次は私が話そう

唐突だが皆、魂は存在すると思うか?

人間の心と記憶が刻み込まれたもの、
死んだ後はそれが別のもの受け継がれて生まれ変わるという話を聞いた事がある者もいるだろう

それが人間から人間へと受け継がれた時、果たして前の人生の記憶は全て消えていると言えるだろうか


……最初からこんな途方もない話をするのは、
これから私のチームメイトの身に起こった事件がまさしく魂に関わることであり、
私もそれ以降、魂というものについて考えざるをえなくなったからだ

そのチームメイト、名前はHH宇という

このH、普段は冷静で現実主義とでもいうのだろうか
とにかく彼女の口からは魂がどうのなどという話は一度も聞いた事がなかった

しかし、ある日不思議な夢を見たと私にその内容を話してくれたんだ

なんでもその夢の中では、Hはある男と夫婦で、二人は仲睦まじく暮らしていたが、
ある日、夫が仕事に出たまま戻ってこなくなった

そんな事は今までになかったので夢の中のHはひどく不安になって、
人々に夫を見なかったかと聞いてまわった

だが見つからなかった
夢の中のHは酷く泣いて帰ったが、明くる朝…

夫が刺し殺されていた事を知らされた

しかもかたわらには女の死体があった
その女の手に刃物が握られていた事や、夫の刺し傷が背中にあったことから、
どうやら女が夫を刺し殺した後に、その横で自害をしたらしかった

人々は女の顔を知っていたらしい
何でも以前から夫に付きまとって、妻と別れるように迫っていたらしいのだ

夫は妻が不安になるから言わないで欲しいと彼らに言っていたというのだが、
まさかこんな事になるとは…と、皆沈痛な面持ちになった

夢の中のHはいよいよ混乱の極みになり、女の死体を蹴ると、
その手から刃物をもぎ取るように奪い、それで自分の喉を刺して死んだ



…Hはそんな壮絶な夢の話を終えると、私に聞いてきた


「私は頭がおかしくなったのでしょうか、脳が記憶を整理するときに見せる映像に過ぎない夢が、
 こんなにも生々しいものとなって、自分の頭に焼き付いてしまっている

 しかも私はそれを前世の記憶ではないかと思ってしまっている

 ………私は頭がおかしくなったのでしょうか?」


夢の内容を思い出しているのか、怯えた表情を見せるHに私は、
もし前世の記憶だったとしても、何故今になって見るのか
なにかの映画かドラマの影響で見たんだろうから気にするな、と言った

Hもそれで少しは気持ちが軽くなったらしく微笑んだ



ところが……

あの夏の大会で、我々と彼――須賀京太郎が廊下ですれ違った時があるんだ

私は彼を見たとき、背が高くて金髪というところの他は興味をひくような要素はなかったんだが、

Hが突然




「ラオゴォン!ラオゴォン!」



と叫び出したんだ


何事かと振り向いた時にはHはもう須賀京太郎に飛びついていた

我々も混乱していたが、彼はもっとだったろうな
見知らぬ女が何事かわめきながら、抱きついてきたんだ

こちらに助けを求めるような視線を送りながら引き離そうとしていたよ


なんとか彼からHを離すと、しばらく彼女は呆然としていた

そしてハッと我に返ると、一心に須賀京太郎に頭を下げ始めた

申し訳ないことをした、とな

彼は戸惑いの表情を浮かべながら、頭を下げなくていいと言ってくれてはいたんだが、
Hは羞恥の気持ちも強かったんだろうな

どうしてあんなことをしてしまったのか、って

だが、彼も唐突に不思議な事をHに尋ねた



どこかで会いましたよね…ずっと昔に……と



ずっと昔?
そんなのあるわけがない

昔といえばHも彼も幼い子供だっただろうが、Hは香港の出身だ

彼も日本生まれの日本育ちだろう

彼らに接点なんてあるわけがないはずだ


しかし、彼は真剣な顔でそうHに聞くんだ

Hも、私もあなたとは初めて会った気がしなくて…と答えた

その時のHの目は、とても爛々としていた…


結局、彼はもやもやとした気持ちを抱えたまま自分のチームの控え室へ戻っていったようだった

その時に彼の名前と所属高校を聞く事もHは忘れてはいなかったよ


彼が去った後、私は他のメンバーを先に行かせて、Hと二人だけになって話をした

一体何があったんだ、と

Hは答えた


「あの人が…私の旦那様だったんです

 見かけた瞬間に、愛しさから抱きつかずにはいられなくなった…

 確かに最初は奇妙な病にとりつかれたような気分でしたが、 
 彼も私を懐かしがっていたようなので、今は確信が持てます

 あの夢もこの出会いを指し示す思し召しだったんです…


 私…私の心がずっと探していた… 


 私の……旦那様…」



信じられない事にHは彼こそが夢の中で見た、殺された自分の夫だと言うんだ

そして続けた

前世の記憶というものは間違いなくあったんだ、と……




だが、それからのHは大人しかった

メンバーには人違いであんな事をしてしまって恥ずかしいと説明して、
試合に専念すると誓ったし、彼女達もそれで納得をしてくれていた

大会中も須賀京太郎に会いに行くような事はしなかった

それが私の目には逆に不気味にうつった


ずっと探していた旦那様とか、彼に固執しているようだったのに、
何もアクションは起こさなかったんだ

別に問題を起こしてほしいわけではなかったが、気になってな

ちょっと聞いてみたんだ

須賀京太郎に会いにいかないのか、とな

するとHは


「いきなり彼の記憶が蘇るわけでもないと思います

 私のように、きっと自然に思い出すでしょう

 夫婦だった日々の事を

 ならば私は夫を信じて待てばいいのです

 そう、今も昔も変わりなく…」


…いつもの冷静な表情で、さも当然の事のように答えたんだ




今のHか?

ああ、相変わらず待っているよ

だがこんなことも言い出しているんだ


必ず夫の仇は討つ、と

Hが言うには、自分の夫を殺した女の存在をあの夏の時に感じ取ったらしい

今は誰か分からないから行動も起こせないけど必ず突き止める、とな


また…


「夫の記憶が戻ったら夫婦二人で犯人探しをするのも面白いかもしれませんね…うふふ……」


こんな事も言っているんだ…



Hの言う事が本当だったら、会場にいた誰が前世の彼女達を引き裂いたんだろうな

それは今は高校生なのかどうかも分からないし、男か女かも分からない

気づいていないだけで、ひょっとしたら私かもしれない

ふと、そんな事を考える時があってな…


いや、全面的に信じているわけじゃないが、どうしてもHが嘘を言っているとは思えないんだ

見つけたとしたら、きっとただでは済まさないだろう
最愛の夫を殺した犯人だ
現世で見つけて報復するつもりでいるんだと思う


願わくば、彼女が感じたという仇の存在が錯覚であるようにと祈るばかりだ…




さて、私の話は終わりだ

次は誰が話す?



カンッ

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最終更新:2014年06月24日 20:54