私、大星淡は鬱屈とした人間だ。

それは私自身がよく分かっている。

でも、子供の頃、小学生くらいの頃は全然そんなことは無かった。

「淡ちゃん、遊ぼ~よ!」

「うん!いいよ!今日はどこ行く?」

「今日はね~、皆を誘ってケイドロしよう!」

「オッケー!」

毎日のように遊びに誘われ、泥んこになって走り回っていた。

特別なことは何も無い。でも、充実した、輝きに満ちた日々だった。



けれど……あの日を境に、私の周囲は全部変わってしまった。

「ね~ね~、淡ちゃん。まーじゃん、って知ってる?」

「う~んと……簡単なルールくらいなら知ってるよ」

「じゃあじゃあ!今家にお姉ちゃんのお友達が来てるんだけど、一緒にやらない?」

「いいよ!私も一度やってみたかったんだ♪」

今でもまだ時々は思う。あの日に戻れるならば、私は迷わず子供の私を叩いてでも止めるだろう。

でも、当時の私は期待を胸に、友達の家に飛び跳ねるが如き軽い足取りで向かったのだ。

「淡ちゃんだったっけ?よろしくね♪」

「よろしくお願いします!」

おさらい程度に軽くルールを教えてもらって、挨拶をして対局開始。

その先で待ってたのは……

「もう……勘弁してください……」

「うぅ…………ひっ……ひくっ……」

「あ……ご、ごめん……なさ、い」

打ち拉がれ、泣きじゃくるお姉さん達。

呆然と、感情の宿ってない瞳で私を見つめている友達。

今にして思う。私はやり過ぎてしまった。

始めての対局にして、私は無意識の内に自分の能力を使いこなしていたのかも知れない。

ただただ、和了れることが楽しくて、裏ドラが乗って点数が跳ね上がることが嬉しくて。

Wリーチ+裏ドラ。子供の頃から誰よりも先頭に立って突き進むのが好きだった私にはピッタリの能力。

でも、この時ほどその能力が疎ましく思ったことは無かった。

子供の私には目の前の惨状をどうすることも出来ず、謝るだけ謝って逃げるようにして帰ってきてしまった。

この時、もう少し違った対応をしていればこの後に起こったことも防げたのかも知れない。

何が起こったかって?

そんなの、簡単。どこから漏れたのか、私が友達を、そのお姉さんを、そしてその友達を、蹂躙した。

そんな噂が真しやかに流れたのだ。

現実に、その友達は私を怖がるようになってしまい、その事実が噂に真実味を持たせてしまった。

結果、私は皆から恐れられ、遊びに誘われることも極端に減り、やがて無くなってしまった。

それからのことはあまり覚えていない。

一つだけはっきりと覚えているのは、それ以来私は麻雀に逃げるようになった、ということだ。

現状を知ってか知らずか、親の転勤に合わせて私も東京に引っ越すことになった。

けれど、私は新たな土地で新しく友達を作る気にはなれなかった。

あのことは私にとってもトラウマになってしまっていたから。

そうは言っても、ずっと友達と遊ぶことが大好きだった私がそう簡単に孤独に耐えられるはずも無い。

だから……私は仮面を被った。

根っこは変えない。明るい、というより天真爛漫に見える行動。

けど、口を突いて出るのは、他人を見下すような言葉。

またあの時のように友達を失ってしまうくらいなら、初めから友達なんて……

浅はかな子供の考えだ。そう思うなら麻雀を捨てればいい。

けれど、子供というものは妙なところで頑固なものだ。

あの快楽を知った私に、麻雀を捨てるという選択肢は無かった。

まるで麻薬のように、和了る喜びに魅せられてしまっていた。

だからなのか。友達を作ろうとはしなかったけど、麻雀をやっているところには積極的に関わっていった。

部活、地域の子供大会、お祭りetc。

けれど、誰一人として私と対等に打つどころか、二度と同じ卓には着いてくれなかった。

周りが小学生だから。皆まだ麻雀が上手くないから。

そう言い聞かせて、いつか現れるだろう”相手”を私は待った。

なのに……そんな状況は中学に上がっても解消されなかった。

もうこの頃には私の鬱屈とした性格は完全に出来上がってしまっていた。

誰も私に敵わない。誰も私と打ってくれない。

そうやってますますやさぐれてしまいそうな私を変えてくれたのは、全く想像もしていなかった”相手”だった。

「大星さん、麻雀の相手探してるんだって?俺と一局、打ってくれない?」

そう声を掛けてきた金髪の男。

聞けば同級生、隣のクラスのムードメーカーで人気者だそうだ。

「いいけど、私、強いよ?あんたが雑魚だとしても容赦なく蹴散らすよ?」

「おう、勿論構わないぜ!むしろ、どんと来い!」

「ふ~ん……それじゃ、お手並み拝見……!」

手頃なノーレートの雀荘を見つけてそこで打つ。

結果なんて言うまでも無い。その男の連続10回飛び。

他の人達は多くても2局で席を立っていた。

そう考えればその男は我慢強いと言えるだろう。

けれど、これで終わり。雀卓に突っ伏してしまった男はもう二度と私と打ちたいなどとは言わないだろう。

そう思って席を立ちかけた時だった。

「だぁ~っ!くっそ、負けた負けた~!いや~、大星さん、本当に強いのな!また打ってくれるか?」

ガバっと顔を上げると、そう明るく言い放った。

「は?あんた、頭大丈夫?こんだけ飛ばされて、それでもまた私と打つ気?」

「おう、勿論!あ、大星さんが構わなければ、なんだけどな」

「……私は別に構わない」

「そっか!そりゃ良かった!あ、そうだ。メアドとか教えてもらってもいいかな?」

「ん、ちょっと待って……はい」

「ん……サンキュ!そんじゃ、取り敢えず出ますか」


赤外線で交換したアドレスを見る。

『須賀 京太郎』。この男の名前。こんな私に分け隔てなく接してくる、変わった男。

携帯を見つめながらボーッとしていた間に男、京太郎は会計を済ませてしまったようだ。

「あ、ちょっと待って。半分払う……」

「いやいや、別にいいよ。ほら、今日は無理矢理付き合ってもらったようなもんだし。ここは俺の奢りってことで。な?」

「え?あ、うん……分かった」

何か違う気もしたけど、京太郎の勢いに押されて頷いてしまったことを覚えている。



それから、京太郎は事あるごとに私に構ってくるようになった。

「よ、大星さん。昼飯はもう食った?」

「まだ。今から食堂に食べに行くんだから、そこどいて」

「丁度良かった。一緒に行こうぜ」

昼食時に突撃してきたり。

「わりぃ、大星さん!英語の教科書貸してくんない?」

「は?なんで私が?」

「こっちのクラスも今日英語の授業あったろ?俺忘れちまってさ。だから、お願い!」

「はぁ……分かったわよ」

教科書を借りに来たり。

「大星さん、今日いいかな?」

「ん?ああ、いいわよ。また飛ばしてあげる♪」

「きょ、今日こそは耐えてみせる…!」

そして何より麻雀を誘いに来たり。

そんな傍から見れば何気ない日々。ごく普通の友達の関係。

私が……長い間忘れていた、この日常。

心の奥底ではずっと欲しいと願っていて、けれども表面ではもう諦めていたもの。

それを京太郎は、私に与えてくれた。

何年もの間空きっぱなしだった心の虚を、京太郎はたった一人で埋めてくれた。

だからなんだろう。いつしか私は、京太郎の前では仮面を脱ぎたいと思うようになっていた。

「ねえ。ちょっと」

「ん?どうかしたか、大星さん?」

「あんたさ、これからは私のこと、淡って呼んでよ」

「いきなりどうしたんだ?」

「別に……なんだっていいでしょ?」

どうしても強がってしまう。

長年被り続けた仮面だ。そう簡単に脱げるとは思っていなかった。

だけど……

「……了解だ、淡。これでいいのか?」

「う、うん。その……ありがと、キョータロー」

お礼なんて久しく言ってない。気恥ずかしくてボソボソと小さい声になってしまう。

それでも、京太郎には聞こえていたみたいだった。

「なあ、淡。もう、さ。”頑張らなくても”いいんだぜ?」

「……え?」

「あ~……はは。何言ってんだ、って思うかも知んないけどさ。長野にいた頃の友達のお姉さんが、さ。自分を偽ってるような人だった。

 で、さ。何故か淡からもそれを感じて……気づいたら体が動いてた。淡、何がお前をそこまで偽らせてるのか知らないけど、せめて俺の前でくらいは素でいていいんだぜ?」

「…………」

今京太郎はなんて言った?”頑張らなくて”いい?私の仮面に気づいてた?

頭の中は絶賛混乱中。理解が追いついていってない。

だけど、心は理解していたようで、徐々に、けれども確実に温まっていくのが分かった。

「…………いいの?」

「ああ」

「私、素直になるのが怖い……また友達が離れていくのが怖い……」

「大丈夫。俺はずっと淡の側にいる」

「本当、に?」

「本当だ。俺を信じろ。信じてくれ」

「うぅ……うぁ……あああぁぁぁぁ……」

衝動に突き動かされるままに心の声を漏らしてしまい、けれど京太郎がそれを全部受け止めてくれた。

気づけば私は泣いていた。

この時になるまで本当に気づいていなかったから。

私が”相手”を探し求めていたのは、結局”友達”の虚を埋める代替物を探していたに過ぎなかったことを。

京太郎はある意味”相手”を満たしてくれていた。

そしてこの日、”友達”の虚までをも埋めてくれたのだった。

それからの私はそれまでとはまるで別物だった。

いや、周囲から見れば、の話なんだけど。

「キョータロー!ご飯いこっ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!まだ板書が…!」

「待~て~な~い!ほらっ、行くよ!」

「ああぁぁぁ……」

私は友達と遊ぶことが大好き。

でも今は本当の友達は京太郎一人だけ。

なら増やさないのかって?

残念、そんなつもりはありません♪

だって、友達を増やしたら、京太郎といられる時間が少なくなっちゃうから。

それに、麻雀が絡むときっと他の人は友達じゃなくなっちゃう。

だったら、私は京太郎がいればそれでいい。

京太郎はその考えをどうにかしようとしてるみたいだけど、暫くはこのままでいさせて欲しいな……


せめて、私が京太郎を射止めるまでは、ね♪


カン!