淡「キョータローおそーい!」

京太郎「お前が早すぎるんだっつーの」

 七夕も近付くこの頃、その昔に天体望遠鏡を

 買ってもらったという話をしてしまったがために

 淡の「星を見に行こうよ!」という思い付きを誘発

 俺はこうして望遠鏡を担いで学校近くの交差点まで来ていた

京太郎「それで? お姫様はどこに連れて行ってくれるんだ?」

淡「こっち」

 東京に来てまだ数か月の俺はこの辺の地理に疎い

 星を見るなら、高い建物が周りになく電線や灯りのない場所がいいと

 淡に具申したところ

淡「私に考えがある!」ムフー

 とのことらしいので、それに従うことにした

 失敗フラグ? なんのこったよ

 まあ学校に入れるのなら校庭とかでやればよかったが

 そこは名門白糸台高校。堅いセキュリティに守られ

 蟻一匹ですら通れそうになかった。流石に誇張だが

 俺たちは淡を先導に、まむし坂を下って住宅街を抜ける

京太郎「こんなところにも畑とかってあるもんなんだな」

淡「東京って言っても中心地から離れたら全然だよ」

 そのまま10分ほど歩いただろうか

 テニスコートの併設されただだっ広い公園に到着

 確かに周りに高い建物はないし、公園ということもあって

 周りに電線の類も見受けられなかった 

 望遠鏡を立て、深呼吸。夜ということも相まって空気が澄んでる

京太郎「こんなところがあったんだな……」

 望遠鏡を覗かなくとも、空にはたくさんの星々が浮かんでいて

 大都会東京から別世界へと隔絶されたような気分になる

淡「きょーたろーは麻雀馬鹿だからね」

京太郎「お前は人のこと言えないだろー」

淡「なにおぅ!?」

 引っ越し荷物の奥底から引っ張り出してきた

 取扱説明書と睨み合いつつ望遠鏡を調整する

 淡はしゃがんだ俺の肩に両手を乗せて、寄りかかってきた

淡「こーやって夜空を眺めるのって久々かも」

京太郎「というかお前、星の事とか分かるのか?」

淡「ぜんっぜんっ!」

 何故誇らしげに言うのだ

京太郎「しょうがないな……」

 淡に望遠鏡を覗きこませて、俺は立ち上がって肉眼で空を見上げる

 改めて思う。この美しい夜空を機械で再現することはできない、と

 星々の光が地球に到達するには何億年という時間がかかっていて

 気の遠くなるような幾星霜の積み重ねを表現するには、人間は短命すぎた

京太郎「天気もいいし土星とか見えるかも」

淡「それマジ!?」

 さそり座の西の方に確か見えるはずだ

 そのさそり座の中心ではアンタレスが輝き

 ヘルクレス、ケフェウス、カシオペヤといった

 トレミー48星座が北に連なっていく

 その途上にはデネブ、ベガ、アルタイルが織りなす大三角形があって

 七夕伝説になぞらえられる天の川はその中を流れていく

 この時期ならまだデネボラ、アークトゥルス、スピカによる

 春の大三角形も見ることができる

 俺の講釈に淡は「おおー」とか「へえぇ」だとか

 感嘆するような、それでいて気の抜けた声を漏らしながら

 望遠鏡から目を離すことなく

 アホみたいに口を開けたまま満点の夜空を見続けていた

 大方見える星を説明しただろうか

 俺が敢えて触れておかなったそれを、淡は目ざとく指摘した

淡「ねーねーきょうたろー、あれってこぐま座だよね」

京太郎「よく知ってるな」

淡「うにゅ、馬鹿にしたなー!」

 淡ちゃんは高校百年生なんだぞ、と望遠鏡を覗いたまま

 器用に繰り出してきた蹴りを俺はサッと避ける

淡「北極星くらい知ってるもん」

 空の中心。微動だにせぬ一点の輝き

 この星は太古からずっと変わらず人々の頭上にあった

 時には旅人が方角を知る手がかりとして

 またある時にはその存在を神格化され、信仰として人々と共に在った

 そして夜空というのはこの不動の星を中心に回っていて

 同じように淡もまた、虎姫や皆の中心だった 

京太郎「実は北極星って実は数千年ごとに別の星になってるんだぜ」

淡「うっそだー」

京太郎「嘘吐いてどうするんだよ……」

 照さんは実の妹のように淡を気に掛け

 部長は口では厳しいことを言うが、なんだかんだで優しい

 亦野先輩はどんなことでも無下にせず受け止め

 渋谷先輩は穏やかに見守っていてくれる

 そして、俺は……

京太郎「なあ、淡」

淡「なに?」

京太郎「北極星って、すげえ数の別名があるんだよ」

 ラテン語だけでも数種類。恒星の名前もあるし

 国によって昔ながらの呼び方というものだってある

 日本でも北の明神だの北辰だの妙見だのと

 一口に昔ながらと言っても、数種類に渡るのだ

淡「ふぅん」

 これから先、苦しいことや辛いことがあって

 俺は幾度となく人生という旅の分岐点で迷い続けるのだろう

 でも、淡が傍にいてくれるのなら

 迷える旅人を導いてくれる妙見――またの名を“大星”

 そいつがそこにいてくれれば

 ちゃんと目的地まで辿り着ける。そんな気がしていた


 カンッ