皆さまこんばんは

『歴史サルベージ』の時間です


歴史上の人物の真実の姿に迫るこの番組


本日スポットを当てますのは麻雀界に大きな影響を残した巨人、

須賀京太郎



ご存知の通り、須賀京太郎は
全国に多く存在した麻雀の戦術、戦法、流派を一つにまとめあげ、
須賀流として発展、日本雀士の実力を飛躍的な進歩させ、麻雀界に多大な貢献をしました
その活躍は国外にも広く知れ渡っています


しかしながら本人の麻雀の腕はさほどでもなかったとも言われております


皆様もご存知の通り、須賀京太郎は多くの女性と関係を持っており、

その数は70人以上、

当時、彼女達の間に出来た彼の子供の数は判明しているだけでも300人をこえます


いずれも麻雀に関わる立場の人間であった為、麻雀界における須賀京太郎の地位は絶対的なものとなりました


それでありながら決して疎まれなかったのは、彼自身の人柄によるものでしょう


それを物語るエピソードも数多くあります


「麻雀のプロリーグの大会の会場で迷って泣きそうだった子供が
心細さから人の良さそうな初老の紳士に声をかけて道を尋ねると、
その男性は優しい声で慰めたあとに手を握って一緒に親を探してくれた

大会が終わり、来賓の人間の挨拶になると、壇上に先ほどの男性が上がって
選手たちを労うスピーチをしていた、それが須賀京太郎であった」


「借金が重なってどうしようもなくなった男性が酒場で酔っぱらって誰ともなく一人で愚痴をこぼしていると、
隣に座っていた男性が酒をおごり、親身になって話を聞いてくれた

数日後、ある有名弁護士がその愚痴をこぼしていた男性のもとを訪れて力になると約束した
弁護士は須賀京太郎氏に依頼されてやってきたと語り、
『あの夜一緒に飲んでくれてありがとう』という須賀京太郎本人からの伝言もつたえた

その後、男性の借金の過払いが判明し、彼は自由の身になった」


などなど、ここでは紹介しきれないほどです


さて、すでに須賀京太郎の子供の数については言及いたしましたが、

一番彼との間に子供を作ったのはどの女性はどなたかご存知ですか?


……正解は、宮永咲の9人、次いで滝見春の8人、松実玄と宮永照の7人、
原村和と清水谷竜華の6人、瑞原はやりと小瀬川白望の5人となっております

逆に一番少なかったのは天江衣と園城寺怜、いずれも1人

これは天江衣はあまりに小柄であったため、園城寺怜は体力的な問題からです

子供たちの多くは母と同じように雀士を志しましたが、そのほかにも法曹界に行った子供や医者になった子供、
教師、企業家、旅館経営、ボーリング場の運営、宗教界に入って司祭や神職になった子供もいます

先ほど紹介しましたエピソードに出てくる弁護士というのも、実は須賀京太郎の子供なのです


彼は多くの女性達に愛されていたために、後世になってからその女性達を主役にした小説や映画も作られるようになりました

中には京太郎を愛し過ぎた女性同士の確執を取り上げた作品もあり、
これを父の名誉を汚したとして京太郎の子供が兄弟である弁護士と共に訴訟を起こそうとしたけれども、
それを書いた人間もまた京太郎の子供であったという嘘のような実話もあります


こうして麻雀界だけではなく各方面に繋がりをもち、、
一番の謎は彼の本来の職業といわれるほど須賀京太郎の社会的な影響力は強くなりました



さて、そろそろお別れの時間がまいりました

司会は私、アナウンサーの福与京介

実は私も須賀京太郎の子孫で、名前も彼から一文字とって名づけられました

では、皆様また来週この時間でお会いしましょう


カンッ