京太郎「ただいま」




俺はそう言いつつ、疲れきった身体で我が家の扉を開けた




「……おかえり」




そしてすぐさま、我が家―六畳一間の狭っ苦しい―から聞き慣れた声が帰ってくる



それはひどく抑揚の無いものであったが、俺は日頃の経験からその声の主がご立腹であることを悟った



一応メールで帰りが遅くなることを伝えているが、彼女には納得のいかないことらしい




京太郎「夕食は食べましたか?」




靴を脱ぎつつ、尋ねる




「……まだ」



京太郎「そうですか。なら今すぐ作りますね」



「……お願い」




そう言って彼女――小瀬川白望さんは、ぐでんと居間に置かれたちゃぶ台の上に頭を乗せた



ふにゃんと柔らかそうな右頬が押しつぶされている




シロ「……京太郎」



京太郎「はい?何ですか?」




愛用のエプロンを着ながら答える




シロ「今日のご飯……何?」



京太郎「えっと、今日の夕食は――――」



シロ「……そう」




つらつらと頭に浮かぶ献立を述べると背後からシロさんの相変わらず抑揚の無い―しかし何処か嬉しそうな―相槌か返ってきた



…………。



……よし、彼女のためにもとびきり美味しい夕食を作るか!



幸い今日の献立は師匠直伝の得意料理!腕がなるぞ!






……




……




……





そして、夕食後。



居間に置かれた小さな液晶テレビがバラエティ番組を映し出し、その喧騒が小さな我が家のBGMとなっていた



俺たち2人は、食後の穏やかな沈黙を楽しんでいるのだ



そして、ふと。




シロ「だるい…」




シロさんがそんな事を呟いた




京太郎「今日の試合、何かあったんですか?」



シロ「……ううん、何も」




俺が彼女のシルクのような白髪を撫でながら尋ねると、彼女は首を静かに横に振りながらそう言った



髪を撫でられた彼女は心地よさそうに瞳を細めている




京太郎「……そう、ですか」




……余談だが、最近シロさんの「だるい…」と言う呟きが彼女の甘えたいサインであることを知った

抱きしめたくなるぐらいに可愛らしい人だ




シロ「試合には……勝った」



京太郎「…………」




……相変わらず凄い人だ




京太郎「流石、シロさんですね……あ、そうだ」



シロ「……?」



京太郎「確か、明後日は――――」




確か明後日の彼女の仕事は――――




シロ「試合、解説…………面倒」




――――そう、試合解説だ




京太郎「が、頑張ってください」



シロ「…………………………善処する」




うわぁ、すごくやる気なさそうだ



……シロさんに試合解説を取り付けるなんて、シロさんのマネージャー(♀)さんはトチ狂ってるとしか思えない



我が愛しい恋人ながら、シロさんが真面目に麻雀の解説をしている所は想像し難いものだった



……まぁ、わかんねーわかんねー言ってる大先輩の例があるし、意外と上手くいくのかもしれない




京太郎「ちゃんとお弁当作っておきますね」



シロ「……うん」




彼女の頷きと共に再び沈黙が一室を包み込んだ



気まずいものでは無く、居心地の良い沈黙



俺はこの沈黙が好きなのだ



そしてそれは多分、隣に肩を寄せて座る彼女も同じだろう




京太郎「……シロ、さん」



シロ「……なに?」



京太郎「……もうすぐ、同棲を始めて3ヶ月になりますね」



シロ「……うん」




この六畳一間のオンボロアパートで同棲を始めて三ヶ月、付き合い始めて一年半



彼女は新鋭プロ雀士、俺はしがない商社マンとして日々を過ごしていた



思えばあっという間に時は過ぎたものだ




京太郎「……良かったんですか?」



シロ「……なにが?」



京太郎「こんな、オンボロアパートでも」



シロ「…………」



シロ「……別に、いい」




彼女と俺の稼ぎを合わせれば、もう少し大きめのマンションの一室を借りることは出来たのだ




京太郎「……そうですか」




……まぁ、彼女も、満足してるならそれでいいか




シロ「……それに」



京太郎「それに?」



シロ「……狭い方が、一緒にいられる」



京太郎「…………」




な、何とまぁ恥ずかしいことを臆面もなく

……

……ですがその気持ち、わかりますよ、シロさん!




京太郎「……狭いところが落ち着くってなんなんでしょうね?あれ」



シロ「……さあ?」



「「…………」」




三度目の、沈黙



狭い部屋のおかげもあり、まるで俺たちが世界で二人っきりになったような錯覚を覚えた



いや、違う



もはや俺達はこの六畳一間に、ひとつの世界を作り出しているのかもしれない




…………。




……って、なにとんでもなく臭いことを考えてるんだ俺は!




「……ん?」




不意に、シロさんが立ち上がった



同時に肩に触れていた柔らかい感触が離れる



俺は、ほんの少し心細さを覚え――――――る間もなく




シロ「…………ん」



京太郎「えっ」




今度は膝の上の感触に大いに心を乱された



要するに、シロさんが胡坐をかく俺の膝の上に座ったのである




京太郎「……うっ」




鼻元をシロさんの綺麗な髪がくすぐり、鼻腔をフローラルな香りが駆け抜ける



……同じシャンプーを使っていると言うのにこの違いは一体なんなんだ




シロ「……京太郎……くすぐったい」




思わずくんくん匂いを嗅いでしまい、シロさんに妙な顔をされる




京太郎「す、すいません!」




彼女はくるりとこちらに向き直り俺の瞳をじっと見つめてきた




シロ「…………」



京太郎「…………」




……黒曜石のような瞳を見続けていると、まるで心を見透かされているような錯覚に陥ってしまいそうだ




「「…………」」




澄み切った瞳には俺の惚けた顔が映っている





そしてその瞳に映る俺の像は、どんどん大きく――――――――――大きく?





シロ「……ん……」



京太郎「……!!」



シロ「……ちゅ……ぷ……はぁ……」



京太郎「…………」



京太郎「……シロさん」



シロ「……なに?」



京太郎「……キスするなら、一言言ってください」



シロ「……つい、うっかり」




ああもう!

可愛らしく小首を傾げないでください!萌え死んでしまいます!




シロ「……ん」




ぽふん、とシロさんは俺の胸に顔をうずめてきた



そのおかげでシロさんのやーらかいお餅が下腹部にあたってとてもイケナイ気分になる

……が

そこはこの俺、漢京太郎!なんとか耐える……っ!



伊達に童帝はやっていない……っ!




京太郎「……」




……そうなのだ



シロさんと付き合い始めて早一年半だが、俺と彼女はまだ所謂ABCのAまでしか行ってないのだ



もちろんシロさんと深い中になりたくないと言う訳では無い



そんなオカルトあり得ません



シロさんのダルっぷりとか小動物っぷりとかに俺のそーいう気分は霧散してしまうのだ

……たまに辛抱たまらん時もあるがなんとか自己処理で抑えている今日この頃なのだ



まぁ、よーするに

俺がヘタレってことだよ言わせんな恥ずかしい!




だがっ!




今日こそはシロさんと新たな境地にたどり着いて見せる!



……と、意気込んで見るものの、やはり俺の心の中には一抹の――――

シロ「……京太郎?」



京太郎「は、はい?」



シロ「………………」ジィーーー



京太郎「な、なんですか?俺の顔に何かついてますか?」



シロ「……何か悩み事、ある?」

京太郎「っ!!!!」



シロ「…………」



京太郎「…………」




――――ああ、やっぱり




――――この人には、敵わないな




シロ「……」



京太郎「……たまに」



京太郎「たまに、不安になるんですよ」



京太郎「俺なんかが、シロさんとお付き合いしてても良いのかなって」



シロ「…………」



京太郎「シロさんは今や麻雀界の新星で、俺はただの営業マン」



京太郎「本当に、こんな俺がシロさんと――――――むぐっ!?」



俺が零したその不安を、最後まで言い切ることはできなかった




シロ「…………ん……」




シロさんによって、無理やり口を塞がれたからだ



シロさんの柔らかい桃色の唇によって、無理矢理口を塞がれたからだ




京太郎「む……ぐ……ぶはぁっ!?」



京太郎「し、シロさん!いきなり何を――――」



シロ「京太郎」



京太郎「っ!!」




彼女の瞳に俺の意識は吸い込まれ、思わず言葉が詰まる




シロ「私には、京太郎が必要」



シロ「私は京太郎がいい」



京太郎「……シロ、さ……」



シロ「京太郎」



シロ「私と、ずっと一緒にいて」



京太郎「…………っ!!!」



シロ「…………」



京太郎「…………」



シロ「……ん……っ」




ぎゅっ、と彼女を抱きしめる



人形のように整った彼女の体が、俺の胸の中にすっぽりと収まった



華奢な、身体だ



このまま抱きしめる力を強めたら、壊れてしまいそうなほどに




京太郎「……はぁ~~~っ」



シロ「…………」



京太郎「……情けないですね、俺」



シロ「……うん、情けない」



京太郎「ぷ……くっ……ははははははっ!」




笑いがこみ上げてくる



そうだ、何を不安がる必要があるのだ



俺は彼女を愛していて、彼女も俺を愛している



それで、いいじゃないか



それだけで、いいじゃないか!




京太郎「ははははははっ…………あーーー、アホらし」




何をバカなことで悩んでいたんだろう、俺は




京太郎「…………シロさん」



シロ「……何?」



京太郎「何か、欲しいものありませんか?」



シロ「……?」



京太郎「もうすぐ給料日ですし、俺が手に入れるものなら何でも手に入れて、あなたにプレゼントしますよ!」




今はただ、彼女に感謝しよう



この愛しい人に、感謝をしよう



そして



そして、この後に――――あれを渡そう!



自分の思いが詰まった――――シロ「……特に、ない」



京太郎「えっ」



シロ「特に、無い」



京太郎「ほ、本当にありませんか?」



シロ「うん」



京太郎「ぐっ!」



シロ「……それに、あったとしても自分で買う」



京太郎「た、確かに稼ぎは圧倒的にシロさんの方が上ですけど!漢の意地と言う奴がですね!」



シロ「…………あっ」



シロ「あった」



京太郎「あ、あった!?欲しいものがですか!?」



シロ「ん」



京太郎「そ、それは一体……!?」




一体何が欲しいんだろうか



この四六時中気怠げにしている愛しき彼女は何が欲しいんだろうか



きっと、それはそれは凄いものなんだろう




だがそれが良い!




ハードルは高ければ高いほど飛び越える楽しみがある!




京太郎「何なんですか……?」





そして――――





そして、彼女の小さな口から――――

――――その単語が紡ぎ出された









シロ「赤ちゃん」








京太郎「……………………はい?」




今、彼女は、何と言った?




シロ「赤ちゃんが、欲しい」



京太郎「え、えっと、そ、それはつまり――――」




それはつまり――――そう言うことだ




シロ「…………」



京太郎「……う……っ」




また、彼女の瞳が俺を射抜く



身体中の筋肉が硬直し、まるで蛇に睨まれたカエルのように動けなくなる



今の俺たちの体制――――胡坐をかく俺と、馬乗りになってこちらを見つめてくるシロさん



……すごく、イケナイ体制だ




シロ「……京太郎」



京太郎「な、なんですか……?」




冷や汗を垂らしつつ、なんとか喉から声を絞り出す




シロ「……」




そして彼女は




愛しき彼女は








シロ「布団…………出そう?」









……そんなことを、言ってのけた







――――――海藻類「King Crimsonじゃけぇのー」――――――







京太郎「おっ、やってるやってる」




あの日から二日後



心なしか浮き足立った足運びで、俺は今日も今日とて仕事に励んでいた



今は昼の休憩時間



職場に置かれたテレビには麻雀大会の中継が映し出されていた




アナ『……さて、先ほどの局、解説の小瀬川白望さんはどのように捉えて――――』



シロ『…………』




丁度解説に入ったらしく、画面内には何処かの局のアナウンサーと愛しき恋人――いや、もう違うか――シロさんが映っている



彼女がテレビに出ているのを見ることなどもう数えきれないほどあるが、やはりどこか慣れないと言うか妙な気恥ずかしさがあった




アナ『……小瀬川さん?』



シロ『…………』



京太郎「……ん?」




弁当をつつきながら、俺はシロさんの違和感に気づいた



先ほどから彼女は何かを考え込んでいる……他人には恐らく彼女が何も考えずぼーっとしているように見えるだろう

が、俺には解った


シロ『……違う』




ぐいっ、とペットボトルのお茶を口に含む




アナ『……ち、違う?』



シロ『……私の名前は小瀬川白望じゃない』



アナ『は?』



シロ『私の名前は――――――』













シロ『須賀白望』














――――――液晶テレビに映る彼女の薬指に、銀の指輪が輝いている





――――――そして





――――――俺が勢い良くお茶を吹き出したのは、言うまでもないことだった





カン!