とある日の早朝。京太郎が目を覚ました時のことだ。

「…………」
「なぁ……」

神代家には、敷地の片隅にポツンと建っている離れ屋が存在する。
これまで掃除こそされていたが、使われることなく無用の長物として認識されていた。
物置は専用の倉庫があり、小蒔達の部屋は完備されている。故に、どうすることもできないまま、掃除だけが続けられていた結果となったのだ。
しかし、最近になって、とある一人の少年が、離れ屋を借りている。
適度な広さとプライベートをあわせもったその空間は少年――須賀京太郎にとっては快適となるはずだった。

「……何?」
今この空間にいる人物は二人。むっすりとした顔つきで布団の中で横になっている少年は部屋の主である京太郎だ。
半袖のシャツにハーフパンツといった夏真っ盛りを乗り切るにはもってこいの服装と窓から射し込んでくる日光を受け、輝いている金髪が特徴的だ。

「何?じゃねーから!朝もはよからどうしてここにいるんだよ、はるる!」

もう一人。巫女服に身を包んだ少女――滝見春が、相変わらずの無表情で京太郎に抱きついていた。
つまるところの添い寝のような状態だ。彼からすると、暑苦しくて敵わない。
女の子に抱きつかれるのは役得である!と考える京太郎が、顔を歪めるくらいなのだ。

「夜這い」
「今は朝だぞ」
「じゃあ朝這い」
「じゃあってなんだよ、じゃあって」
「既成事実を作りにきた。我ながら完璧」
「聞いちゃいねぇ、こいつ」

考えても見てほしい。鹿児島の夏を。あの燃えたぎる熱に眉を歪める苦痛を。
そんな中、女の子に抱きつかれても迷惑なだけではないだろうか。例え、京太郎の大好きなおもちが背中にくっついてるとしてもだ。
性欲も暑さの前では萎んで、からっからに乾いてしまう。

「とりあえずだ、暑いから離れろ」
「嫌だ」
「真面目に暑いんだけど」
「これからもっと暑くな」
「そこから先は言わせねーからな!?」
「残念……」
「ちっとも残念そうじゃないのは気のせいかなぁ」

京太郎はため息をつきながらも、無理矢理に離れようとしない。
めんどくさいのか、それともおもちパワーが強いのか。はたまた、春の抱き締める力が強いのか。
どれにせよ、このまま抱きつけるのは、春からすれば満足なので反論はない。
好意を持っている男性に抱きつけることは、プライスレス。
前に読んだ小鍛治健夜の彼氏とラブラブ大作戦!という本にも、そう書かれていた。

「なーはるるー」
「黒糖は持ってない。それとも遂に大人の」
「だから最後まで言わせねーって!アホか!」

相も変わらずに無表情で口走るのでたちが悪い。
京太郎自身、彼女のストレートな告白は嫌いではないがそれを受け入れるとなっては話が変わる。
もしもの話だ。彼女と大人の階段を登る行為をするとしたら、どうなってしまうのか。
少なくとも、怖いお姉様方(巫女四人組)に何を言われるか。考えただけでも身震いがする。
正座で説教の後、境内往復百回してこいと言われでもしたら、死ねる。間違いなく、命が掻き消えてしまう。

(そりゃあ俺だってさぁ……このまま押し倒して、朝から激しいぜ!なことをやりたいけーどー!)

しかし、健全な男子高校生としては抑えがたい欲求なのだ。
いつもは惚けているが、春は美少女だ。それはもう、漫画のメインヒロインをはってもいいくらいに。
時々見せる笑顔は可愛いし、胸も大きい。優良物件間違いなしである。


(後先を考えちまうとなぁ……今がすっげぇ楽しいから。快適過ぎるから。なーんか、違うんだよなぁ。
進みたくねぇっていうか。うーあー!もうマジでさー!)

自分がいて、小蒔がいて、霞がいて、巴がいて、初美がいて、春がいる。
まだ出会ってそこまで時間は経っていないが、仲良くなってくだらない事で笑い合えるようになって。
幸せ、なのだ。心がほんわかと温かみを帯びて、心からの笑顔を浮かべれる。
そんな毎日が大好きで、いつまでも続けばいいなと願っているからこそ。

(卑怯だな、俺は)

それ故に、京太郎は否定する。
問題を先送りしているに過ぎないとわかっていながらも、彼は気づかないふりをする。

「……あつい」
「じゃあ離れろ!」
「やだ。離れるぐらいなら脱ぐ。京も一緒に脱ぐ。裸同士のお突き愛」
「今、言葉のニュアンスが違ったのは気のせいだよな!?そうだよなぁ!?」
「…………にこっ」
「違うって言えよ!にこっ、じゃねーーーーから!!!」

そして、彼は笑うのだ。軽薄でへらへらと。
優しげに、普段通りを振舞って。
いつか訪れるだろう崩壊から目をそらして、京太郎は今日も日常を過ごす。