「ふう……」

 ある日の部活。
 その日は用事等で途中で帰ったりしてる者が出た為に、今部室にいるのは二人だけである。
 その中の一人である須賀京太郎は、疲れたように溜息をついた。

「溜息なんてついてどうしたの? 何かあった?」

 それを見逃さなかったのはもう一人である彼の幼馴染である宮永咲だ。
 幼馴染以上の気持ちを京太郎に抱いている咲としては心配して声を掛ける。

「実は彼女が欲しいと思ってさ」
「えっ、京ちゃん何言ってるの!?」
「いやー俺も思春期の男の子だし、そういうのに憧れるんだよ」

 返ってきた答えに咲は動揺した。
 京太郎の望む彼女に自分以外の女性がなる事を想像してしまったからだ。
 しかし彼女が欲しいという事は、まだ彼女がいないという事でもある。
 咲は前向きに考えると、最近の疑問を聞く。

「……京ちゃん最近女の子とよくメールしてるみたいだけどそれは違うの?」
「おいおい、あれはただの友達だぞ?」
「いつもしてるみたいだけど?」
「確かによくしてるけど、せっかく相手が送ってくれてるのに返さないのも悪いだろ?」

 最近京太郎はよく女の子とメールをしていた。
 しかしそれは彼氏彼女といった関係ではなく、ただの友達である。
 故に咲の疑問はまったく理解不能であった。

「だいたいどこで知り合ったの?」
「全国大会についていった時に知り合った人が多いな。その時に色んな人と知り合ったんだよ」
「色んなってそんなにたくさんいるの!?」
「連絡先は交換したけどそんなに連絡とらない人もいるぞ」
「そうだとしても京ちゃんは全国まで何をしにいったのかな?」

 ちょっとご立腹な咲に若干引き気味になる京太郎。
 しかし決して疚しい事はしてないのだが、結果だけを見れば他の部員が頑張ってるのに自分だけ女の子と知り合っている。
 怒られるのも当然と言える。

「いや特に何もしてないんだって、たまたま知り合ってさ」
「たまたまってなに? 何があったの?」
「本当に大した話じゃないんだけどなー」

 己の潔白を証明する為にも京太郎は今までに会った事を話し出した。


 ―――― 姉帯豊音の場合 ――――


 全国大会某日、東京某所。
 その日は清澄に試合がなく、買出しやタコス作りの雑用も済ました京太郎は一人東京を見学してた。

「うおーやっぱ都会はすげーなー。高層ビルがいっぱいで田舎とは大違いだぜ」

 長野とは違う景色を見ながらふらふらと歩いていた時、ふと一人の女性が目に入った。
 その女性は背が高く細身で長い黒髪に黒い衣装と黒尽くめの格好であった。
 旗から見ると不審者と思われる格好だが、そう感じさせない美しさが彼女にあった。

「モデルかな。流石東京綺麗な人がいるな……って?」

 しばらく見とれているとその彼女の様子がおかしい事に気が付いた
 困ったように右往左往したかと思うと、誰かに話かけようとして止まっている。
 顔をよく見てみると、綺麗な赤い瞳は潤んでいて今にも泣き出しそうだ。

「どうしたんですか?」
「えっ!?」

 女性は突然の声掛けに驚いているようだ。
 京太郎はそんな様子を見て確信した。この女性は迷子だと。
 長年迷子属性のある少女と一緒にいた為にその手の事にはすぐ気が付くようになったのだ。

「突然声掛けちゃってすいません。もしかしたら迷子になってるのかと思いまして心配になりまして」

 そんな京太郎の問い掛けに、女性は無言でコクリと頷いた。

 ***

「京太郎君ほんとありがとうねー」
「いえいえ。困ったときはお互い様って言うじゃないですか」

 京太郎の思った通り迷子だった女性は姉帯豊音と名乗った。
 東京を見学していたところ、今までに見たことのない景色に見とれて思わずふらふらしていったら友達とはぐれてしまったらしい。
 豊音は携帯を持っていない為に連絡をとる事も出来ずに困っていた所に丁度京太郎が来たのであった。
 そして今は互いに軽い自己紹介を済まし、一緒に豊音の友達を探している所だ。

「ただ俺もこのへんは知らないから頼りになりませんけどね」
「ううん! 京太郎君がいてくれて助かってるよー」

 京太郎が自信なく笑いながら発言をすると、豊音は即座にフォローを入れた。

「京太郎君が来てくれるまでどうしたらいいか分からなくて、凄く怖かったの! もう京太郎君は白馬の王子様だよー」
「豊音さん。それは言い過ぎですって」

 そもそも京太郎は自分で大した事をしているとも思っていない。
 困っている人がいたら助けるのは当然の事なのだからだ。
 故に豊音のあまりのフォローを京太郎は否定する。

「それに俺がいかなくてもその内誰かが来てくれましたよ」
「……誰も来てくれないよ。皆私の方を変な目で見てくるだけで近寄っても来なかったよ」
「やっぱ都会の人は冷たいんですかね」
「ううん。私がこんなに背も大きいし可愛くないからだよ。私から近づいて行っても皆驚いて避けて行ったもの。やっぱり私なんか岩手から出てこない方がよかったのかな……」

 顔を落としながら、先程までとは違って声を落として話す豊音。
 容姿の事に自信がないのか、自らを否定する発言が目立つ。
 何か事情があるのかもしれないなと京太郎は思う。
 だからそこに深入りするのは止そうと思い――即座に考えを改めた。

「豊音さん」
「なにかな?」
「確かに俺は豊音さんの背の高さに驚きましたよ」
「……そうだよね」
「でもそれ以上に綺麗な人だなって驚きましたから」
「……え!?」

 どういう事情があるかなんて関係ない。
 京太郎は豊音が自らを卑下し、その顔を曇らせるなんて許せなかった。

「避けて行ったっていうのも、いきなり背の高い綺麗なモデルみたいな人が来たら驚きますから!」
「……京太郎君は優しいね」
「俺は自分が思った事を言っただけですって」
「それでも優しいよー」

 下を向いていた顔を上げ、笑顔が戻る豊音。

「私綺麗なんて言ってもらえたの初めてだよー」
「そうなんですか? 周りの男達が見る目ないんですね」
「んー。それはちょっと違うかなー」
「どういうことです?」
「だって私同年代の男の子と話すのって京太郎君が初めてだもん」
「そうなんですか!?」
「うん。そうだよー」
「もしかして超お嬢様とか?」

 見た目や格好的にもお嬢様と言われても信じられそうな事から思わずそう考えてしまう。
 しかし京太郎の質問にせっかく笑顔が戻った豊音の顔がまた曇ってしまう。

「……そういうのとはちょっと違うかな」
「すいません。変な事を聞いてしまって」
「いいよ。今では友達も出来たしそんなに気にしてないんだー」
「いい友達なんですね」
「うん! 最高の友達だよー」

 自らの失言に後悔をした京太郎だったが、豊音は自ら立ち直ってくれた。
 浮き沈みの激しい人であるがその友達に感謝である。
 感謝をし豊音の方を見ていると、不意に顔を逸らされた。
 その反応にまた自分が何かをしてしまったと思った京太郎は豊音に問いかける。

「どうかしました?」
「……実はね。男の子とこうやって話すのって憧れてて、それが叶ったと思うと恥ずかしくてー」
「いやー俺みたいな男で叶えちゃって申し訳ないですよ」
「そんな事ないよー。京太郎君は格好いいしとっても優しい人」
「はははっ、お世辞なんていいですよ。俺なんて大した事ないですから」  

 実際京太郎は自分の事をそこまで過大評価していない。
 豊音の発言も初めての事で舞い上がった状態での評価だと思ってるので鵜呑みにする事はなかった。

「もー本当なのにー」
「はははっ」
「……なんだかこうしてるとお友達みたいだねー」
「お友達みたいじゃなくてお友達でいいと思いますよ」
「いいの!?」
「勿論です。豊音さんみたいな人だったら大歓迎ですよ」
「やったー。ちょーうれしいよー」
「そんな大げさですって」
「私にとっては大げさじゃないよー。こんなに優しくて格好いい人とお友達になれるなんて思ってなかったよー」

 大げさに喜ぶ豊音に流石に京太郎は照れを感じる。
 逃げるように視線を逸らし周囲を眺めると、こちらに近づいてくる女性を発見した。

「あれっ。あれってもしかして豊音さんのお友達じゃないですか?」
「あっ! 本当だー」

 おおーいと女性に向けて手を振る豊音。
 こちらが気が付いた事を確認した女性は、一安心といった顔でこちらに話しかけてきた。

「豊音こんなところにいたのね。気をつけてよね」
「ごめんね。でも京太郎君に助けてもらったからねー」
「こちらの方は?」

 今までの経緯を話す豊音。
 それを聞いて納得したのか、その女性は京太郎に言う。

「豊音がお世話になったみたいですね。私は臼沢塞と言います」
「どうも、須賀京太郎です」
「須賀君申し訳ないんだが、私達はもう行かないといけないんだ。後で正式にお礼をするから連絡先を教えてもらえない?」
「いやいや、そこまでしてもらわなくていいですから」
「京太郎君遠慮しなくていいんだよー」
「豊音もこう言ってるし頼むよ」
「そうですかー?」

 それならと京太郎は塞と連絡先を交換した。
 その際に豊音がじっーと効果音が聞こえてきそうな視線で見詰めていた。
 それに気が付かない京太郎ではない。

「豊音さんも携帯買ったら連絡くださいね。待ってますから」
「いいの?」
「何言ってるんですか。俺達友達じゃないですか」
「うん!」

 京太郎のその発言に、本日一番の笑顔で豊音は返事をした。
 その後携帯を買った豊音から大量のメールが来るようになったのはまた別のお話


 ―――― 東横桃子の場合 ――――


 長野県某所。
 その日いつものように須賀京太郎は買出しでちょっと遠い店に来ていた。
 実力も弱くそれくらいでしか部に貢献できないからそれは仕方ない事なのだが、

「なんだろうなー。買出しに慣れてきてる自分がちょっと嫌だな」

 それに適応してきている自分がちょっと悲しかったりしていた。
 それでも体は慣れたもので必要な物を買い終え店を出ようとした所で、おかしな光景を目にした。
 お客がレジで買おうとしてるのに店員が無視をしているのだ。
 レジの店員もストライキをする時代になったのかと社会を恨む。
 それと同時に困っているだろうお客に話しかける。

「あのー。どうしたんですか?」
「……えっ!? 私に話しかけてるんすか?」
「そうですけど」
「貴方には私が見えるんっすか!?」
「見えますよ?」

 自分が見えるか聞いてくるとはどういう事なのだろうか。
 もしかしたらこの人は幽霊で自分にしか見えないというやつなのだろうかと、不安を感じた所で気が付いた。
 このお客を見た覚えがある事に。

「東横桃子さん?」
「私の事を知ってるんっすか?」

 自分は桃子の事を知ってはいるが向こうは知らないといった様子だ。
 まあそれも当然の事だ。自分の存在がその他大勢というのは事実なのだから。
 知らない人にいきなり自分の名前を呼ばれたのだ。不審がるのも当たり前だと思い自分の事を説明する。

「俺は清澄高校の須賀京太郎って言います」
「あー清澄の人なんっすか」
「はい。それで東横さんの事は話には聞いてて、試合も見た事あるがあるから知ってるんですよ」
「そうなんっすか。そういえば清澄には便利な雑用さんがいるって聞いた覚えがあるような気がするっす」
「便利な雑用って……まあ間違ってはいないけど」

 あながち否定しきれない事が京太郎は切なかった。

「それより何で私が見えたんっすか?」
「とりあえずそれ買っちゃいませんか?」
「……そうっすね」

 見えた見えないにこだわる桃子だったが、こちらに気が付いた店員も見ている事だし買い物を済ませる事にした。

 ***

「いやー店員さんに気が付いてもらえなくて買えなかったんっすよー」
「大変だなー」

 あれから二人は買い物を済ました後に公園のベンチで話をしていた。
 その間に二人とも同学年という事で口調も軽いものになっている。

「私買い物しようとしてもいつもこうで苦労してるんっすよ」
「へー。話には聞いてたけどステルスって麻雀の時くらいだと思ってたなー」
「いえいえ、麻雀とか関係なしでいつも気が付いてもらえないんっすよ」
「それなのに買出しに行くっておかしくないか?」

 桃子は鶴賀学園での買出しに来ていた。
 そこに同じく買出しで来ていた京太郎と遭遇したという事である。

「私は唯一の一年っすかね。これくらいは当然っす」
「俺と似たようなものだな。俺の場合は男子部の方が俺一人なんで女子部の方の雑用になってるんだけど」
「あの部長さんならこき使ってきそうっすもんねー」
「まあなー。今日だって何のこだわりがあるのか分からないけど、こっちの方まで遠出してまで買出しさせられてるしな」
「京太郎さんも大変なんっすねー」
「いやいや、俺はこのくらいでしか皆の力になれないからな」
「京太郎さんは頑張りやさんっすね」
「そんな事ないって」

 麻雀で頑張ってる桃子達の方が頑張っている。
 そう思っている京太郎はすぐさま訂正を入れた。
 そんな京太郎に桃子は、まあまあと軽く言うと、ところでと仕切りなおし質問をしてくる。

「京太郎さんは何で私が見えたんっすか?」
「何でかって……」

 結局未だに答えはもらえていないが、桃子にとってこれは大きな問題である。
 しかし京太郎はそれを聞かれても正直困る。
 なぜなら見えないという事がまったく実感出来ないし、むしろなぜ見えないのかと聞きたいくらいだった。

「んー。普通に気が付いたんだよなー」
「普通ってなんっすか?」
「分からん」

 理由なんて思いつくもはずもなかった。
 それでもあえて言うとしたらそんな大きな胸を見れないなんてありえませんて事だろうか。
 そう考える京太郎は思わず桃子の胸部へと視線がいってしまう。

「……京太郎さん?」

 返事もなく黙ってしまう京太郎に、桃子はきょとんと小首を傾げる。

「あっ」

 だが京太郎の視線を追ってみると、どこを凝視されてるか気が付いた。 
 身体を後ろに引き頬を僅かに染めながら、胸部を手で隠し抗議の視線を送る。

「京太郎さんってえっちっすね」
「ごめんなさい」

 京太郎は素直に謝った。こういうときの男は無力である。

「まさかおっぱいがあるから見えるって事なんっすかね?」
「それだと俺がおっぱい星人みたいじゃないか!?」
「違うんっすか?」
「……まあ嫌いじゃないです」
「なら似たようなもんじゃないっすか」

 バツの悪そうに視線を逸らしながら呟く京太郎。
 そんな様子が、可笑しく桃子の笑いを誘う。

「くそー笑うなよー」
「ふふふ。ごめんなさいっす。いやーおっぱいさんといい清澄って変わった人が多いっすねー」
「……おっぱいさんって和の事か?」
「あっ! 今のは忘れて欲しいっす!」
「桃は和の事をおっぱいさんと呼んでると」
「あーあーそれは忘れくださいっすー」
「どうすっかなー」
「京太郎さんの意地悪っすー」

 相手を弱みをつくのは戦術の基本である。
 ぷんぷんと怒る桃子へさらに追い討ちをかけるように京太郎は喋る。

「だいたい和の事をおっぱいって言ってるけど桃だって充分おっぱいでかいだろ?」
「……やっぱりえっちっすね」
「申し訳ありませんでした」

 そして失敗した。
 先程よりもさらに後ずさりする桃子を見て、京太郎は盛大に土下座をした。

「いやいや、そこまでしなくていいっすよ。別に怒ってないっすから」
「そう言ってもらえると助かる」

 許しを得た京太郎は土下座をやめるとベンチへ戻る。

「怒るどころか嬉しいっすからね。人にいきなり声をかけられるなんて夢にも思ってなかったっす」
「そんな事で喜んでもらえるならいくらでも声をかけるぞ?」
「ほんとっすか!?」
「お、おう。桃がそれでいいのならな?」

 いくらでも声を掛けるは冗談で言った事だったので予想外の肯定に驚く。
 しかしそれでも桃子が喜ぶのなら望むところだった。

「ほんとのほんとっすよ!?」
「ほんとのほんとだ」

 大袈裟だなとも思うが、自分には理解できない苦労をしてきたのだろう。

「というか声掛けるより友達でいいんじゃんないか?」
「いいんっすか!?」
「桃が嫌じゃないなら俺は喜んでなるぞ?」
「全然嫌じゃないっす! 私の事を普通に見れる人と友達とかちょーうれしいっす!」

 こうして京太郎と桃子は出会い、友達となった。
 その後京太郎が一人の時に時折不審な視線を感じるようになったのはまた別のお話


 ―――― 宮永照の場合 ――――


「みんな練習してるし、雑用がないと俺はする事がないなー」

 全国大会某日。
 その日の須賀京太郎は暇なので全国会場をふらふらしていた。
 その時ふと昔の知り合いに似た人を見かけた。

「あれって照さんだよな」

 そう思い遠くから見てるとその人と目が合った。
 それで京太郎は確信した。これは照さんだと。
 そして近づき声をかけ、

「お久しぶりです照さん」
「!!!!」

 全力で逃げられた。

「あれっ、えっ、えっ!?」

 京太郎は突然の事に止まる。
 人違いだったかとも思うが、そもそも人違いだとしてもいくらなんでも逃げるのはない。
 衝撃のあまりぽかんと口を開けてしばし放心していると照と一緒にいる女性が話しかけてきた。

「あー、君は照の知り合いなのか?」
「あっ、はい。照さんが長野にいた時の知り合いで須賀京太郎って言います」
「私はあいつの高校の知り合いの弘世菫と言う」

 軽く自己紹介をする。
 そして京太郎は疑問に思っていた事を聞く。

「照さん何かあったんですか?」
「あいつはたまにおかしいところがあるんだよ。長野にいた頃はそうでもなかったのか?」

 頭を抱える仕草で語る菫。

「長野にいた頃もたまに変な所はありましたけど、流石に声を掛けてすぐ逃げるってのなかったですよ」
「確かにそう言われるとそうだな」

 菫は高校に入ってからの付き合いだが今までの照からしても有り得ない行動であった。

(となるとこの男が原因か?)

 見た目的にちゃらちゃらしてそうな男だし、長野で何かあった男かと警戒をする。
 まあなんにせよ照がいないなら話をしている必要もない。
 戻ろうと思ったところで、

「菫! なにしてるんだ!」

 肝心の照が戻ってきた。しかも酷い言い様つきで。

「何って? お前が置いていった須賀君と話をしてるだけだろ」
「どうも照さん」
「……うん。久しぶりだね京ちゃん」

 なぜか菫に怒ってる照。
 そんな照に京太郎はぺこりと頭を下げ挨拶をする。
 その際に京ちゃんという呼び名に菫はぴくりと反応する。

「照さん何で逃げたんですか?」
「ご、ごめんね。いきなり話しかけれたからつい」
「俺傷ついたんですからねー」
「本当にごめんね京ちゃん」

 さらに京ちゃんと呼ぶと菫がまたぴくりと反応する。

「なあ京ちゃんは照とは付き合いは長いのか?」
「はい――」
「……」

 にやにやしながら京ちゃんを強調して言う菫。
 照は無言でそんな菫を睨みつけた。
 しかしそんなものを気にせず菫は京太郎との会話を続けている。

「照さんの妹の咲っていうやつと同級生でして――」
「ほほう」
「…………」

 話しながらも菫の身体が京太郎に近づく。
 照の視線が一層鋭くなった。

「なあ照って妹いないんじゃなかったのか?」
「うるさい!」
「あっ、すいません変な事言ってしまって。気にしないでください」
「ちっ、違う京ちゃんが悪いんじゃないからね」

 姉妹仲が悪いのに咲の事を出したのは失言だったと思い京太郎は詫びた。
 照の菫への視線はそれだけで人を殺せそうなものへとなっていた。

「ああ。二人を邪魔しては悪いな。照先に行ってるぞ」
「分かった」

 流石にこれ以上いると拙いと思ったのか菫は去っていった。

(よし! これで京ちゃんと二人きり!)

 しかし照は気がつかなかった去り際に菫の顔に笑みが浮かんでいた事。
 そして気が付かれないように遠くから様子を伺い続けている事に。

「照さん。長野には帰ってこないんですか?」
「うん。やっぱり家の事もあるしね」
「……そうですよね」

 菫がいなくなり、京太郎は一番聞きたかった事を聞いた。
 分かっていた事ではあるが残念になる京太郎。

「照さんに事情があるのは分かってます。それでも俺は照さんとまた会えるのを待ってますから」
「ありがと。そう言ってもらえて嬉しいよ」
「あの、連絡先交換していいですか?」
「うん!」

 返事よく携帯を取り出すが、オロオロと携帯と京太郎を見つめるだけでそこから先に進む気配が見えない。
 そんな照を見て京太郎は察した。

「照さんって相変わらず機械オンチなんですね」
「違う私がオンチなんじゃない! これが難しいからいけないんだ!」
「はいはい、分かりましたよ。それじゃあ俺がやっておきますね」
「京ちゃん分かってない分かってないよ」

 文句は言いながらも素直に携帯を差し出す照であった。
 それを受け取ると颯爽と済ます京太郎。
 照はそれをあほの子のように見ているだけしかできなかった。

「はい。出来ましたよ」
「ありがと」
「じゃあ菫さんをあんまり待たせたら悪いでしょうし、俺はそろそろ行きますね」
「……別に菫なんてどうでもいいのに」
「えっ? 何かいいましたか?」
「ううん。なんでもない」
「そうですか。それじゃあまた今度連絡しますね」

 そう言い京太郎は去っていった。
 残された照は先程の京太郎との事を思い出しぼーっと浸っていると、

「京ちゃん……」
「お前京ちゃんの事が好きなのか?」
「ひっ!」

 突然菫に話しかけられる。
 びくっと怯え悲鳴を出す照。

「菫! お前いつの間に来たんだ!? 急に話しかけるくるとびっくりするだろ! あとお前が京ちゃんって呼ぶな!」
「いつの間にって普通にお前の目の前を通ってきたんだがな。あと好きって事には触れないんだな」
「好きとか……」

 照は言葉に詰まっているが、菫には今までの行動でもう分かっていた。

「分かった。何も言うな」
「いや! お前分かってないだろ!」
「分かってる、分かってるって。私はお前を応援してるからな」
「分かってないだろおおおおおおおおお」

 自愛に満ちた菫の視線の前に照の叫びは虚しく響いた。
 その後宮永照を応援する会議が白糸台で行われたのはまた別のお話


 ――――――――――――――――


「他にもいるけどよくメールしてる人ならこんなところかな」
「……」

 語り終えた京太郎に咲は言葉を失った。
 自分が知らない所でそんな事が起っていたとは思いもよらなかったのだ。

「というかお姉ちゃんとも会ってたんだ?」
「あれ? 照さんから聞いてないか?」
「うん」
「いや大会中はまだ仲直りしてなかっただろ? それで言えなくてな」

 咲は照と麻雀を通しての会話を遂げ、かつてのような姉妹に戻っていた。
 確かにその時に京太郎が自分に言わないというのはいい。
 優しい彼が気を使ったくれた事だからだ。

「終わった後は照さんから聞いてるかと思ってさ」
「そうなんだ」

 しかしその後姉が自分に言わないのよくなかった。
 姉の言わなかった理由を想像できるだけに非常によくない。
 後で姉によく言っておこうと決意する咲であった。
 そして今の咲にはそれ以上にする事がある。

「京ちゃん」
「ん?」
「明日もまた家に練習に来る?」
「おっ、いいぜ」

 姉との問題が解決した咲は自分の恋に少し積極的になっていた。
 大会が終わった後京太郎を特訓の名目で部活の後などで家に誘うようになっていたのだ。

(京ちゃんの周りには優希ちゃん和ちゃんと可愛い女の子がいて、いつそっちにいっちゃうか分からない
 私は優希ちゃんみたいに明るくないし、和ちゃんみたいにおっぱいも大きくない
 私には麻雀しかないからそこでいいところを見せないとね
 それにこれなら遠くにいるお姉ちゃんや他の人達には出来ないもん)

「じゃあ今日はもう帰っちまうか?」
「んー。もう少しここで本を読んでたいな」
「この文学少女め」
「京ちゃんは帰らないの?」
「何言ってるんだよ。咲一人で帰したら危なかっしいだろ」
「もー、一人で帰れるって」
「はいはい分かりましたそーですねー」
「京ちゃん分かってないでしょー」

 この時がずっと続けばいいのに、咲はそう思わずにはいられなかった。
 しかし咲は知らない。
 その時京太郎の携帯に三通のメールが来ていた事に。


To:姉帯豊音
Sub:Re:69
Text:今度の休みにそっちに行こうと思うのー


To:東横桃子
Sub:Re:51
Text:今度の休みにそっちに遊びに行くっす


To:宮永照
Sub:Re:30
Text:今度の休みに長野に帰るんだ!


 その後彼女達が同時に京太郎のもとへ訪れ修羅場が起こるのはまた別のお話

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