「和ちゃんと、エッチしたんだってね」

 高校を出て東京で一人暮らしを始めて、俺の住むアパートが知り合いのホテルと化したのはある意味想定内だった。
 長野の知り合いは――ハギヨシさんすら一人で泊まりに来て、二人でDVDを見ながら飲み明かしたことがある――もちろん、全国から多種多様なゲストを招いている。
 岩手に福岡に関西地区に北海道となんでもござれだ。正直そろそろ使用料をとってもいいんじゃないだろうかってレベル。
 だからこそ、長野の大学に通う幼馴染の咲が泊まるのなんて何も不自然なところはなかった。

「……本人から聞いたのか」

 同じ東京の大学にやって来た和の家にはあまり人が寄り付かないらしい。まあ全国での知り合いとなると俺の方が多いからなあ。
 心外なことに俺はそこまで頭が良くないと思われていたらしい。和と志望校が同じであることを言うと久先輩らに思いっきりバカにされたことがある。ゆみさんにも『無理しなくてもいいんだぞ?』と心配された。
 俺だって勉強ぐらいできる。優希じゃあるまいし。

「うん、まあ、昨日泊まった時にね」

 咲はそのあたりが器用だと思う。俺の家に泊まったり、和の家に泊まったり。
 まあ俺には彼女もいるし、家に女性が泊まったからすぐ手を出すなんてことはしないんだが。ただ東京に住んでるはずの照さんや淡までもが時々来るのはさすがにどうかと思う。家に帰れよ。

「ふーん」

 その彼女と言うのは、他でもない和のことだ。一緒の大学に進学して、流れで一緒の麻雀サークルに入って、気心の知れた仲と言うことで一緒に大会に出たりして――
 流れ、だった。流れで俺から交際を切り出して、それが今までうまくいってきた。それすらも大きな流れの一つだったんだと思う。
 結局俺は、高校のころ追っかけとして部活に入った時ほど和に夢中ってわけじゃない。長い間ずっと一緒にいたから、それだけの理由で和と付き合って、特に問題も起きないからずっと一緒にいる。

「まあ『ずっと一緒にいる』もんね、むしろ進展が遅いぐらいだよ、京ちゃんのヘタレ」
「おまっ、言うに事欠いてそれかよ」

 胸に、何か刺さった。

『ずっと一緒にいる』

 それが該当する相手はいる。和じゃなくたって良かったはずなんだ。
 卒業式の日にこいつが目に涙を溜めながら言おうとした言葉の続きを、ついぞ俺は知ることがなかった。いや、知っていたけれど、聞くことはなかった。
 あの時、咲はきっと――いや、やめよう、過ぎた話だ。俺はリモコンでテレビのチャンネルを変えた。
 俺が背を預けているベッドに寝転んで、咲は携帯をいじっていた。もうお互いにシャワーは済ませて、このだらだらした時間がいずれ勝手に終わって、そして俺は布団で、咲はベッドで寝るんだろう。

「こういう、何もないけど、退屈な時間が、いつまでも続けばいいのにね」

 また、胸に何かが突き立てられる。
 咲の言葉が何らかの意味を抱えて俺の体に入って来る。でも俺はそんなの知らない。だって言葉にしなけりゃ伝わらないじゃないか。そうだろ、咲。

「私は――」

 携帯を閉じる音がした。いい加減スマホにしろよ、ガラケーなんて久しく見てないぞ。まあお前にスマホが使いこなせるとは思えないけどな。

「あの時、京ちゃんと一緒にいれたころが、一番楽しくて、ずっと続けばいいと思ってたよ」
「…………もう、昔の話だろ」

 俺はテレビの電源を切った。大して面白い番組もない。今となっては。昔はもっと良い番組がそろっていた気がする。

「京ちゃんだって、そう思うよね?」
「さあな」


 ――ずっと一緒にいたのは私だって同じなのに。

 そんな言葉、俺は聞いた覚えがないから。だから俺には、咲の気持ちが分からない。



「京ちゃんとエッチしたんだってね」

 私がこう切り出すと、原村和はゆっくりとこちらに振り返った。
 人影のない廊下。偶然にも私と彼女は同じマンションに住んでいて、大学生の彼女とプロ雀士の私はごくたまに顔を突き合わせている。今日もまた、偶然帰宅の時間が重なっただけだ。

「……咲さんから聞いたんですね?」

 咲は私にはめっぽう口が軽い、というより私たちの情報共有が仲の良い姉妹として妥当なレベルであるだけだ。
 共通の知り合いの惚れた腫れたの話、女なら喜んで酒の肴にするだろう。
 だが相手が京ちゃんとなると話は別だ。

「もう何か月になるんだっけ、4か月と11日か。まあ遅い方だよね、京ちゃん、ヘタレだし」
「……そうですね」

 彼女の表情が少し怯えたものになった。
 何をそんなに怖がっているんだろう。

「よく、惰性でここまで続いたね」

 私はドアノブに鍵を突き刺した。

「……惰性?」
「京ちゃん、昔ほどあなたのことが好きじゃないよ。そう、昔の、高校の頃ほど。大学に入ったら、まあそういうこともあるよね。流れで、仕方なく」

 惰性で。流れで。この言葉に彼女の顔色が変わった。自覚はあったのかな?

「でもまあ、そういう大きな流れは、多分、たくさんの人たちの想いを踏みにじってるから」
「…………」
「京ちゃんが気づくのにどれくらいかかるかな。気づいちゃったら、あなたとはどうなるんだろう」
「気づくって、何にですか」

 私は原村和がぶら下げているコンビニのビニール袋を見た。今日は京ちゃんと会う機会がなかったのかな、学部が違うと、サークル以外で会う機会があんまりないし。
 握っていた手提げ袋を掲げて、私は高校の時に培った笑顔を張り付けた。

「これ、京ちゃんがつくってくれた晩ご飯」
「…………ッ!」

 そうだよ、彼女なら、京ちゃんの彼女ならそういう表情じゃないと。そういう表情をたくさん見せて。そして、そのあとに、私が。

「さっきの質問だけど」

 鍵を回す。開錠音。

「京ちゃんの心の中で、本当は誰が心を占めていて、本当は誰が心を占めていないかってこと」
「――あなたはッ!」

 私と彼女の視線がぶつかり合う。嘲笑をこめた私のそれと、憤怒に彩られた彼女のそれ。

 ――私があなたから京ちゃんを奪ったら、その真っ赤な怒りは、どんなにどす黒い絶望に変わってくれるんだろうか。

 今は、それが楽しみだ。だからもう少しだけ、彼女の中で種がもっと育つまで、

 まっててね、京ちゃん。