東横桃子の朝は早い。
 地元から電車で一時間はかかる駅のホームに桃子は降り立った。
 今日は愛しのお友達である須賀京太郎に会うために、遠路はるばるここまでやってきたのだ。
 ちなみに今現在の関係はお友達だが、桃子としてはそれ以上の関係になりたいと思っている。

「やっぱり朝から一時間も電車はきついっすねー」

 休日とはいえまだ朝の為に空いてはいるが、やはり疲れはあった。
 そんな疲れも京太郎に会えると思えば吹っ飛んでしまうのだが。
 しかし今日桃子がここに来たのは会う事が目的ではなかった。
 勿論会えればそれはそれで望ましい事ではあるが。

(京太郎さんとは本当は毎日でも会いたいけど距離があって難しいっす……
 だからせめて会えない時の切なさを慰める為にも京太郎さんの私物がほしいっす…)

 桃子は約束もせずに、無断で京太郎の家の前にまで来ていた。

(ようやく着いたっす! ここからは……)
「ステルスモモの独壇場っすよ!」

 無論犯罪である。

「じゃあさっそく……って京太郎さんじゃないっすか」

 丁度よく京太郎が玄関から出て来て出掛けようとしている所だった。
 タイミングが悪かったかと思い、どうしようか考えようとして、

(ついて行くっす!)

 考えるより前に身体が動いていた。
 当初の目的とは異なるが、京太郎を目の前にして己を抑えられるはずがなかった。
 すぐさま話し掛けようとも思ったが、一人の時はどんな風なのか気になったのでしばらく様子を伺うことにした。

(やっぱ京太郎さん格好いいっすねー。
 他の男なんて見てもどうとも思わないっすけど京太郎さんだけは別っす)

 見とれているだけとも言う。
 しかしそんな見とれている状態でもステルスの影響で身に着けた尾行技術を存分に発揮しているのは流石である。

(あっ!)

 ふと気がつくと京太郎が女の人に道を聞かれていた。
 説明をしている京太郎。
 やがてそれが終わると女の人は大袈裟なまでに喜び、あまつさえ京太郎の手を握り感謝をしていた。

(むっー。なんっすかあの女! 私の京太郎さんに馴れ馴れしいっす!)

 無論京太郎は桃子のモノではない。
 女心であった。

(んっ!)

 道を教え終えて再び歩き出した京太郎。
 その前に子供が転んで、泣いていた。
 京太郎はそんな子供を見過ごせずに、優しく介抱してあげていた。

(やっぱり京太郎さんは優しいっすねー。そこが素敵っす)

 改めて京太郎の優しさを確認する桃子。
 そこまではよかった。
 何も問題なんてなかった。
 しかし――

(なんっすか! 『おにーちゃんありがとー私が大きくなったらお嫁さんになってあげるね』ってなんっすか!!)

 介抱してあげた子供にそんな事を言われているのは非常に問題があった。

(そりゃー京太郎さんは素敵な人っすよ!? 気持ちは分かるっすよ!? でもお嫁さんはダメっす!!)

 憤慨する桃子。
 例え相手が子供とはいえ、いい気分ではなかった。

(えっ!)

 今度は前を歩いていた人が落とした財布を京太郎が拾っていた。
 そしてその人を呼び止め財布を渡す。

(なんでまた女の人なんっすかああ!!!)

 またもや相手は女の人だった。
 普通にお礼を言い、すぐに別れてはいたが桃子は見逃さなかった。
 相手の女の人の目が明らかに男を見る目だった事を。

(これはアレっすか!?
 後日ばったり会って『あっ、貴方はあの時の人! よかったらお礼を』って展開っすかあああ!!!!)

 京太郎は再び歩き出している。

(このままじゃやばいっすね……)

 このまま黙って見ていれば同じような事が何度も起こり非常によろしくない事が容易に想像できた。
 フラグ体質恐るべき。

(もう話かけるっす!)

 他の人には気がつかれないステルス状態のまま、こっそりと京太郎の背後に近づき、

「だ~れだ?」

 手で目を隠し『だ~れだ?』をおこなった。

「モモ?」
「正解っす!」

 そしてあっさりばれた。

「流石京太郎さんよく分かったっすね」
「声聞けば大体分からないか?」
「いやぁー普通の人にこれやってもそのまま気がつかれずにスルーされるっすよ?」
「いきなり視界が真っ暗になっても気がつかないってこえーな……」
「事故りそうっすね……」

 駅のホームなどで『だ~れだ?』をやると下手をすると相手が死ぬ。

「……俺以外の相手にはもうやるなよ?」
「……了解っす」

 誰だって人殺しにはなりたくないのである。

「それにしてもなんで京太郎さんには私が見えるっすかね?」
「うーん……前にも言ったけどまったく理由が思いつかないぞ」

 モモと出会ったから何度か考えた事があったが、思い当たることは何もなかった。

「そうっすよねー。不思議っす」
「俺的にはモモみたいな可愛い子が見えないってのが不思議なんだけどな」
「……京太郎さんってたまにバカみたいにストレートな事を言うっすよね」
「いやぁー……実際にモモは可愛いしなー」
「そ、そんな……っ! こと……」
「なんで他の人は見えないのか不思議でしょうがねーよ?」
「だ、だから、不思議なのは京太郎さんの方っすから!」

 素直な意見を述べると桃子は気恥ずかしさから頬を赤く染めて必死に否定をしてくる。
 そんな桃子が可愛く思えて、さらに調子を上げる。

「モモはこーんなに可愛い子なのになー! モモが見えない男は損してると思うぞー!」
「京太郎さんっ!」

 そんな言葉に感動したのか、モモは抱きついてきた。

「モ……モモさん?」
(他の男なんてどうでもいいっす。京太郎さんだけに見てもらえば私はそれでいいっす)

 突然の事態に京太郎は止まった。
 胸板に顔を埋め抱きついてきているために、腹部に当たる膨らみが主な原因だ。

(やばいやばいヤバイやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
 モモはそういう事なんて意識しないでやってるんだ。
 先輩にやっているのを何も考えずに俺にやっているだけなんだ。
 だから変な事を考えちゃ駄目だ。
 落ち着け落ち着け落ち着けタコスを数えて落ち着くんだ。
 タコスが一匹タコスが二匹タコスが三匹タコスが四匹タコス五匹……)

 心の中でタコスを数えなんとか平常心になると、モモを離すべく説得を試みる。

「あのモモさん?
 ここは人が普通に通る往来ですので離れてもらえる嬉しかったりするのですがいかがでしょうか?」
「どうせステルスで見えないから関係ないっすよ?」

 敬語になりながらの必死な説得は無残な結果に終わった。

「それはそれで俺が一人で往来で硬直してる変な人に見られしまうのですが?」
「むぅー。京太郎さんが変に見られてしまうのは私が嫌っすねー」

 まだ名残惜しいのか、未練そうな顔をしながらもようやく桃子は離れてくれた。

「というか何しにここまで来たんだ?」
「あーそのー……用事っす! ちょっと用事があったっす!」
「そっかー。用事があるなら仕方ないか……」
「ん? どうかしたっすか?」
「暇だから遊びに行こうと思ってたんだけど、一人だと退屈だからモモが暇だったら一緒に遊ぼうと思っててさ」
「暇っす!」
「えっ?」
「暇っす! 暇になったっす! 凄い遊びに行きたいくらい暇っす!」
「あー……用事はいいのか?」
「もう終わったっすよー。だから暇っすよー」
「まあ、それならいいんだけどな」

 モモがちょっと変なのはよくある事なので、京太郎は気にしない事にした。

 ***

「……凄かったな」
「……凄かったっすね」

 ゲームセンターで遊び終えた二人は、同じ感想を述べた。

「……まさかFPSでさえもステルスになると思わなかったぞ」
「……ああいうゲームってやった事なかったから私も初めて知ったっす」
「……ジュース飲むか?」
「……モモジュースでお願いするっす」

 京太郎は自販機で二人分のジュースを買う。
 一つをモモにあげるともう一つを飲み出した。

「……ありがとうっす」
「……ある意味最強だったんだけどな」
「……まさにステルスモモの独壇場でしたっすね」

 ステルスでまったく認識されずやりたい放題だった。
 気がついたら何もない空間から狙撃されている敵からたまったものではなかっただろう。

「……チートってよく言われてたけどどういう意味っすか?」
「……ゲームとかで改造とかをしてずるをしているって意味だな」
「……確かにずるっちゃずるっすけどねー」

 しかしそのチートは味方からも認識されないので同士討ちが起きていたが。

「……モモジュースうまいな」
「……これ私のお気に入りっす」

 最終的にバグでエラーが多発し、筐体がご臨終しました。

「……今度は違うゲームしような」
「……そうっすね」

 ***

 夕暮れ時。京太郎の家の前。

「今日は楽しかったっす!」
「俺も楽しかったぞ」

 あの後あそこのゲームセンターではもう遊べないと言う事で、違う所で遊んだ二人であった。

「でも俺の家まで送って来なくてもよかったんだぞ?」
「いえいえ、京太郎さんが悪い人に襲われたら大変っすからね」
「立場が逆だろうが!」
「私にはステルスがあるから心配ないっすよー」

 確かにステルスがあれば襲われるどころか認識されないので、そういった心配はないと言える。

「そうかもしれないけど、やっぱりモモも可愛い女の子なんだし、心配になるんだよ」
「京太郎さん!」

 感動で抱きつこうとしたモモであったが、先程の事で学習した京太郎は即座に距離をとった為に失敗に終わった。

「……なんで逃げるっすか?」
「家の前でモモに抱きつかれてる所をおふくろに見られたら今夜はお赤飯炊かれちまうだろ!」
「別にいいんじゃないっすか?」
「実の母親に『あらあら、京ちゃんはようやく彼女が出来たのねー。お祝いしなくちゃねー』なんて言われてみろ。
 思春期の男の子だったらしばらく部屋に引き篭もりたくなるぞ」
「そういうものっすかねー」

 思春期の男の心境など桃子には理解が出来なかった。

「というわけでもう帰れ」
「そうっすね。ご両親への挨拶は後でいいっすね」
「はいはいそーっすねー」
「むぅー。なんか冷たくないっすか?」
「モモのそういうからかいにも慣れてきたんだよ」
「ぐぬぬー」

 桃子は今まで一人でもいいんだと半ば悟ってたゆえに、その反動で凄く甘えてきている。
 そうかつての咲のように。
 咲とは甘え方が違う為に最初は少々戸惑っていたが、慣れれば扱いも分かってくるものである。

「まあホント遅くなるし、そろそろ帰った方がいいぞ」
「そうっすね。日も落ちてきて危ないっすからね」

 この危ないというのは変質者などではなく、暗くなる事で車などに気がつかれない可能性が上がるという危なさである。

「やっぱ今からでも俺が送ろうか?」
「平気っすよ。でもそんなに心配ならここに泊っていっていいっすか?」
「帰ってくださいどうぞ」
「えー。泊まるどころか私がここに住んでいても京太郎さん以外には気付かれないっすよ?」

 京太郎は問題発言をしてくる桃子を軽くチョップして止めた。

「痛いっすー」
「女の子がそういう事を言うんじゃない」
「ぅー。ごめんなさいっすー」
「分かればよろしい。それじゃあな!」
「はいっ! また今度っす!」

 何だかんだあったが帰る事になりました。

 ***

 夜。桃子宅。
 桃子は今日の事を考えていた。

(今日見てて思ったけど、やっぱり京太郎さんモテるっすね。
 優しくて、気遣いも出来て、見た目もいい。
 麻雀だけはあまり強くはないっすけど、そんなのをどうでもいいくらいに素敵な人っす。
 それに比べて私なんか影が薄いし、未だに部のメンバー以外の友達もいないっす。
 でも……でもっ! それでも負けられないっす! これから京太郎さんがフラグを立てていく人にだって負けないっす!
 京太郎さんは私にとって、たった一人の特別な男の人っすから!
 誰にも譲れないっす! これだけは! 誰にも!)

 そして京太郎へとおやすみメールを送り、もう床へつこうとしたところで、

「あっ!」

 大切な事を思い出したのであった。

「最初の目的を忘れてたっす!!!! 今度こそはやるっすよー!!」

 桃子が不法侵入及び窃盗罪をする日は近い。

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