「――――で、なんで俺が小池ーズの面倒を見なきゃなんねえわけ?」

「しょ、しょうがないし……!なんかスーパーで特売やってるから、卵とお肉買ってきてって親に頼まれちゃったんだから!」

「だからって……ないわー、コレはないわー」

「にいちゃんがあそんでくれるっておねーちゃんいってたから、オニごっこするし!」

「さいしょはかくれんぼにするしー」

「んー、とくべつしたいこともなかった」


ワラワラと纏わりついてズボンを引っ張ったり、上着の裾を引き伸ばしたり、手を握って首を傾げる小池ーズにされるがまま胡乱な眼差しを送る京太郎に、華菜がパンッと手を合わせて頭を下げる。


「スマン!買い物終わったらすぐ戻ってくるから、その間だけ!その間だけ緋菜達のこと見ててくれ!!」

「…………しゃあねえなあ」


生意気、図々しいを地で行くようなイメージのある華菜にしては珍しく殊勝な態度に、渋々とだが京太郎も折れた。


「マジで!?感謝するし!」

「そこまで頭下げられて断るほど鬼じゃねえし……」


さっさと行ってこいと、シッシと手を振るジェスチャーを送る。


「じゃあ緋菜、菜沙、城菜、おねーちゃんちょっと買い物いってくるから、ちゃんと須賀の言うこと聞いてやるんだぞ!」

「はーい、だし!」

「いわれるまでもないし」

「うん、わかったー」

「池田もちゃんと姉ちゃんやってるんだなあ」


何度もこちらを振り返りながら走っていく姉に、緋菜達がバイバイと手を振るのを見下ろし、なんだかんだで仲のいい姉妹なのだなあ、と感心しておく。


「とりあえず、何して遊んでやればいいんだ……?」


降って湧いた難問。

小さな子供の遊び相手という、ある意味で重労働な任務に挑むに当たり、京太郎がまず選んだのは――――


「ここは一つ、城菜ちゃんに意見を求めよう」


三つ子の中で落ち着いている雰囲気を持っている彼女なら、この場で最も適切なアドバイスを出してくれる。

そう考えて意見を求めた京太郎に、暫し空い浮かぶ雲を見上げて思案してから城菜が口を開いた。


「――――とりあえずひといきいれるし」

「……あ、そっすか」


ポンッと同情するように腿の辺りを叩いてくれる城菜に、この子は将来、大物になる――――そう感じずにはいられない京太郎である。


「にいちゃんヒマだし!」

「はやくかくれんぼやろー」

「ハイハイ、これ飲んだら順番で遊んでやっからガマンしろー」

「ハーイだし」

「しょーがないから、いうこときいてあげるし!」


ベンチに座らせて、自動販売機で購入したジュースを与えておとなしくさせる。

成り行きで三つ子の面倒を見ることになったのだが、これが予想以上にしんどい。

まだ開始して五分と経っていないのに、缶コーヒー片手にしみじみ実感してしまう。


「にいちゃんにいちゃん、コレみて」

「んー?」

「どれでもいいからおしてみるし」


精神的な疲れから、ぼうっと空を泳ぐ雲を眺める京太郎に、城菜が肌身離さずに持ち歩いていた玩具――デフォルメのイヌ・ネコ・ニワトリ・ウサギが描かれた四つのパネルを押すと、その動物の鳴き声がするボードを掲げて、好きなものを押してと促す。


「おお、なんか懐かしいなあこーいうオモチャ」

「――――」(ワクワク


よほどお気に入りの玩具なのだろう、鳴き声がするのを今か今かと待ちわびる城菜に期待に応えて、右上のイヌの絵が描かれたパネルを指で押した。


『ワンワン』

「イヌのなきごえだし」

「おお、そうだな犬だ」

「つぎはコッチおしてみて」


次に指示されたのは、ネコのイラスト。


「ポチっとな」

『ニャーン』

「ネコだし」

「そだなー、猫だなー」

「じゃあ、こんどはこっちだしっ」


猫っぽさなら、たまに髪の毛が猫耳の形になっている――気がする華菜の方が上だがと思いながら、目を輝かせて、妙に強く勧めるニワトリのパネルに触れる。


『コケコッコー』

「これがニワトリさんのなきごえだし!」

「フフ……そうですね」


ニパー、と自慢げに教えてくれる城菜に胸の奥がほっこりしてきた。


「ラストだし」

「ハイハイ」


自慢の玩具を紹介できてご満悦の城菜に従い、京太郎が四つの中で最後に残ったウサギのイラスト付きパネルをタッチして――――


『うさぎ』

「――――――――?」

「ウサギさんのなきごえだし」


エヘン、と胸を張って教えてくれた城菜から視線を宙に移す。

ウサギの鳴き声がどういうものだったかを思い出そうと努力するが、力及ばず。


「そっか、ウサギって『うさぎ』って鳴くのか……」

「うんー」

『コケコッコー……コケコッコー……コケコッコー』

膝の上に玩具を乗せて、エンドレスでニワトリのパネルを押す城菜を見守りながら、胸の奥で涙を流した。

(ウサギの鳴き声を知らない自分の無力さが……恨めしいっ……!)

今度、本の虫な咲か雑学に詳しい久に教えてもらおう。

そう心に決めておいた。




「かくれんぼするし!」


城菜の希望……正確には空気を呼んだ一息の後、遊びを決める順番が来た緋菜の興奮した叫びが響く。


「わかったから声、抑えるし。耳がキーンってなったから……」


子供特有の甲高い声に、耳鳴りを覚えた京太郎が顔をしかめるが、テンション上昇中の小池ーズがそれを考慮してくれるはずもない。


「かくれんぼっ、にいちゃんがオニだし!」

「オニはひゃくかぞえないとダメだしー」

「城菜たちかくれるたつじんだしー」

「そこは普通、ジャンケンで決めねえ?」


鬼をすること前提で進む話に異議ありを唱えた京太郎に、三人の声が重なった。


「「「オニはにいちゃんにやらせてあげるし」」」

「あ、そう……」


それぞれ個性はあるが、根本的なところで考え方は同じなのだなあ、と呆れ半分に感心する。

とりあえず、華菜が戻ってきたら腹いせにデコピンでも喰らわせてやろう。そう決心しておいた。


「いーちっ……にぃーいっ……さんっ……よーんっ……!」

「ちゃんとひゃくまでかぞえるし!」

「ちからいれすぎだとおもう……」

「なんかにいちゃんのまわり、ざわざわしてるし」

「かんけーないし!緋菜はぜったいみつからないから!」


ざわ…ざわ…を辺りに撒き散らしながら数を読み上げる京太郎に釘を刺して、緋菜がパタパタと逃げ出す。

それを見習って菜沙、城菜も京太郎を残して立ち去る。

一人、手で顔を覆って、ざわ…ざわ…と数字を読み上げる金髪の高校生という酷くシュールで、話の流れを知らなければ通報したくなる光景に違いなかった。


「きゅうじゅうはちっ……ククッ…………ひゃくっ……!」


きっかり百秒数え終え、顔を覆っていた手を外す。

一分と四十秒ぶりの日の光が心地良い。


「さて、探すか」

一仕事終えた風に存在しない額の汗を拭い、辺りを見渡す。

当然と言うべきか、京太郎が数を数えていた付近に緋菜達の姿はなく――――

「ひくちっ……!」

『うさぎ』

「………………」

否、腰掛けていたベンチの裏側に一人いた。

「……城菜ちゃんみつけた」

「あー、みつかったし」

『うさぎ……コケコッコー……コケコッコー……』


灯台もと暗しを実践したまではよかったが、大事に抱えていた玩具により、かくれんぼ開始二分で身柄を拘束。

「城菜ここにいるから、にいちゃんはがんばって緋菜たちをさがしてくるし」

『ニャー……コケコッコー』

「なんて……揺るぎない子……」

自分の役目わったとばかりに、ベンチの上でおとなしく玩具で遊ぶ少女に、末恐ろしいと京太郎、戦慄。

「資質に目覚めてしまったら手に負えないぜ、たぶん」

何の資質に目覚めるのかは、てんで見当がつかなかったが、何かしらの天才には違いあるまい。

相手は三つ子。城菜がああである以上、残る二人もこちらの裏をかいてくる可能性が高い。

漠然とした危機感。このかくれんぼ、一筋縄ではいかないと、大人げなく気を引き締めて再開した小池ーズ捜索。

が、続く二人目、三人目の発見は意外と早かった。


「…………きづかれてない?」

「だいじょーぶ、きっとこのままするーするし!」

「…………」

滑り台の下。テレビの梱包にでも使っていたのだろう、それこそ『小さな供二人程度ならスッポリ覆い隠せる』大きさの段ボールが転がっている。

中から聞こえる、女の子ちょうど二人分の声にしばし耳を傾け、咳払いしてみた。


「んっんー、ゲホンゴホン」

「あぶない、菜沙しずかにするし!」

「緋菜のほうがこえおおきいし!」

「……エヘン、オホン」

「シー、ってするし!」

「りょうかいだしっ……!」

(うっわ、こいつら面白ェ……!)



見え見えバレバレの隠形の術。

それで隠れおおせていると信じられるのは、幼いからこそ。

だから、その幼さを逆手に取って、ほんの少し意地悪したいと思ってしまう京太郎であった。


「あー、誰だよこんなトコに段ボール捨ててったのはー。困んだよなー、公園汚したりするの」

「「…………」」


箱の中で二人が息を呑んだのを確認し、さらに続ける。


「ゴミはちゃんとゴミ捨て場に持っていかねえとなぁー」

「「…………!」」


ビョクリッ、と段ボールが跳ねたことに我ながらヒドイと思いつつ、ニヤニヤしてしまう。

「ど、どーするし?」

「にいちゃん菜沙たちポイしちゃうつもりだし……」

(ダメだ……まだ、まだ笑うなっ……!)


箱内の怯えまじりのヒソヒソ話に、口の端が歪むのを禁じえない。


「あー、でも中に何か入ってたら捨てちゃいけないよな」

「「!」」


天からの光明、まさに蜘蛛の糸。


「……う、うわー、みつかっちゃったしー!」

「しょ、しょーがないからかくれんぼはこれでおしまいにするし……!」


唐突に差し伸べられた手に、これ幸いと緋菜と菜沙が手を伸ばした瞬間、京太郎は…………自ら垂らした蜘蛛の糸に鋏を入れた。


「よし、こうなったら最後の手段…………しまっちゃうオジサンを呼んで片してもらうっ……!」

「きにゃーーーーーー!?」」


段ボールの中から、半泣きで飛び出す緋菜と菜沙。

ベソをかく彼女らの身柄が拘束され、城菜の待つベンチまで運ばれたのは、それから程なくのことだった。



地獄があるとするならば、それはきっと今この瞬間だ。

疲弊した体に鞭打って走りながら、京太郎はそう断言した。


「まってー」


トテテ、とマイペースに走る城菜から、手を伸ばしてギリギリ届かない距離を維持して走り続ける。


「にいちゃんいそぐし!城菜においつかれるし!」

「つかまったら、こんどは緋菜がオニー」

「ぜー、はー……ぜー、はー……!!」


荒い呼吸を繰り返す京太郎の両脇に抱えられた緋菜と菜沙が、手足をバタつかせながら頑張れと急かす。


「やめ、バランス崩れっ……あ、右手ピキッて……やめろォッ!?」


純粋ゆえに子供は残酷と言うが、まさしくその通りだと思った。


「つかまえたー」


ペースが落ちたせいで、城菜の伸ばした手が足に触れる。


「こうたいするしー」

「うー、しかたないからかわってあげる!」

「こんどは菜沙、みぎがわだし」

「ちょっ……タンマ…………ゼー、ゼー……!」


独自に決めたルールに従い、右脇に抱えられていた緋菜が地面に降りて、菜沙が右脇、城菜が左脇で万歳して、抱えられる準備を整える。

「にいちゃん、はやくするし」

「城菜も緋菜たちみたいにはこんでー」


ピョンコピョンコと跳びはねながら要求する方の気楽さに反比例して、京太郎の目は艱難辛苦に涙が浮かんでいた。


「た、たの……お願い、します……休もう、すこしっ……!」


待ったの声をどうにか絞り出しす様子は、疲労困憊。息も絶え絶え、青色吐息という奴である。


「な、なあ、三人は……ケッホ、おぇ……!ハァ……ゼヒッ…………な、なんの、遊び……して、おられるのですか?」


一抹の不安を抱いての質問。

何故か口調が改まっているが、それは彼の感じている脅威の表れである。

緋菜達から返ってきたのは、実に単純明快で、これ以上なく分かりやすく、それ故に恐ろしい答えだった。


「「「オニごっこだし?」」」

「ぉ……俺の知、ってる……鬼ごっこと、ちがう……」


これが異文化コミュニケーション、あるいはカルチャーショックか。

さも当然とばかりに返された答えに、京太郎の背後をざわ…ざわ…が飛び交う。

二人の幼児を小脇に抱え、鬼役の子から延々逃げ続ける……。

京太郎がタッチされた場合、鬼役は右脇の子が行い、左脇にいた子は右脇に、タッチした鬼役の子が今度は左脇に入ってゲーム再開……という、掘った穴を埋めて、また掘るようなエンドレス。

かつてこのような、一人だけが過酷な鬼ごっこがあっただろうか。


「なあ……もうやめにしないか……?」

「こんなにたのしーこと、まだまだおわらせないし……!」

「まあ、お前らはそーだろーな」

「ばいブッシ……だし!」

「倍プッシュ、倍プッシュだから……!」


けんもほろろな返答に、がっくりうなだれる。


「おねーちゃんかえってくるまでガマンするしっ」

「池田が戻ってくるまで続けろ、ってことすね」


最後の頼みの綱である城菜が、ウズウズしながら激励してきた時点で京太郎
考えるのをやめた。


「やってやるさ……もう、地獄の淵が見えるまでっ……!」

「あっ、まてだし!まて……お、おいつけな…………グスッ……ま、まってー……」

「あぅあぅあぅあぅ……!」

「にいちゃんのししつがかくせいしたしっ……」

「うおぁぁぁぁぁああああああああああっ……!」


追い付けなくてベソをかき始めた緋菜や、あまりの振動に喋れなくなる菜沙、目を丸くして驚く城菜の声を掻き消して、京太郎の咆哮が公園に響き渡る。

彼の闘いは……まだ始まったばかりだ。






「――――――――お、お疲れ?」


買い物を終えて戻ってきた華菜が目にしたのは、公園のベンチに座ってグッタリとうなだれる京太郎と、そんな彼の膝に頭を乗せたり、抱きついて寝息を立てている小池ーズの姿。


「…………ああ、もう……無理……ゴメン、勘弁して」

「そ、そーか」

「子守りって、大変なんだな……」


顔を上げる気力も残っていないのか、俯いたままポツポツと面倒を見ていた時の緋菜達の様子を語る。


「満月の時の衣さんばりに止まんねーの、テンション上がりっぱなしのはしゃぎ通しで……なんなの、あの体力……」


結局、鬼ごっこを始めてから二時間丸々走り続けた京太郎であった。


「…………」


寝息を立てる緋菜や菜沙、城菜をひっつかせてぼやきつつも、声の節々に苦笑いの色を滲ませる京太郎を、華菜はただじーっと呆れの眼差しでながめている。


「―――フツーに適当なとこで切り上げればよかったと思うぞ?」


ある意味、真理ともいえる華菜の言葉。

しかし、京太郎はそれを一笑に付す。


「フフ……合理性はあくまで俺達(大人)の世界でのルール。大抵の人間にはそれが通用したんだろうが……残念ながら、その縄じゃ子供は縛れねえよ……」

「いやいや、カッコつけて言われても困るし」


ざわ…ざわ…を辺りに形成させ、無駄に言い切る京太郎から華菜は悟った。


「須賀……お前、頭悪いな!」

「いい笑顔で言ってんじゃねーよ!?」

「……にいちゃんうっさいし」

「菜沙たちおねむだし……」

「んー……んんっ!」

「す、すみません……」


寝ぼけ眼の緋菜達に非難され、城菜に至っては腿に平手打ちしてくる始末。


「とりあえずなんだー、須賀……ジュース飲むか?」

「――――貰う」


休日に子供と遭遇するとロクな目に遭わない。

一つ賢くなった京太郎であった。