜悧そうな顔を一転、まんまるにしてくるくると白望の前で回ってみせた。
「うん、すごくよく似合っている」と白望が掛け値なしに答えた頃、ようやく豊音と呼ば
れた少女も京太郎に気づいたようで「え、えーと、この男の子はシロの連れなのか
なー?」
「うん、私の連れ」
「も、もしかして彼氏さんなのー?」
 長身の少女が夜の中でも赤く輝くような目で京太郎を見やる。小さい子供が恋愛劇に向
けるようなそんな無邪気な視線。
 白望はもう片方の掌に頬を載せるようにして少し逡巡すると、結ばれた手にぎゅっと力
をこめて「――そう、京太郎は私の彼氏」
「え?」と京太郎が白望の顔を見る。
「え?」と豊音が白望の顔を見る。
「えええええええええ!」と二人の声が重なって白望に向けられた。白望は黙って京太郎
にさらに寄り添った。
「ご、ご、ごめんなさい! デートの邪魔だったよね! そ、それじゃまたね! シロ!」
 脱兎のように走り去っていく巨身の背中を見送りながら、京太郎は唖然ともう一度、白
望の顔を見やった。
 正直、白望自身何であんなことを言ったのか、よく覚えていない。さっきまで照れのあ
まりクールダウンしようとした矢先だったはずなのに。
 ただ一つ言えるのは白望は他人から京太郎と自分が彼氏彼女に見られたことが、本当は
嬉しく、またそれを望んでいたということだ。
 そしてその発露がたまたま豊音との会話に現れたということだけなのだろう。
「京太郎は、……嫌だった?」
 京太郎は無言で首を振ると「そんなわけないじゃん。――ただ少し驚いたけどさ」
 きっと明日には豊音だけではなく、宮守麻雀部のみんなにも発言が伝わっていることだ
ろう。それは多分、凄くダルい事態を招くことにもなるだろう。
 ただ、今はそれよりも傍らの京太郎に伝わったことだけが分かればそれでよかった。

「来年もまた見たい……。一緒に、京太郎と」
 ベンチに座りながら花火を見上げて、少しだけ強く力がこもる指先。
「ああ、来年もまた来るよ」
 もう少しだけ力がこもる指先。
 今はそれだけで充分だった。

 カン