雀士たらんとする家系。

これが私を縛っていたと言ってもいいのかも知れん。

事実、お姉ちゃんと一緒に麻雀を始めたはいいけど、そんなに乗り気では無かった。

それでも私なりに楽しんで麻雀をやってたし、すぐにそれなりに打てるようにもなった。

けど、お姉ちゃんの麻雀の才能は私なんかとは全然違うもんやった。

すぐに私との間に差が出来て、それは日に日に大きくなっていく。

世間ではオカルトとか言われてるような人を相手にしても、自慢の火力で勝ってしまう。

対して私は平々凡々。ぶっちゃけ全くパッとせんもんやった。

もっと強く、もっと上手に。

いつも楽しんで麻雀を打ってるお姉ちゃんとは違って、私がいつの間にか感じてたのはそんな強迫観念にも似た何かばっかしやった。

練習時間を増やした。家でも、時にはこっそり授業中にも、牌譜を読み耽った。少しでも経験を積むために、時間があればネト麻にも没頭した。

それでも上がらん実力に絶望して、麻雀から逃げたいと思ったとしても誰にも責められんと思わへんかな?

私がお姉ちゃんに勝ってる数少ないものの一つ、運動神経。

友達もそこは知ってたから、中学に上がった時に私をサッカー部に誘ってくれた。

丁度麻雀から逃げたいと思ってた時期。

けど、家系の意地が中途半端に出て、掛け持ちでもいいなら、と返事をしてしまった。

こんな我侭を快く承諾してくれた友達には本当に頭が上がらへん。

勿論、当時はお姉ちゃんに色々と聞かれた。

麻雀を辞めるのか、麻雀を嫌いになったのか。

「ほら、私ってさ、麻雀そんなに上手くないやん?だから結構根詰めてやってんねん。上がってこぉへんけど……

 そんなやからさ、息抜きも必要やと思わへん?勿論、麻雀が嫌いになったわけやないで。麻雀は続ける。お姉ちゃんにいつか追いつくためにもな」

「ん、そっか。絹がそう言うんやったら分かったわ。取り敢えず納得しといたる」

……自分でも白々しいと思う。

私は、遥か先を疾走するお姉ちゃんに追いつけないと、住む世界が違うんだ、と感じたから逃げたのに。

この時、私は2つの意味で自分を嫌いになったのを覚えてる。

大好きなお姉ちゃんに一方的に嫉妬し、嘘を吐いた自分に。

未練がましく麻雀を断ち切れない、意志の弱い自分に。

ただ、後者に関しては後で感謝することにもなったんやけど。

そんなこんなでの中学生活。

私は主にサッカーに力を入れてた。すぐに正GKとして試合にも出れる程に。

小学校時代よりも練習時間が減った麻雀は今まで以上に実力が落ちるもんやと思ってた。

けれど、何が起こったんか、実力が落ちるどころか僅かづつやけど上がっていった。

まあ、お姉ちゃんの伸びに比べれば微々たるもんやったけど。

そんなんやったから、きっと今までの成果が今頃になって少しだけ現れた、とそう思うことにした。

結局それからも麻雀から中途半端に逃げ続けて、気がつけば中学3年。

この年、私達のサッカーチームは県大会に優勝して全国大会に出れることになった。

場所は長野。

どんなとこかも知らへんけど、私の人生で始めての全国大会に心躍らせてる自分がいた。

私の出せる全力をもって戦う。そう決意してた。

なのに……結果は2回戦敗退。

単純な意思疎通ミスからボールを奪われて、なんて言う、ホンマにしょうもないミスやった。

チームメイトの皆は私のせいじゃ無い、って慰めてくれたけど、余りにも不甲斐なくてグラウンドを出てすぐ、私は走って逃げてしまった。

心は完全に冷え切ってた。自分がしでかしたことに、薄ら寒い恐怖を感じて。

あてもなく走って走って、走り疲れたところで見つけたベンチに座って俯いて。

そうしてると、急に上から声を掛けられた。

「ちょっとごめん。隣、いいかな?」

「……ええよ」

完全に打ち拉がれてた私は、顔を上げることもせずに許可だけ出す。

「ありがと」

その人は礼を述べると私から少し距離を開けてベンチに腰掛けた。

けど、座っても何をするでも無く、本当にただ座ってるだけ。

疲れたからちょっと休憩を、というわけでも無いようだった。

「?」

そんな様子にようやく少しおかしいと感じて、私はその人の方を向く。

そしてようやく気付いた。

その人は私と対して変わらん年の、金髪の男の子。

なんの競技か分からんけど、ユニフォームみたいなのを着てた。

「あ……大分落ち着いて来た?」

「え?わ、私のこと?」

「うん。何かさ、かなり思いつめてるみたいだったから、ちょっと気になって。俺で良かったらさ、愚痴とか聞くよ?」

突然の申し出に驚く。

誰だってそうやと思うけど。

「けどあんた、私と何の関係もないやん」

「だからこそ、じゃないかな?マイナスの感情なんて自分の中に留めててもいいことなんてないじゃん。

 ただ吐き出すだけ吐き出せばいい。ちょっとは軽くなるだろうし、もしかしたら自分の中で整理が付くかも知れない。

 俺は君と関係が無い人間だから、君が何を言ったところで君の周りとの関係の何かが崩れるわけじゃない。な?」

眩しいほどの笑みをこっちに見せてそう言ってくる。

今にして思えばツッコミどころは多々ある。けど、その時の私は、それもそうか、と思ってポツリポツリとサッカーの試合で負けたことを語った。

「私が中途半端なことしてたから……もっとサッカーの練習に打ち込んでれば……

 そう思うと皆に申し訳なくて……もう合わせる顔もあらへんわ」

私がどうしようもなく責任を感じる理由はまさにそこやった。

私の未練がましい行動が、結局皆に迷惑を掛ける結果となってしまった。

全部話して、また俯きかけてしまう。

そんな時やった。

「すごいね……」

隣の男の子がポツリと、そう言った。

「どこがやねん……みっとも無いだけやわ」

「そんなこと無いよ。だって、相当苦しかったんでしょ?麻雀。聞いただけの俺でも少しは分かる位なんだ、君はもっともっと、辛かったんだと思う。

 それでも麻雀との繋がりを断たない、それほどにお姉さんを慕ってる。そんなに一人の人を想い続けることが出来るのはすごいな、ってそう思ったんだ」

「けど……けど!私は結局逃げたんや!何で練習しても上手くならへんのか分からん!やから……!」

「こう言っちゃなんだけど、その時に麻雀の実力が伸びなかったのって、しょうがないんじゃないかな?」

「……なんで?」

「ほら、何事もさ、楽しむ余裕が無いと伸びるものも伸びなくなっちゃうよ。現に君、サッカーは伸び続けたんでしょ?」

「…………」

言われて初めて気が付いた。

確かに、強迫観念のようなものに駆られてから、私の麻雀の実力は全然伸びなくなってしまった。

目からウロコが落ちたような気分やった。

でも、今頃気付いたところで……

そんな事を考えてしまって、またウジウジしそうになって。

どうせやったら、って、思い切ってこの男の子に相談してしまった。

「私、これからどないしたらええんやろ?」

「う~ん、そうだなぁ……」

完全に他人事やのに、真剣に考えてくれる。

1分か2分か、それなりに時間が経った頃にその子が答えてくれた。

「別にお姉さんを追いかける手段は麻雀に限られたわけじゃ無いと思う。それこそ、サッカーで全国、ってのも十分にすごいんだし。

 何より、3年間もやってきたサッカーをそんなに簡単に捨てられるとも思ってないけどね。

 でも、ここまでずっと糸を繋げ続けた麻雀に、心機一転して戻るってのもアリだと思う。麻雀に対して譲れない何かが有りそうだな、って思ったのも事実。

 ……うん、やっぱり最後は君次第、かな」

最後は私次第。

一見丸投げのような結論。

けど、この男の子なりに真剣に考えてくれたのがよく伝わってきた。

「あ、やっべ!ごめん!俺そろそろ戻んなきゃ!それじゃ!」

突然慌てだした男の子に習って時計見ると、いつの間にか随分と時間が経ってしまっていた。

「あ……あの!名前!名前なんて言うん?!」

「俺?俺は須賀京太郎ってんだ」

「須賀君……ありがとうな、須賀君!」

「どういたしまして~!」

最後にまた笑顔を向けて、走って去って行く。

その背中を見つめながら、私の胸はここに来た時とは真逆でポカポカと暖まってたのを覚えてる。

それからなんやかんやあって帰ると、チームメイトや監督には随分と怒られた。相当心配かけてもうたし、それは本当に申し訳なかった。

そんで大阪に帰ってしばらく、私の考えが纏まった時に、サッカーのチームメイトに集まってもらった。

「皆、ごめん!色々考えたんやけど私、やっぱり麻雀頑張ることにするわ」

「そっか……やっぱりな。あの日、帰ってきた絹ちゃんの顔見た時からなんとなく分かっとった」

「本当にごめん……私が中途半端やったせいで皆にも迷惑かけてもうた」

「そんなこと無いで、絹ちゃん!絹ちゃんがおらんかったら、ウチらは全国なんていけんかった。絹ちゃんがずっと最終ラインでウチらを助けてくれたからこそや。

 やから、今度はウチらの番。絹ちゃん、応援してんで!絹ちゃんのお姉ちゃん越え!!」

私は結局、家系の意地を押し通すことに決めた。

ホンマに最初から最後まで我侭ばっかりやと思う。

でも、そんな私を皆は応援してくれるって言ってくれた。

私はこれ以上なく友達に恵まれていたんやと、今でも思う。

そっからはかなりキツかった。

一応麻雀を続けてたとは言え、半ばブランクがあるようなもの。

当然、推薦なんかは貰えんから、一般入試でどうにかこうにか姫松へ。

そんでかつて以上の密度の地獄のようなメニューをこなし、けれども楽しむ心を忘れずに、そうやって一歩ずつ一歩ずつ積み重ねていった。

ようやく実ったのは去年の秋。

末原先輩からレギュラー入りを通告された。

先輩の手前、僅かに表情を緩めた程度に抑えたけど、家に帰って喜びを爆発させたことは絶対に秘密や。

そして……

この頃になって私はある一つのことに気付いた。

ようやく、って言っても良いかもしれん。

私の背中を大きく押してくれた金髪の男の子、須賀君。

あの時掛けてくれた暖かい言葉を、与えてくれた安心を、時々思い出して。

私はどうやら知らず知らずの内に須賀君に恋をしてしまってたみたい。

あの時、連絡先を聞くどころかこっちの名前も言ってないことに気付いた時は自分を蹴り飛ばしたろうかと思ったけど。

ま、こっちはしゃあない。どうしようもないし。

……そう、思ってた。

高校2年になったこの年、この全国大会の会場に来るまでは。

「……うそ、やろ……?」

代行が与えてくれた自由行動、その時間を使って私は次の対戦相手が決まる試合を見に行こうとしてた。

そこで私の目に入ってきたのは……

「え~っと、バナナと牛乳、って、部長まだこれやってたのかよ……それからタコスと……」

買い出しにでも行くのだろう、メモ用紙を片手に小さく呟きながら廊下を歩く須賀君を見つけた。

頭がその事象を理解出来ない。目から入った情報を上手く処理出来ない。

けど、体が勝手に動いてた。動いてくれた。

「須賀君っ!!」

「え?……あ、君は!」

私のことを覚えててくれた。

そんな些細なことがたまらなく嬉しい。

ああ、なるほど。”落ちる”っていう表現、確かに正しいわ。こんなん、抜け出せる気、せんもん。

「ずっと、改めてお礼言いたかってん。あの時、須賀君が背中を押してくれたおかげで、今こうしてここに立つことが出来てる。

 本当にありがとうな」

「いえいえ、どういたしまして、でいいのかな?」

あの時と変わらない、眩しい笑顔で答えてくれる須賀君。

今、私は心の底から喜んでる。お姉ちゃんの他にもう1人、追いかけたい対象が増えたことに。

それは紛れもない事実。

だから、今こそ勇気を持って言おう。私がもっと先へと進むための一言を。

”1人の人を想い続ける”ことは、きっと私は得意なんだから。



「私、愛宕絹恵って言います。須賀君、良かったら、メールアドレス、交換してくれへんかな?」


カン!