「京太郎さんまだっすかねー」
「まだかなー」
「……」

 長野県清澄高校部室。卓を囲み、東横桃子、姉帯豊音、宮永咲の三人はいた。
 何故この三人で卓を囲んでいるのか?
 それは皆同時に須賀京太郎に会いに来たのが原因だ。
 丁度四人ということで部室で麻雀をやっていたのだが、急用ということで京太郎が離席したのだ。
 こうして三人だけの空間が生まれたのである。
 三人はそれぞれ会ったときに自己紹介はしている。
 そして三人とも共通の想いを京太郎に抱いている事をそれぞれ察している為に気まずかった。

「宮永さんって京太郎さんと幼馴染だったんっすよね?」
「あっ、はい」
「そーなんだー。昔の京太郎君も気になるなー。どんなだったの?」

 気まずさを打ち破るように桃子は気になっていた事を聞いた。
 豊音もその事は気になっていただけに同意してくる。

「京ちゃんは昔も今と変わらないですよ。今と同じで暖かくて優しい人で私なんかにも気軽に話しかけてくれる人です」
「そうっすよね!」
「そうだよねっ!」

 咲の答えに、物凄い勢いで二人は同意をした。
 まさに愛。

「それじゃあ、お二人の出会いはどうだったんっすか?」
「それも気になるなー」
「どうって……」

 四人で最初に会ったときに桃子と豊音は、その出会ったいきさつを京太郎が皆の前で説明したが咲は幼馴染としか聞いていない。
 だから二人としてはもっともな疑問である。

「……言わないと駄目ですか?」
「勿論っす!」
「私達だけが知らないなんて不公平だよー」

 その返事に困ったような顔をする咲。

「そんな面白い話じゃないですよ?」
「それでもいいっす」
「平気だよー」

 二人とも咲の事はそうだが京太郎の事をもっと知りたいという思惑がある。
 そんな二人の顔を見て諦めたのか咲は話し出す。

「京ちゃんと出会ったのは中学の時」

 それだけ言い咲は一息置く。
 あまり思い出したくない過去を振り替える。

「その時私は友達がいなくて一人だったんです」

 その言葉に桃子と豊音は顔色を変える。
 二人とも同じだったからだ。
 それでも何も言わず話を待つ。

「いつも一人。それでも本を読んでればよかった。
 誰かと関わるなんて煩わしくって、このままでいいって思ってた。
 そんな時に京ちゃんが声を掛けてくれました」

 決して社交的ではない咲には親しい友達というものがいなかった。
 それに不満を持つこともなく一人で過ごしていた日々。

「最初は鬱陶しかったんです。
 一人がよかったのに、何で私に話かけて来るんだろうってずっと思ってました」

 それは今の咲では考えられらないようなことだ。
 この時の自分を咲は恥じてさえいる。

「それでも京ちゃんはずっと話しかけてくれた。
 そっけない私にもずっと来てくれた」

 当時から友達も多かった京太郎は咲と話さなくても他に相手などいくらでもいた。
 それなのに来てくれていた。

「だから私も少しずつだけど話をするようになったんです。
 最初はしつこかったから適当に話をして終わりにしようと考えてたんですけどね」

 酷い理由だね、と自虐的に咲は笑う。
 咲の理由に二人は言葉を呑む。
 京太郎に話しかけられて喜びを覚えていた二人からすると考えられない事だからだ。

「だけどいつしかそれが嫌じゃなくなってきて……
 この人と話すのが楽しいって思えてきた。
 だからちょっとずつだけど私からも話をするようになって。
 それからは京ちゃんが来るのを待つようになりました」

 京太郎と接することで咲は変わっていった。

「そうやって少しずつだけど仲良くなって。
 この人ともっと居たい、この人の事をもっと知りたいと考えるようになっていって……
 もう京ちゃんがいないと駄目になりました。
 一緒にいられるだけで幸せでした」

 人の温もりを知らなかった咲。
 しかし京太郎を知った。京太郎の優しさを知ってしまった。
 知らなければ求める事もなかったが知ってしまったのだ。

「それで高校も京ちゃんに誘われるままに一緒のとこに行ったんです。
 その頃の私は家でちょっとあって、麻雀なんて嫌いだったんですよ」

 勿論今は嫌いじゃないですよと手を振って否定する咲。

「でも京ちゃんに誘われて仕方なく麻雀を始めたんです。
 切欠は仕方なくでしたけど、やっている内に昔の楽しさを思い出すようになって……
 また麻雀を楽しめるようになりました。
 私はお姉ちゃんと仲違いしてたんですけど、麻雀のおかげでまた仲直りもできました。
 これも全部京ちゃんのおかげです」

 全ては京太郎が誘ってくれたから起きた事だ。
 京太郎は誘った時にそんな事など考えてもいなかっただろう。
 それでも咲にとっては人生を変える切欠を与えてもらったのだ。

「私は京ちゃんにはたくさんのものをもらってきました」

 出会いという意味なら話はもう終わっている。
 しかし昔の事を思い出し、自分の気持ちを振り返っている内に感情的になってきている咲は止まらなかった。

「それなのに……私は何もできない」

 京太郎の特訓という事で麻雀は教えている。
 しかし感覚で打っている面が多い咲は教える事がうまいとは言い難い。
 それに麻雀を教えてるのだって本当は京太郎といたいだけという己の欲望だ。

「今日だって……二人みたいに綺麗な人が京ちゃんと仲良くしてるのを見て……嫌だって、思っちゃった」

 悔しさ、歯がゆさ、自責の念。
 様々な想いが交錯し、咲の頬に涙が伝った。

「ぐすっ……ずっと、ずっと……隣に居るだけで満足だった!
 でも……でも京ちゃんに、何か返さなきゃって、思って、思ったけど……けどぉ……
 ひっ……ひっく……私は……何もしてあげられないよぉ……」

 こんな事を言うのは止めよう。
 咲の頭の中の冷静な部分がそう思うが、もう自分でも止める事は出来ない。 

「それどころか……ぐすっ……ぐすん……京ちゃんのお友達の二人に、嫌な気持ちを持っちゃった……
 邪魔だって……思ってしまいました……
 ううっ……ごめんなさい……ぐすっ………ひっく……
 ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 卓にうつぶせになり、泣きながらの言葉だった。
 そんな咲を馬鹿にする事などなく、自分たちを邪魔と呼ばれたにも関わらず、二人は何も言わなかった。
 二人も同じ気持ちだからだ。
 京太郎と一緒にいられる事に幸せを感じる咲の気持ち、何も出来ない自分に対する不甲斐なさ。
 その気持ちがよく分かるのだ。

「ごめんなさいごめんなさい――」
「私も同じっす」
「えっ……」

 謝罪をせき止め、桃子が言葉を入れる。
 咲は卓から顔を上げ桃子を見る。

「私の話も聞いてもらえるっすか?」
「ぐすっ……ぐすっ……はい」

 豊音も言葉なく頷くことで肯定の意を示した。

「私は、ごらんの通りみんなに気が付いてもらえなかったんっすよ」

 それは実際に対局をした咲は勿論、今日初めて会った豊音も我が身をもって知っている事だ。

「ぐっ……ぐすっ……でも、貴方には……先輩がいるじゃないですかぁ……」
「加治木先輩は私の人生を大きく変えてくれた人でとても大切な人っす」

 何があっても決して変わる事のない桃子の大事な人だ。
 感謝も尊敬も敬愛だってしている。

「でも……京太郎さんは店で困ってた私を普通に見つけて、助けてくれたっす……
 他の人には見えないハズの私を、普通の……普通の子と、一緒のように……」

 それは先輩に求められた時以上の衝撃だった。
 ただ普通に話しかけられただけ。
 しかし普通の事だからこそ桃子が諦めていた事を京太郎はいとも容易く行ってくれたのだ。

「それから、京太郎さんと友達になったっす。
 普通に会って、普通に話せて、普通に遊べて、凄く嬉しかったっす」

 諦めていたはずの普通の女の子としていられる喜びを知ってしまった。

「そして交流を重ねていく内に、京太郎さんを知ってしまったんっす。
 京太郎さんの優しさを、暖かさを知ってしまったっす!
 今まで、ずっと……ずっと私は独りだったっすよっ!? ずっと……!
 それなのにあの人はぁ……私は独りじゃないってぇ……言ってくれてぇ……うぁぁっ……」

 嗚咽が漏れる。
 このまま泣き崩れてしまいと思う。
 それでも桃子は言葉を繋げていく。

「この能力は……麻雀以外では苦痛でしかないんすよぉ……
 加治木先輩だって、気づいてはくれない……
 京太郎さんは……そんな沈んだ私の冷え切ったキモチを……ぅぅぅ……優しく和らげてくれたっす」

 加治木先輩がいる。
 部活の皆だっている。
 皆掛け替えのない仲間だ。
 それでもたまに気がつかれない事が悲しかった。
 どうあっても自分は一人なんだと思い知らされてしまった。

「だから、そんな……京太郎さんといたくて……
 京太郎さんといる時だけ、いる時だけが私が……普通の女の子としていられるから。
 今日だって会いに来たっすよ!
 時間もかかったけど、そんな時間も待ち遠しくて、二人で会えると思ったらそんなのどうでもよくなって……
 それなのに……それなのになんで貴方たちがいるんっすか!?」

 抑えていた感情が溢れ、声を荒げる。

「貴方たちなんていらない、そう思ったっすよ……
 だから……私も、リンシャンさんと同じっす……
 こんな嫌な気持ちを持ってしまう私なんて、嫌われて……当たり前っす……ぐすっ……」

 桃子の話を聞き、多少落ち着いてきた咲は、そんな事ないと否定しようとして、言おうとして、止まった。
 何と言えばいいのか分からなかったのだ。

「でも……ぁ…っ…京太郎、さんに……もし……もしも……っ……きらわれちゃったらぁわたしぃ……っ!
 い、いぎでいげないぃぃ……うわぁああああああああんっ……! うわぁああああぁんっ!」

 もはや言葉にならなかった。
 桃子は京太郎と出会った事に運命を感じている。
 それが嫌われて終わるなんて認められない。
 考えるだけで悲しくなる事だ。

「東横さん――」
「私の!」

 咲は言葉にならなくとも慰めるべく声を掛けようとして、豊音に遮られた。

「私の話も聞いてもらえるかな!?」
「はい……」
「ひっ……ひっく、ぐっ……ぐすっ……いい、っすよ……」

「私も宮守のみんなと出会わなければ、ずっとずっと独りだったんだー
 みんなが初めての友達なんだー」

 とても大切な初めての友達の宮守のみんな。
 彼女達と出会い、豊音は変わる事が出来た。

「それでね京太郎君は、私の初めての男の子の友達なのー」

 宮森の皆と出会え、変われた事で京太郎とも出会えた。
 とてもとても感謝してる。

「京太郎くんはホントいい人だよねー。
 こんな私と友達で居てくれるしー」

 様々なしがらみがあり、己を普通と思っていない豊音にはとっては友達でいてくれる事はとても大きい。

「でも、京太郎くん迷惑してないかなー?
 私みたいな人と遊んでて周りから何か良くない事言われてないかなって思うの」

 今日だってそうだった。
 四人で歩いていた時に他者からの視線を感じた。
 それはきっと自分がいるからだと思う。

「京太郎くんの悲しそうな顔を見るのは、やだなー……つらいなー……心が痛いなー」

 自分とのメールが負担にならないだろうか。
 自分がいる事で負担にならないだろうか。
 己のしがらみもあり、どうしてもそう思ってしまう。

「私がいなければ……そう思う事も何度もあるのー。
 でも、京太郎君とお友達じゃなくなるんて……考えたくもないよー……」

 豊音も桃子と同じで、京太郎といる時だけが普通の女の子でいられた。
 望んでも出来ないと諦めていた恋愛を感じさせてくれた。

「だからせめて私がちゃんと傍に居られればなー……
 いつもいつも傍に居られれば……そんな顔には絶対させない」

 例え自分と関わる事で何かあったとしても、それでも一緒にいらればどうにかできる、してみせる。
 しかし豊音は岩手の人であり一緒にいることもできない。
 自分がずっといれれば、微力ながらも京太郎の為にするというのに。

「ホントはずっとずっと傍にいたい……
 でもそれは出来ないから……短い間だけでも一緒にいたいと思って、今日は会いに来たのー」

 そう岩手から遠い道のりをやって来たのだ。
 それなのに――

「それなのに京太郎くんが貴方たちと一緒に居たのー……
 やだなー……どういう事かなー……なんで一緒なのかなー…?」

 それは子供染みた感情だ。
 友達がいなかった豊音には分からなかった事。
 自分の、自分だけの友達だと思っていた人が自分の知らない友達を持っていた事に対する嫉妬みたいなものだ。

「他の子と一緒の方が私と居るより楽しいのかなー……
 こんな大きくて暗い私よりも……小さくて可愛い貴方達みたいな人と……いた方がいいのかなー?」

 いくら京太郎に可愛いと言われていても、友達だと言われていても、どうしても自分なんていない方がと考えてしまう。
 そう考えるだけで涙が溢れてしまう。

「……………………いやだーいやだ………いやだよー………ひっく……ひっぐ……やだよー……そんなのやだよー……
 一緒に居たいよー……側にいたいよー……私だけと居てよー……」

 京太郎と出会った事に感謝している。
 二人でずっと一緒にいたい。
 他の子ではなく自分だけをもっと見て欲しい。
 幼稚だが純粋で、少し嫌な感情を抱いてしまった。

「……ぐすっ、ぐすっ……私だって……貴方達と同じで……こんな事を思ってたんだよー」
「……姉帯さん」
「……姉帯さんもっすか」
「でもね、最初は嫌だなーって……思ってたけど、話をしてみると二人ともいい人だよー
 今だってこんなに泣いてて……嫌いになんかなれるわけないよぉー」
「私もだよぉ!」
「私もっす!」

 何て事はない。
 皆同じ感情を抱いていたのだ。

「ごめんね……ごめんねー」
「私の方こそごめんなさい」
「私だってごめんなさいっす」

 三人はただひたすら泣いて謝りあうのであった。 

 ***

「みんな酷い顔っすね」
「あははっ、そうだね」
「なんだか恥ずかしいよー」

 盛大な泣き謝罪が終わり、三人は何だかすっきりとした気分だった。
 勿論わだかまりはまだある。
 しかしこの人達だったらきっと大丈夫だ。
 三人ともそう思えてしまっていた。

「こんな顔、京ちゃんに見せられないね」
「宮永さんに姉帯さん、酷い顔っすよ?」
「東横さんだってそうだよー」

 三人とも目は真っ赤で、頬は涙の跡が残り酷い顔であった。

「二人とも、私の事は名前で呼んで欲しいなー」
「あっ、私もモモでいいっすよ」
「私も! あっ、でもさっきみたいなリンシャンさんって言うのはちょっと嫌かも」

 咲はジト目で桃子を見る。

「うっ……覚えてたっすか?」
「うん。ちゃんと覚えてるよ」
「リンシャンさんって酷い渾名だねー」
「そうですよね? 豊音さんもそう思いますよね?」
「うん。モモさん酷いのー」
「咲さんごめんなさいっす。許してくださいっす!」
「はははっ。いいですよ。怒ってないですって」
「ふふふ。モモさんがまた謝ってるー」
「もー! 二人ともそんないじめないでくださいっすよー」

 はははっと先程とは違い、楽しさから三人は笑った。

「三人でこんな顔で笑ってて、京ちゃんが来たらびっくりするよね」
「そうっすよね」
「そうだよねー」
「来たらどうしましょうか――」

 咲が二人に問いかけようとしたその時、カチャと扉が開かれる音が聞こえた。
 三人はピクリと反応し、扉を注視する。

「京ちゃんごめんね! わざわざ駅まで迎えに来てくれてたのに入れ違いになっちゃって――」

 入って来たのは東京から来た宮永照だった。
 その言葉からすると京太郎の用事というのは、照を駅まで迎えに行った事だったのだろう。

「えっ……」

 予想外の人物の登場に三人は照を黙って見つめるしかなかった。
 入ってすぐに妹他二名からの注視に照は思わずたじろぐしかなかった。

「……なにこれ?」

 わけがわからないよといった顔で呟く照の声だけが部室に響いた。

  • この続きがすごいみたいな -- 名無しさん (2012-11-18 01:07:33)
  • 京太郎終了のお知らせ -- 名無しさん (2013-10-24 23:57:08)
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