最近、避けられている気がする。

 原村和を悩ませるのは、部室のパソコンとにらめっこしている少年――須賀京太郎である。
 異性なんてあまり興味はないけれど、それでも京太郎は他の男子に比べて背が大分高く、
 よく浮かべる笑顔のまぶしさや演技っぽい気障な仕草がとても良く似合う――
 ――格好の良い少年だと和は思わざるを得ない。

 すこし肌寒くなった部室の窓は閉じられ、あと一時間もすれば空は夕暮れになる。
 室内はPCから流れるネット麻雀のSEと
 京太郎のマウスをいじるクリック音に満たされていた。
 時折京太郎の、やった、とか、うし、とかいうはしゃいだ声と、
 ため息やちくしょーなどというしゅんとした感情を表すアクションが
 とても小さな音で和の耳朶を打つ。

(今日も、挨拶以外は声をかけてもらえません)

 和は小さく肩を落とす。他の部員は所用で部室に来れず、和と京太郎の二人きり。
 先に来ていた京太郎は遅れて麻雀部の扉を開けた和に皆が遅い理由を聞いたあと、
 再びパソコンに向き直って、それからずっと麻雀を打っている。


 夏の全国大会が終わってから、京太郎はとても麻雀に熱心だった。
 休み時間に会えばいつも教本にしかめ面を向けているし、
 部活中は熱心に部長を引き継いだ染谷まこにアドバイスを貰いに行っている。
 麻雀への想いは和にも十分伝わっていたし、疑う余地はないのだけれど――。

(長考するなら、牌効率とか、私にきいてくれたってよくありませんか)

 そりゃあ、最初はちょっと苦手だな、とか思いましたけど……。
 と、和は言い訳のようなことを思う。
 入部当初は唯一の男子部員というのもあって距離がはかり辛かったし、
 すぐに同じ中学出身の親友と打ち解けたのも和は少しだけ嫌だった。
 なにより止めて欲しかったのは主に和の胸部をちらちら見る事だ。
 でも八月、九月と時が経つにつれ、そういうやらしい視線はなくなり、
 そして京太郎の気の良さ、誠実さを知ってからは和にとって唯一といっていい
 男子の友達と呼べるまで京太郎との距離を詰められた――はずなのに。

(咲さんやゆーきとはべたべたしてるくせに)

 そう。和が気に入らないのはそこだ。
 同じ部員の宮永咲や片岡優希には以前と変わらず世話を焼いているし、
 たまに部活に顔を出す前部長、竹井久にも素直にいじられている。
 部活の時以外でも、染谷まこの実家が経営する雀荘に足繁く通っていた。
 和にだけ、態度がちがうのだ。

和がそうやってもやもやを膨らませていると、京太郎の対局が終わりを告げる音色。
 チャンスとばかりに和は京太郎へ近づいた。

「どうでした?」

「ん、まあまあかな。二位だったよ」

 京太郎はようやく和の顔を見て答える。でも優しい笑顔で、あからさまに無視されたり、
 嫌われたりしていないのはこの反応を見ても間違いない、と和は思う。
 和は画面を覗き、ログ――牌譜を確かめる。
 しかしさりげなく京太郎は体を躱し、
 接触しないようにしているのを和は見逃さなかった。

 まただ、と考えつつも、今の京太郎の打ち回しに参考になる資料が
 棚に保管されていることを思い出し、

「似たような局面のものが、確かあの棚にあったはずですよ」

「お、そうか。じゃあ」「私がとってきますね」

 京太郎が席を立つよりはやく、和は被せ気味に言ったあと棚へと向かった。

「いや、自分で取るって」

 大会の時のサポート癖が抜けていないようで、京太郎もあとを追う。
 牌譜が高い位置に置かれているのに気付いた和は
 うんと腕を伸ばし中指にひっかけようと奮闘するが、届かない。

「俺が取るよ」

「だ、だいじょうぶ、です」

 意地を張る和に、しょうがないなあというような苦笑を送りながら、
 和の背後から長い腕を伸ばし、軽々とその一冊を掴む京太郎。
 和が勢いよく京太郎の方に振り向いたとき、足がもつれる。

「わ、わ」

 和は京太郎の胸を押してしまい、ぐらつく京太郎。
 咄嗟に掴んだ本に力を入れてしまったのか、やべっ、と京太郎は焦った声を上げた。

 結局体勢を立て直せず、そして不幸にもばらばらと棚の本が舞い、和の頭上から落ちてくる。
 京太郎は和の頭を抱えるようにして転倒する。
 その瞬間浮遊感が異常を知らせたが、
 それ以上に和は自分とは違う少年っぽい匂いに心をざわつかせた。

 大きな物音が部屋中に鳴り響き、京太郎は背中を床へしたたかに打ち付ける。

「痛って……。和、怪我ないか?」

 眼下から和に届く声。「須賀君こそ」と言葉を返そうとして、時が止まる。

 互いの顔が、とてもちかい。
 和には自身と同じように目を見開いて固まる京太郎と、
 その長い睫毛、さらさらと揺れる髪の毛がコマ送りのようにはっきりと映った。
 吐息に、頭のどこかが強く揺さぶられた。

「ご、ごめ」

 しじまを打ち破ったのは京太郎だった。ぱっと和の背中と頭に回していた両腕を解放し、
 和を押しのけると、びしっと立ち上がる。

「お、俺! お茶の掃除と、牌譜の買い出しに雀荘へ行ってくる!!」

 わけのわからないことを言いながら、京太郎は鞄も持たずに部室の外へ飛び出して行った。
 ちらりと見えた頬は、真っ赤に染まっていた。

 和は床にぺたんと座り込んだまましばしの間呆然としていたが、ぽつりと呟く。

「そんなに、慌てなくても……」

 言葉はごまかしだと、和は自分自身で痛感した。
 だって、和の頬も林檎のように赤かったのだから。
 心臓が、どきどきとうるさい。

(これじゃあ、まるで私は)

 ちがう。と、和は続く想像を打ち消した。
 ただ、友達に構ってもらえなかったのが寂しかっただけで。

 ――でも、ほっぺたはこんなに熱い。

 和は火照った体が冷えるまで、これいじょう考えてはいけないと、
 思考を放棄することに腐心していた。


終わり