喧騒が分子一つの隙もなく空間を埋め尽くす。警察署内は行き交う人々で溢れていた。

俺達は人の波を避け、奥へと進んでいく。

勝手知ったると言ったところかまったく揺れないエレベーターに乗って四階まで到達する。

俺の胸中で複雑な感情が湧き起こる。


京太郎「他人の成功が憎らしいのって何故だろうね?」

塞「言わないで。虚しくなるから」


不毛な会話を続けていると数人の刑事とすれ違う。

不快そうな顔と無言の圧力に俺と塞は道を譲る。

すれ違い様に「野良犬が警察署をうろつく時代か」っという呟きが聞こえてきた。

慣れたものなので俺達は気にも留めない。

また別の中年の刑事がすれ違う。背中越しに「気にするな」という声。

手近にあった案内板を見る振りをして立ち止まる。


「あんたらのことは聞いている。警察の中にあんたらの味方はいるさ」


中年の刑事は何事もなかったかのように去っていく。

相手にしても民間の探偵なんかと親しくしているのを同僚に見られたくはないだろう。

敵の中に味方がいて、味方の中に敵がいる。単純に二分化出来ないのが世界の複雑なところだ。


目的の一室の前で立ち止まる。

入り口の扉には「千里山」と書かれてたプレートが貼り付けられていた。

ノックもせずに戸を開けて進む。

差して広くもない室内には簡素な長机と椅子。奥にはホワイトボードがあるだけだった。まさに警察の会議室といった風情だ。

「ガイアメモリ事件」と書かれたボードの正面に一人、俺達から向かって左側に二人が座っていた。


竜華「よう来たね。待っとったよ」


髪の長い女性。清水谷先輩が労いつつ席を立つ。

隅に置いてあったポットからお茶を注ぎ、右側のテーブルに並べていく。


塞「それで、わざわざ呼び出したってことは何か進展があったの?」


座りつつ、塞が問いを放つ。


怜「散発的に装着者を捕まえてるだけやね。問題はメモリを流してる組織や」


清水谷先輩の隣、園城寺先輩が答える。


ホワイトボードの半面に市内の地図が張り出され各所に赤いマグネットが貼り付けられている。

それぞれが事件の起きた場所を示していた。


塞「多過ぎるね」

浩子「ここ二週間で起きたガイアメモリ事件の件数は12件。上半期の26件のすでに半数近く起きてます」


室内に重苦しい空気が降りかかる。


京太郎「この、アルファベットは何ですか?」

竜華「それはメモリの種類や。Mならマグマ、TならTレックスみたいに」

浩子「一般的には公表されてませんが、装着者をユーザー、変異体は変身体とも超人体とも呼ばれてます」


そういって船久保先輩が書類とともに何枚かの写真を見せてくれた。

かなりぼやけているが、まさに怪人と呼ぶに相応しい異形の怪物が写真に写し出されていた。

俺はそもそもの疑問を口にする。


京太郎「そもそもガイアメモリって何なんですか?人間を化け物に変えて超常的な力を与えること以外俺達は詳しく知らないんですが」


隣に座る塞も同意見だと言う様に小さく頷いて見せる。

浩子「では、思考の材料として私が解説を少々」


俺と塞、清水谷先輩と園城寺先輩の視線が交錯。今この瞬間、四人の意見が奇跡のように同調した。

代表して俺が釘を刺しておく。


京太郎「えっと、出来れば手短に頼めます?長くなりそうならお菓子とジュース、それから漫画を用意したいんですけど」


俺達の抗議の目を無視気味に、室内の照明が落とされ代わりに映写機が投影される。

全員は諦めて静かに拝聴することにした。


浩子「ガイアメモリとはその言葉の如く、地球の記憶のことを指し示しています」

浩子「一説によると、星の本棚と呼ばれる高位次元。位相空間からその現象、事象を汲み取ることで再現されていると考えられています」


スクリーンに格子状の立方体が浮かび上がる。


浩子「N次元の空間は、N+1次元の空間を切断することで表現できます。三次元の立方体を二次元で切断すると、その断面は正方形に」

浩子「また、切り口によっては長方形や三角形にもなります。同様に三次元空間で四次元立方体を切断すると、断面には長方体や立方体が現れます」


浮かび上がった立方体が切断され分解されていく。


浩子「四次元空間を三次元的に表現すると、八つの立方体で構成できます。16の頂点、32の辺、24の面から成り立ち次元が増えると頂点の数が二倍になります」

浩子「立方体の体積は辺の三乗ですが、四次元の立方体の体積は四乗になり、ここからメモリの変異体。所謂ドーパントの特質は推測できます」


画面が変わり、箇条書きで一つ一つ項目が足されていく。


浩子「その一。体積に対する表面積の割合が多くなるので、呼吸などの解糖系の酸素変換率が向上します」

浩子「血管や呼吸器系、消化器系が体表面近くに集中し、脳や心臓は体内深くに位置することになります」

浩子「その二。筋肉の容積が増大するため、筋力もとんでもないです」

浩子「その三。遺伝子が蛋白質を作る為には、一次元の螺旋状の紐が用いられるのと同様に、四次元の蛋白質を作りためには二次元の膜状の遺伝子が用いられます」

浩子「その為、組み合わせが飛躍的に増えるので、遺伝子情報が多様化し、姿かたちも多彩です」

浩子「その四。脳組織や神経網が増加し発達して、知性や身体能力が向上します…………えっと皆さん、ついてきてます?」


清水谷先輩は腕組みをしながら渋い顔で頷く。大きめの胸が強調され、思わず視線が吸い寄せられる。

隣の園城寺先輩はすでに机に突っ伏して寝息を立てていた。

俺は所在を無くして室内に視線を彷徨わせる。

元々学究肌の塞はあまり苦痛には感じていないようだった。羨ましい限りだ。


浩子「高次元の地球の記憶という情報は膨大過ぎて、すべてを三次元の物質世界に顕現させられません。三次元のものを二次元に完全に再現出来ないのと同じ理屈です」

浩子「次元界面を越圏するには三次元の物質を触媒にする必要があります。それが……」

怜「それが、メモリユーザー。つまり人間ちゅうわけやね」


船久保先輩の言葉を、いつの間にか起きていた園城寺先輩が引き継ぐ。


浩子「園城寺先輩のいう通りですね。三次元空間の物質を取り込むことで情報の形態化と安定化を図るんです」

塞「メモリが使用した人間の体内に飲み込まれるのも、実は逆で、装着者こそが膨大な情報体に取り込まれていたってわけだね」

竜華「元の人間の情報を上書きするわけやから、徐々にその更新……所謂、毒素が回って感情や精神が歪んでいくわけやね」

京太郎「ガイアメモリと、そのドーパントってのがどんなのかは大体わかったけど、あんまり捜査に役立ちそうにないなぁ」


有益な意見が出ないまま、会議は終了となった。