「それでは宮永照×須賀京太郎を応援し隊の会議を始めます」
 白糸台高校麻雀部員である弘世菫はホワイトボードをばしっと叩きながら会議の開始を告げた。
 ホワイトボードにはマジックで書いたのに達筆な筆跡でこう書かれている。
 『ぽんこつ宮永照の意中の相手京ちゃんを堕とそう』
 落ちるが堕落の字なのが意味深なのだがここにいる人間に突っ込みを入れる者はいなかった。
 宮長照。白糸台高校三年生。個人戦全国一位。
 高校生1万人の頂点、インターハイといえば彼女のことまで言われ専門誌にも特集記事が組まれている程の人物である。
 容姿も端麗で、彼女の事をよく知らない人間は皆彼女を出来る女だと勘違いしているが、その実は麻雀以外はぽんこつな人である。
 今までにも方向オンチ、機械オンチと妹と同じオンチ具合を発揮して、同じレギュラーで同学年の菫はその被害を幾度ともなくこうむってきている。
 しかしそれはまだいい。いやよくはないのだが百歩譲っていいとしよう。いいとしてそれだけならまだ何とかなった。
 何とかならない最高の問題。それは全国大会で再会した幼馴染で初恋の人である須賀京太郎との事だ。
 宮永照は須賀京太郎の事が好きである。それはもう愛と言っても過言ではない。
 高校生ともなれば恋愛くらいは普通である。
 しかしそこはぽんこつな照。全然うまくいかないのである。
 そしてただうまくいかないだけなら『あらあら可愛いうふふきゃはは』でよかったのだが、恋愛でうまくいかない反動が唯一の取り柄である麻雀に発揮されているのだ。
 それがいい面に発揮できているのならいいのだが『恋する照はせつなくて京ちゃんを想うとすぐコークスクリューツモしちゃうの』状態で他の部員に被害が出始めたのである。
 このままだとコークスクリューツモで死人で出る。
 そうなる前に二人をくっ付けて何とかしよう。こうしてこの会議が決まったのだ。

「正直な話。こういうの私達には荷が重過ぎると思うんですよ」
「なんでだ?」
「だって、私達全員彼氏もいないしそういう経験じゃないですか」
「そこは気合でっ――」
「どうにもなりませんよ?」

 亦野誠子の冷静な突っ込みに菫は精神論で返そうとしたが、その返しはあっさりと切って捨てられた。
 例え気合を入れて考えたところで経験がない時点で、それは空回りに終わる可能性が高い。というか間違いなく終わる。

「……とっとと告白しちゃえばいいと思うんですけど」
「お前はあの照の恋愛ぽんこつ具合を見ていないからそんな事を言えるんだ!」
「……そんなになんですか?」
「そうだぞ。まったく、もっと考えて意見を言ってくれ」
「……はい」

 渋谷尭深の至極まっとうな意見は、照のぽんこつ具合の前にあっけなく却下された。
 実際見ていない者には想像が出来るはずもないので尭深は悪くない。まったく悪くない。
 理不尽を感じながらも言い返さず返事をするあたり体育会系の上下関係が確立されていると言える。

「照先輩って何したんですかー?」

 疑問の声を上げるのは大星淡。
 この疑問は詳しい事情を知らない誠子、尭深も思っていた事だ。
 彼女達が知っているのは宮永照が須賀京太郎こと京ちゃん相手にぞっこんらぶということくらいだ。

「そうだな、まずそれから話すか。あいつは京ちゃんと再会した時にどうしたと思う?」
「どうって久しぶりの再会なんですから『久しぶり~』って普通に挨拶でもしたんじゃないですか?」
「そう普通ならそうなんだよ。現に京ちゃんは『お久しぶりです照さん』って挨拶してきたからな。ただあいつは普通じゃないからな」
「久しぶりに会って恥ずかしくなって逃げちゃったーとか?」
「……淡」
「はははっ、冗談ですって――」
「正解だ」
「えっ、マジで……」

 冗談で言った事がまさかの正解。
 淡は先輩相手に思わずマジでと言ってしまう程に驚いてしまった。

「いやあ、お前は前から出来る奴だと思っていたんだよ」
「そ、そうですか」

 そんな淡の無礼さもまったく気にする事なく、むしろ評価をしてくる菫。
 しかし限りなくどうでもいい事で評価された為にまったく喜ぶ気持ちにはなれなかった。

「逃げた後も大変でなー。いきなり逃げた照のフォローで残された私と京ちゃんで話をしてたんだ。そしたらどこかで見てたのか戻ってきて『菫! なにしてるんだ!』だ。こっちが『なにしてるんだ!』って言いたい気持ちだぞ。大方京ちゃんと私が楽しげに話をしてたのが気に入らなかったんだろうな」
「そっそれはまた……」
「照先輩って意外と乙女なんですね」
「乙女なんてとんでもない。あいつはもっとおぞましいなにかだぞ」
「……おぞましいって」
「あいつの麻雀をしている時の姿を見れば分かるだろ。きっとあれがあいつの本性だな」

 何気に酷い事を言っている菫であったが確かに麻雀をしている時の照はとても乙女とは言えない。
 それを言われたら返す言葉もないので三人は素直にコクコクと頷くしかなかった。

「その後も大変でなあ。私がちょっと京ちゃんと話すと睨むくせには自分からは話そうとしない。京ちゃんに話を振られてもだんまりが多いんだ」
「それだったらその京ちゃんも嫌になるんじゃないですか?」
「……確かに」
「それがそんな事はないんだよ。照があんまりにも睨むから私は黙って様子を見てたんだが、京ちゃんは照がだんまりしてても急かす事なくゆっくりと返事を待ってるんだ。それで返事をしたら本当に嬉しそうにするんだよ」
「……いい人なんですね」
「それは認めるよ。連絡先を交換する時も機械オンチでオタオタしてる照に代わってうまくやってたしな。そう考えると照も男を見る目はあるんだろうな」

 菫の京太郎の第一印象は、金髪でいかにも軽そうな男だった。
 しかし突然逃げた照を心配している様子、その後の接し方や話をしている時の本当に嬉しそうな笑顔を見ているうちに菫も考えを変えていた。
 というかあの照の面倒を見れる奴に悪い奴はいない。
 このまま面倒を押し付け――もとい面倒を見て貰えれば照も自分も満足な結果で素晴らしい事だと思っている。

「というか連絡先交換してるんだったらメールでもしている内になんとかならないんですか?」
「……」
「……」
「……」

 淡の言葉に返ってきたのは、淡を除く三人の可哀想な者を見る目だった。
 自分の発言がもたらした思わぬ事態に思わずたじろぐ。
 淡はかぶりを振って訴える。

「私何か拙い事言いましたか?」
「そうか、お前は知らないんだな」
「知らないって何がですか?」

 誠子は窓の外を眺め出した。空は快晴で見てるだけで心を和ませてくれる。現実逃避には丁度いいのだろう。
 尭深はもう我関せずといった様子でお茶を飲んでいる。お茶に心を落ち着かせる効能があるかは明らかではないが、現実逃避には丁度いいのだろう。
 そんなやる気のない二年生コンビを視界に入れる事なく、菫は頭に指を当てて気だるげに溜息を一つつくと、淡に仔細を説明する。

「あいつはまともにメールが出来ないんだよ」
「まともに出来ないって多少時間は掛かるにしてもメールくらいは――」
「だって照だぞ」
「うっ……」

 これ以上に説得力がある言葉があるだろうか。きっとない。
 まだ一年生で照との付き合いが短い淡には分からない世界がそこにあるのだろう。

「あいつに機械的な事で期待するのはやめとけ」
「でもこれから付き合いを進めていくとしたらそれくらいは出来ないと辛くないですか?」
「ああ。あいつもそれを思ってるのか最近は私に携帯の操作方法をよく聞いてきてるよ」
「へえー。だったらそれでいいんじゃないですか」
「あいつなりに頑張ろうとしてるのはよく分かるんだ。普段はそんなの使えなくても問題ないと言ってまともにやろうともしなかったからな。それを思えばいい事なんだよ」

 駄目な子を想う母親の口調で語る菫。
 この口調に二人の関係が如実に出ていると言える。
 そんな菫の事などもはや当たり前なので、誰も特になにも思わない。
 それよりも『使えなくても問題ないってどういう生活をしてるんだ?』と淡の頭の中で疑問符が浮かぶがすぐさまに照だからそんなものかと納得する。
 そもそも照が今時の女子高校生らしく携帯を操作して、☆(ゝω・)vキャピしてる姿より使えないでぼっちしてる姿の方が納得できるあたり、色々とおかしかった。

「覚えが悪いのもまあいい。そういうのは慣れてるし、私が頑張って教えるよ。でもな、京ちゃんからメールが来る度に『返信どうしようか? これどうすればいいんだ? どうしたらいいんだ? 教えてくれ』と聞いてくるんだよ! それが部活の時間だろうとおかまいなしだぞ! 流石にそれはやめてほしいんだよ! 後輩に知られたらエースの威厳とかがなくなるだろ!」

 最近部活中に二人が抜けてる時があるのはそういう事かと納得する三人。
 そんな三人を余所に一度愚痴り出したら火がついたのか菫は止まらない。

「だいたい本当なら実力的にあいつが部長をやればいいのに、ぽんこつだから私が部長をやるはめになって大変なんだよ!! 記者会見だって本当ならあいつ一人でよかったのにお守りでわざわざ付き添ってたんだぞ!!」

 ぐぬーと吼える菫の姿は怖さなどなく、むしろ可愛らしさを感じるものだったがそれを指摘する者はいなかった。
 誰もがこの怒りがこちらに向いてこないよう祈っているのだ。これは人として正しい行為である。

「同学年のレギュラーが私しかいないから必然的に私が面倒を見てる事が多いけど、本当ならお前らだって――」
「ま、まあメールが出来てきてるんならこれから何とかなるじゃないですか!」

 怒りの矛先がこちらに向かう直前に話しかける淡。
 その見事なタイミングはまさに天性のものと言える。
 菫に評価される実力は伊達ではない。

「……そうだなあ。メールの方はこれから何とかできると……できればいいよなー」

 後半が願望になってるあたりが苦労を感じさせた。
 気を取り直す為に、ふうと溜息を一つつくと菫は会話を再開させた。

「だからそれはいいにしても問題は恋愛オンチ具合だ」
「恋愛オンチですか」
「恋愛オンチだ」
「会ったら逃げ出して会話もまともに出来ないっていうのは分かったんですけど、直接会わないでのメールとか電話ならどうなんですか?」
「駄目駄目だな。電話は緊張のあまり間違えて通話を切ってしまったし、メールも放っておいたら三時間は携帯と睨めっこしたあげく何も送れずに終わるなアレは」
「いったい照先輩はメールで何を送ろうとしようとしてるんですか……」
「それはあいつ本人に聞いてくれ……」

 あくまで例え話として出したのだが、その光景が容易に想像出来てしまったが為にまるで本当にあった事のかのように話が進んでいた。
 これが宮永照クオリティ。

「まあでも菫先輩が指導してるし何とかなってきてるんですよね?」
「あいつも頑張ってるし普通にやり取りくらいはできるようになってきてると思いたい。ただそれでも進展するとは思えないんだよ」
「それで結局どうすれば京ちゃんを落とせるかって事ですよね」

 ここでようやく話が本題である京ちゃんを落とすという事に入った。
 話の進行的には三歩戻って三歩進んだところだ。
 要するにまったく進んではいない。

「京ちゃんは長野だから遠距離だしな。うまくメールと電話で落とさないと駄目なんだが何かいい方法はないか?」
「うーん」
「このままでいいんじゃないでしょうか」
「なにっ!?」

 ここで現実逃避から帰ってきた誠子が意見を述べた。
 尭深は飲み終わった自分用のお茶をまた淹れなおしている。
 言い変えると尭深は特に話に参加する気はないということである。

「他人の恋愛にどうこう言っても結局は本人の問題じゃないですか」
「それはそうだが、そのせいで他の部員に被害も出てるわけだしな」
「他の部員がついてけないっていってもそれは自己責任ですよ。私達はさらに上を目指しているわけですので、下のレベルに合わせたら駄目ですよ」
「……確かに」

 尭深も同意の意見を述べる。
 話を終わらせる流れになったら参加してくるあたり中々流れを見る目があるといえる。

「コークスクリューの回転を上げる事で実力が上がるというのならもっと回してもらってもいいくらいですよ」
「………………確かに」

 流石にこの誠子の意見にはすんなり同意はできなかったが。

「うーん。そういう意見もあるかあ」

 元々他の部員に被害が出るからどうにかしようという事だったのだが、それを考慮しないとただの恋愛事の問題でありわざわざ会議をする事などない。
 この件については他の部員の事だけはなく、私情も入っているだけにそう言われると強く返せない菫。

「じゃあとりあえず見守るって事でいいんじゃないですかー」
「それがいいと思いますよ」
「……賛成です」
「仕方ない。そうするよ」

 こうして会議は時間の無駄だったという結論で幕を閉じた。
 しかし彼女達は知らない。
 こうしている間も京ちゃんが全国で知り合った女の子に懐かれて、うふふきゃははな展開していて、それを知った照が負のオーラを貯め込んでいる事に。
 そしてその鬱憤をぶつけられるのが自分達でもある事に。
 白糸台の明日は暗い。

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